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戦地へ向けて

 差し込む日差しを反射して、エルフの都市に銀色の川が流れていた。否、それはエルフの列だ。


 居並ぶエルフ全員が銀の鎧を着こみ、剣と盾を携え一糸乱れぬ長い列を作っていた。必要最低限の人員だけを残し、ほぼエルフの全軍が出撃する。その数は万にも及び、その列はまさに川と呼べるようなものとなっていた。


「す、すごいですね」


 ザク、ザク、ザクと一揃いになったエルフ達の足音を聞きながら、遠目からそれを眺めていたクレアが、そんな感嘆を零す。


 エルフは美意識が強い。それ故、集団の行動に際してもその美意識を働かせ、乱れを見せず、まさに芸術と言えるような行動を引き起こす。それは、人間の集団ではまず見られない様な統率力だった。驚くのは無理もない。


「話には聞いておったが……これほどとはな」


 クレアに続き、ヴェルナも驚きの声を見せる。


「やりすぎだよなって感じだよな」


 まるで一人の人間の動きを魔術で同時に複製し並べてるようにさえ見えてしまうエルフ達の動きには、逆に一体何の意味があるのだろうかと思わされるほどの無駄であるように思えてしまう。


 エルフ達の列はゆっくりと進み、開かれた城門を抜け外へと進んでいく。出撃だ。これから例に竜討伐へと向かうのだ。


「成功すると良いですね……」


 城門の外へと消えていくエルフ達の列を眺めながら、クレアがそう零す。


「良いですね。じゃなっくて、してもらわないと困るんだよ。倒せなかったらこっちに被害が来る可能性もあるわけだし」


 俺達への依頼は裂かれた人員の補強で、直接戦うことはない事になっている。だが、エルフ達の討伐が失敗した場合、怒りを買った竜がここまで来ないとも限らない。だから倒してもらわないと色々と困る。


 そんな俺の答えに、クレアは苦笑いを返してきた。


「勝てると思いますか?」


 そして今度は、そんな事を尋ねてきた。


「分からん。竜相手では単に戦力を揃えましたでは、勝てないからな。何とも言いようがない」


「そう……ですか。向こうはどんな様子でした?」


 今度は、出陣を見守るエルフ達に目を向けながら尋ねてくる。


「向こう?」


「エルフ達の様子です。昨日、話されたのですよね?」


「ああ。それも良く分からん。一応、それっぽい事を聞きはしたけど――」


「なんて答えたんですか?」


「『勝てる』としか言われなかった」


「それは……なんとも」


「まあ、向こうは勝てないと終わりだから。そうとしか答えようがないよな」


 俺が軽くそう返事を返すと、クレアは目を伏せ深く考え込んだ。


 『終わる』。それは、ほとんどここに居るエルフすべてに終わりくると言う事を示す言葉だ。小さな言葉に聞こえるが、この意味は大きい。


「何とか……できないですかね。私達に」


「無理だよ。それは彼らが望んじゃいない。彼らは、これを自分たちだけの問題だととらえている。これ以上の行動は、大きな問題になる」


「遣る瀬無いですね。ただ待っているだけだなんて」


「そうだな」




   ――Another Vision――


 エルフ達の行軍はしばしの移動の後、拠点設営の為、足を止めた。


 竜の居る場所へはすぐにはたどり着けない。なのでこうして拠点を作り、万全な状態を整えるのだ。


 そんなエルフ達の拠点の中、エルフの神子であるエリンディスには広々とした専用の天幕が宛がわれ、彼女はその中で静かに座っていた。


 目の見えないエリンディスにこの様な広い天幕はかえって持て余すだけだと思わされる。


「失礼します」


 天幕の入り口の布が開かれたと思うと、そんな声が響いた。フェロススィギル――シアの声だ。


「何かありましたっか?」


 天幕へと入ってきたシアに問い返す。ここはエリンディス専用の天幕でプライベートが確保されていた。護衛と言えど、何か特別な事がなければ、彼女はここへ来ないはずだった。


「いえ。こちらは問題ありません」


「そうですか。では何か用ですか?」


「はい」


 シアがそう返事を返すと、一度口を閉ざし、しばらく黙り込んだ。


 そんなシアの態度に、エリンディスは何かあったのかと首を傾げた。


 そして、しばらくするとシアはようやく口を開く。


「エリンディス様、御加減はよろしいですか?」


「問題ありませんよ。皆さま本当によくしてくださいますから」


 むしろ、何もさせてくれない位で、逆に申し訳なく思える。


「そう……ですか」


「以上ですか?」


 シアが再び黙り込む。何だか歯切れが悪い。


 何かと歯に衣着せぬ発言の多いシアだけに、珍しく思えた。


 じっと見つめ返し、次の反応を待つ。


 シアはしばらく黙った後、再度口を開いた。


「本当に戦われるのですか?」


「そのつもりが無ければ、私はここには居ませんよ」


「前線に立ち、死の危険性があるのに……ですか?」


「そうですね。けど、私だけが安全な場所に居て、皆が死力を尽くしているところを見ているだけだなんてことは、私にはできません。私にできる事があるのなら、そのできる事をしてあげたい。ただそう思っただけです」


