蛇足
「美術準備室の二人」の続きです。BLになっています。苦手な方はご注意ください。
放課後の美術室。
コウジは一人、一枚の大きめの色画用紙を置いた作業用の長机に向かっていた。
天井近くの明かり取りの窓には、初夏の爽やかな空が広がっている。コウジが向かっている色画用紙は、ちょうどこの空を映したような明るい空色だ。
ふぅ、と、画用紙から毛先を金色に染めた面相筆を離す。と、それまでコウジの耳にどこかおぼろに聞こえていた校舎の周りをランニングする生徒たちのかけ声や、三階の音楽室から降り注がれる吹奏楽部の練習音が、徐々に本来のボリュームを取り戻して入ってくる。
コウジは学校指定の白いシャツを少しばかりゆったりと着ている。夏服への衣替えに伴い、昨年よりLの数を多くして新しくしたものだ。
ーー高校に入って三度目の夏ーー
コウジは三年生になり、浩司と居る時間に限りがあることを意識し出していた。
高校を卒業すれば、それからの二人の進路は分かれるはずだ。
いくら小学生のころから仲が良かったとはいえ、物理的な距離が空けばそれだけ二人の関係も薄まっていき、お互いを感じる機会も減っていくだろうと、コウジは思うのだった。
コウジはうっすらと額からこめかみに汗を浮かべた顔を明かり取りの窓に向け、空の青を目に映して、ぼーっと見つめ出した。
ーーあれは確か、おれたちが中学二年生のときだったかーー
授業と授業の間の短い休み時間、とくにすることもなく教室から廊下に出て、ぼんやりと窓の外を眺めながら浩司と交わした会話で、進路調査で将来のことを聞かれても、自分が何になるのかまだ遠い先のことのように思えて答えようがないというようなことを話していた。
浩司も将来は漠然としていて決めていないというので、ハーフのイケメンということを活かして「モデルになれば」とコウジは言った。
「いや、オレ、タッパねーし」
浩司はすっきりと晴れた空のように爽やかな笑顔で返した。ハーフでイケメンの彼は女の子たちからモテモテで、その上運動神経が良くて友達も多い……コウジ自身は成長期でようやくクラスの女の子たちから見下ろされることが少なくなってきたとはいえ、やっぱり他の生徒たちと比べるとぽっちゃりとした体型をしていて、相変わらず浩司以外に親しくしている友達がいないのだが、浩司はコウジに嫌みを感じさせることなく、隣に居てくれるのだった。コウジに唯一、自慢できるものがあるとするならば、間違いなく浩司の隣に自分が居ることだろう。
「そうだ!将来、オレたち二人で会社創んねえ!?」
ぱっときらきらした笑顔で浩司が言う。
「カード会社! お前がドラゴン描いて、オレがカードにして売る! がっぽり儲けんぜ!」
綺麗な碧い目を真っ直ぐに向けられて、コウジの心はくすぐったくなるが、顔は苦く笑っていた。浩司の描く絵を褒めるのは浩司以外いなかったためだ。
「誰も買ってくれないよ」
と、コウジが少し申し訳なさそうに言うと、
「んー、じゃあ、オレが全部買うよ!」
と、浩司は真顔で答えるのだ。
「っ!? それじゃあ、意味ないよ!」
コウジが思わず吹き出しながら言うと、浩司はカラカラと気持ち良く笑うのだった。
高校に入っても、何も変わることなく隣に居てくれる親友のことを思い浮かべながら、コウジはそっと、画用紙に触れた。
さらりとした感触が指に伝わり、置いた絵の具が乾いたことを知らせてくれる。
この画用紙をじゃばら状に折り、さらに端と端を合わせて真ん中で折り、合わさる面をボンドで接着させる。じゃばらに折った画用紙を扇状に広げれば、金色の絵の具で書かれた「浩司」の文字が現れて……
******
浩司は中学生のころからずっとバスケをしている。
