ヴェルナの魔術
――Another Vision――
チリーン。鈴の音が嫌に耳に届く。
その音がイーダの穏やかだった心を逆なでし、苛立ちを覚える。
「60秒。60秒ほど時間を稼いでくれ。そうすれば、活路が見いだせるやもしれぬ」
そんな、荒れるイーダの心境を知るはずもないヴェルナが、一言そう命令を告げてくる。
「何を――」
「説明している暇などない。60秒、妾を守れ」
有無を言わさぬよう睨み返される。
(何も聞かず、聞けってことかよ)
舌打ちが零れる。
チリーン。また、鈴の音が耳に届く。嫌にはっきりと聞こえる。
それは、まるで自分がどういう人間だったかを思い出させるようで、嫌に心をざわつかせる。
――――お前はどれだけの信用を裏切り、そして、どれだけの信用に裏切られて来たか。
それを思い出せと言っているように聞こえた。
一度、ヴェルナへと目を向ける。
ヴェルナは長杖を立て、まるで自分の世界に埋没したかのように、魔術に集中していた。
再び舌打ちが零れる。どうせ、逃げ道も無ければ、勝算のある策もない。なら、従うしかない。
けど――
チリーン。鈴の音が、信じてよいのか? と惑わしてくる。
「どうせ道はないんだ。黙ってろ!」
強く悪態を零し、余計な思考を無理やり外へと追いやる。
手首に仕込んでいたダガーを引き抜き、両手に一本ずつ保持する。そして、そのまま迫りくる暗殺者達へと駆け出す。
一瞬で相手との距離が零となる。
まずは正面の暗殺者が、イーダへとダガー鋭く突き刺してくる。それをイーダは身体を傾け、よける。けど、それは囮だ。いつの間にかイーダの背後に回り込んでいた暗殺者の一人が、イーダの急所めがけて鋭い斬撃を向けてくる。
それをギリギリのところで、手にしたダガーでそれを防ぐ。一瞬の間、その間にイーダは横へとステップを踏む。一瞬のその判断が、イーダの命を救う。つい先ほどまでイーダが立っていた場所、そのちょうどイーダの首が辺りを三人目の暗殺者がダガーで切り裂く。
ぞっとする。相手はイーダと同じかそれ以上に、殺しの技術を磨いた暗殺者だ。一撃でも攻撃をまともに受ければ、それだけに死につながる。それが、よくわかった。
そして、今ので三人。残る二人は――前に出たイーダを無視し、まっすぐヴェルナの方へと駆け抜けていた。
目の前の敵から、目を離せない。けど、このままでヴェルナがやられる。
ヴェルナとの距離は遠い、手が届かない。
――――ダメだ!
ヴェルナへと迫った暗殺者の一人が、ダガーを構え、ヴェルナへと振りぬいた。
ヴェルナの驚いた顔が見える。これではよけられない。
――――死。
「やめ――」
『我が虚像に彷徨い惑わされよ! 虚像!』
パリーン。暗殺者が振りぬいたダガーが、ヴェルナの身体を捕らえると、ヴェルナの身体はまるで鏡が割れたかのように砕け散った。
バラバラになったヴェルナの姿、その向こう――ちょうど人一人分くらい開けた場所にヴェルナの本当の姿があった。
『大気よ、衝撃となりて我が敵を吹き飛ばせ! 風の衝撃!』
詠唱を一節、ヴェルナが長杖を掲げながら唱えると――バーン! という大きな衝撃音が鳴り響き、ヴェルナの目の前の暗殺者二人を吹き飛ばした。
そのまま二人を遠くへ吹き飛ばしてくれればよかったが、相手は上手く身体を制御し空中で態勢を立て直すと、すぐに足を付き踏ん張りを利かせた。
稼げた距離はおよそ10足分程度。大した距離ではない。けど、攻撃を捌いて見せていた。
ほっと安堵の息が零れ落ちる。
「馬鹿者! 抜けて来ているではないか! しっかり足止めせい!」
「無茶言うな! 私は専門じゃないんだ!」
(無茶苦茶言ってくれる)
相変わらずのヴェルナの無茶ぶりに、呆れさせられつつも、それにどこか安心感を覚える。
「仕方がない。予定を変更する。お主、しっかり動けよ」
ヴェルナが再び杖を掲げる。
それに合わせて、暗殺者達が駆け出し、ヴェルナへと襲い掛かる。イーダも同時に駆け出す。
だが、相手の方が目標への短い。追いつけない。
苛立ちが募る。身体が、嫌に重く感じる。
『汝、風を纏いて戦場を駆け抜けろ! 加速!』
詠唱と共に、ヴェルナが長杖を振り下ろす。すると、ふわりとイーダの身体が宙に浮いたかのように軽くなり、一瞬のうちに敵との距離が零となる。
「な!」
唐突に事に戸惑う。けど、今は何が起ったかを考えるときじゃない。戸惑いをすぐに振り払い、目の前の敵へと斬撃を繰り出す。
さすがにそれで簡単に倒せる相手ではない。が、イーダの攻撃により、相手の足は止まり、イーダの身体がちょうど暗殺者達の間に滑り込む。
「これで、どうにかしろって事かよ!」
「何を言うか、まだこれからじゃよ」
