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振り下ろされる剣

   ――Another Vision――


 王城での出来事が外へと知れ渡ったのは少し時間が経ってからだった。


 クーデター。その報告が届くとアリアスト都市内すべての騎士団に出動要請がかかり、すぐに鎮圧に動いた。


 だが、事はそう簡単に収束する事はなかった。




「南門はダメです。固く閉ざされており、突破するには、それ相応の装備が要ります」


 バタバタと息を切らせながら戻ってきた部下が報告を告げる。


 報告を聞くと、鎮圧部隊の指揮を任された男は舌打ちを零した。


 アリアストの小高い丘の上に建つ王城。古くなり、もう何年も本来の用途で使われてこなかった。だが王城は王城で、要塞に変わりない。防御を固められてしまえば、攻略は容易ではない。


 中から切り崩せれば、とは思うものの、相手は即座に内部を制圧しており、外から攻めるしかない。


「南門へは攻城兵器を回せそうか?」


「地形が険しく、大型の物は移送できそうにありません」


「となると、正面から行くしかないか……」


 聴かされた状況に、歯噛みする。


 敵の数はおそらくそれほど多くはない。故に、複数から分散して掛かれれば、と思ったものの、突破口は一つしかなさそうだった。


「仕方ない。正面から打ち抜く。破城槌を前へ出させろ! 一気に攻め込むぞ!」


 大きく声を張り上げ、指揮官は突撃の合図を掛けた。




 矢が降り注ぐ中、敵の攻撃を掻い潜り、破城槌が城門へと取り付く事が出来た。あとは、そのまま城門を破壊するだけ。


 やはり、相手は戦力が乏しい、地理的優位があれど、急場で編成された鎮圧部隊に対処できるだけの兵力は無い様に見えた。


「よし、このまま切り崩せ」


 勝機は見えた。指揮官はそう確信した。だが――



「ぬおおおおおおおおお!」



 バーン! 一瞬何かが破城槌の前に降ってきたかと思うと、轟音と砂埃を上げ、破城槌がバラバラに砕け散る。


「な、なにが起きた」


「うおおおおおおおお!」


 ブウォンと大きく風を切る音が響いたかと思うと、砂埃の向こうから何かが飛んできた。


 人の頭だ。破城槌を運んでいた部下の顔。驚きの表情を浮かべたまま固まっていた。


「まさか、このようなおもちゃで、ここを突破できると思ってたのか? 笑わせてくれる」


 ザク、ザク。と砂を踏む足音を響かせ、舞い上がった砂埃の向こうから、誰かが姿を現した。


 アリアストの騎士共通の全身鎧ではなく、動きやすさを重視し胸部と手足の身を覆ったプレートメイル。そして、その男の手には血で赤く染まった大ぶりの片手半剣が握られていた。


「ガエル・サンチェス……」


 新進気鋭。ここ数年で名を上げ、誰も勝つ事が出来なかった最強の騎士だ。それが、目の前に立っていた。


「どうした? 俺は敵だぜ、かかってこないのか?」


 動揺を浮かべた此方を見て、ガエルはニヤリと笑った。


 最強の騎士が相手。勝てるのか? いや、奴が最強なのは一対一での話だ。数にものを言わせて、取り囲めばいくら奴でも勝てるはずなどない。


 すぐさまそう判断して、命令を下す。


「恐れるな! 相手は一人だ! 集団で掛かれば負けはしない。全員掛かれ!」


 突撃の指示を出す。


 そんな指揮官の姿を見て、ガエルは小さく溜め息を付いた。


「わかっちゃいないな。圧倒的な力の前では、数に任せた力などなんの意味もありはしない」




「ば、化け物かよ……」


 城門の受けから目の前の惨状を目の当たりにした騎士の一人が、震えた声を零した。


 戦場の向こうで、残った騎士たちが散り散りに逃げていくのが見える。


 目の前の戦場にはガエル一人だけが経ち、ほかには数十、いや百を超える騎士の躯が転がっているだけだった。


 ガエルが恐ろしく強いことは同じ騎士団として知っていた。だが、目の前のそれは、想像以上だった。


 味方でありながら、その姿には恐怖を覚えるしかなかった。




   ――Another Vision――


「馬鹿なことはやめたまえ。このような事をしても、何もできやしないぞ」


 武器を構えた騎士達に囲まれ、逃げ場をなくした状況の中、口を開いたのはジェラードだった。


「たとえ、一時的にでもこの場を治められたとして、すぐに鎮圧部隊が派遣され、鎮圧される。そうでなくとも大規模な戦闘で兵を失えば、他国に付け入る隙ができる。どちらにしても貴様が望む結果にはならんぞ!

