それから
サリーアがフィネールとと出会ったのは物心ついてからすぐであった。侯爵家と侯爵家という十分に釣り合いのとれた家格は元々、繋ぐために知り合わされたと言っても過言ではなかった。
それを五年前まで形にするのを躊躇ったのは、ひとえに同じ年齢である第二王子フィリップに婚約者がいなかったせいである。それも第一王子が立太子し、これと言った非はなく、第二王子が宰相家と繋がることはいらぬ混乱を起こすことだとし、フィネールを婿養子として迎えることにした。
「それをお前の一存で簡単に壊せると思うな、この馬鹿息子が」
ネスター侯爵が額に青筋を立ててフィネールに言った。
「お……お手数おかけしました、父上、ウェントラル侯爵」
「義父上と呼びなさい、フィネール」
「謝る順番が違うわ!ウェントラル侯爵が先だ!」
「し……失礼しました、うぇ……お義父上、父上」
ウェントラル侯爵のにらみに言い直すフィネールは、すでにこめかみに汗を一筋垂らしている。
サリーアはそれを眺めながら紅茶を手ずから淹れて香りを楽しんでいた。
「お前のせいでなぁ!危うく執政が滞ることになるところだったのだぞ」
「ネスター、うちで騒ぐな。サリーアはあれで繊細でな、また食事が喉を通らなかったらどうする」
「ウェントラル侯爵がおっしゃるならば……本当にこの度は愚息が申し訳なく」
「戻ってきたのならば構わん。それにしても、言葉がなくとも通じあっているのだと思っていたのだが、そんなこともないのだなあ」
ウェントラル侯爵家で受けていた説教はこれで終わったらしく、ふうと男親たちはようやく背中をソファに預けた。
「フィネール、お前はサリーアさえ関さなければ頭がまわるのになあ」
ウェントラル侯爵がため息混じりに息を落とす。
「公爵家にサリーアと釣り合う年齢の未婚で婚約者のいない男性はいないのだから、お前にフラれたらうちの娘はフィリップ王子に嫁ぐしか道はなかったのだぞ。お前が王子とアリア嬢の仲を引き裂いてどうするんだ」
その言葉にフィネールはえっと詰まり、サリーアから扇で足を叩かれた。そちらを見ると結構本気で睨んでいる。
考えてみるとそれはそうだ。宰相である彼が自分の娘婿であり、自分の後継になるものに格下の者を迎えるわけがなかった。
「も、申し訳ありません」
「もう良い。もうサリーアの手を離すなよ……まあ、その娘も私の娘だ。手段選ばず、拘束しにいくと思うがな」
え?とサリーアを見やると、サリーアは相変わらず別の方向を眺め、それから紅茶を淹れ始めた。
その紅茶をフィネールのほうにやる。珍しく淹れてくれたお茶の香りをかいで口をつける。
「あと、サリーア。甘やかすんじゃない。熱い茶を淹れて早く馴れさせなさい」
思わぬ義父の攻撃に、バレてないと思っていたフィネールは口に含んだ紅茶を吹き出しそうになってこらえた。
その紅茶はレモンが淡く香る、少し冷めたお茶だった。