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七月 未知(1)

前章や前々章とは雰囲気がガラリと変わります。それでもよろしければ、どうぞお進みぐださい。

 七月に入り、日差しが強くなってきた今日このごろ。ボクは毎日と同じように、日が昇る時間に起きて朝食を取り、早朝で人が少なくすっかり見慣れた通学路を歩いて、佐々木食堂に向かう。

 しかし通学途中に、道の端に調子が悪そうにうずくまっている、女の人がいることに気がづいた。

 他の通行人も時々横目では見るものの、朝の忙しい時間のためか、結局そのまま無視して行ってしまっていた。


「えっと…あの、大丈夫ですか?」


 最近では通りがかって人助けをすると、逆に訴えられる場合もあるとは聞いたけど、多分それは稀なケースだろう。

 いざとなったら麗華さんかセンコさんに相談しよう。悪いことはしてないのだから、このぐらいなら頼っても構わないだろう。


「えっと…ボクの声、聞こえていますか?」


うずくまっているため、ボクの立っている場所からは影になってよくわからないけど、どうやら青色の髪が綺麗な、営業用のスーツを着て、メガネをかけた会社員のお姉さんのようだ。やがて、その人が何かを訴えるように辛そうに口を開いた。


「■☓△☓…○○■…?」

「ええと…まっマイネームイズー…サチコー?」


 駄目だ。言葉が全くわからない。ボクのへっぽこ外国語スキルでは太刀打ちできない。

 多分知らない国の人なのだろう。でもこうして関わってしまった以上、今さら放っておくことも出来ない。


「どうしよう? 取りあえず、救急車を…」


 携帯に手を伸ばしたところで、女の人がボクの制服を握り、辛そうに首を振る。救急車は呼ばないでってことかな? でもこのままだと…。


「えっと、ちょっと体触りますね。嫌だったらすいません」


 一応謝りながら、彼女のおでこにそっと触れて体温を確認する。汗もかなりの量をかいているし、熱もボクよりも高い。今日は急に日差しが強くなったので、多分熱中症か何かだろう。ひとまずこの人を休ませないと。


「この先少し歩くと公園があるんですけど、そこの木陰で休みましょう。歩けそうですか?」


 身振り手振りで必死に説明すると、かなりふらついているけど何とか立ち上がることは出来るようだ。

 ボクはそのまま彼女に肩を貸すと、後ろに当たる大きな二つの果実の感触を、否応なしに実感してしまう。

 そしてこの人は、大人バージョンのセンコさんに匹敵する、とんでもないスタイルだと気づく。

 何とか平静を装いながら、女の人と一緒に数分程歩き、目的の公園の木陰へとやって来た。


「えっと体を横にして…。はいこれ、飲めますか?」


 学園のカバンを枕にして、横に寝かせた女の人に、家の冷蔵庫で冷やした自前のスポーツドリンクを手渡す。

 しばらくボクの顔とドリンクを、交互に視線を彷徨わせていたので、まずは自分が先に飲んでから、もう一度女の人に渡したら、どうやらわかってくれたようで、少しずつ口に含み、コクコクと飲んでくれた。


「じゃあボクは、タオルを公園の水道で湿らせて来ますから、そのまま休んでいてくださいね」


 そのままタオルを手に持ったまま、少しだけ席を外そうとしたけど、出来なかった。


「ぐええっ!」


 実際にボクはその場で立ち上がろうとしたけど、何故か立てずにすっ転んでしまった。

 というのも、女の人が気持ち悪そうに横になりながらも、こちらの制服の袖を片手でしっかり掴んでいたのである。


「この人、…意外と力強い!?」


 見た目はプロポーション抜群でメガネをかけたOLのお姉さんにしか見えないのに、掴んだ制服を全く離す気配がない。

 と言うか、ボクがパントマイムのようにアレコレ体を動かしても、彼女の腕はまるで万力のように全くブレずに、横に寝転がりながらも、ギュッと握ったままだ。


「あの、あそこの水道で冷やしてくるだけだから! すぐ戻って来るから!」


 何とかジェスチャーでしどろもどろになりながらも伝え、制服から手を離してもらうことに成功する。

 彼女を長時間放置すると、何をされるかわからないので、小走りに水道まで向かい、タオルを濡らしてササッと戻って来る。


「濡れタオルをおでこにのせるね。ちょっとひんやりするよ」


 いちいち口に出したり身振り手振りで説明しなくても、それぐらいわかるのかもしれないけど、この美人さんは、何故か知っていて当たり前のことを知らないようなので、色々と困ってしまうのだ。


「あとは服を脱がして、体温を下げればいいんだけど…これ、どうやって脱がすんだろう?」


 今さらながら気づいたけど、女の人が着ている服は、この辺りでは見たことのない奇抜なデザインだった。道でうずくまっていたときは、普通の会社員のスーツだった気がしたんだけど、気のせいだったのかな?

