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遠地よりの便り

   ――Another Vision――


「どれ位やられた」


 竜との戦闘があった場所から遠く離れた場所に、エルフ達の仮設拠点があった。その拠点の天幕の中で一際大きな天幕にそのエルフはいた。


 アラノスト・エレニリース。今回の竜討伐の指揮を執ったエルフだ。


 アラノストは、目の前に机に広げられた周辺の地図とその上に並べられた駒を眺めながら、報告に戻ってきたエルフにそれを尋ねた。


「詳細な数はまだわかりませんが、およそ三割ほどかと……」


 尋ねられたエルフは、声を震わせながら答えを返した。


「たった一戦交えただけでそれか……」


 深い息が零れる。


 およそ三割の被害。尋常でないほどの被害だ。もちろんそれは、こちらの兵が弱いからではない。日々鍛錬を怠らない精鋭たちだ。その精鋭たちが一瞬の内に撃破されてしまったのだ。


 アラノストは軽く眉間を抑え、思案した。


 被害はおよそ三割。まだ緒戦を行ったのみで敵の能力はまだ未知数。相手が本気になった場合、今以上の被害が出ることは容易に予想できた。


 考えれば考えるほど、状況の悪さに頭痛を覚えさせられる。


 そんな、どうしようもない思考に陥ろうとした時だった。


 ドンドンドンと大きな足音が響いたかと思うと、勢いよく天幕が開かれれると一人のエルフが中へと踏み込んできた。


「アラノスト。次の作戦はどうなっている。いつ仕掛けるんだ。俺はいつでもいける。使ってくれ」


 入室してきたエルフは、アラノストの姿を認めると、バンと机を強く叩き身を乗り出すようにしてそう告げた。


 そして、入室してきたエルフから少し遅れて、慌てたように別のエルフが駆け込んでくる。


「セレグディア様。まだ治療が終わってません。そんな状態では――」


 セレグディア。そう呼ばれたエルフの姿は上半身裸で、傷だらけなのか多くの包帯が巻かれていた。とても戦えるような状態には見えない。


 そんなセレグディアを目にし、アラノストは溜息を付いた。


「セレグディアか。そう急くな。それを今考えているところだ」


「そうか。なら早くしてくれ。奴がいつまたこちらへと動いてくるかわからない」


「それは理解している」


「だったら――」


「だからそう急ぐなと。ただ戦力を集めてぶつければいいという問題ではない」


「だが、あのまま奴が里まで踏み込んできたら、一巻の終わりだぞ!」


「それはわかっている。だが、剣も矢も、ましてや魔術さえ効かない相手にどう戦えというのだ! このままなんの策もなしに戦っては、ただ全滅するだけだぞ!」


 逸るセレグディアに、アラノストは強く反論を返し、抑え込む。


 セレグディアの気持ちも理解できる。このまま真っ直ぐ都市まで進まれては、一貫の終わりだ。だが、戦力を集めたところで対処手段がない。闇雲に戦っても、無駄に兵を失うだけ。兵を失えば本格的に対処手段がなくなってしまう。


「ならどうすると言うんだ!」


 今度は強く問い返される。


 その回答がすでにあるのなら実行している。そう思うが、言い返したところでどうしようもない。なので、しばらく黙り込むとそれから口を開いた。


「エリンディスを呼び戻す」


「エリンディス様を? お前……まさか……」


「ああ、竜には神子の力を使って対処する」


「本気で……言っているのか?」


 バキッと乾いた音が響く。セレグディアの力の籠った手が、机の一部を握り砕いたのだろう。


「エリンディス様は、我々に残された最後の(ハイ)エルフなんだぞ! それを戦場に出すなど!」


「それくらいは理解している! だが、竜に対抗するためには神子の力を借りる他ない!」


 セレグディアの言葉に、アラノストは強く斬り返す。それにセレグディアは押し黙る。


 セレグディアは先ほど竜と一戦交えた。それため、アラノスト以上に竜の力を強く実感している事だろう。故に、今この場にある戦力だけではどうしようもない事を強く実感しているはずだ。


