第4話
『ロングペーン 新バージョン!』
「ピコ太郎! やめい!」
オーランのあほに邪魔されたわたしは今日も腐っていた。
「せっかくウイッカを捕らえるチャンスだったのに! クッソー!」
『クソ女!』
「あんなブース!」
『怪力ドンカン、ガサツ女ー!』
「おい……ちょっと待てピコ太郎……おまえ、誰のこと言ってるー!」
「これはシャーロット殿! 野鳥とたわむれていらっしゃるのですか? 心やさしいシャーロット殿らしい白雪姫のようなエピソードだ!」
『今日も元気にアッポー!』
「オーランさま……王太子の護衛はよろしいのですか? もうすぐパレードがはじまりますわよ?」
「あなたとこうやってバルコニーの上から見ているほうが警護もしやすいというものです。それにしても……いいお天気ですね」
「はあ……のん気なもんだ……あれ? オーランさま! あれは……!」
青い空の上にポッカリとピエロ型の気球が浮かんでいた。
「なんだ、あれは! あんなイベント予定にないぞ!」
「どうしましょう……そうだ! ピコ太郎! 行って見てこい!」
『ヘイヘイ……あんたら、おれがいないと捜査、成立してないよね? よっこらせっとピー!』
ピコ太郎がピエロ型の気球めざして飛んでいった!
「オーランさま、いまピコ太郎が偵察に向かいました!」
「おお! いまのはピコ太郎だったのか! うん?」
なんと!
いきなり気球が急降下してきた!
しかも、パレードのために待機していた王太子の乗った馬車の真上に!
「あぶなーい!」
「いかん! 王太子ー!」
――ヒュンッ!
いきなり気球から縄が飛んできた!
魔法でもかかっているのだろうか。
王太子を捕まえるとグルグル巻きにして引き上げ、気球に吊り上げたまま空の彼方へと消えていった。
「王太子がさらわれたー! 衛兵ー! なにをしておる! 追え! 追うんだ!」
「そんな……王太子が……うそ……わたしの命が……」
「むむっ……シャーロット殿! そんなに王太子が大事なのですか! わたくしよりもですか!」
「えっ? は、はあ……そりゃあ、わたしのクビがかかってますからねえ……。いや、一国の未来を担う人ですから! 当然です!」
「シャーロット殿……あなたがそこまでわが国を想っていたとは……。はっ! いけない! シャーロット殿、すぐに城内にもどりましょう! 王太子の捜索をしなければ!」
「はい!」
すぐに王太子の捜索隊が組まれた。
だが、どこに行ったのかわからないので出発のしようがない。
とりあえず気球の飛んでいった方角に行こうかと皆で相談していた。
「オーランさま、王太子誘拐の目的はなんですの?」
「それが、さっぱりわからないのだ……。殺された歌姫は、ウイッカの正体を知っていたから殺されたらしい。たぶん、ウイッカの正体は魔女だろう。問題は、黒幕は誰かなんだ。検討がつかない」
「王太子誘拐といったらただ1つ! 跡目争いにちがいありません! 心当たりはございませんか?」
「跡目争い……? 王太子の叔父が息子を時期国王に据えようと虎視眈々と狙ってはいるが……」
「それだー! それじゃん! わかってんじゃん! あんた、アホ? いえ……それでは、王太子の叔父が怪しいということで!」
「そうなのか? でも、王太子の叔父はいま、別荘で静養中だ」
「ますます怪しいじゃん! その別荘はどこですか?」
「ここから東へ馬で1週間ほど行ったところです。衛兵! 王太子の叔父の別荘へ捜索に行くぞ!」
「では、わたくしも!」
「シャーロット殿はダメです! ここで待っていてください!」
「ええ! なんで?」
「女性は危ないからだめです!」
「そんなー!」
『ピーピーエーピー! ピコ!』
「おっ! ピコ太郎からの通信だ! ピコ太郎、どうした?」
『王太子は奴の叔父の別荘から更に山奥の城跡に連れていかれたぞ、ピコ!』
「なんと! それは本当か! ピコ太郎!」
「シャーロット殿? どうかなされましたか?」
「たいへんです! いま、ピコ太郎から王太子が山奥の城跡に連れていかれたと……」
「ピコ太郎? 通信? なんだかわかりませんが、それが本当ならいそがねば! 捜索隊! すぐに出発するぞ!」
「オーランさま、もう日が暮れてしまいました。うちの家内も準備がすんでおりませんので、明日の早朝の出発にしてください」
「そうか……女性はいろいろと準備があるからな。では、そうしよう」
「ちょっと、ちょっと! オーランさま! あの衛兵の妻も同行するのですか? だったら、わたくしも行かせてください!」
「シャーロット殿はだめです! 夫がいる者は同行して世話をするのです。だから一緒に行かれます」
「エーッ! だったらわたしも! すぐに結婚して一緒に行きます!」
「ええっ! シャーロット殿……そんなことを急に言われても……。わたくしにも心の準備が……」
「オーランさま……よかったですね!」
「おめでとうございます! オーランさま! 逆プロポーズですね」
「おまえたち……どうもありがとう!」
「だれかー! シャーロット・ヘルキャットと結婚したい奴はいないかー!」
わたしは必死でいますぐ結婚してくれる相手を募った!
