緊急会議
「依頼って……?」
告げられた提案をそのまま問い返した。
するとそれを聞いたヴェルナに、ひどく呆れられた様な溜め息を付かれた。
「お主等……それでも本当に冒険者なのか?」
「経歴はまだ浅いからセーフだ」
仕方ないだろ、地上に戻ってからまだ二月も経ってないんだ。今の冒険者の常識なんか知るかよ!
「で、なんなんだよ。その依頼って言うのは」
同様の言葉を掛けられたイーダが、苛立ちを見せながら問い返した。
「依頼というのは、その名の通り依頼です。ギルドの仲介を通して、もしくは冒険者個人に直接出される仕事の依頼の事です」
「冒険者は国家や権力者に縛られない。いわば自由戦力みたいな物じゃからのう。騎士団が対処してくれない物事への対処や、護衛や警備なんかを、傭兵ではなく冒険者を雇う事で対処したりしている。依頼というのはそういった仕事の事じゃ。
アリアストでは傭兵を探すより、冒険者を探す方が安全で確実じゃしな」
「ああ、そういう」
依頼。それ自体の存在は知っていた。というか、メルカナス時代も存在していた。ただ、その頃は地下迷宮へと下りたいという商人なんかの護衛がほとんどだった。だがら、地下迷宮へと下りられなくなった今、取るべき選択という考えから外れてしまっていた。
今の冒険者っていろいろなことやってんだなぁ~……。
「地下へは下りられない。ついでに収入がなくて困る。なら、他から出ている依頼を受けるのが一番じゃろう」
「確かにな」
と言う事で、俺たちは一度、ギルド内に設置された、冒険者への依頼が張り付けられたクエストボードなるもを確認しに行った。だが、ものの数分で元の場所へと戻ってきた。
「ま、まあ……あれじゃな。皆、考えることは同じ、という事じゃな……」
「あはははははは~……」
クエストボードには、ほとんど一つも依頼はなかった。なぜかって? 確認してみたところ、俺達同様に地下へ降りられなくなった下級冒険者たちが、こぞって依頼に手を出し始めたため、依頼が全部なくなってしまったらしい。まあ、そうなるよね……。
「で、どうするんだよ」
「ど、どうしましょうか……」
結局振り出しに戻ってしまった……。こうなると辛い。
「しばらくは休暇で、時折クエストボードを確認しながら、依頼があったらそれをこなしていく。って感じか?」
「休暇、休暇ですか……」
「休暇ねぇ。一日、二日くらいならいいけど、それ以上となると何すりゃあいいんだよ……」
こうなると本当に困る。
なんだかんだで、俺たちは冒険者として地下迷宮を探索するためだけに集まっただけのPTで、結成したからまだ日が浅い。となると、それ以外での接点はないと言える。
昔からの知り合いだったり、気心知れた相手とかだったら、まだこういうとに時に良い時間の使い方なんかが出来たのかもしれない。
依頼もなく、地下迷宮へと下りられないと、本当に何したらいいかわからないぞ……。
そんな感じで、この場の議題は望まない方向へと流れていった。
ふと、視線を感じた。気になって振りむと、クレアと目が合った。
「何?」
「え? あ……え~と、すみません」
尋ね返すと、クレアは慌てたように視線を彷徨わせ、頬を赤らめると目を伏せた。そして、最後に溜め息を付いた。
「????」
今までで見た事の無い反応だ。俺、何かやってしまっただろうか?
そして、また視線を感じる。今度は鋭く、刺すような視線だ。視線を返すと、ヴェルナが、ものすごく不機嫌そうな視線を返してきた。
「な、なんだよ……」
「師匠。お主……」
「だから、なんだよ」
じっと睨まれる。なんの返答も返ってこないのがなんだか怖い。
そして、しばらくすると、ヴェルナはバンと机をたたくと立ち上がった。
「緊急会議じゃ」
「緊急会議?」
唐突な発言だった。
「何だよ緊急会議って」
「緊急の議題が浮上した。よって、今それについての議論をする」
「何だよそれ」
「ともかくじゃ! 今早急に片づけなければならない事案がる。よって緊急会議じゃ!」
「ほ、ほう。で、何を話すの?」
尋ね返すと、ギロっと再び睨まれた。
「まずは師匠。退席してくれ」
「は? なんで?」
「この議題にお主は不要じゃ。じゃらから席を外してくれ」
「え、俺。いちゃダメなの?」
「ダメじゃ。この場に居てもらっては困る。じゃから、しばらくどこかへ行っててくれ」
「だ、ダメなの?」
「聞き分けの無い奴じゃのう。ダメなものは、ダメなのじゃ。さっさとどこかへ行ってくれ!」
ドンと蹴り飛ばされ、俺ははじき出された。理不尽だ……。
そんな訳で、俺はあの場から唐突に弾き出されてしまった。
冒険者ギルドの談話ホールで、俺は一人ぽつんとほっぽり出された。
何だろうこの気持ち。ちょっぴり寂しい。
人付き合い苦手なりに頑張ったつもりだったんだけど……やっぱり嫌われてたりするんだろうか?
