選択肢
「竜……かぁ」
一日が立ち、ヴェルナとクレアから事の詳細を聞かされると、俺は溜息にも似た息を付いた。
思っていた以上に、考えたくない状況だった。
「竜って、その話本当なのかよ」
イーダが当然と言える疑問を返した。
「確認しようがないので詳しくは分からないですが、エリンディス様はそう言っていました」
「それ、信用出来るの?」
「仮にも一国の大使じゃ、疑いようがなかろう」
「そういうもんかねぇ……」
ヴェルナの返しに、イーダは納得できないと言った声を返した。まあ、イーダは割と国家権力的なものを疑っているところがあるから、すんなり受け入れはしないだろう。
「それで……どうしましょうか?」
再びクレアが尋ねてくる。
「どうしようか……」
すんなりと答えなんか出る訳なかった。
「ちなみにじゃが……お主等、実際に竜を見た事がある。もしくは、戦った事があるものはおるか? 妾はない」
今度は別の切り口からの問いが成される。
まあ、確かに竜は強い、恐ろしいと言われるが、実際にその脅威を目の当たりにした人間というのは酷く少なく、想像するのが難しい。今、この状況でそれが分からない者が判断するより、知っている者が判断した方は良いというのも理解できた。だが――――
………………
…………
誰からも返事がなかった。そりゃそうだ。普通に生活していたら、まず出会う脅威ではない。
ため息が零れる。仕方なく、俺は手を上げた。
「師匠。あるのか?」
「何回かね。とはいっても、竜は成長度合いによってその能力が大きく変わるから、大した参考にならないよ」
できれば言いたくなかった過去だ。
竜殺し。竜を殺した人間には称号が与えられ、色々と持てはやされると共に、いざとなった責任を押し付けられやすい。だから、出来れば言いたくはなかったのだ。
「ちなみにどれくらいの竜を相手にしたのじゃ?」
「普通の成竜だよ。特別大きくもなく、若いわけでもない」
「そうか、じゃがそれなら十分じゃろう。師匠はどうするべきじゃと思う?」
ほらやっぱり、俺に判断を仰がれる。こういうのがちょっと嫌だった。自身の行動を自身で決めるのは良いが、他者の行動を俺にゆだねられるのはやっぱり嫌いだった。こと、危険が大きな事案に対しては特に。
「まあ、安全を考えるなら、避けたほうがいいかな。エルフの戦力を甘く見ているわけじゃないけど、そう簡単に倒せる相手じゃない」
「じゃろうな。では、この話は見送るって事でよいか?」
ヴェルナが俺の話に同意を返すと、再度確認のためと他のメンバーへと意思確認をする。それにイーダは頷いて返事を返すが、クレアは歯切れの悪い返事を返した。
「なんじゃ、不満なのか?」
「不満とか、そういうのとは少し違うけど……やっぱり、知っている相手が助けを求めていたら、助けてあげたいって、思ってしまって……」
クレアに返答にヴェルナは溜息を付き、
「私は嫌だぞ。知らない相手だし」とイーダは割と冷たい返事を返す。
結局、意見は分かれる形に成った。
「じゃあ、どうするんだよ」
そして、議論は再び振り出しへと戻った。
「仕方ない。こういう場合は、意見が多い方を選択。で、よいじゃろう」
「多数決ってやつ? 4人で?」
「また分かれるかもしれぬが、それぞれ意見を出すのは悪くないじゃろ」
「まあ、そうかもな。私はさっき言った通り、反対だよ。わざわざ危険な道を選ぶ理由なんてないし」
ヴェルナの言葉にイーダはすぐに返答を返した。
「妾も避けるべきじゃと思う。不確定要素の多い事柄に、首を突っ込むのは魔術師てしても、冒険者としても、正しい判断とは言えぬ」
それにヴェルナも続く。
「私は……やっぱり、手伝える事があるのなら、手伝いたいです」
そして、クレアが答えると、最後に皆の目線が俺へと向けられた。
ああ、結局こうなるのか……。2対1。俺に面倒な判断を任された気がした。
「お主はどう思うのじゃ?」
「俺は――」
竜。直接やり合う可能性は低いとはいえ、ゼロではない。だから、普通に考えれば避けるべきなのだが――
『ユリ様……私は――――』
ふと、昔の事を思い出してしまう。エヴァリーズは昔、数年だけ過ごしたことがある土地だ。関係はもう続いてはいないが、知らない土地ではない。知り合いだってまだ生きている可能性がある。だから、少しだけ躊躇われてしまった。
「――さっき言った通り、普通に考えれば、辞めるべきだと思う」
「何か、気になる事でもあるのか?」
目ざとい。
俺の歯切れの悪さから、その躊躇いを感じ取ったのか、ヴェルナがすぐに問い返してくる。
「別に、何もないよ」
躊躇いはある。けど、関係はもう無い訳だし、助ける義理もない。だから、そう答えた。
けど、それにヴェルウナは溜息を返してきた。
「お主は……分かった。この依頼は受ける方向で決定じゃ。良いな」
そして、なぜかそんな判断が下された。
「おい、ちょっと待て、なんでそうなる。多数決じゃなかったのか?」
「だから、多数決じゃ」
「どこが!?」
「2対1で賛成多数により決定じゃ」
「はぁ? 何で賛成多数なんだよ! お前さっき反対って言ってただろ?」
「今さっき賛成に変わった。師匠は判断を下せぬようじゃし、これで2対1じゃ」
「なんでそうなるんだよ」
「理由なんぞどうだっていいじゃろ。結果が全てじゃ」
「くっそ。おい、お前さっき反対って言ったよな?」
ヴェルナが意見を翻したことで、味方の居なくなったイーダが、その怒りの矛先を俺へと向けてくる。
「それは……」
反対だとは言った。けど、躊躇いはあった。そのせいで、ついイーダの言葉からつい目をそらしてしまった。
「チッ。分かったよ」
それで味方がいないと判断したのだろう。イーダは折れた。
「決まりじゃな」
「クソ!」
意見はまとまった。けど、まあ、イーダはあまり納得できていないようで、その後は強く睨まれる結果になってしまった。
なんか……ごめんなさい。
お付き合いいただきありがとうございます。
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