 今の彼女は、何処にも繋ぎ目はなく機械的な装飾が施されている、上下一体型のライダースジャケットを着ていた。しかも付けていたはずのメガネも、綺麗さっぱり消えていた。


「ボクには特売の服以外はわからないし。最新のファッションって変わってるね。えっと…服を脱がして、体を直接扇いで冷やしたいんだけど、わかるかな?」


 自分の制服のボタンをいくつか外して、手で扇ぐ動作をすると、何かに気づいたのか。彼女の顔が茹でタコのように真っ赤になって、必死に胸元を隠す。


「いやいやいや! ボクはちんちくりんな体型してるけど、性別は貴女と同じ女の子だからね! 同性にそんなことする趣味はないからね!」


 しどろもどろながらも説得が効いたのか、やがてお姉さんは変わった服を脱いでくれた。というかまるで繋ぎ目が見えないのに、スーツの中央が上から下へ、スルリと左右に分かれていくのだ。


「勝手に開いていく…というか、下着…つけてないんだね」


 今は非常事態とはいっても、このままだとお姉さんの全裸を晒すことになってしまうと、危機感を抱いたボクは、脱ぐのはここまででいいです! と、ギリギリのところで止めてもらい、二つの見事なメロンと下のお口だけは、際どいながらも死守することに成功したのだった。


「じゃあ、ボクは下敷きで扇いでるから、休んでる間に何かあったら、言ってくださいね」


 言葉は通じないけど、身振り手振りだけでも意外となんとかなるものだ。体が冷えたことで、少しは体調が回復したのか、女の人は目を閉じて、ウチワ代わりの下敷きから送られてくる風に、気持ちよさそうに身を任せている。