コウジの親友である彼は試合があると、「お前のために、点、決めてやんぜ!」と、なかなか胸キュンな口説き文句で応援に来ないかと誘ってきてくれるのだが、コウジは、「この日しか観れない絵の展示会がある」だとか、「コンクールの締め切りが近い」だとか、挙げ句の果てには冗談混じりに「石膏像が嫉妬する」だとか言って断り続け、今まで浩司の試合の応援に行ったことはなかったのだ。
親友の活躍を生で観たいという欲求はあれど、コウジが頑なに浩司の試合に行かないでいたのには理由があり、それにはコウジが子どものころの「あるできごと」が影響していたためだった。そのできごととは……
それはコウジが浩司と出会う前、彼が小学校低学年のときのことだ。
給食を終えた後のお昼休み。外は晴れ。クラスの男子生徒たちは連れ立ってグランドに出て、はしゃぐ声を上げている。が、コウジは一人、教室に残り、その時クラスで飼っていた金魚鉢の中にいるウーパールーパーを落書き張にスケッチしていた。
「わぁ! 可愛い!」
コウジが静かながら熱中できる時間を過ごしていると、ふいに頭の上に可愛らしい声が降ってきた。
教室に戻って来た女子生徒の一人が、教室の後ろのロッカーの上に置かれた金魚鉢の前で、丸い背中を見せているコウジに興味を持って近づき、コウジがウーパールーパーをスケッチしている落書き張を覗き込んで声を上げたのだ。
「ねぇ、みんな! こっち来てみて!」
「何?何〜?」
女子生徒の後に続いて教室に戻って来た他の女子生徒たちが声に呼ばれて集まり出す。
「見てよ、これ!」
コウジの落書き張を指し示す女子生徒。
「……わぁ! 何これ!? 可愛い!」
「何、何? 私も見た〜い!」
コウジはあっという間に女子生徒たちに囲まれてしまった。
言いようのないプレッシャーに固まって動けなくなってしまったコウジの手から、ひょいっと女子生徒の一人が彼の友達ともいえる落書き張を取り上げてしまう。
「うっわー! 可愛い!」「えーっ、どんなの? こっちにも回して!」
嫌な汗をかき始めたコウジを他所に、女子生徒たちは騒がしくコウジの落書き張を奪い合う。
コウジのスケッチしていたウーパールーパーは、それほど愛らしく、彼女たちの心を捕えたのだ。
だが一人の女子生徒が「ひっ!」と短く悲鳴を上げる。
コウジは愛らしいウーパールーパーの前のページに、スーパーで売られていたワラスボの干物をスケッチしていたのだった。
可愛らしいウーパールーパーのスケッチと、海のエイリアンとも呼ばれるおぞましい姿のワラスボのスケッチを見てその落差に驚きが増した女子生徒は悲鳴を上げたのだった。
「げっ!」
「いっ、いやー!」
コウジのスケッチしたワラスボを見た他の女子生徒も次々と悲鳴を上げる。
そして女子生徒たちはコウジからざざっと潮が引くように離れていったのだった。
「ポコポコ……」と、まるで置物のようにじっとして動かないでいるウーパールーパーを飼育する金魚鉢の空気ポンプが鳴っている。
コウジは一人残された教室で、床に投げ出された落書き張を拾い上げようと屈み込んだ。が、立ち上がることができず、そのままがくりと頭を垂らすと、床に膝と手をついて、小さく肩をふるわせるのだった。声こそ上げなかったが、ぽろぽろと目から落ちる大粒の涙に、ワックスがまだらに剥がれた木製のタイル張りの床の四十八茶がじわじわと面積を広げて浮かび上がっていった。
子どものころのできごととはいえ、コウジには幼いころ女の子たちから取り囲まれて、有無を言わさずスケッチをしていた落書き張を取り上げられた挙げ句、悲鳴を上げられたという過去は、彼が高校生になってからも、女の子たちが多く集まる場所や、女の子たちが上げる悲鳴をどこか苦手に思わせるところになっていたのだ。