「そう……ですか」


 シアは再び黙り込んだ。


「納得……できませんか?」


 今度はこちらから尋ねる。


「私は……エリンディス様に戦ってほしくは――危険な事をしてほしくはありません。ですから――」


 感情に任せたシアの言を、エリンディスは彼女の口元に指を当て、閉ざさせる。


「ダメですよ。今更それを言ったところで、私にその選択は出来ません。ですから、ごめんなさい」


 エリンディスはシアに頭を下げる。


 シアが、どれだけエリンディスの事を大事に思っているかはよく知っている。彼女は本心から、エリンディスに危険な事をしてほしくはないと思っている。そのことは良く分かっている。けど、これは――竜に対抗できる力は、エルフの中ではエリンディスにしかない。だから、エリンディスが戦場に立たねばならないのだ。それもよく理解している。だから、シアの思いは受け入れられない。


「謝らないでください。無理を言っているのは、私の方です」


「そうかもしれませんが、あなたの思いを無下にしているのは事実です」


「それこそ、謝らないでください。私の思いなど、些細な事です」


「そんなことありませんよ。あなたは、私にとっての大切な友人です。ですから、そんなに自分を卑下しないでください」


「ありがとうございます。ですが、やっぱりその言葉は、私にはもったいなすぎます」


 すっと、何かをはぐらかすように、シアはエリンディスの身体を優しく抱きしめた。


「私が絶対にあなたを守ります。ですから、安心してください」


「そう、ありがとう」


 そして、シアはエリンディスの耳元で、そう強く告げたのだった。




 どれくらいそういていただろうか? しばらくシアが抱きしめると、そっとエリンディスの身体を離した。


「出過ぎた事をしました。すみません」


 そして、シアは顔を赤らめると、まるでそれを隠すかのようにエリンディスに背を向け、


「では、失礼しました」


 逃げるように外へと歩き出す。


 そして、シアが天幕の入り口辺りまで近寄ると再び足を止めた。


「?」


 まだ伝えたい事があるのだろうか? エリンディスは再び首を傾げる。


「あの……おかしな事を聞いていいですか?」


「なんでしょうか?」


「もし……もしも、昔エリンディス様を救ったという人間の少年がこの場に居たとしたら。エリンディス様は、その少年に助けを求めたりするのでしょうか?」


 しばらく待ってから告げられた問いは、そんな問いだった。


 唐突な問いに、エリンディスはしばしの沈黙を返す。


 昔の記憶、その朧げな記憶が思い出される。もうずっとずっと前の記憶で、ずっと心に留めていた記憶だ。


 まだ目が朧気ながら見えていた時期であり、それ故に彼の姿や、声を、それらの詳細を正確な形で記憶出来ていた。そんな少年の姿が思い起こされる。


 しばらく、そんな少年の姿を思い浮かべ、ふと湧いた寂しさに浸ると、エリンディスは小さく笑みを浮かべた。


「本当に辛い時は……私の心はそれを望むでしょう。けど、私はそれを口にすることはないでしょうね」


「それは……なぜですか?」


「あの方は、私にとって大切な方です。そんな方を、私の都合で危険な目に合わせるのは、私は望まないからです。

 けど――」


 エリンディスは宙へと目を向ける。目の見えないエリンディスにはその先に何が有るのかは分からない。けど、その視線の先には、あの少年が居る様な気がした。


「けど、あの方は、それを口にしなくても、その事を知ってしまったら、きっと助けに来てしまうかもしれませんね。

 あの方は、普段人と関わることを避けておきながら、どうしようもない時は助けに来てしまう。そんな、お人好しな人ですから」


 昔の事を思い出しながら、エリンディスはそう笑みを浮かべた。


 けど――――けど、その人物は今はいない。これから向かう戦場がどれほど過酷で、どれほど残酷なものであったとしても、その助けは期待できない。


 だからだろうか、その笑いはとても空虚なものに思えた。


「ごめんなさい」


 そんな心内を察したのだろうか、問いを投げたシアは、最後にそう謝罪を返すと、そのままその場を去っていったのだった。

お付き合いいただきありがとうございます。


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