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切り札を伏せて

ここで一応、幼少期編は終了になります。

不法侵入者が皇子殿下で、ついでに姉に婚約話を持ち掛けてきました。皆さまごきげんよう、色々といっぱいいっぱいのセレスティアです。


「――はぁっ?!」


思わずソファから立ち上がってしまった。だって仕方ないだろう。この目の前の男は、まるで姉を道具か何かのように、


「――あ、」


そこまで考えて、私は息をのんだ。


それは、私とユージットも変わらない。互いの家の利益のために結びつけられて、たまたま、互いの気質があって、うまくいきそうだってだけだ。姉の場合、直接交渉の立場についているという点は異なるけれど、実質は何も変わらない。


そんな私が、姉の政略結婚だけを咎めるのは、酷い矛盾でしかない。


くらりと眩暈がして私はソファに座り込んだ。なんだか、自分の立っていた場所が砂の城だったような、突然の浮遊感に吐きそうになる。その背を、今一番衝撃を受けているだろうエルヴィアがさすってくれた。その顔を見た瞬間、泣いてしまいそうになったのは安心したからだろうか。


「どうしたの、大丈夫?セレスティア、」

「平気よ、お姉様。申し訳ありません、殿下。どうぞ、続きを」


私の顔色が青いことは隠しようもないだろうが、あまりのんびりもしていられないのだろう。ジオトリックは私を心配そうな目でちらりと見た後、エルヴィアに視線を戻した。


「さっきも言ったように、エルヴィア、貴女に婚約を申し込みたい」

「……それは、セレスのためでしょうか?」

「それもある」


私のためってどういうことだ!?

次々にもたらされる情報に振り回されることしかできない。私が泣きそうになっていると、エルヴィアが頭を撫でて説明してくれる。


「タスメイキア家は最近名を上げているとはいっても、所詮は伯爵家。ジオトリック殿下と縁を持ち、アルバート殿下にあなたを推薦すれば、我が家の持つ権力は計り知れないものになるわ。つまり、私がジオトリック殿下と婚約すれば、貴方がアルバート殿下の側妃に、なんて話は間違いなく立ち消えになる、」


側妃自体、今となっては古すぎる制度だ。既に何代も前から破棄も同然の扱いを受けている。大体、側妃を娶るくらいならきちんと離縁をして新しく婚姻した方がよほど経済的だし、政治的にも悪影響が少ないからだ。

けれど、制度として定められている以上、利用しようとする野心家がいるのだろう。


「まぁ、俺は自分でいうのもなんだけど、結構お買い得だよ?身長と頭はそこそこ、財産は結構な割に権力はあんまりないから実家を乗っ取られる心配もない。学院に通っていたから、伝手には事欠かないし、何より、なかなかイケメンだ」


茶化したような言葉に、エルヴィアは小さく笑う。


「そうなれば、貴方様も身の安全を図れますものね」


その言葉にジオトリックは虚を突かれた顔をして押し黙り、小さく笑った。


「……君は本当に優秀だ」

「わたくし、これでも夜会の三華に数えられておりますもの。殿下の御立場に、多少の理解はございます」


どういうことだと二人に目を向ければ、エルヴィアが紅茶を一口飲んで再びしゃべりだす。


「私と殿下が婚約すれば、私が家督を継ぐ以上、殿下はタスメイキア家の婿養子となります。現在、タスメイキア家はアルバート殿下と親しい家柄ですもの。そこに殿下が入るということは、そのままアルバート殿下に着き、次の皇太子として推すと宣言したのと同義でしょうね」

「その通りだ。アルバートの対抗馬として持ち上げられそうな俺にとっては、君との婚約は皇位継承権争いなんてふざけたことから逃れ、同時に自分の身の安全も図れるというメリットだらけ、ってわけだ。…こういう言い方すると、君が断れなくなると思ったから黙ってるつもりだったんだが、な。…一つだけ、覚えていてほしい。俺にとっては、エルヴィア嬢は容姿・知性・家柄、すべてで理想の女性だ」


そういってジオトリックは立ち上がり、エルヴィアの前に跪いた。仮にも、皇子殿下が、である。既に言葉を口にするどころではない父は様々なショックから失神しかねない顔色になっている。一方、母親はキラキラと目を輝かせているので、傍から見たら喜劇の舞台のように面白い光景だろう。


「正直に言おう、夜会のあなたに一目惚れした。エルヴィア嬢、どうか私と婚約してほしい」


捧げ持っているのはパールの腕輪。エルヴィアは小さく笑う。


「えぇ、喜んでお受けいたします。ジオトリック殿下」


でも、あんなふうに忍び込まれるのはやめてくださいませね。


私の姉は、やっぱり美人で最強だった。


***********


皇子殿下がサツキさんと一緒に帰った後も、私の機嫌は最悪だった。大好きで大事な姉が、たぶんちゃんと愛されているっぽいけども、盗られたのである。父親が姉に、不安そうに尋ねた。


「よかったのかい?ほぼ、強制的なものだっただろう?」


その裏は、断りたかったら断ってもいい、と言っているようだった。仮に、姉が嫌がったら父は持てる力を総動員して頑張る心づもりだろう。だが姉は、朗らかに笑った。


「そうだけど、いいの。私にとっても理想の旦那様だし、それに、」


―――見た目ほど軽薄な方ではないのよ?