「あっ、そうだ。遅れることを美咲さんに連絡…あれ? 圏外?」


 余裕が出来たので扇ぎながらでも、残った片手で携帯電話を取り出して画面を見ると、何故かアンテナが一本も立っていなかった。

 昔は違うかもしれないけど、今では山間部でさえ、電波の届かない場所は殆どないのだ。それが町中でこんなことが起こるはずがない。

 何となく不安に駆られて見回してみるものの、ボクと女の人以外は、公園には誰の姿もなかった。


「おかしいな。家を出たときは早朝で、今は通勤ラッシュのはずなんだけど」


 それに家を出た直後でも、何人かの通行人を見かけたのは確かだ。それが今は、ボディーガードの人たちさえ、完全に消えてしまっていた。確か他の人がいなくなったのは…。


「私に接触してからね」

「そうだねお姉さんに会ってから…って、ええっ!? 言葉が…」


 いつの間にか外国人のお姉さんが、ボクにもわかる言葉を話していた。


「うちの国の言葉、話せたんだね」

「話せないわ。連合の翻訳機を使っているだけよ」


 なんと、最近の翻訳機はそこまで進んでいたのか。ボクが一人で感心していると、お姉さんから何か変わった人を見るような視線を送られる。

 何でも彼女の国の言語の意味がわかるよう、実際には全く違う名称でも、自動的にこちらの言語で補完されるらしい。本当にすごい機能だ。


「そっ…それだけ? 普通はもっと怪しんだり、問い正したりするものじゃないの?」

「えっ? そうなの? いや、今もお姉さんは調子が悪そうなのに、無理して話してるし、そっちのほうが心配なんだけど。大丈夫なの?」


 少しだけ体を起こしてこちらと向かい合うお姉さんに、ボクは相変わらずマイペースに下敷きで風を送る。

 あんまり姿勢を変えると、見えちゃいけないところが色々と見えてしまうので、出来れば体を動かすのは、極力控えて欲しいんだけど。


「貴女って変わってるのね。ええと…サチコ?」

「ああうん、そう、幸子だよ」


 ついでにその辺りから石ころを拾って、幸子と地面に書いてこちらの国の文字を教える。


「わかったわ。幸子、私はディアナ」

「ディアナさん。もう少し休んでてよ。まだ体が重いんでしょう? 詳しい事情はその後でね。あと別に話したくなければ、無理に話さなくてもいいよ」


 ディアナさんも、自分の名前を地面に書いて教えてくれたけど、何処の国の文字か、さっぱりわからなかったので、覚えることは断念した。


「ええと…本当に? 本当に知りたくないの? 幸子の身に何が起こってるのかとか、私の正体とか」

「そういうのは間に合ってるから。ボクは出来れば平穏に生きて行きたいなと」


 何となくだけど、ディアナさんは特殊な事情を抱えていることを察し、ボクは扇ぐ速度を早めて、言葉だけでなく態度で断固拒否と示して、厄介事から身を引こうとする。


「ふふっ、地球人が皆、幸子のように優しければ、私たちとも仲良くやって…!?」


 体を休めているディアナさんが何かを感じ取ったのか、急に身を強張らせる。

 そのまま無言でスーツのホックが自動的に繋がり、半脱ぎの状態から元通りに着直し、公園のもっとも近い入口をキッと睨みつける。


「民間人が巻き込まれたか。不幸な事故だが仕方がない。知ってしまった以上は、この場で処理させてもらう」


 男性の声が聞こえた瞬間、黒服でサングラスをかけた男女五人組が、ディアナさんが睨んでいた入り口に現れた。公園の境界をすり抜けるように現れたので、本気でびっくりしてしまった。


「それで、貴方たちは何処の国のエージェントかしら? まあ何処でもいいわ。欲しい物は奪い、目撃者は消す。何処の国も皆同じだから」


 まだふらついてはいるものの、ディアナさんはゆっくりと立ち上がり、守るようにボクの前に出て、黒服たちの視線から隠す。


「素晴らしい。地球人のことをよくわかっておいでだ。それだけ理解しているのなら、ディアナさん。いい加減我々に協力してくれませんか?」

「断るわ。貴方たちこそまだ理解出来ないの? 私たち連合は、地球人の脅迫には、決して屈しないとね」


 足元がおぼつかないけど強気な態度のディアナさんと、謎の黒服たちの睨み合いは続く。


「確かに、現在の地球の科学力をどれだけ集めても、貴女一人でさえ、殺すことも捕らえることも困難でしょう。しかし、そちらの民間人ならば、殺すのは一瞬です」

「貴方たち! この子を巻き込むつもりなの!」

「はははっ! これはお笑いだ! 最初に言ったはずですよ。我々の組織は、欲しい物は奪い、目撃者は消す…と」


 あっ…これアカンやつだ。どうやら黒服さんたちは、初志貫徹を守り、ボクを見逃してくれる気はさらさらないようだ。

 何となく公園の他の方角にも、それとなく視線を向けると、同じような黒服さんが複数人ずつにわかれて、全ての出入り口に待機していた。もしかして詰んだ?


「それに、知っているのですよ。連合の目的はあくまでも地球の調査であり、我々地球人を殺すことは、固く禁じられているとね」

「そう、そこまで知られているのね」

「何しろ貴女たちとも長い付き合いですからね。行動パターンを分析すれば、どの組織も同様の結論に至りますよ」


 そこで先程まで交渉を行っていた黒服さんが、指をパチリと鳴らす。


「さて、お話は終わりです。我々に協力するか。その子供を殺すか、選んでください。ああ、もちろん逃げようとしても無駄ですよ。ディアナさん一人ならまだしも、お荷物を抱えた状態で、無事に逃げられると思いますか?」

