4話 奇襲
模擬戦の激闘から数週間が過ぎた。
リオ・ブラックバーン率いる第5班のメンバーは、命じられた山岳地帯での過酷なサバイバル訓練に挑んでいた。
険しい山道、霧が立ちこめる冷たい空気、細かな霧雨が頬を叩く。
教官は冷徹な声で告げる。
「この訓練でお前たちの真価が問われる。厳しい環境に耐えられなければ、戦場で生き残ることはできん。覚悟が本物なら、遠からずお前たちは本物の戦場を歩くことになるだろう」
その言葉に、リオは重くのしかかる現実を感じながら、仲間と共にひたすら歩み続けた。
山道を抜け、彼らは一旦、小さな開けた森の中で夜営の準備を始める。
焚き火の周囲に集まり、冷えた体を火の温もりで温め合った。
疲労と緊張、そして不安が入り混じる中、誰もが沈黙を保っていた。
やがて、その沈黙を破ったのはジャックスだった。
彼の声は静かで、それでいて重みを帯びていた。
「お前ら……なんで士官学校に入った?」
突然の問いに、みなが互いの顔を見合わせる。
ジャックスの瞳は暗い過去を映していた。
「俺は……戦争で家族を全部失った」
彼は拳を強く握りしめ、過去の痛みを必死に抑えながら語り始めた。
「俺の村は辺境の小さな集落だった。前線から遠く離れ、平和な日々が続いていた。続くと思っていた」
「だが……ある夜、突然の空襲があった。闇の中から敵兵が現れ、村は炎に包まれた」
「母ちゃんは必死に俺たちを守ろうとした。弟も妹もまだ小さくて、怖がっていた」
「俺は何もできなかった。手を伸ばそうとしても届かなくて、ただ見ていることしかできなかった」
「炎に包まれた村で、家族の叫び声が耳から離れなかった。目の前で母ちゃんの腕が焼けただれ、弟や妹達が泣き叫びながら倒れていった」
ジャックスの声は震え、彼は涙をこらえた。
「逃げる途中で銃弾が俺の脚を貫いた。だが、脚の痛みよりも、心の痛みの方が何倍も大きかった。あの夜、俺は無力だった」
「それからの数年、毎晩悪夢にうなされた。家族の声が耳をつんざいた。自分があの時助けられなかったことがずっと心を締めつけた。」
「だからこそ……強くなるしかなかった。誰かを守る盾にならなきゃ、また誰かがああなる」
彼は拳を握り締め、強い決意を滲ませた。
「それが俺の覚悟だ」
沈黙が訪れた後、ティセが静かに口を開いた。
「私は鳥人族なのに、幼い頃、私は飛べなかった」
「鳥人族にとって、空を飛ぶことは誇りで、生きる意味だった」
「だけど私は翼を広げても、空を飛べなかった」
「族の仲間たちは私を嘲笑い、いじめた。飛べない者は役立たず、弱者だと言われた」
彼女の声に翳りが差す。
「族長はこう言った。『弱き者は淘汰されるべき』と。私は生きる価値がないと思った。毎日、孤独で辛かった。自分はこの世界に必要ないんじゃないかと何度も思った」
「でも諦めなかった。痛みと戦いながら挑み続けて、大人になってようやく飛べるようになった」
ティセの瞳は揺れ、不安を抱えたまま前を見つめていた。
「だから、そんな私だからこそ、みんなの希望になりたいの。飛べなかった私でも、強くいられるって。」
リオはティセの話を聞き、深い哀しみを感じながらも、自分の夢を語った。
「俺の夢は騎士団の総司令官になること。戦争で傷つく者を一人も出さず、この大陸に平和をもたらして、みんなが笑顔で過ごせるようにしたい。」
リオは続けて「戦争のない世界を創りたい」と言った。
カイルは照れくさそうに口を開いた。
「俺は……ただ仲間を守りたい。強くなって困っている奴を助けたいだけだ。リオみたいにな!」
クラリスは冷静な瞳で語った。
「私もカイルと一緒。みんなの支えになる。冷静に判断して、仲間の命を守る。リオやカイルの夢を支えるのが私の役目」