「シャーロット殿! ここに! ここにおります! おまえたち! 絶対に手を挙げるなよー!」
「シャーロット殿と結婚したい人なんて誰もいませんって……」
「おや? オーランさま? よいのですか?」
「よいのですかって……シャーロット殿、結婚はそんな甘いものではありませんよ! 故郷のわたくしの両親、妹弟、親戚に乳母、隣りのばあちゃんの承認を得てさらに……あれ? シャーロット殿! どこに行かれますか?」
「貸し衣装屋からウェディングドレスを借りてきます! オーランさまは神父を叩き起こして連れてきてください!」
「ええっ! 今からですか?」
「そうです! いますぐ結婚します! 父も連れてきますから!」
「父? あっ! シャーロット殿ー!」
いそいで貸衣装屋を襲撃してウェディングドレスを無料で借りてきた。
変装をとき、元の美しい姿で花嫁衣裳を着込むと父上を叩き起こして正装させ、教会で待つオーランの元へといそいだ!
「ハアハア……オーランさま!」
正装して衛兵や友人たちと参列しているオーランさまの凛々しきお姿!
ハンカチをかみしめて歯軋りしている令嬢たちまでいる。
わたしはお父さまと一緒にシズシズとオーランさまの元へ歩み寄った。
こんなときぐらいは大人しくしていないと。
「オーランさま……」
造花のブーケを手に、ベールの下からオーランを見上げる。
「お父さまですか? お初にお目にかかります、オーラン・アシュリーと申します」
「……ときどき会ってるんだが……娘をよろしく! 返品不可だから!」
「はい! 末永くいつまでも……それでは……」
オーランがわたしのベールを持ち上げ顔をアラワにした。
「おや? あなたは……侍女殿! シャーロット殿はいかがなされましたか?」
「ジャジャーン! これがわたしの実の姿なのです! どう? うれしい?」
「わーっ! すっごい美人!」
「シャーロットさまってあんなに美しかったのかあ!」
「やりましたね! オーランさま!」
「そうか……よく見るとシャーロット殿だ……。シャーロット殿、わたしはどんな姿のあなたも好きです。でも、ときどきは元の眼鏡女子に変身してくださいね?」
「はあ……わかりました……」
オーランの趣味がわからん!
――リーンゴーン、リーンゴーン……。
とりあえず誓いのキスをしてオーランとの結婚式を終えた。
役所の連中も叩き起こして婚姻の届けを出した。
さすがにサインのときは手が震えた。
これでやっとにっくきウイッカを倒せると興奮したからだ!
なぜかずっと、オーランが目に涙を浮かべていた。
わたしと親戚になるのが、そんなにいやなのか?
「シャーロット殿! 明日は朝から出発なので、しょ、しょ、しょ……」
「そうですね! 消灯はしっかりして、すぐに寝ましょう! あれ? ベッドが1つしかないな……? でも、大きいから2人で寝れますね! それでは、おやすみなさーい! 明日はがんばるぞー! エイエイオー!」
「オー? ああっ! シャーロット殿! もう寝ちゃったの? そんなー!」
「わあーっ! いいお天気! 絶好の魔女狩り日和だぜー! イエーイ!」
「シャーロット殿……そんなに暴れると、馬から落ちます!」
なんだかんだで寝不足のオーランと一緒に出発した。
目の下にクマをつくったオーランを見ながら、衛兵たちがコソコソと何かうわさしている。
こいつら本当にヒマなんだな!
城に帰ったら何人かリストラしてもらおう!
――パカッパカッパカッパカッ! パカッパカッパカッパカッ!
馬で進むこと1週間。
山奥の城跡まで行き着いた。
「ハアハア……オーラン! ここですね!」
「はい、シャーロット! 下がって! 何かくる!」
『ピー!』
「オーラン、あれはピコ太郎です!」
ピコ太郎が手元までやってきた!
『敵は城跡の奥で王太子に何やら呪文をかけております!』
「でかしたぞ、ピコ太郎! オーラン、すぐに踏み込もう!」
「シャーロット! それはだめだ! まずは敵の動向を見極めよう!」
「わかりました……では、そうっと行ってみましょう!」
『おまえら……いつから呼びつけに?』
「おお、ピコ太郎に報告してなかったな。わたしはオーランの妻になったんだ。以上」
『ピコー! それは本当か? オーランも物好きな……』
「ほっとけ!」
皆で城跡の奥まで忍んでいった。
「…………」
「…………!」
奥から炎と何やら人の話し声が聞こえてくる。
「…………!」
壁の穴からのぞいてみると、大広間の跡地に王太子ともう1人の若者を座らせてピエロの面を被った男がなにやら呪文を唱えている。
『王太子とその叔父の息子の魂を取替えようとしているだピコー! ウイッカはそのための薬を洞窟で調合している最中だぞピコー!』
「……だそうです! オーラン! わたしはウイッカを捕まえます! あとはよろしく!」
「ああっ! シャーロット! 単独行動は……! 仕方がない! みんな! 行くぞ!」
「「「おおーっ!」」」
――ワアアアアーッ!