「エリンディスを死なせるような事はさせない。だから余計に、今ここで戦力を削ぐことは出来ない」


 さらに念を押してそう告げる。それにセレグディアは、


「くそおおおおおおお!」


 と強く悔しさを滲ませ、机をたたいた。




   *   *   *




 迷宮都市アリアストの一角に奇妙な建物が一件立っていた。


 それは、周りと同じような石造りの建物でありながら、そのデザインは周りの建物とは大きく違っていた。エルフ式のデザインで作られた建物――アリアストのエルフ大使館だ。


 その大使館の二階部分にあるテラスに、一人のエルフが立ちその高台から石造りに街並みを眺めていた。


 銀の髪を肩のあたりで斬り揃え、最低限の鎧を着こんだエルフの名はフェロススィギル・エレンサリオン。この大使館に大使としてやってきたエレンディス御付きの騎士だ。


 フェロススィギルがテラスからアリアストの街並みを眺めていると、上空から「ピィー!」と甲高い鳴き声が響いた。


 その鳴き声に引かれ上空へと目を向けると、一羽の鷹が大きく翼を広げ、こちらへと滑空してきていた。


 そんな上空を滑空する鷹を目にすると、フェロススィギルは少しだけ表情を険しくし、すっと空に腕を掲げる。すると、ゆっくりと滑空していた鷹が、そのまま速度を落としながら降下していき、フェロススィギルの差し出した腕に止まった。


 これはエルフ達が伝令用に扱う鷹だ。鷹の足に小さな便箋が括り付けられているのを確認すると、フェロススィギルは鷹を腕に乗せたまま、大使館の中へと戻っていった。




 一つの部屋の前に立ち、コンコンと扉を叩くとすぐに中から返事があった。


「シアですか? 何かありましたか?」


 エリンディスの声だ。


「本国から伝令がありました」


「伝令? 分かりました。入ってください」


「失礼します」


 入室の許可が下りると、フェロススィギルは挨拶を一つして部屋の中へと入る。


 部屋の中ではエリンディスが、柔らかそうなソファーの上に座り寛いでいた。


「お寛ぎでしたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。それで、伝令とはどのような内容ですか?」


「いま、確認します」


 腕に止まった鷹の足から便箋を取り外すと、その腕を振って鷹を放つ。そうすると、鷹は傍にあった止まり木へと飛び移る。そうやって両手を開けると、それから便箋を開いた。


「アラノスト様からのようですね」


「お父様から? 内容は?」


「内容は――」


 言われた通り、フェロススィギルは便箋の中身を読み上げていく。そして、その内容を読み上げると、その場の空気が張り詰めた緊張で満たされた。


「そう……ですか」


 内容を聞き終えると、エリンディスはゆっくりと息を付いた。


 便箋の内容は――あまり良いものではなかった。


「どうなさいますか?」


 便箋の内容を踏まえたうえで、フェロススィギルは問い返す。


「手筈通り、すぐに準備してください」


「戦うと言うのですか?」


「もちろん。私が戦わなければ、エヴァリーズは終わります。なら、やるしかないでしょう?」


「ですが――」


「大丈夫ですよ」


 ニッコリと笑い返された。いつもと変わらぬ優しい笑み。それは、まるで不安を抱えたフェロススィギルを安心させようとしているかのようだった。


 死ぬかもしれない戦場。それがすぐそばまで迫っているというのに、この方はなぜこれほどまで他者に気を使っていられるのか。そう思わざるをえない。そして、そう思うと同時に、そんな方を戦場に送り出すしかない自分に、悔しさを覚える。


「わかりました。手配させます」


「ええ、お願いします」


「では、失礼しました」


 最後にそう礼を告げ、フェロススィギルはその場を後にした。

お付き合いいただきありがとうございます。


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