帰還
「つ、疲れたぁ~」
ようやく見つけた下層へと続くの階段の前に辿り着くと、クレアは座り込み、大きく息を付いた。
あれからここにたどり着くまでに数度ゴブリン達と戦闘があった。最初の戦闘の時のように、バグベアみたいな強力なゴブリンの亜種はいなかったものの、度重なる戦闘と長時間の移動で、だいぶ疲労していたみたいだ。
「ここがそうなの?」
クレア同様に少し疲れた色を見せながら、イーダが尋ねた。
「おそらく……うん。此処が第2層へとつながる階段だ」
イーダの問いにヴィンスが地図を広げ、確認してから答えた。
「これで第1層攻略……か、結構かかるんだな」
ここに来るまでに約半日。
移動に戦闘、それから数度の休息。慣れないが故にだいぶ時間がかかってしまったみたいだ。
「まあ、初めてだからね。それでここまで来れたのだから十分すごいと思うよ」
石造りの大きな階段を眺めながらヴィンスが告げる。
地下迷宮第1層の攻略。100層を超える地下迷宮の1層目であるが故に、ひどく楽な物だと思われがちだが、実はそうではない。
他の階層と比べれば確かに楽だ。けど、それは慣れた冒険者が挑むからであって、慣れない冒険者が挑む第1層の困難さは他とは大きく異なる。
第1層攻略に辿り着けずやめて行く冒険者は意外と多いと聞く。
「このまま第2層へは……さすがに無理かな。今日はここまでにして、引き返そう」
PTの姿を一巡してヴィンスが判断を下す。
現在時刻、疲労状況、総合的に考えて妥当な判断だと思う。
「帰りも戦闘があるかもしれないから、気を抜かず、もう少し頑張ってくれ」
「はい!」
こうして俺達PTによる初の地下迷宮挑戦は第1層攻略までとなった。
* * *
「それでは、地下迷宮挑戦第一回の成功と帰還を祝って――」
「「かんぱ~い!」」
ヴィンスの音頭に合わせ、三者三様の表情を浮かべエールが注がれたジョッキが打ち鳴らされた。
地下迷宮から地上へと帰還した俺たちは、冒険者ギルドからほど近い冒険者が集まる酒場で、その祝杯を挙げていた。
「今日の成果は第1層強略までとなったが、挑戦開始初日で第1層攻略までこぎつけられるPTはそれほど多くはないと聞く。成果はまだ小さいが、それっでも十分誇れる成果だと俺は思う。だから、今は存分にその成果を誇り、励みにしてくれ」
「はい!」
ヴィンスの言葉に、クレアが嬉しそうに答える。
たかだか第1層攻略、少しはしゃぎすぎなんじゃないかって思わなくもないが、クレアの嬉しそうな姿を見ると、それでも良いかって気がしてくる。
「チッ」
すぐ隣から舌打ちが聞こえてくる。イーダは相変わらず不機嫌そうだ。
「楽しくないのか?」それとなく訊ねる。
「別に。楽しい、楽しくないとか以前に、私はこういった場が好きじゃないんだよ」
「なるほどね」
確かにイーダは見るからに人付き合いとか苦手そうだ。かく言う俺も、苦手だけど……。
「これで私たちは2レベルになるんですよね?」
「そうだね。けど、ギルドの登録上では5層攻略、つまり6レベルに到達しないと変更されないから、そこは注意してね」
「はい!」
相変わらず楽しいそうだ。
てか、そういうシステムだったんだ。
第2層への階段までたどり着いた。けど、そこには、そこに到達したという事を示す、もしくは確かめるための仕掛けなんかは一切なかった。あれはそういう事だ立ったのか。まあ、100層以上ある迷宮だ。一層、一層仕掛けをするのは現実的ではないし、そうなるか。
「それじゃあ、少し早いけど、先ほど換金した報酬の配分をしようか」
しばらく酒の席を楽しむと、ヴィンスがそう切り出した。
今日の遭遇はゴブリンとその亜種のバグベアだけ、あまり成果としてよくないが、それでもいくらか魔晶石を入手でき、それが報酬になってくれた。
「はい、これ。こちらで先に分けておいたから確認してくれ」
そう言ってそれぞれ目の前に貨幣の入った袋が置かれる。
「思ったより少ないんだな」
置かれた貨幣の入った袋を手に取り、中身を確認しさいたイーダが表情を歪めながら零す。
中身は銅貨12枚に銀貨5枚。金貨に至っては1枚も入っていなかった。
「かなり小さな赤結晶だけだったからね。劣化も激しい。中には金にならない物もあったから、仕方ない」
「冒険者ってのは思ったより稼げないもんなんだな」
「これは、確かに厳しいですね……」
先ほどの喜びはどこへやら、クレアも少しだけ苦笑いを浮かべていた。
銀貨6枚弱。安宿に1日泊まれる程度だ。1日の稼ぎにしてはだいぶ少ない。
まあ、上層での稼ぎなんてこんなものだ。これでも大分稼げた方だと思う。
「今はまだ少ないと思うかもしれないが、ここから2層、3層と潜れるようになってくれば、それに合わせておのずと報酬は増えてくる。だから、気を落とさず頑張ってくれ」
「はい!」
最後にそう締め括り、この日の祝いはここでお開きとなった。
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