「はぁ……」
溜め息が零れる。
「何やってんだ?」
そんな、悲しい現実(?)を前にして黄昏ていると、優しい(?)声が掛かった。
「ドルフさん?」
「おっす」
ギルド職員のドルフだった。
冒険者になるためのテストをしてくれてから、こうしてギルドで会う度に声を掛けてくれていた。
「で、なんでこんなとこに突っ立って黄昏てるんだ?」
「何してるんでしょうね……はぁ~……」
また、ため息が零れる。
人前で溜め息っていうのはどうかと思うけれど、零れてしまうのだから仕方ない。
「おいおい。いきなりどうした? 悩み事でもあんのか?」
「悩み事……まあ、そんなところですね」
「何だよ。そんなにつらいなら、ほれ、話してみな。相談くらいには乗ってやるよ」
ドルフのそんな気遣いの言葉が、今はとても暖かく聞こえた。
「実は――」
楽になりたい。そんな思いから、つい先ほどあった事を話した。
「なんだそりゃ?」
返ってきたのは、俺と同じ感想だった。
「何? いきなり弾き出されたわけ?」
「うん」
「その前に何かあったとかはないのか?」
「特には……思い当たらないかな。いきなりヴェルナに睨まれたくらいで……あとはちょっとクレアの様子がおかしかったくらいで……よそよそしいって言うか……てか、だいたい重要な話なら俺も知ってないといけないんじゃないのか?」
「はは~ん。そういう事かぁ~……」
気が付くとドルフがニヤニヤとした笑みを浮かべて来ていた。
「な、なんだよ」
「まあ、あれだ。お前の言いたいことはわかった。だが、まあ、気にする必要はねえんじゃねえか?」
「そうか? PTを組めなくなると、俺は大分困るんだが……」
「まあ、そこは大丈夫だろ。今後のお前さんの立ち回り次第ではあるがな」
「?」
「まあ、あれだ。女同士でしか話せない事ってあるだろ? そういう事なんじゃねえのって話だ」
「それ、重要な話って言うか? 普通」
「言うだろ。命短しなんとやらってやつだ。一生一度とは言わんが、人生の一大イベントだ。そりゃあ、大事な話にもなるだろう」
「う~ん、うん?」
何やら楽しそうにドルフは語っていたが。俺には何のことはよくわからなかった。
「まあ、あれだ。異性の目を気にせず話したい事ってあるだろ」
「それは、そうだけど……」
「つまりそういう事だ」
「う~~ん?」
「納得できねぇか?」
「そういうわけじゃんないけど……なんだかもやもやする。それだったらもうちょっと言い方とかってあるんじゃねえの?」
「お前って……割と物事に無関心な様で、そういうとこ気にすんのな」
「悪いかよ」
「いや、いいんじゃねえの。俺は嫌いじゃないぜ」
そういうとドルフは、ポンポンと励ますように俺の肩を叩いた。
「それより、この後時間あるか?」
「今の話の流れから、どうしてそこへ飛ぶ?」
「向こうが女だけって事なら、こっちは男だけって言うのは、ありなんじゃないか?。俺そろそろ昼上がりだから、よかったら一緒に飯でもどうだ?」
「男だけって……なんか、言い方がちょっと嫌なんだけど」
「そんなこと気にすんなよ。女性ばかりのPTだと、肩身狭いだろ? 仲間内じゃ話せない事とか話して楽になろうぜ、な?」
がしっと肩を組んできて、笑いかけてくる。何だか楽しそうだ。少しだけ、そういうのもいいかなって思える。それでもやっぱり言い方が嫌に思えるけど……。
「わかったよ」
「よし決まりだ。少し待ってろ、すぐ戻ってくる」
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