焚き火の炎が揺れ、彼らの想いは一つに結びつき始めていた。
数時間後、リオ達は道中で無惨に殺された魔獣の死体と遭遇した。
森の奥で発見された魔獣の死体は不自然に焼き尽くされていた。
魔法による殺害であり、戦場の影が間近に迫っていることを告げていた。
ジャックスは険しい顔で言った。
「おかしい......これは訓練じゃない。何かが迫っている」
ティセは翼を広げて夜空を見上げ、つぶやいた。
「嫌な風が吹いてる」
その時、遠くの森から訓練終了の狼煙が上がった。
狼煙を確認したリオ達は魔獣を背に、キャンプ場へ戻る。
狼煙が夜空に広がり、灰色の煙が空を染めていく。
リオ達士官候補生が戻ると、教官が軍の紋章が刻まれた封蝋で閉じられていた一通の手紙を読み始めた。
焚き火の音が、ざわりと揺れる風にかき消される。
「敵性大型魔獣が国境を越え、侵略を開始したとの報せがあった」
教官は言葉を選ぶように、静かに続けた。
「帝国軍が対応に向かっているが、現場は混乱している。貴様ら士官候補生にも……初の実戦任務が下った。」
重く沈んだ空気が、あたりを包んだ。
「この場所に敵が来る。士官候補生全員で食い止めるぞ。」
誰もがそれぞれの覚悟を胸にしていたが、「死」の気配を前にした時、その想いは生々しく心を揺さぶる。
クラリスが小さく息を呑む。「……もう逃げ場はないのね」
リオは皆の顔を見回しながら、静かに頷いた。
「これは……俺たちの始まりだ。みんな、生きて帰ろう。」
カイルが拳を握り、ぎこちなく笑ってみせた。
「ま、やるしかないっしょ。ビビってたらノアの野郎に笑われるぜ」
ジャックスは焚き火の火を掴むように見つめていた。「……あの夜と同じ匂いがする」
ティセの翼がふわりと震え、羽根が一枚、地に落ちた。「風が……ざわめいてる。何かが……こっちに来てる」
その時、森の奥からかすかな地鳴りが聞こえた。
土を震わせる、獣の群れの足音――否、それだけではない。
「……人だ。部隊の足並みじゃない。もっと雑然としている……逃げてきてる?」
クラリスが耳を澄ましながら警告を発した。
数瞬後、木々の間から血まみれの兵士たちが現れた。装備はバラバラで、背後には瓦礫と化した山小屋と、煙を上げる小規模な集落が見えた。
「く、来るなッ!あれはもう……あれは魔獣じゃねえ……!」
兵士の一人が叫ぶ。瞳は恐怖に見開かれ、口元から血が流れていた。
その直後、森の奥から異様なうなり声が響いた。
「ギ……ィィ……」
それは、どこか人の声に似た、だが明らかに歪んだ「咆哮」だった。
「来るぞ!武器を構えろ!」
教官が叫ぶ。
次の瞬間、闇を裂いて飛び出してきたのは、腐肉を纏い、黒煙をまとった異形の魔獣だった。
まるで人の形をしているようで、しかし関節は逆に曲がり、体表からは魔力の瘴気が立ち上っている。
「……融合型魔獣!?なんでこんな場所に……!」
クラリスが目を見開く。
「敵は、すでにここまで侵攻していたなんて……」
リオの呟きに、全員が息を呑んだ。
彼らの訓練地は、もはや安全圏ではなかった。
ティセが翼を広げ、ジャックスが剣を抜き、クラリスが後方から魔法の詠唱を始める。
カイルもすぐに雷の魔力を帯びさせ、周囲の警戒に回った。
リオは静かに剣を構え、仲間たちに向かって言う。
「ここで退けば、何も守れない。……戦おう。これは訓練じゃない。けど、俺たちにはやるべきことがある」
「……帰って、またまずい飯食べようぜ!」
仲間たちは笑いながら頷いた。
その夜、士官候補生たちは初めて、「戦場の匂い」を知る。
焼ける血と肉の臭い。
仲間の叫び声と、魔法の閃光。
そして――何よりも、命の重みを。
それが、「英雄」への、最初の一歩となる。




