第3話 心臓、抜き取ってやる
手足を鎖に繋がれた女が、地面に横たわっていた。
異臭が凄まじく、地面の黒ずみが血反吐だということに気づくのに時間がかかる。
手足は、身体は、ガリガリでやせ細っている。
「……何者だよ」
思わず目を背けそうになるも、さすがにここまでされるやつが無実の罪とは思えない。
しかし、いったい誰なんだ。この国で働いてる俺でも知らなかったし、先代からも聞いたことはない。
見たところ、最近ってわけでもないみたいだしな。
「……アゥアゥ」
じたばたと、頭が上がらないのかその場で暴れる。
うーん、可哀想だ。
めちゃくちゃ可哀想で俺の良心も痛むが――。
「逆に怪しいな。その状態にもかかわらず魔法念話が使えるってことはお前、めちゃくちゃ強いだろ?」
――エッ。
「動揺してんじゃねえか」
カタコトだった声が若干の女性味を帯びる。
こいつ、耳もしっかり聞こえてがるな。
無駄だと思ったのか、ジタバタが止まる。
拷問されていたような痕もあるが、ここまでされながら魔法が使えるなんてとんでもないやつだ。
――ダイジョウブ、ナニモシナイ。
「そういうやつが一番怪しいんだよな。いつからここにいる? 何したんだよ」
雑談をしている暇は俺にはない。
しかし、こいつが何者かどうかは気になる。
――キヅイタラ、ココニ。
「嘘つくな。さっきも言ったが、俺はなんとなく嘘がわかるぞ。同じこと言ったら、もう構わないからな」
冷たいかもしれないが、駆け引きしている暇なんてない。
俺は困っている人を無条件で助ける善人じゃない。
この世界でそんなことをしていたら、命がいくつがあっても足りないからな。
――ヒトを、イッパい、コロシた。
すると、やけに真実味の帯びた声が聞こえてきた。
淡々と、それでいて悪びれる感じもない。
ああ、こいつは――きっと大量殺人者だ。
俺は、ゆっくり近づく。
地面に項垂れている後頭部に手をかざす。
まずは、魔法手錠を解除した。
それから――。
「――治癒」」
俺の手が光り輝き、女の手足の傷が治っていく。
血で汚れて真っ黒だったのも、段々と白くなっていく。
ぴく、ぴく、と身体が動く。
そして――。
「ひゃっぁっあ、あぁっぁっ、はぁっはぁっはっぁっ……」
ガバッと身体を起こし、周囲を見渡す。
色素が抜けたような銀髪をしている。目は充血しているのかと思ったが、めずらしい赤色だ。
身長は……思ってたより高いな。
手足がスラリと長いし、見たところ年齢は20代前半くらいか? それにしちゃ強すぎるが。
「……今のは治癒魔法……!? 一瞬で、ここまで回復するなんて……それに手錠まで……」
「悪いが、無駄話をしてる暇はない。本当にこっから出られるんだよな?」
女は、手足が動くのを確かめるかのように、にぎにぎしている。
俺の話聞いてるか?