「ということは当然この場所も、ジャミングはバッチリということね」

「ええ、母艦とも連絡は出来ません。貴女一人で、私たち全員を相手にするわけです」


 気づけば先程の黒服さんが指を鳴らしたあとに、他のエージェントたちがジリジリと距離を詰めてきていた。


「そろそろいいですか? 別に抵抗しても構いませんよ。そちらの子供を守りながら戦えば、それだけディアナさんを捕らえる確率が、高くなりますからね」

「幸子、ごめんなさい。貴女を巻き込んでしまったわ」


 気丈に振る舞いながら、手を広げてボクを守るディアナさん。四方八方から銃口を向けられていて、はっきり言ってすごく怖い。

 でもボクのへっぽこな運動神経では、どう足掻いても逃げられないので、別の手段で切り抜けるしかない。


「さて、それではディアナさん、返事を聞きましょうか」

「断るわ。もし私が協力しても、貴方たちはこの子を殺すのでしょう?」

「はははっ! 流石に我々のことをよくわかっておいでだ! ええ! ええ! その通りですよ!」


 黒服のエージェントたちが皆、大口を開けて笑い転げている。

 今はディアナさんを捕らえる千載一遇の好機で、それが叶うのが嬉しくて仕方がないのだろう。

 やがて笑い声も止み、辺りを囲んだ黒服たちが安全装置を外した銃口を、ボクたちに突きつける。


「今日こそ我々が連合に勝利する、記念すべき日になるのです! それではディアナさん。せいぜい頑張って抗ってくださいね。 …やれ」

「くっ! 下がっていて! 私が何とかす…る…ええっ! 幸子!?」


 ディアナさんは素早く抱き寄せて、黒服たちの銃撃から守ろうとしてくれたけど、ボクはそれをスルリと抜けて、彼女を庇うように逆に両手を広げて、危険な射線上に飛び出す。


「ははっ! そんなに死にたいのか! だったら望み通り、一番に殺してやる!」

「止めてえーっ!!!」


 残虐に笑みをこぼす黒服たちと、悲痛な表情を浮かべて急いで止めようとするディアナさん。そして彼女が追い付くよりも先に、無数の銃弾が両手を広げた無防備なボクを目掛けて殺到する。


「「「「……は?」」」」


 しかし、黒服たちが撃った銃弾は、ボクの体には届かなかった。

 まるで見えない壁にでも阻まれるように、空中で静止している。しばらくの間回転運動を続けていた無数の弾は、やがて役目を終えたかのように。一つ、また一つと地面に落ち、足元をコロコロと転がって完全に動きを止める。


「どういうことだ。一体…何が起こった? あの子供も宇宙人…なのか?」

「幸子、貴女もしかして…私たち連合の…?」

「いや、ボクそういうのじゃないから。何処にでもいる普通の女の子だからね」


 流石はセンコさんがかけてくれた、核ミサイルの直撃にさえ耐える加護だ。何ともないぜ。

 とは言え、あらかじめ跳ね返ってくるボールで実験したから、ある程度の効果があることは知っていたものの、銃弾の直撃に耐えられるかは全くの未知数だったので、今回は上手くいってよかった。失敗したら蜂の巣にされていた。

 本当に一か八かだったので、今も足が震えてるしね。


「くそっ! 何だあの子供は! とにかく撃てっ! さっきのは偶然だ!」

「さっ…幸子! 急いで私の後ろに!」


 しかし、もう安全だとわかったからには、躊躇なく前に出る。

 ディアナさんは必死に止めようするけど、それは今だけは無視する。

 またあの万力のような力で捕まるわけにはいかない。そうなれば今度こそ、非力なボクでは何も出来なくなってしまう。


「あの子供! 銃弾を弾くのか! まさか本当に、新しい連合の調査員か!?」


 銃弾を防ぐボクを見て、狼狽するエージェントたちとは違い。

 ディアナさんはもはや無力な子供を心配するような雰囲気ではなく、頼もしい援軍を見るように、キラキラと瞳を輝かせている。

 この調子なら多分、テポドンを直接打ち込まれても、ボクはピンピンしてるだろう。周りの人たちの被害はお察しだけど。

 やがて銃撃が全く効果がないことに焦りはじめた黒服たちは、混乱しながらも互いに相談して、硬直状況の打開策を探ろうとする。


 だがそのとき、閉鎖された公園内に、聞き覚えのある声が響き渡った。


「何処の誰かは知らぬが! 主を傷つける奴は容赦せぬぞ!」


 突然公園の青空にガラスが割れるようなパリンという音がしたかと思うと、空の風景が欠け落ちる。

 そこから現れたのは巫女服を着た、大人バージョンのセンコさんだった。

 彼女は割れた青空から真っ直ぐに降ってきて、黒服とボクたちのちょうど中間に、フワリと着地した。


「妾の加護が害意を弾いたから何事かと来てみれば、この有様は何なのじゃ? 粗末な結界まで張りおって、隠蔽も未熟じゃし、あちこち穴だらけで、ご自由に侵入してくださいと宣伝しておるようなものじゃぞ」


