六月 王太子(2)
如月家の王室歓迎パーティーから数日後、結果的に王妃様と王太子様は、表向きは体調を崩して某国へとんぼ返りすることになった。そして今回の入国目的の表裏両方を、エリザちゃんが一人で対応することになった。
本人からは、王妃派の足の引っ張りがないおかげで、色々な案件が上手くいってよかったと、ホクホク顔で報告してくれて、心の底からとても満足そうだった。
そして自宅の居間でパーティー前のように、ボク、センコさん(子供バージョン)、エリザちゃんの子供三人組で、晩御飯のあとの緑茶をすすっていた。
ちょうどいい頃合いなので、ボクは思いきって聞いてみることにした。
「それでエリザちゃん、例の計画は上手くいったの?」
「はい、おかげさまでバッチグーです!」
上手くいったのならよかった。恥ずかしい思いをしても頑張ったかいがあったというものだ。
ボクが一人でウンウンと達成感を噛み締めていると、子供姿のセンコさんが控えめな胸を張って、誇らしげに口を開いた。
「うむ、全て妾のおかげじゃな!」
「えっ? センコさんのおかげですか? でも、メイドのセンコさんとは明らかに別人ですよね? まさか、何か関係があるのですか?」
エリザちゃんから当然のようにツッコミが入った。これはどう誤魔化しても藪蛇になりそうである。こういうときは最後の手段である。
「エリザちゃん」
「何ですか? 母様」
そこで大きく息を吸ってから、慎重に言葉を選ぶ。
「何も聞かないで、おっ…お願いします」
「はい、母様のお願いなら、絶対に守ります」
勢いで誤魔化すしかないのだ。ボクもかなり慌てていたため、勢いは殆どなかったけど、エリザちゃんは驚くほど素直に聞いてくれた。まあ、結果良ければ全てよしと思っておこう。
「それはともかくとして、結局どういう計画だったの? 結果も含めてボクにはさっぱりわからなかったんだけど」
「そうですね。母様でもわかるように簡単に説明すると…」
如月家とエリザちゃんの打ち合わせは、前にも説明した通り、ボクはついて行けずに、完全にメイドさんたちのマスコットになっていた。
けれど、せめて今回の自分の行動で引き起こされた流れと結果ぐらいは、最低限知っておきたい。
「王妃と王太子が炎上パーティーしてる間に、国内のゴミを綺麗にしようぜ! ついでに、大勢の権力者たちの前で大ポカさせてバカ王子派を潰そうぜ! はい、大体こんな計画です」
「すごくわかりやすい」
ボクの小さな脳味噌でも理解出来るぐらい、簡単に説明してくれた。流石はエリザちゃん、賢い王女様である。
「補足しておくと、初期計画では王妃と王太子はもっと滞在期間が伸びる予定でしたけど、体調を崩してしまいましたから、仕方ありませんね」
あれだけやらかせば、体調を崩すよりも先に、いたたまれなくなって国に逃げ帰るだろう。ボクなら部屋に引き篭もって布団をかぶったまま、二度と外に出たくないレベルだ。
「まあ結果的に、国に帰っても派閥のトップ二人が動けない以上、ゴミ掃除は問題なく終わりましたので問題ありません。次にバカ王子の大ポカですが」
コホンと咳払いをし、エリザちゃんは続ける。
「こちらの初期計画では、バカ王子の女性関係を表に出し、評判を地に落とすのが目的でした。しかし結果だけ言えば、地に落ちるどころではなく、地の底に潜って別方向に突き抜けました」
アレはもうどうしようもない。きっとこれから王太子派がどれだけ頑張ろうとも、絶対に修復不可能な領域まで、落ちてしまったのだろう。
「計画の主力であった母様に見向きもせずに、如月さんに目を奪われるとは、やはりバカ王子は予想を上回るバカ王子でした」
「小娘、その点は同意じゃ。主の魅力がわからぬとは、とことん愚かな男じゃったな」
「センコさんもそう思いますか? やはり母様こそが至高ですよね!」
いつの間にか腹黒筆頭である二人は、にこやかに笑いながらお互いの手を握り、友好の握手をしていた。何だこの流れ。
「それはともかくとして、バカ王子の予想外の行動により、当初の計画とは大幅にズレたことも確かです。より評判が下がる方向に」