そして、俺を親の仇のように睨んだ。
「……人間はすぐ嘘をつく。あなたが何者かは知らない。でもここから出たら私を殺すんでしょう? ――だから、その前に」
俺に右手をかざし、魔力を漲らせた。
それは、恐ろしいほどの魔力集約だった。普通なら数十秒はかかるであろう力を、一瞬で溜める。
この魔法が直撃すれば、恐ろしいダメージを受けるだろう。
――こいつ、何者だ。
「はい、攻撃しようとしたので逮捕です」
「……え?」
俺は、魔法手錠をふたたび嵌めた。
魔力が一気に散り散りとなり、女は瞬時に無力になった。
ほんとすげえなこれ……。
「仕方ねえから、プランAの強行突破でいくわ。またな」
「――っっっ!?!? ま、待って嘘、嘘だからあああ、行かないでお願いいいいいいいいい、もうしませんからああああ」
俺がその場から去ろうとすると、女は途端に素直になり、土下座して手のひらを見せてきた。
完全降伏すぎるだろ。
「じゃあもう二度と仕掛けようとすんなよ。次したらマジで放っていくからな。もし外出て逃げようとしたら手錠嵌めるからな。わかったか?」
「もうしません。わかりました」
怪しい。でもまあ、今回は真実味を帯びてるな。
俺は、もう一度手錠を外す。
「ほらよ」
「……こんないとも簡単に」
「端的に自分のことを話せ。でなけりゃ信用しない」
すると、女は悲しい目をした。
「……私の名前はエレナと言います。人は、私のことを厄災の魔女と呼んでた。私が――人をいっぱい殺したから」
その目、その声に嘘はなかった。
一体いつからここにいるのか、そのあたりはかなり気になるところだが――。
「俺の名前はアルス・ギルバート。この国の宮廷魔法使いだった。冤罪でここに入れられた。上には出口が一つ。おそらく見張りがいる。突破はできるが、バレずに出たい。エレナ、お前が何者でもいい。――それが、できるか?」
俺はこの国を守る仕事についていた。
おそらく犯罪者を逃がすなんてありえない。
だけどそんなの、今は関係なかった。
「――できます」
「ハッ、その言葉信じるぜ」
じゃあ行くぞと階段を上がろうとするも、なぜか動かない。
振り返ると、その場に突っ立ってた。
「何してんだよ」
「久しぶりすぎて……あるけない。お願い、おんぶして」
「……めんどくせえ」
俺は、エレナを背負いながら螺旋階段を上がっていく。
ぬかるみがひどくて、足が滑りそうになる。
「……私、本当に外に出られるんですか」
「それはお前次第だ。嘘だったら置いてくからな」
返事しろよと思っていたが、何かをかみしめているようだった。
ようやくたどり着き、天井に鉄格子が見える。
鍵はかかっちゃいるだろうが、それは問題ない。
しかし、上に見張りがいるはずだ。
「で、どうすんだよ?」
……え、無視?
と、思って後ろを向くと、エレナは目をつむっていた。
「……今、やってます」
なんだ、なにを――。
「……外、見つからないところ、でも、遠くまではいけない。――移動する」
すると次の瞬間、目が真っ暗になった。
何かの罠かと思い、驚いていたものの、カーテンが上がるように視界がクリアになってく。
そこはなんと――。
「外……じゃねえか」
俺がよく警備して回っていた庭園だ。
あそこから200メートルは離れているはずだが、こいつ、まさか。
「瞬間、移動か?」
驚きのあまり手を放してしまい、エレナが地面に倒れる。
いたっ、と声が聞こえる。振り返って謝ろうとしたら、空を眺めていた。
「……星空」
こいつ、一体いつから閉じ込められてたんだ。
いや、それより――。
「感傷に浸ってるところ悪いが、エレナ、今のもっかい使えるか?」
「……使えるけど……頭痛くて……あと、一回ぐらい」
俺の治癒は魔力までは回復させられない。
まあ、そんなのできたら最強すぎるか。
俺たちは、ルフ騎士団長が寝泊まりしている建物の近くまで移動する。
警備体制は把握しているので、誰とも鉢合わせることはなかった。
「あそこの部屋だ。いけるか? あの窓、右側の書斎だ」
「……そこに誰がいるんですか?」
「イケ好かない野郎だ。ルフっていう――」
「……もしかして、にひって笑う、短髪の男?」
「そうだ。知ってるのか?」
エレナの表情が恐ろしくなる。
どうやら、めちゃくちゃ恨みがあるらしい。
「……心臓、抜き取ってやる」
うーん、やっぱこいつ閉じ込めてたほうが良いか?
すげえ奴を外に出した気がする。
まあでも、ルフ騎士団長ならいいか。