 そのままセンコさんは、こちらにスタスタと歩み寄りながら、ボクの体のあちこちを心配そうに観察する。

 黒服たちは突然の乱入者に度肝を抜かれ、何も出来ずに立ち竦んでしまう。


「ふむ、何処にも怪我はないようじゃな。妾の加護は完璧ということか。しかし、それはそれとして、主を傷つけようとした奴等を許すわけにはいかぬ。一人残らず地獄行きじゃあ!」


 続いて黒服たちの方に顔を向けたセンコさんは、ボクの角度からでは見えないものの、またもや女の人がしてはいけないような顔になっているだろうと思った。

 そこまで考えて、ボクはあることを思い出して、慌ててセンコさんを止める。


「ちょっ…ちょっと待って!」

「何じゃ主。これから此奴等を血祭りにあげようというときに…」

「えっと、それはいいんだけど。いやよくないのかな? ともかく、やっつけてもいいけど、殺さないで! 命を奪うの駄目だから! 規則でそう決まってるらしいから!」


 こちらを向いた彼女は、一瞬訝しげな表情を浮かべたものの、やがて主がそう言うなら理由は別に何でもいいかと気持ちを切り替えて、エージェントたちに向き直る。


「さて貴様ら、慈悲深い主が言うのじゃ。命だけは助けてやるが、全員半殺しは覚悟してもらおうか」

「あっ…貴女は…何者ですか? どうして…こんなことを…?」


 先程までリーダー件交渉役を務めていた黒服さんが、圧倒的な実力の差を感じ取ったのか、震えながら問いかけてくる。


「妾はセンコじゃ。昔からそう呼ばれておる。そして親愛なる主のツガイじゃ!」

「ただの友だちです!」


 センコさんが黒服たちの方を向きながらも、ツガイ認定されなくて残念という雰囲気を感じるけど、その部分だけは力いっぱい否定させてもらった。

 ボクは女の子同士で体を重ねる趣味はないからね。


「では、センコさんでしたか。我々の元に来ませんか? 歓迎しますよ。貴女が協力してくれれば、この地球を、いや…連合さえも手中に…」

「断る。妾は今の生活に満足しておる。それ以上何も望まぬ。じゃがもし、今回のように妾の大切なモノを壊そうとすれば、……そのときは全力で潰すぞ!」


 チョロロ…黒服さんたちの方から、何か温かな水が流れる音が聞こえて、白い湯気が見えた気がした。それぐらいセンコさんの最後の言葉は、威圧感が半端なかった。

 直接視線を向けられていないボクも、聞いているだけで思わず足が竦んでしまう。


「うわっ…! うわあああぁ! 撃て! 撃ち殺せええぇ!!!」


 恐怖が限界を越えたのか、黒服さんのリーダーが命令を出した。他のエージェントたちも、半分発狂しながらセンコさんに向かって銃を乱射する。


「主、っと…そこの小娘も、戦いが終わるまで動くでないぞ。しばらくその場でじっとしておれ」


 銃弾の雨の中を、彼女ゆうゆうと歩きながら、そう言葉をかけた瞬間、何となくだけどボクとディアナさんの周囲の空気が変化したような気がした。


「さて、久しぶりの戦じゃが。主の言いつけを守る以上は、術も武具も使わずに、素手で相手をしよう。そうでなければ、殺り過ぎてしまうからのう」

「うわあああ!!! 死ね!!! 死ねええええ!!!」

「うるさい」


 センコさんの、うるさいの一言で、もっとも近くにいた黒服が一瞬で地面に沈んだ。人間離れした跳躍力で、勢いがついた飛び蹴りがまともに決まった。

 まともな人間が生きていられるのかどうかが、心配になるぐらい距離を吹き飛んでいったけど、遠目に見る限りは意外と大丈夫そうだ。

 戦闘目的のエージェント部隊だから、鍛えていたのか手加減したのかは不明だけど、とにかく生きていてくれてよかった。


「さて、次はどいつじゃ?」


 周囲の手近な黒服たちを人外の腕力で掴んでは投げ飛ばし、邪魔に思えば踏み潰すなり、ぶん殴るなりして、強引に蹂躙していく。

 銃弾にしても普通に避けるか手の甲で弾いて無効化している。どう見ても彼女、完全に見切ってますね。

 時々プイキュアパンチ! プイキュアキック! これが主と妾の愛の力じゃあ! という、アニメとセンコさんの理想を混ぜ込んだ、独特の台詞や決めポーズをお披露目している気もするけど、見なかったことにした。