『彼の者の力よ、汝の身に宿れ! 能力強化:猫の敏捷力!』
また一段身体が軽くなる。
「これが妾にできる、支援のすべてじゃ。次は、上手くやれよ」
そう告げると共に、ヴェルナは一歩後ろへと下がる。
その目は、強く「任せる」という気持ちが籠っている様に見えた。――嫌いな目だ。
チリーン。また、鈴の音が耳に届く再び心が揺れる。
「やればいいんだろ!」
強く毒付き、無理やり思考を排除する。
ダガーを振るう。それを簡単に受け止められる。けど、それで隙ができる。
その隙に、すぐに目標を別の相手へと変えダガーを振るう。できる限りランダムに、そして、抜けようとする方へ向かって振り下ろす。
致命傷は与えられない。イーダのスキルでは、どうして注意を向けられている相手には、効果的な攻撃ができない。けど、少なからず注意を向けさせることができる。
身体が軽い。先ほど以上に身体が動く。だから、上手く全員を引き付ける事が出来た。だが、それは同時にイーダへの危険度が増す。
暗殺者のダガーが浅く、イーダの肌を引き裂く。捌くことはできた。けど、それは完全じゃない。鎧を着ていないこの状況では、少し掠るだけでもダメージにつながる。それにより少しずつ傷を負い、血を流し、体力が奪われていく。
――――勝てない。
首筋を浅く割かれる。バックステップを踏み、距離を取る。これ以上は、無理かもしれない。そんな不安が頭をかすめる。
チリーン。とまた鈴の音が聞こえる。その鈴の音をまるで、お前は騙されている。と訴えているようだった。
戦っても勝てない。お前は捨て駒にされている。安全なうちに、奴は逃げる手段を整えている。そう、問いかけて来ている様に思えてしまった。
信じていいのだろうか? 微かな不安に心が揺れた。
「まだか!」
そんな不安と焦りから、ついその言葉零れる。
「十分じゃ。よく耐えた、一度下がるがよい」
振り返ると、ニヤリとヴェルナが笑っていた。
カツーン。ヴェルナが強く長杖で地面を叩く、するとヴェルナの足元に幾何学的な魔法陣が浮かび上がり、淡い輝きを発する。
『荒ぶる元素の精霊よ。我が声を聴き、我が命に従え! 現れよ! 我が精霊の僕! |招来せよ! 我が土精の僕よ《コンジュア・アース・エレメンタル・サーヴァント》!』
詠唱と共にヴェルナが杖を掲げる。
大地が揺れる。そして、石造りの床が隆起したかと思うと、それがヴェルナの目の間で巨大な岩石の人形を作り出す。
「グオオオオオオオ!」
巨大な岩石の人形が、ヴェルナの前に立ち上がると咆哮を上げた。
びりびりと辺りに響く様な咆哮。巨大な岩石人形とその咆哮を前に、暗殺者達に微かに戸惑いを見せ、立ち止まる。
「反撃開始じゃ」
ドスーン。ヴェルナの静かな宣言。それに呼応して岩石人形が一歩前に踏み出す。襲い掛かる脅威に静観できず、暗殺者達が岩石人形へと襲い掛かる。だが――
ガキンと暗殺者のダガーは固い岩肌に阻まれるだけに、まともなダメージなど入りはしなかった。
「無駄じゃ。肉体構造の破壊に特化したお主等の技など、生物的な肉体構造を持たぬ精霊の前には無力。形勢逆転じゃ!」
傷一つ付けられない岩石人形を前に、戸惑いは動揺へと変わり、それが恐怖へと変わっていく。
「行け、大地の精霊よ!」
ヴェルナの指示のもと、岩石人形が走り出し、暗殺者達へと襲い掛かる。もはや攻撃手段を持たない暗殺者は、散り散りに逃げ出し始める。
「逃がしはせぬぞ!」
岩石人形が床を叩きつけると、石造りに床が変形し、隆起すると暗殺者達が逃げ出そうとしたすべての通路を塞いだ。
「どうじゃ、妾の魔術は?」
「え?」
「師匠は魔術に派手さは要らぬと言うかもしれぬが、派手さは時として敵に恐怖を与え、士気を挫く。捨てたものではなかろう?」
そう言って、ヴェルナは笑う。
逃げ惑う暗殺者達を見て、今までの苦労は何だったとかと思わされ、つい乾いた笑いが零れる。
「さて、大詰めじゃ。お主にも働いて貰うぞ」
「まだやらせるのかよ」
「残念じゃが、土の精霊には速度がない。あの者たちを捕らえることは出来ぬのじゃ。故に、詰めはお主に任せる」
「はぁ、分かったよう」
指示が出ると、呆れた様な溜め息を付きながら、再び走り出す。
逃げ惑う暗殺者達は、もはやイーダを見ていなかった。
死角からの一撃。それで、暗殺者の一人を絶命させる。
小さく笑みが零れる。人の指示に従い、動くこと。それはイーダの嫌う行為だ。それはそのはず、イーダは今までそれに利用され、捨てられてきた。だから、嫌いだった。けれど、なぜか今はそれが心地よかった。
鈴の音はもう聞こえなくなっていた。
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