そう悪戯っぽく笑った姉に、私と父は模ったようにそっくりの愕然とした表情を浮かべたのだった。



***********


さて、その晩の話。父親と私はそろってショックを受けて寝込んだ。そりゃもう寝込みましたとも。シスコンの自覚はあったからこそ、余計にショックだった。だって、少なくとも私は姉の婚約は私が学院に入るまではないだろう、と思っていたんだから。


まぁ、そのおかげで、思い出した。『ファンタジーに恋して』略してファン恋の追加情報である。


今回は姉、エルヴィアに関するものだった。


姉の象徴が『高慢』であることは依然既にお話ししたのだが、ゲーム内での姉の婚約者はジオトリック殿下ではない。そう、違うのである!!


というか、ジオトリック殿下はゲーム内では影も形もない人なのだ。御付きだといっていたサツキさんの方が実は登場人物である。名前のあるモブ扱いで、アルバート殿下の御付きだったが。


まぁ、ジオトリック殿下が出ないのは納得できる。なんたって、ヒロインは私と同い年。となれば、ジオトリック殿下とは10歳差。なくはないが、攻略対象であるアルバートの叔父って時点で泥沼化が確定するだろうし、普通の乙女ゲーム的に昼ドラ要素は厳しいところだろう。


ゲームでのエルヴィアのお相手は、同じ学園内の騎士候。名前は……ビル?だっけ?

まぁとにかく騎士と婚約するのである。が、姉は身内贔屓抜きにしても美人であり、夜会では三華などと呼ばれるくらいには有名なのである。そして伯爵家を背負って立たねばならないため、非常に貴族の意識が高かった。ここが、エルヴィアと婚約者との溝になったのである。


要はあまりにも貴族的な態度が鼻について、婚約者に敬遠されるのだ。結果、姉のお相手はヒロインの純粋で温かな心持ちに惹かれ、あっさりと婚約破棄されてしまうのである。ちなみに、エルヴィアのルートも結構簡単だった。ある程度、貴族としての礼儀作法や知識についてミニゲームで上げておくだけでするっとクリアできた記憶がある。


さて、ここで振り返って現在。

姉の婚約者は皇子殿下。まぁ、結婚すれば伯爵家に入り婿になるわけだが、それでも皇子殿下としての権威はある程度残るはずだ。つまり、エルヴィアとジオトリック殿下がうまくいけば、それだけで没落ルートは回避されるはずである。


何より、これは完全に乙女ゲームの流れから逸脱している。


私は、思わずガッツポーズを握った。ありがとう、未来の義兄!正直いけ好かないけど、安泰な未来が待ってるうえに、姉を大事にしてくれそうな貴様であれば、特別に、そう特別に!認めてやろうではないか!!


***********


姉とジオトリック殿下が婚約したことが正式発表されるなり、すさまじい勢いで我が家に面会の申し込みや茶会・夜会の誘いが殺到した。それまで、成金だなんだと我が家を陰で馬鹿にしていた人ほど面会の申し込みが激しい。

アリスティアから教わった貴族一覧を思い返しながら、家族総出でどの人とあってどの人を断るかのリストを作る。まさかこんなところで、アリスティアからの貴族に関する知識が役に立つとは。勉強は裏切らない、と言っていた前世の友人を思い出す。


それでも減らない書類の束に、うへぇ、と私が休憩の時でもげんなりしていると、エルヴィアは小さく言った。


「それにしても、セレスティアもよかったわね」

「?アルバート殿下の婚約者候補に上げられなかったこと?」


私の言葉にエルヴィアは違うわ、と首を振った。


「あなたがユージット様と婚約してなかったら、間違いなく貴女を婚約者にって人が殺到したわよ?」


思わず二の腕をさすった。その様が容易に想像できるから余計にぞくりとする。


「私、ユージットっていう素敵な婚約者がいてよかったわ。少なくとも、今、慌ててやってくるような方を婚約者に、なんてとてもできないもの」

「ふふ、そうよねぇ、」


姉と笑い合いながら、内心で、でも、と付け加える己がいる。

私とユージットは、心の底から愛し合っているわけじゃない。もしも、もしも、世界の修正力だとか、そういう、私にはどうにもできない力が働いてしまって、ユージットが離れて行ってしまったら。……私はどうしたらいいんだろうか。

妙に、うすら寒く、薄氷の上に取り残されたような不安感が付きまとう。


けれどそれが、ユージットへの執着からくるものなのか、自分が捨てられることによる未来への不安からくるものなのかは、私はまだわからないままだ。


「――あら、噂をすれば、ね」


エルヴィアが窓の外を見てほほ笑んだ。ドアがノックされてメイドさんが入ってくる。


「ユージット・ベル・リーゲル様が御着きになりました」


その言葉だけで胸が温かくなる気がして、私は眦を下げた。


「すぐ行くわ」


私は立ち上がって笑う。さっきまで不安だったことが、彼が来たと告げられただけですべて吹っ飛んでいて、身体が温かくて軽い気がした。

もうなるようにしか、ならない。もしも、なんて考えなくていい。私は、今を生きてるんだから。


その決意のままに、私は走り出すことにする。



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