闇の中から
――Another Vision①――
「何やってるんだ?」
少し外の空気を吸おうと、下層から上層へと出るとイーダは変なものを見つけた。
ヴェルナが物陰から顔を出し、薄暗い通路の先を眺めていた。明らかに怪しい、出来れば関わりたくない。そう感じさせる状況だった。
関わらないほうがいいかもしれない。一瞬そう思ったが、時既に遅く声を掛けた後だった。
「馬鹿者! いきなり声を掛けるでない!」
ガシッと身体を掴まれ、口元を抑えられる。捕まってしまった。軽く溜め息が零れる。
「で、何してるんだ?」
呆れつつ、声を抑えながら再度尋ねる。
「見ればわかるであろうに」
「いや、分からないから。何やってんだよ……」
三度尋ね返すと、顎で通路を方を指し示した。
「?」
示されたように通路の先へと目を向ける。そこには、二つの人影があった。
一つは先ほど出ていたクレアで、もう一人は――ユリの姿だった。何やら楽しそうに会話をしているみたいだ。
「ごめん。意味わかんないだけど……」
「お主は、なぜそう空気が読めんのじゃ!」
いきなり切れられた。割と理不尽な返しだ。
「空気?」
「見て分からぬか? なかなか良さげな空気ではないか?」
「まあ、そうだな」
時折クレアが恥ずかしそうに顔を赤らめたりと、楽しそうに会話をしている。
………で? だから何なんだ?
「で? あれがなんなんだよ」
「あの空気の中に、入っていけるわけがなかろう」
「じゃあ、無視してどっか行けばいいじゃん」
「そうはいかぬ」
「なんで」
「それは……何を話しているか気になるではないか」
「はぁ?」
何こいつ、すげぇ面倒くせぇ……。
一通りに説明を終えると、ヴェルナは再び物陰に隠れ、通路の方へと目を向けた。こいつ、まだやる気なのか……。
「イーダよ」
「なんだよ」
「ここから、あの二人の会話を聞き取る事などは出来ぬのか?」
「できるわけないだろ……どれくらい距離があると思ってるんだ」
「チッ、使えぬのぅ」
これ、怒って良いか? ヴェルナの態度に小さく苛立ちを覚える。
「てか、魔術の『遠聴』だっけか? それで聞き取れないのか?」
「できなくはない。じゃが、無理じゃ」
「なんで」
「魔術による探知など使えば、師匠に一発でバレる。じゃからこうして探っておるのじゃ」
「あっそ……」
聴けば聞くほど、面倒臭く見える。改め、関わるんじゃなかったと後悔。
「何をしているのですか?」
そんな後悔を浮かべ、ため息を付くと、また何処からか聞いた事のある様なセリフを聴いた。
「じゃからいきなり声を掛けるでないと!」
ヴェルナが勢いよく動き出し、その声を掛けた人物を押さえつける。おい、それちょっと危ないんじゃないだろうか?
よく見ると声を掛けた人物は見慣れないエルフだった。いや、見た事はある。確か、エルフの大使の警護に付いていたエルフだ。
「あ……すまぬ」
とっさの行動が、どういうものなのかを理解したのか、ヴェルナが少し遅れて謝罪した。
「何をなさっているのですか?」
そんなヴェルナに、エルフは怒りを孕ませた声で尋ね返してきた。
「それは……その……少々気になる事があってな……」
「気になる事?」
「あれじゃ」
再びヴェルナがクレアとユリに方を指す。
「あの方……クレア様、ですか。もう一人の方は?」
「妾達PTメンバーの一人じゃ」
「そうですか。仲がよさそうですね。それで、あれが、どうかしましたか?」
「じゃから、問題なのじゃ」
「は?」
ヴェルナの返しに、エルフは何とも言えない様なそんな表情を返した。
「それの……どこが問題なのですか??」
「十分大きな問題じゃ。あの二人の関係性、それは妾達PTにとっての重大な懸案事項じゃ」
「それ問題なの、テメェだけだから!」
思わず突っ込みを帰してしまう。
本当、なんなんだ。こいつは……。
「ともかくじゃ! あの二人がどこまで進展しているのかは、知らなければならない」
「あ、そう……」
なんだか頭が痛くなってくる。どうだっていいだろ、そんなもの。そう思わざるを得ない。
「あの方は……」
少しの間、二人を眺めると、なぜだか一緒になってしまったエルフがポツリと呟いてきた。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。知らない方だったので、誰なのかな、と。名前は何というのですか?」
「? ユリじゃが」
「ユリ……――」
「なにかあるのか?」
「いえ、何処かで聞いた名前な気がしただけです」
「どこかで会った事があるのか?」
「まさか。私が人の街に行ったのはつい最近事です。などで、おそらく聞き間違えでしょう」
「そ、そうか……」
そんな感じでよく分からないうちに時が流れ、良く分からないうちに解散となった。
結果、クレアとユリが何を話したかに付いては、何もわからなかった。
まったく、何のためにあの場に立たされたのかと、少し苛立ちを終えさせられた。
――Another Vision②――
深い、深い森の奥に、小さな湖が一つあった。
木々に覆われ、流れる風から遮られたその湖の水面はまるで硝子の様に静かで澄み切っていた。
ゴボゴボゴボ……。澄み切った水面に、一つ大きな気泡が浮き上がり、弾けた。
水面に下に何かの影があった。
大きく黒い影だ。蛇の様に細長く、太い四肢を持ち、背中には一対の翼を持った黒い影――竜の姿がそこにはあった。
黒い竜は湖の下で眠り、時折口から息を吐きだし、それが気泡となって水面を揺らしていた。
チリーン。
鈴の音が一つ鳴り響く。
気が付くと湖畔に一人の男が立っていた。殉教者を思わせる真っ白なローブに身を包み、フードを目深く被った男。そんな男がゆっくりと湖の畔へと歩いていた。
竜がゆっくりと瞼を開き、目を覚ました。湖畔に近づいた男に気付いたのだろう。竜はゆっくりと湖の中を泳ぎ、男の傍へと近寄っていく。
ザバーン。水面が大きく揺れたかと思うと、水面から竜が顔を出した。
大きい。水面から出した頭部だけで人の背を遥かに超える大きさを持っていた。
「グルルルル……」
竜が喉を鳴らし、男を睨みつける。もし、並の人間だったのなら、これだけで腰を抜かし、まともに立っていられない状況だっただろう。だが、男は巨大な竜の姿を前に怯むどころか笑っていた。
「僕は敵ではありませんよ。そんなに威嚇しないでください」
男は竜にそう投げかける。竜はそれに唸るのをやめ、静かに睨み返した。
「そうです。それでいい。私は交渉人です。あなたに危害を加えるつもりはありません。さぁ、交渉を始めましょうか」
暗い夜闇の下、白いローブの男がそう告げると共に両手を広げると、わずかに覗かせる口元を大きく歪めたのだった。
チリーン。
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