「くそっ…! コイツをくらえ!」


 エージェントの一人がセンコさん目掛けて手榴弾を投げつけるけど、彼女はそれを空中でキャッチして、そのまま、かなり手前の地面に投げ返して、本人は爆破範囲外にストンと着地する。


「へっ? あれ? うぎゃあああぁ!!!」


 銃弾さえ完全に見切ってるセンコさんに、手榴弾が効くわけなかった。普通に投げ返されて終わりである。逆に威力が高すぎて、自分たちの被害ばかり大きくなってしまっている。

 今の爆風を受けて、数人ぐらい吹き飛ばされたし。

 黒服たちの数が最初に比べてかなり少なくなってきたとき、数人のグループがボクたちに狙いを定めて、全速力で走ってきた。


「子供に銃弾が効かなくても、接近戦に持ち込めばっ! 悪いが人質にさせてもらうぜ!」


 確かにボクは運動神経が絶望的なので、この場で捕まれば何も出来ずに終わりかもしれない。

 隣のディアナさんが接近に気づいて一歩だけ前に出る。今度こそ私が守るという気迫を感じる。逆にボクは、その場から動かずにじっとしていた。


「いくらディアナでも、相手は一人だ! 俺たち三人でかかれば勝機は…ぎゃあああああ!!!」


 先頭を走っていた黒服が、ボクたちまであと数メートルという距離で、突然見えない壁に激突して、同時に青白く放電する。

 バチバチという火花を散らす独特の音と白い煙、あとは頭髪がアフロに固定されると、後ろに仰向けにバタリと倒れて、気を失ってしまう。


「え? 幸子…今のは? 何? これ…何? 新型の障壁?」


 そんなことボクに聞かれても困る。仕掛けたのは、全てセンコさんって言う、銀狐っ娘の仕業なんです。

 先頭を走っていた黒服が謎の超常現象で突然倒れてしまったことで、後続の二人も思わず足が止まる。

 そこにエージェントたちの背後から、返り血一つ浴びておらず綺麗なままのセンコさんが、のんびりした足取りで近づいてきた。


「どうやら電磁バリアは無事に再現出来たようじゃな。一分しか保たんことはないから、貴様らがいくら時間切れを狙っても無駄じゃぞ」


 黒服さんたちは突然の事態に驚き戸惑っているだけで、別にそんなつもりはないと思うんだけどね。

 そして隣のディアナさんだけど、やっぱり新型の障壁だったのね…と、変な勘違いを加速させていた。


「波動防壁やイナーシャルキャンセラーも試したいところじゃが。実験はここまでのようじゃな」


 最近はすっかりアニメ大好きになったよね。センコさん。そして何故かチョイスが古いのだ。本人曰く、名作はいつの時代で見ても名作なのじゃ! とのことだ。


「まっ…待ってくれ! もう降参する! 武器も捨てる! この通りだ!」

「そうよ! 私たちだって、上の命令を受けて仕方なく…!」


 背後から悠々と近づいてくる死刑執行人に恐れをなして、残りの黒服二人が地面に膝をつけて、センコさんに向けて降伏を宣言する。


「ふむ、どうするかのう。貴様たちの言い分としては確か、欲しい物は奪い、目撃者は消す。…じゃったか?」

「どっ…どうしてそれを! そうか! 盗聴だな?」

「まさか、私たちの仲間を脅して聞き出したの?」


 センコさんは心底呆れたような表情を浮かべて、地面にひれ伏している二人を冷たく突き放す。


「阿呆、どちらでもないわ。ちいとばかし、貴様らの思考を読んだだけじゃ」

「思考を…」「…読んだ?」


 呆然としている二人のエージェントに向けて、センコさんが続きを話す。


「そこでじゃ、妾も貴様たちの方針を見習おうかと思うたのじゃ」

「俺たちを? まさか気が変わって、組織に協力してくれるのか?」


 その考えは甘い。センコさんは確かにボクに対してはトロ甘だけど、他人に対しては超がつくほど評価が厳しいのだ。それに沸点も低いし、ボクのことになるとすぐにガチ切れするのだ。


