①昨日見た夢
1514年8月14日14時23分
筑前國怡土郡二丈石ノ森
太陽が地を焼く暑い八月。
しかし鬱蒼とした森は、その熱線を完全にさえぎり、逆に肌寒い空気が感じられる。
そんな森の中に修羅場があった。
六人の侍が一様に手や指を無くすほど切り刻まれ、倒れている。
殆どの者は既に死んでいて、かろうじて息をしている者もいるが、それでも一刻の後に、この世にいる者はいないだろう。
その周りに、大柄な侍が腕を組んで立ったまま、配下の四人の下郎と一人の馬飼いと話をしていた。
侍と下郎は全身血まみれだった。
侍の年の頃は二十代半ば、胴鎧を付け、腰には朱色の鞘の長い大太刀を帯びてい、下郎も各々武装している。
そしてそこから少しばかり離れた場所に、返り血で着物を汚した子供が一人で座っていた。
少女と見間違えるほどの端正な顔つきの少年だった。
下郎が馬飼いを問い詰める。
「間違いないか? この子が臼杵の子供の清太郎だと?」
「は、はい。間違いございません」
「ふうん」
「臼杵の嫡男か」
「我らが原田様の宿敵である臼杵の子供」
「殺せば勲功ありでしょうな」
「ただなあ……」
「……あんな小さな子供をねえ……どうするよ吉浦さん」
戦国時代。
筑前の西では原田氏、臼杵氏という二つの豪族が争っていた。
全面戦争には至らぬものの、両者はともに相手を出し抜こうとしていて、小さな争い事は日常茶飯事である。
そして今回、原田氏の雑兵である吉浦が命じられた襲撃も、そんな茶飯事の一つのはずであった。
襲撃の目的は臼杵氏の領内に運び込まれる兵糧の横取りで、その兵糧も五頭の馬にそれぞれ四つの米俵という少ないもの。
少し脅せばすぐに逃げると、お気に入りの朱色の大太刀をかつぎ込み、吉浦は軽い気持ちで襲撃の指揮を取ったのだ。
ところが兵糧を護衛する侍達は、何故か極限まで殺気立ち、捨て身で応戦してきた。
それにつられて襲撃部隊も頭に血が上り、気付いた時には敵の護衛は全員なます切りで、馬飼いは腰を抜かしている一人を残して逃げ去っていた。
刀の血に拭いをかけて鞘に戻したところで、敵の隊列に子供がいる事に皆ようやく気付いたのだ。
残る馬飼いを脅してみれば、なんと臼杵の嫡男、清太郎だという。
「ったく、妙に護衛の侍共が張り切ると思ったら……」
「なんと臼杵の息子となあ」
「殺んのけ?」
「寝覚めが悪くなるぜ」
「寝付きも悪くなるって」
「逃すか?」
「逃げた馬飼いが臼杵に報せるって。臼杵から騎馬隊が来るのは時間の問題だよ。原田様にバレちゃうよ」
「ウチの殿様の性格だと、逃がした俺達は殺されちゃうね」
「断言できるねそれは」
「いっそこの子を抱いて臼杵に走るってのはどうだ! 嫡男だぜ! 馬廻りぐらいにしてくれるかも……」
「それじゃあ、護衛の侍を殺す前にそう言ってくれよ」
「そうだそうだ、それを先に言ってくれよ。六人殺した後に、家来にしてくださいって言うのかよ。だいたいお前は……」
雑兵達がてんでに話をしてまとまりが無くなりだす。
その時、吉浦が声を上げる。
「俺達のような下っ端が、いくら話しても埒が明かん。有田、すまんがお前、すぐに高祖城まで行って原田様から指示を仰げ」
朗々とした吉浦の声に有田が頷き、戦利品の馬に駆け寄っていく。
「おい、よく言うんだぞ。清太郎はまだ十歳に届かないって」
「九つじゃ!」
吉浦が有田の背中に何気なく投げた一言に、まるで修羅場に場違いな、子供の元気のいい声が噛み付いた。
吉浦を含めた皆が驚き、一斉に清太郎を振り返った。
清太郎は泣きもせず、そしてにらみもせずに、ただまっすぐに襲撃者達を見返していた。
「……臼杵の嫡男の清太郎を捕縛しましたが、まだ九つの子供であります。助命して虜にすべきですとお伝えしろ」
「はっ!」
有田と呼ばれた下郎は、敵から奪ったばかりの馬群に駆けよる。そして一番よい馬を見繕うとすぐに米俵を降ろし、飛び乗って駆けて行く。
「よっしゃあ、それじゃあ俺達も山を下るぞ」
「吉浦さん。まだ息のあるヤツがいますが」
「あーん?」
下郎に問われるままに、吉浦は赤い鞘から大太刀を抜く。
長い長い刀身。先程までの戦闘の血の油のせいか、ギラリギラリと光っている。
吉浦は、倒れ伏したまま、絶え絶えに息をする侍の頭を片足で踏んで首の角度を整えると、無造作に大太刀の刃を頸動脈目掛けて突き入れる。
侍は、声にならない最期の吐息を、血のあぶくでもって口から吐き出し、命を絶えた。
吉浦が大太刀を引き抜くと、血飛沫が吹き出し、地面を黒々と濡らした。
+++(ここまで夢オチ)+++++++++++++++++
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
朝倉セイジは、絶叫しながらベッドから飛び起きた。
時計は朝の六時をさしていて、窓からは四月の陽気な朝日が差し込んでいる。
しかしセイジは、喉も目もカラカラで全身汗だく。先程迄の悪夢のせいで、心と体の奥底までもが恐怖心で溢れて強ばっている。
何だ、今の夢は。
『人の首に刃を突き入れる感覚』の手応えが両の腕に残っている。
落ち着け、俺は戦国時代の侍じゃない。
21世紀に生きるただの男子高校生だ。
落ち着け。落ち着け。ただの夢だ。そうだ、人を殺すなんて、ただの夢なんだ。
「あああぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そうセイジは自分に言い聞かせたが、恐怖心のせいか、自分の声帯さえもコントロールできずに叫び続けていた。
その時、突然バーンと部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん!うるさいよっ。これで二晩連続だよ!」




