第68話:永正一八年の親子団欒
◇永正一八年二月
「では、禁裏の御料所とやらが、あの西岡に作られることになったと?」
その日、一色道三と松永久秀の二人は、密室で話し合っていた。
「あぁ、西岡だけではない。京の南部全域が禁裏御料所となったんだ。」
「……よく誰も反対しなかったな。」
「反対者は出ただろうさ。しかし、本来の所有者は、大半が死んでいるか、地方へと逃げたか、だ。三好によってな。」
「なるほどな…。三好が焼き払い、その再建をお主らが担ったというわけか。莫大な財貨を持って。」
「ま、そういうことになる。」
「だが、本当に足りたのか?大した額は持っていなかっただろう?」
「足りてない。だが、京が復興しさえすれば取り戻せるさ。それに、大半は食料での払いだし、献金だって物資や商品での払いだ。銭そのものは大して使っちゃいないんだよ。今回。」
「そうなのか?それは、うまいことやったな。」
「だろう?何より、俺の商品の価値を、寺社の連中が知ってくれているというのが大きい。それも、京でも有数な有力な寺社の連中が、だ。離宮八幡宮、大山崎の奴らも心底から感謝してくれていたぞ?」
「くっくくく、そうか。それは見ものだったろうな。俺も見たかった。」
「禁裏では、幕府に対する不審が渦巻いているらしい。特に、澄元と三好に対しての不審がな。」
「あぁ。管領殿も、三好の降伏を認めなければそうはならなかったろうに……。だが、子飼いがいない以上、そうならざるを得ないか。」
「そうだな。あの管領に、子飼いの兵は存在していない。三好だけがそうだったんだ。だが、三好がやり過ぎたせいで、京内の意見を抑えきれなくなった。だからこそ、三好を叩く必要が出たってのが、先の流れだ。管領もこの流れに逆らえなかったんだろうよ。」
「禁裏とも関わりの深い泉涌寺にも、手を出したのだ。公家や帝にも、さぞや恨まれておるだろうさ。如何に管領が許そうとも、禁裏の者は許すまいよ。」
「………哀れなものだ。いや、之長の行いを考えるなら順当かね。しかし、これで当家の内情も整ってきたからな。京内で争ってくれているのは助かるな。」
「ふんっ、まぁな。内藤辺りは、丹波で兵を上げているようだが、こちらも芳しくはないらしい。丹後にも影響は出ておらん。」
「丹後の国人達はどうなったんだ?こちらでは、教育を請け負っているだけだから詳細を知らんのだ。」
「ん?こちらも順当だぞ。最初の入国の際に甘くしたのが効いておるな。お主の教育した者が優秀で助かっておる。いくつかの国人領主と、その者を入れ替えることにも成功したからな。あとは、こちらの手の者と入れ替えていくのみだ。」
「そうか…。それならいい。九郎の奴も苦労しているからな。教育大臣としてよくやってくれているよ。俺は専ら《もっぱ》銭勘定や新規製品の開発などばかりだからな。」
「新規の開発な…。あの硝子?といったものもその一つか?」
「そうだぞ。透明な磁器だと思ってくれればいい。あれはアレで面白い使い道があるんだ。それ以外にも、硝酸を作ったり、硫酸を作ったり、銅の採掘をしたり、製鉄に力を入れたり……まぁ、色々だな。あ、陶器や磁器に関してはいいものができてるぞ?また、田蔵のところで見てくるといい。」
「…………本当に、色々やっているんだな…。そういえば、楮で紙を作るといっていたのはどうなった?」
「ん?あれなら、既にいくつも送っているだろう?アレがそうだよ。竹製の紙や布も最近じゃ作ってる。だが、こっちはイマイチだな。細かくするのが難しいんだ。いい薬品がないか、今検討中なんだよな。」
「竹?竹から紙や布を作るのか…。いや、紙は分からなくもないが、布だと?あんな固いものから、布なんて本当に作れるのか?」
「一応、サンプ……試作品があるぞ?見てみるか?」
「あぁ。」
俺は、しまっていた竹製の布を、道三に見せた。
「これは……確かに布だ。しかし、痛いな。チクチクと刺さる。これが、細かくできていないという部分なわけか。」
「そうだ。竹は成長も早いから、材料にするには向いているんだが、細かくするのが難しいんだよなぁ……」
「……しばらくは、商品にはできんな。」
「ま、仕方ないさ。売れてもただの安物だよ。」
「武器に関しては、何かあるか?」
「……武器ねぇ…。一応、鉄砲というものならあるぞ?ただ、硝酸の量が足りてない。量産するにも年単位で時間がかかるしな。莫大な量の火薬がいるんだ、これは。明からの輸入がうまくいけば、もっと大量に作れるんだろうが……」