 貴様は、この国を亡ぼすつもりか!」


 強く、叱責を飛ばす。


 しかし、それを聞くヴィルヘルムは、表情を変えることはなかった。それどころか


「では、そうならないよう、直ちにあなた方の権限を我々に引き渡していただけませんか? あなた方も、国を亡ぼすことは望まないでしょう」


 とあざ笑うかのような問いを返した。


「そんな事、出来るわけがないだろう」


「ええ、分かっていますよ。だから、力尽くで奪うのですよ。本当に理解が乏しい御方ですね。

 それに、安心してください。あなた方の言う、大規模な戦闘など起りませんよ。なぜなら――」


 ガチャリと音を立て、扉が開かれた。扉の向こうから現れたの、一人の女性騎士だった。


 見た事がある。先日ヴィルヘルムの傍に控えていた女性騎士だ。


「リューリか、どうした?」


 リューリと呼ばれた騎士が、ヴィルヘルムの傍によると、小さく報告を告げた。ここからでは残念ながら聞こえない。だが、その後のヴィルヘルムの笑みを見れば、大体は予想ができた。


「さて、皆さま報告です。今をもって、この城は私の下に占領されました。そして、あなた方が期待した鎮圧部隊は、残念ながら壊滅いたしました」


 ヴィルヘルムは両手を広げ、大仰しくそう報告を告げた。


「そんな……あり得ない。そんな簡単に、鎮圧部隊を撃破するなど……」


「それができるんですよ。本当に理解が足りないのですね……」


 動揺を見せるジェラード達を見て、ヴィルヘルムは何度目かの溜め息を付いた。


「さて、状況は整いました。あとは、あなた方の判断です。おとなしく権限を我々に譲渡ずるか、もしくはここで死を選ぶか、二つに一つです。選んでいただきましょうか」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ヴィルヘルムが手を差し出してくる。


 突き付けられた選択し、それにすぐさま答えを返す者はいなかった。


 皆、迷っている。状況がわからない。本当に鎮圧部隊が壊滅させられ、助は来ないのか?


 もし権限を譲渡したところで、無事に済まされるのか? かといって他に生きる道はない。


 不安と戸惑いが渦巻いていた。




「あなたは、なぜこのような事をするのですか?」


 不安と戸惑いが渦巻く中、口を開いたのはクレアだった。


「それに付いては、すでに伝えしたはずですが?」


「この国を乗っ取りたいと、なぜですか?」


「乗っ取る? そもそもが違います。ここはメルカナスであり、我々メルカナス人の土地です。あなた方帝国の――アルガスティア人の土地ではない。だから返してもらうんです」


「この地は、もはやメルカナス人だけのものではありません。帝国から渡ってきたアルガスティア人だって多くいます。なのに――」


「それは、あなた方が奪ったからです。

 想像できますか? 自身の大切な家を、知らない誰かに土足で踏み荒らされ、好き勝手に荒らされる。それどころか、我々に部屋から出て行けとさえ言う者すらいる。

 国を奪われるというのはそういう事です。解ります?」


 ヴィルヘルムの瞳から、強い怒りも色が見えない。


「それは……」


 想像は――できなかった。


 クレアはメルカナス人ではない。故に、国を奪われるという話を聞いても、いまいち想像などできなかった。


「わかるわけなどありませんよね。あなた方は侵略者で、当事者ではない。だから、我々の苦しみなどわからず。見ようとしない。だから、我々は、我々の安住を求めて立ち上がるしかなかったんですよ」


「もういい。分かった」


 ヴィルヘルムの言葉に、シェラードが返事を返した。


「お前の言うようにメルカナス人への救済は行う。だから――」


「今更ですか? もう遅いんですよ。あなた方は多くのものを奪った。もはや、そのような約束事で終わる時ではないんです。我らの怒り、その身で受け取るといい」


 ヴィルヘルムが手を翳した。すると、剣を構えた騎士たちが一歩踏み出してくる。


 回答は不要。もはや話し合う余地などない。そう告げるかのように決断が下された。




「うおおおおおお!」


 血走った眼をした騎士が剣を振り上げ、勢いよく振り下ろす。


「や、やめてくれ~」


 驚いた政務官の一人が背を向け走り出す。運がよかったのか騎士の斬撃は政務官へと届くことはなく、空を裂いた。


 本当に切ってきた。ぞっとする。


 こちらは武装など一切していない状態。そんな無防備な相手に剣を振ってきた。本当に殺す気だ。


「や、やめてください。こんな事は――」


 声を張り上げ静止を呼びかける。だが、その声は届くことはなく。代わりに、ヴィルヘルムの冷たい視線だけが帰ってきた。


「うるさい女です。早々に、その口をだまらせましょうか」


 リューリだ。ヴィルヘルムの傍に控えていた女騎士が、クレアの視界を塞ぐように立つと、腰に差していた剣に手を掛けた。


 そして、一歩踏み込むと、剣を引き抜くと共に、クレアへと鋭く斬撃を放った。


 ザクりと肉を切る嫌な音が響き、視界に赤く鮮血が舞った。


 視界が揺れ、尻餅を付く。


 痛みはない。斬られたのはクレアではなかった。


「なんで……」


 目の前に人影があった。ジェラードだ。ジェラードはまるでクレアを庇うかのように立っていた。


「もう一度言う。馬鹿な真似はよせ」

お付き合いいただきありがとうございます。


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