「な、なんだー!」
「やっつけろー!」
「ぎゃああーっ!」
「わああーっ! 助けてー!」
「王太子殿! ご無事ですか!」
「あれ? オーランじゃないか? ここはどこだ……? たしか気球に吊り下げられて……」
「王太子がご無事でなによりです! さあ、早くこちらへ! 叔父上殿、観念しましたか?」
「オーランか……」
取り押さえられた男の、ピエロの面を剥いだ。
やはり、王太子の叔父だった。
「すまない……どうしても息子を王太子に仕立てたかった。こんな馬鹿じゃなくて……」
「気持ちはわかりますが……それが運命と思いあきらめてください!」
「おい! オーラン! ひどいじゃないか!」
「衛兵! 王太子の叔父上殿を連れていけ!」
「はいっ!」
そのころのわたしは。
「ピコ太郎、ウイッカがいるのはこの洞窟で間違いないな?」
『奥で薬草をつくってるぞピコ!』
「よし! 突撃するぞ! ついてこい!」
『ピコー!』
――ダアアアアーッ!
わたしはピコ太郎と一緒に洞窟の奥めがけ走り込んでいった!
「ウイッカ! こんどこそ捕まえてやるー!」
『ピコー!』
「なっ! おまえは……!」
そこには、大鍋で怪しげな薬を煮るウイッカの姿があった!
肩には例のカナリアが乗っている。
――ズザザザーアアアアーッ!
「覚悟しろー!」
『ピピーッ!』
すかさずウイッカに飛びかかる!
「きゃあーっ!」
――グワッシャアアアアーン!
勢いあまったわたしは、ウイッカに手が届く前に手前にある大鍋をひっくり返してしまった!
えたいのしれない薬がウイッカとカナリアに降りかかる!
「ぎゃああああーっ!」
『ピピーッ!』
――シュワシュワッ、ワワアアアアーンッ!
『わあああーっ! どうしてくれる! 鳥と魂が入れ替わってしまったじゃないか!』
「えっ?」
「ピヨ……ピヨピヨピヨ……」
目の前には、ピヨピヨしか発していないウイッカとその肩で文句たれっぱなしの黄色いカナリアの姿があった。
「あちゃー……! どうしよう、ピコ太郎……」
『ウイッカになったカナリアは、これで悪事に手を染めなくなって助かると言ってるぞピヨ』
「たしかにそうか! ヤッター! いいことしちゃった!」
――ダダダダッダダダダッ!
「シャーロット! 無事か!」
「あっ! オーラン! こっち、こっち!」
「これは、いったい……」
「極悪魔女のウイッカも、これで今後は何もできませぬ!」
「シャーロットが無事なら、わたしはそれでいいんです。よかった……」
「オーラン……」
「いままで新婚らしいことが何もできなかったから、今夜からは……」
「オーランさま! いよいよですか? よかったですねー!」
「オーランさま、ばんざーい!」
「おまえたち……」
「オーラン!」
「なんだね? シャーロット?」
「これでやっとわたしのクビもつながった! 離婚してくれ!」
「ええーっ! なんで、ですか!」
「だって……もう結婚している意味ないだろう?」
「いえ! あります! ものすっごく意味あります!」
「でも……」
『オーランの兄ちゃんがかわいそうだろうが! そのまま婚姻しとけ! 今後の仕事に何かと都合いいぜ?』
「ピコ太郎……そうか? じゃあ、このまま現状維持で……」
「はーっ! よかったあー……。ピコ太郎殿、どうもありがとう!」
『いいてことよ。おめーみたいなアホぐらいしか、シャーロットとは結婚してくれないからな。ご愁傷さま……』
「それではオーラン、国へ帰ろうか! 父上に今回の報奨金をもらわないと! あっ! 結婚祝い金も!」
「シャーロット、では、参りましょうか」
そうしてシャーロットはオーランと国へ帰り、しあわせな結婚生活を送ったんだピコー!
「ピコ太郎! わたしをだましたなー!」
『どうしてピコ? 子供がいっぱい生まれて幸せだピコ!』
「10人は産みすぎだろ! 隠密の仕事がまったくできなくなったじゃないか!」
『最初からしてないだろピコ』
「てめー! このクソ太郎ー!」
「シャーロット……そんなにカリカリしたら、おなかの子にさわるよ……」
「オーラン! テメーが……!」
『やれやれ、11人目もできたかピコ。先が思いやられるピコよ』
「シャーロット……君が愛おし過ぎて……」
「だから、わたしのことは放っておいてくれと言っているだろうがー!」
『末永くお幸せにだ、アポー!』
(従者の奥方 ~わたくしのことはどうか放っておいてくださいませ!~ おわり)