浩司が所属するバスケット部は、イケメン揃いで、彼らの応援をする女の子の数は多く、試合が始まる前から彼女たちの熱気に会場は包まれ、試合中は点が動くたびに彼女たちの歓声と悲鳴が上がるのだった。
コウジはこれまで何度か浩司の応援をしようと会場へ向かって行ったことがあるのだが、子どものころのトラウマから、試合会場の外まで響いてくる女の子たちの悲鳴混じりの声援に、彼はたじたじと踵を返してしまっていたのだった。
コウジが美術室で作っていたのは、鮮やかなスカイブルーの画用紙に金色で大きく「浩司」と書いた「ハリセン」だった。彼はこれを浩司の試合でバシバシと打ち鳴らして熱烈な応援をし、試合を終えた後の彼を「かっこ良かった!」と褒めちぎって「あること」を頼もうと計画しているところだったのだ。
******
「がんばれーっ! 〇〇浩司!」
コウジは叫んでいた。周りからは女の子たちの悲鳴と歓声が絶えず上がっていたが、コウジは浩司が試合をする姿に心をつかまれ、気になることはなかった。
「ビィーッ!」と、試合終了を告げるブザーが満員の館内に鳴り響く。
「ワァー!」っと客席から歓声が上がり、ざわめきは徐々に素晴らしい試合を観せてくれた両選手たちを讃える拍手へと変わっていった。
******
「お前の声が聞こえたぜ!」
浩司がスポーツマンらしく爽やかな笑顔をコウジに向けて言った。
試合終了間際、コウジが放った叫ぶような声援に応えるように、コウジはブザービートを決め、チームを勝利へと導いたのだった。
コウジは少し照れたように「そう」とだけ言って答えた。
浩司は肩にスポーツバックを担ぎ、コウジは背中側の腰のベルト部分に、ぼろぼろにくたびれたスカイブルーのハリセンを挿している。
コウジは浩司の試合の応援をした後、試合を終えた選手たちの出待ちをして彼をつかまえ、今は二人で家路へと、川沿いの土手の上を並んで歩いているところだ。
昼間はじっとしていても汗が出るほど気温が上がっていたが、今は日も傾き、そよそよと川面をやさしく撫でている風が土手の上を歩く二人に心地の良い清涼感を運んできてくれている。
コウジはここまで、自分の「計画」が上手く進んでいることに手応えを感じて立ち止まった。
コウジが立ち止まったので、浩司も立ち止まり、「ん?」と顔を向けてくる。
コウジは浩司に向き合い、姿勢を正して言った。
「おれの……モノになって欲しい!」
コウジはなかなか大胆な告白をした。
コウジの「計画」では、「おれの絵のモデルになって欲しい!」と言う筈だったのだが、気持ちが昂り、はしょったことを言ってしまったらしい。
「えっと、その……」
慌てて言い間違いを正そうとするコウジの顔の前に、浩司の右腕がスッと伸びて、グッと親指を高い空へと立ち上げて見せた。
「OーKーっ! 待ってたぜ!」
と、言いながら、ぱぁっと輝く親友の笑顔にコウジはまぶしいものを見るように、目を細めるのだった。
二人が初めて出会った小学四年生のときから、コウジの隣には浩司が居て、浩司の隣にはコウジが居た。
仲良く肩を並べてあるく二人を、夕日が紅く染めていった。
「美術準備室の二人」の続きです。BLになっています。苦手な方はご注意ください。
この度は「ラブティ・ベール」にお付き合いいただきありがとうございます。ご愛読、本当にうれしいです。
感想など、ありましたら、お気軽にどうぞ♪
〈18歳以上の読者様へ〉「ムーンライトノベルズ」に「コウジくん」(全8話)を投稿しています。「コウジ」と「浩司」の二人のパラレルラブストーリーになっています。(もちろんBLです)興味がある18歳以上の方はよろしければご一読いただけましたら、うれしさ100倍です^^♪