「それこそまさかじゃ。妾が見習うのは、目撃者は消すという一点のみじゃよ」

「そんな! じゃっ…じゃあ俺たちは…!」

「嘘っ…! そんなの嘘よぉ…!」

「主を傷つけたことを、後悔しながら逝くのじゃな!」


 そして残った黒服の二人は、何もすることなく、目の前に迫るあまりの恐怖に耐えきれず、白目を剥きながら気を失った。

 全てが片付いたのか、センコさんは倒れているエージェントたちを完全に放置し、ボクの元へとトテトテと歩いてくる。


「それで主、取りあえず言われた通りに片付けたが、此奴等は何者なのじゃ?」

「えっ? さっき思考を読んだって言わなかった?」

「ああ、それは表面だけじゃ。深層を読むのは時間がかかるのじゃ。何よりこんな奴らの頭の中など読みとうない。はっきり言って時間の無駄じゃ。どうせ思考を読むなら主がよい。それこそ、一日中覗いておっても飽きる気がせぬぞ」


 ボクはそんなこと嫌だし、センコさんはこんな一般人の思考を覗いて何が面白いのだろうか。きっとボクには理解出来ない深い考えがあるのだろう。


「それに、そこの小娘は一体誰じゃ? 見たところ人間のようじゃが、それにしては人並外れた身体能力じゃな。この星の者ではないな?」

「わっ…わかるんですか!?」


 まあ今はディアナさんは怪しいスーツ着てるから、コスプレだと思わない限りは、誰もが宇宙人説をあげるだろう。

 しかしセンコさんは、服装だけではなく彼女の万力のような驚異的な身体能力のことも、出会って一瞬で見抜いたようだ。


「うむ、この星の人間とは違い、気の流れが異なるようじゃしな」

「気…ですか?」

「それで通じぬのなら、種族的な個性の一つに落としたか。これ以上の伸びしろはなさそうじゃな」

「ええっ!? これ以上強くなれるんですか!?」


 ディアナさんはセンコさんのお話をフムフムと頷いて、真剣に聞いている。何だか師匠と弟子みたいだ。


「ああ、可能じゃぞ。妾は面倒じゃから一切協力せぬがな」

「ええっ! そんなぁ…!」

「そんなことより此奴等じゃ。小娘の関係者じゃろう?」

「そっ…そうでした! ええと、母艦との連絡は…あっ、通じますね」


 何だかディアナさんは、出会った当初の頼りがいのあるお姉さんタイプではなく、今の彼女を見ていると、何処となく気が抜けた、ゆるふわお姉さんタイプに見えてくる。

 人間は第一印象が大切なんだなとわかる。


「それよりもじゃ、主。妾は今回、頑張ったと思わぬか?」

「あっ…そうだね。ありがとう。センコさんがいなかったら、本当に危なかったよ」


 そうじゃろう! そうじゃろう! と、銀狐の耳と尻尾を嬉しそうに振るセンコさん。やがて通話が終わったのか、ディアナさんが再び会話に混ざってくる。


「艦長が詳しい事情を聞きたいので、お二人にも母艦に来て欲しいと連絡が…」

「面倒じゃ。嫌じゃ」

「じゃあ、ボクがセンコさんの分まで説明…」

「妾も主と共に行こうぞ」


 そういうことになった。公園の破損は母艦から職員を送って、すぐに修復されるから安心していいと言ってくれた。

 それと、気を失った黒服たちは記憶の消去処理を行ったあとに、地球の何処か安全な場所に、まとめて送るらしい。


「なるほど、この感じは転移じゃな?」

「何でわかるんですか? この場合は母艦からの転送ですけど、その通りです」

「既に妾たちの位置座標が固定されておるじゃろう?」

「転送元と繋がっているかどうかなんて、母艦か専用の機器がなければわかりませんよ!」


 センコさんとディアナさんが何やら言い争ってるけど、自分が出来ることが何もないので、黙って成り行きを見守る。

 今ごろになって学園を無断で欠席してしまったことを思い出し、簡単な謝罪メールを作成して皆に送信しておいた。

 やがてディアナさんが転送を開始します! と言い放つと、ボクたちの周りの景色が瞬く間に白く塗り潰されていった。

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