「輸入…、明との交易を行うというのか?」
「目指すのはそれだ。だが、あちらは勘合貿易しか認めておらんだろう?大内と将軍家が持つというあれだ。あれを正式に引き継げればいいんだが、流石に家格が足りん。影響力もな。」
「それだけではなかろう?禁裏にどう説明するつもりだ?今更、足利の真似などすれば、禁裏の公卿らから嫌がられるだろう。」
「あー、それもあるか。まぁ、向こうにも、そういったことを無視してくる連中は多い。そういった奴らに、この地に来てもらえるように工夫するか、宮津から船を出すか、それくらいしかないだろう。」
「宮津から、船、か。しかし、船を出したとしてどうする?朝鮮にも、明にも行けんのだろう?」
「女真族ってのが、明の北方にはいるらしい。そいつらと交易するさ。仲介してもらって、こっちの商品を向こうに売りつける。」
「女真…?そんな奴らがいるのか…。しかし、それでは利幅がとれまい。その辺りも考えておるのか?」
「いやいや、どっちにしたって利幅は変わらんさ。こちらから、向こうの貴族共に売りつけるようなことはできんのだ。間に入る者の数は大して変わらん。それに、女真族の者としても、こちらとの取引は歓迎されるはずだ。あの連中は、明に深い恨みがあるしな。」
「………叛乱か?」
「いずれは、といったところだろう。あるとしても、まだまだ先のことだよ。明の領土は、日の本の二〇倍かそれ以上だぞ?こちらの基準で考えるのは無理だ。」
「二〇………?そんなに違うのか…。」
「あぁ。元寇の時、よく占領されなかったな、と感心するほどだよ。鎌倉の北条家を、俺は尊敬さえしている。まぁ、元の方も、本当に占領するつもりがあったのかは微妙だがな。」
「待て、どういうことだ?元の王は、日の本を占領しようとして兵を送ったのではないのか?」
「……送られた兵は、元の精鋭じゃなく、占領したばかりの地域の兵だったそうだ。俺たちで例えるなら、丹後兵だな。アレらを無理矢理に徴兵して山名の領地に送った、と想像してもらえればいい。役立つと思うか?」
「……なるほどな…。士気も低く、役に立つとはとても思えん。それも、元寇の場合、こちらとは海を挟んでおるのだからな。領地を得ることさえできないわけか。」
「あぁ、しかも船も自前だったそうだぞ?俺たちにはできんが、あちらにはそうさせるだけの力があったのだろう。」
「船もか?!占領地でよくやる…。そこまでされたのなら、逆らう気力も残らなかったろう。財貨も人も、全てを奪われたというわけか…。」
「それも、恨み辛みはこちらに押し付けられるという寸法だ。さぞかし喜んでいたろうよ。元の王様は。」
「元寇にそんな裏が……。それも、侵略されておれば、日の本も同じ目にあったろうしな…。お主が北条家を尊敬するというわけだ。」
「だろう?北条の全てを肯定しているわけではないが、それでも、元寇に関しては、北条家に勝る結果を出せる者が当時いたとは思えんな。今でもそれは難しいだろう。」
「確かに…。俺だとて、どこまでできたか分からん。交渉で裏をかいて……などと考えるだろうからな。それでは、向こうの思う壺やもしれんとなると、どうだかな……。」
「国の舵取りというのは、困難の連続なのさ。俺の施策がうまくいけば、領内の民の寿命も大幅に伸びる。お前も、七〇くらいまでは生きられるかもしれんからな。考えておけよ?」
「ふははっはは七〇か!それは随分と長いな!あと四〇年はあるぞ?だが、お主のいう通りなら、確かに考えておかねばならんな。」
「おう、考えとけ考えとけ。新しく息子でも作って、そいつに一色を継がせてもいいしな。俺は、松永の家だけありゃいい。」
「そうなのか?……そうなのか…。一色の家を俺の子に、か…。」
「あぁ、深芳野だったか?彼女との仲はいいんだろう?病にでも罹ったなら、こっちに連れてこいよ?それか連絡してこい。癩病でも治せるからな。結核はまだ無理だが。」
「癩病というのは、あのライか?アレが治るだと?!」
「治るぞ。……ただ、早期発見でなければダメだ。進みすぎた癩病は流石に治せん。」
「そう、か…そうなのか……。あと、結核というのはなんだ?」
「虚労のことだ。胸の病の一つだよ。体が衰え、血を吐く病の。」
「あぁ……あれか。」
「治る当てはあるんだが、なかなかに難しくてな。」
「難しいで済む話なのか…。とんでもないものを作っておるではないか。」
