②カウンセラーの男
2014年4月10日16時39分
福岡県福岡市城南区七隈8-XX-X
野辺山大学付属高校 管理棟 2F 保健室付属カウンセリングルーム
「ツハハハハハハ、やっぱお前、超面白いや。イヤア、最近の学生はみんな想像力豊かで毎日飽きないよ。フッフッフッフッフ」
「やっぱり信じられませんか?」
「いやいやいや。信じてるよ。多分、明日あたりにその子どもとそっくりな顔の転校生がやって来るに八ペリカ賭けちゃうね。それで魔法少女に変身して、一緒に魔女と戦うんだよ。お前男だけど」
そう言うと、白衣を着たカウンセラー、葛飾は再び爆笑した。
それに相対して椅子に座る男子高校生。
短髪の清潔感のある髪に、多少整った顔つき。そして顔の良さを幾分減じる悪い目つき。百七十センチの身長と、運動部には少々足りない筋肉の男こそ、朝倉セイジだった。
やっぱり眠れないからといって、カウンセリングなんかに来るんじゃなかった。
セイジは葛飾の笑い声を聞きながらそう思った。
野辺山大学は医学部を含んだ総合大学で、福岡市の南に位置しており、同じ敷地内に付属高校が併設されている。
それがセイジの通う野辺山大学付属高校だった。
野辺山大学付属高校の敷地面積は広大であり、建築物は最新のものばかり。
そんな一つが、付属高校保健室に設置されたカウンセリングルーム。秘密順守の為に、完全な防音と二重扉まで備えた、無駄に豪華なものだった。
そこに配置されたカウンセラー、葛飾テツヤには少々……いやかなりの問題があった。
前に、人生を斜めに構えることが格好いいと勘違いした高校一年生が、
「人生なんて、死ぬまでのただの暇つぶしですよ」
と、カウンセリングルームに来てうそぶいたそうだ。
それに対してこの葛飾は、
「たしかにお前、目つき悪いし、モテなさそうだし、つまらなそうな暇つぶしの人生だな」
と言い放ち、乱闘になった。
また教職員の飲み会で酔った時、
「俺のライフワークは、合法市販薬を調合して、クラック・コカインと同じトリップが出来るようにすることだ!」
と叫んだという。
カウンセリングルームに持ち込んである機材から推察するに、あれは冗談ではなく本気じゃないか?
学校側はそう考え、教頭が直々の立ち入り検査をしたという。立入検査の結果が非公表で、葛飾が二週間の謹慎処分になったというのがその話のオチだった。
その他にもカウンセリングルームが、プライバシー重視であるのをいい事にタバコを吸う、女子生徒と親密な話をするetc etc……規律違反や倫理の欠如を羅列すればきりがない。
しかしそれでも葛飾が、一向に首にならないのには一つの理由がある。
顔が福山雅治なのである。
しかもほぼ完璧に。
そしてこれだけの理由で女性教職員と女子生徒全ての支持を集めている。
確かにここまでイケメンだと、男のセイジでさえ、馬鹿にされてもあまり怒る気にならない。むしろ少年のようにキラキラ輝く瞳を見ると、何故か心惹かれてしまう。
人を馬鹿にしながらも、何の邪気のない微笑みをする葛飾と相対して、セイジはそんなことを考えていた。
「ごめん、ごめん。フフッ。えーと、まず君はその侍なんだよね?」
「はあ、そうです」
「それでその登場人物の顔や名前に心当たりとかはないのかな? 例えば知っている人だとか、タレントだとか有名人だとか、そういうことはないのかな?」
「……いえ……思い返しても、みんな初めて見る顔ばかりでしたね」
「んー。それで初めに夢を見たのが、八日の火曜の夜だったね。その時は確か、六人の護衛の相手を斬り殺す所を見たんだよね」
「そうです、それで飛び起きました」
「うん、それで今日は、また少し夢の話が進んだと。その六人の護衛の生き残りに止めを刺す所まで来たわけだ」
「俺が一番怖いのは、今日あたり、子供を殺す夢を見るんじゃないかってことなんです」
「いやいやいやいや、そんな事はないよ。さっきいっただろう? 今日あたり見る夢で、君の右手が疼きだすんだよ。そしてその子と仲間になって、悪い領主をやっつけるって寸法さ。フッフッフッフッフ」
