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ぽつぽつと会話を重ねる中で、その老庭師は園也と名乗った。
……多少は警戒心が解けたからこそ、名を教えてくれたのだろうが、まだ愚痴は尽きないらしい。
「やんごとなき身分のおなごたちは、美しい服で着飾ることに夢中で、庭になど興味なくてな」
と不満げにぶつぶつと呟き続けている。
ただ、玲華は「高貴な女性たちの行動」が悪しきことである、とまでは思わない。人の価値観はそれぞれだろう。為政者の寵愛を得るためには、美しさもまた武器である。
ただ、玲華は己が華美に着飾るよりは、美しいものを育てることに興味が湧くたちだっただけだ。……自分自身の容姿に、さして自信がないということもあるのだが。
「あの……」
長くなりそうな園也の話を、そっと遮ると、まだ愚痴を言い足りないのか、恨めしげな目で見つめられた。玲華は、そんな彼を宥めるように微笑む。
「……」
毒気を抜かれたらしい庭師が口を閉ざしたのを確認した後、玲華はこう尋ねた。
「この場所は、手を入れれば、綺麗になりますか?」
すると老人は、
「もちろんじゃ」
と即答した。随分と腕に自信があるようだが、次の瞬間には不思議そうに首を傾げる。
「しかし、お妃様には自由に使用できる広い庭が準備されておるじゃろう?」
その瞳に、少しばかり不審の色が宿る。
何不自由ない正妃としての身分。完璧に整えられた、元皇女のための庭。端から見れば申し分のない程に恵まれた境遇なのだろう。
それが敢えて、荒れ果てた庭を再生させようとしているとなると、一体どんな酔狂なのかと疑ってかかる彼の態度はある意味正しい。しかし。
「自分で育てたい花があるんです」
玲華は自分がどれだけ花に興味があるかを、滔々と語ってみせる。……今になって「お妃教育」の一環として呉羽に叩き込まれた「花」の知識が役に立ったようだ。
――玲華の話が進むにつれ、園也の態度が目に見えて軟化していった。
ただ、本音はあくまで玲華の胸の奥にとどめ置く。
確かに育てたい花はある。
しかし一番の理由は、人目につかず静かに過ごせる場所が欲しかったのだ。ただ、正妃である玲華が、そのような願望を口に出せるはずもない。
「この花は、ここに植えることができますか?」
玲華が、育てたい品種として具体的な花の名をいくつか挙げると、園也は、それはそれは嬉しそうに頷く。
その、花が愛しくて愛しくてたまらないといった彼の様子に感じ入った玲華は、この庭をもう一度息づかせたい、と心から願ったのだった。
☆
そうして庭師との話は成立したが、まだ一つ、大きな問題が残っている。
(あまり気は進まないのだけど)
正妃だからといって、許可なく館の一角に手を入れるわけにはいかないだろう。この屋敷の主の許しを得るのが筋だ。……当然、主というのは、あの龍綺である。
(……)
頭の中に浮かぶ彼の姿は、気難しい表情をしたものばかりだ。
これからすべきことを考えると気が重く、玲華は一つ、大きな溜め息をついた。