「完全に治るわけでもない。それと並行して作っているのが、毎日食することで、病になり難くする健康のための食品だ。」
「なり難く?ならない、とは言わんのか。」
「そんなもの、人の身では不可能だよ。少なくとも、あと一千年はいるだろう。」
「そうか…。人と病というのは切って離せるものではないのだな。」
「当然だ。祈ったところで大した意味はない。気休めくらいにはなるが。」
「気休めか。」
「気休めだ。だが、それが意味を持つこともある。気休めで救われる者も、世の中にはいるからな。」
「難しいな。お主との話は、夢に溢れておるが頭が疲れるわ…。」
「良いことだ。長生きしようとするなら、今度は呆けとの勝負となる。精々、日々頭を使うことだ。頭突きではないぞ?考えることを忘れるなということだ。」
「ふむ…。呆け、か。」
「あぁ。歳をとると人間呆けるのだ。だから、呆けぬように頭を使うというのが大事になる。日々新しいことに取り組むということもな。好きなことだけをしているようでは、簡単に呆けるぞ?」
「む…好きなことだけをしていてはダメというのか?」
「あぁ。挑戦するというのが大事なのだ。挑戦することを忘れ、惰性に日々を過ごすことになれば、人は簡単に呆けてしまう。」
「挑戦する心か…。難しいことを言う。なかなか持ち続けられるものでもないぞ。」
「戦でも同じだろうが。最強の陣形などない。その時その時にあった陣形があるんだろ?敵の陣形を予想することも大事だし、味方の実力を把握することも重要だ。陣形などそれからだろう?違うのか?」
「………いいや、違わん。とすると、戦場というのは、呆け予防になるのか?」
「……なるかもしれんな。考えたこともないから分からんが。」
「いや、身体が付いてこんか。それとも、それもなんとかなるのか?」
「鍛えておれば、なんとかなるぞ?多少遅らせる程度でしかないが。あとは、日々の食事も重要だ。」
「ほぉ。食事と鍛錬で、年老いてからも戦場に立てるというのか?」
「あぁ。六〇くらいまでなら、大丈夫なんじゃないか?推測でしかないがな。それ以上は流石に厳しいかもしれんが。」
「六〇!それは凄いな。あと二〇年は安泰なのか!これは、嬉しいことを聞いた。義父にも伝えねばならぬな。」
「家ではうまくやっているのか?嫁さんとの関係などは、大丈夫なんだろうな。お前は釣った魚に、餌をやらなさそうな性格だからな……。」
「なんだ、その言い回しは。釣った魚?それは妻のことを言っているのか?しっかりとやることはやっておるぞ?」
「ちゃんと、言葉にして感謝を伝えろと言うことだよ。そういうことも、長生きには必要なんだ。やっておけよ。」
「むぅ…。そんなことも必要なのか?本当に、難しいことばかり言ってくれるな。」
「皆やらなさすぎなんだ。"背中で示せ"なんていうのは、タダの甘えなんだよ。背中見て技術が閃くなら、とうの昔に人は空を飛んでおるわ。」
「空、か。それも可能なのか?」
「不可能じゃないぞ?ただ、飛ぶだけならな。問題は、行きたい方向に行くための方法だ。そっちがまだできないから作ってない。」
「そうか…飛ぶだけではダメなのだな…。」
「ダメだな。」
「しかし、戦場では上から見られるだけでも、十分に役立つと思うぞ?」
「あぁ、そうだな。運搬や鹵獲される危険性を考慮しなければ、その通りだ。」
「むぅ……、想定済みか。」
「当然だろう。もっと簡易な飛翔装置が作れれば、そんな問題も解消されるんだが。何せ燃料が重すぎるし、釜も持ち運ばねばならん。かつ、大きな布だ。気球には大きな布を袋のようにして飛ぶのだが、この内側には紙をしっかりと貼っておかねばならん。外れれば穴となり空気が抜けて飛べないし、そもそも、雨が降ればどうなる?それだけで飛ぶことが困難になるのだ。問題が多すぎてどうしようもないんだよ。」
「雨がダメ、風がダメ、そして持ち運びも難しい、か。それでは確かに戦場で使えんな。」
「だろう?だから、しばらくは諦めてくれ。使い捨てにできる程度に安くなれば、そんな問題も解消されるんだろうが、今はまだ無理だ。使い捨てにするには材料が色々と高過ぎる。」
「分かった。だが、俺が生きているうちに頼む。空を飛ぶというのは、一度やってみたいからな。」
「…はぁ…はいはい。分かったよ。やれるだけはやってみよう。」
そうして、道三と久秀との親子の団欒は、続いていった。
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