こういう男である。
野辺山大学付属高校の男の大方は、女性陣とは違いこの性格ゆえか葛飾を嫌っている。
しかし何故か、セイジは彼を憎めなかった。
「先生、俺は真剣に、真面目に相談しに来たんですけど」
「イヤイヤ、これが真面目な話でね。夢っていうのはね、その日に体験した事柄が強い影響力を持つのさ。夜に見たドラマの続きが夢に出てくることっていうのは、珍しいことじゃないだろう? だから例えば、昨日一昨日に時代劇を見たとかさ、戦国無双をやり過ぎたとかさ、そういうことはないかな?」
「……いえ、時代劇は見てないですね。ゲームも侍が出るようなのはやってませんよ」
「んー? ……ではその少年の顔形をもう一度言ってくれないかい」
「はあ……」
セイジは夢に見た少年の顔を思い出していた。
太くきりりとした眉毛に、大きな瞳は潤み輝き、真っ黒な髪と紅潮した頬はとても瑞々しい。
少女と見間違えるほどの美形である。幼少の子供ではあるが、将来は必ず沢山の女性達を泣かせることになると断言できた。
「そんな感じです」
「へっ。何かお前の説明聞いてると耳がこそばゆいよ」
「それでいてどこかゾクッとする位、はかなげなんですよ」
「ほーお?」
「そうですね、眉毛は太いんですけど、本当に女の子と見間違えるくらい綺麗な子でしたよ」
「フンフン」
「そういえば、その子の顔だけは何故か鮮明に覚えてますね。何かの暗示でしょうか?」
「うーん。他の顔は覚えていないと」
「やっぱり俺、疲れてるんですかね……」
「いやいやいやいや、まあコーラでも飲んで落ちついて」
「あ、喉乾いてないんで結構です」
カウンセラー室に相談に来た生徒には緊張をほぐすためか、必ずコカコーラが出される。
しかしその中には、何がしかの向精神薬が入っているのではないか、というのは高等部男子生徒の中での黒い噂だ。
葛飾はしゃべりながら手元のレポート用紙に、熱心に何かを書き付けていた。
そして話の終わりにそれをちぎり四つ折りにすると、セイジに渡した。
「これをあげよう。とてもよく効く処方箋を書いたから、後で開けなさい」
そう言うと、葛飾は歯を見せて笑った。男のセイジでさえ、少し焦ってしまうほどの、綺麗な笑顔だった。
「マジでこれ見れば全部解決するからさ」
「はあ」
「イヤア、俺って本当親切だなあ。カウンセリングって俺の天職だよな!」
「いや、あの、それは、どうでしょう?」
爽やかな笑顔だったが、セイジはさらりと付け加えられた二の句には肯んじなかった。
促されて立ち上がり二重扉を開けて待合室に出る。一つ大きなため息を付いた後、セイジは教室へ向かって歩き出した。
毎度のことながら、悩んでいることが馬鹿らしくなるカウンセリングだ。
大体、あいつに相談すると、いつでもこんなふうになっちまう。
一年前もそうだった。
『人生なんて、死ぬまでのただの暇つぶしですよ』
誰かれ構わずにそううそぶく。
それが一年前のセイジ。
そして、そんな彼を影で嗤うのではなく、正面を向いて笑い飛ばしてくれたのは、他ならぬ葛飾であった。
そのおかげか否か、何とか中二病を卒業し、今では、クラスメイトとマックで駄弁るのが好きなだけの男となる事が出来たのだ。
それにしても、と右手に握った手紙を握り直す。
一年前に中二病のカウンセリングを受けた後から、セイジにとって葛飾という人間は、どんな悩みでも相談できる、数少ない一人となった。
だがその一方で、葛飾の悪乗りのすぎる性格も、短いつきあいの中ではあるが知悉していた。
その経験が、あまりいい予感がしない手紙であると、心に告げていた。
むしろとても悪い予感がする。
開けようか、開けるまいか迷っている時、ズボンのポケットに入れた携帯が震えて、メールの着信を知らせた。
何気なく取り出しメールを開いた瞬間、セイジは目を見開いた。
『親戚の吉浦さんが亡くなりました。斎場の祭善社までタクシーで来て下さい』