一国の王太子様が寝取り宣言を大声で言い放っちゃったから、仕方ないと思う。
「今までは王妃が用意した隠蔽可能なパーティーだけでしたけど、今回は私が手配しました。そして万が一に備えて王妃も付いてきたようですけど、…無駄な努力でしたね」
ボクもそう思う。王妃様はもう少し息子さんの教育に力を入れるべきだったと。色んな意味で可哀想過ぎる。むしろあの場で気を失ったのは、彼女にとっての救いだったのかもしれない。
「それからもバカ王子は暴走を続けて、いよいよ母様の出番…にはなりませんでしたね」
「うむ、妾の見せ場じゃったな」
「あっはい、もうそれでいいです」
結果的に役目を果たせなかったけど、あのときボクが走って逃げたぐらいでは、王太子様の大幅に下がった評価に、少しだけマイナス点をつけることしか出来なかったんだろう。
そしてえっへんと胸を張るセンコさんと、それを無表情でスルーするエリザちゃん。
「謎のメイド、センコさんの活躍により、バカ王子は権力を失ったうえに、評価は地の底に落ちて反対側に突き抜けました。でもあの人、明らかにこちらの計画を知って協力してくれていましたよね」
チラチラと子供センコさんに視線を送るものの、それ以上は踏み込まないエリザちゃんは、きちんとお願いを聞いてくれているようだ。
銀狐っ子のギリギリの境界線を探っているのかもしれないけど、一先ずはバレなければいいのだ。
「それと、念のために証書も用意したのですけど、使うまでもありませんでした。使ったとしても死体蹴りにしかなりません。もう王太子派は、空中分解待ったなしですしね」
そこで大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせて、エリザちゃんは締めくくる。
「以上が今回の計画の大まかな流れと、最終的な結果でした」
「おおー! 計画成功おめでとう!」
ボクはペコリと頭を下げるエリザちゃんに向かって、子供の出し物見学を見た母親のように、パチパチと小さいながらも拍手を送ると、それが嬉しいのか顔を赤く染めてモジモジと恥ずかしがっていた。
「そうだ。王太子様のこととは少し違うんだけど、センコさんに魅了された人たちは大丈夫なの?」
「今では皆さんは夢から覚めて、元通りの生活を送っていますので、安心していいですよ。せいぜい時々夢のなかで、盛りのついた猿のように無意識に腰を振るぐらいです。ええ、バカ王子以外は」
かなり重症のようではあるものの、影響が夜だけならまだ何とかなるかなと、ほっと一安心しながらも、そうか…王太子様はこじらせちゃったんだと、ボクは遠い目をする。
「それにしても、何で一部の人はセンコさんに魅了されなかったんだろう。やっぱりトップに立つ人たちだから、鋼のような精神力で打ち破ったのかな?」
「いえ、それは…」
「それは少し違うぞ。妾の…いや、センコの神性に…いや、魅了に抗える人間はおらぬ。それこそ、男も女も関係なくな」
何でセンコさんが説明するんですか…と、エリザちゃんがブツクサ言っているけど、彼女はお構いなしに続ける。
「まあ、例外があるとすれば、耐性持ちの主ぐらいじゃな」
「うーん、だったらどうして?」
「美しい肢体と妖艶な仕草や快楽等、外部からの刺激で魅了する者がセンコ。無償の愛情により、他者の心の隙間の全てを埋め尽くす、内部から侵食して気づかぬうちに魅了してしまう者が主じゃ」
何だか聞いている限り、ボクの魅了のほうが断然危険そうなんだけど。大丈夫なのかしら。と言うか、明らかに危険なウイルス的な存在なんだけど。どっ…どうすればいいの?
「心配はいらぬよ。主はそのままでよい。他者を魅了していると言っても、心の傷を無自覚に癒やしておるだけじゃ。表面には殆ど出ぬし、悪いことをしているわけでもない。むしろ、人助けはよいことじゃぞ?」
確かに傷ついた心の人を癒やしているのだから、いいことなのだろう。ボクは少しだけホッとする。
「今回はセンコが外から魅了しようと思っても、主による魅了が完了しておったので、彼女の入る隙間は、殆どなかったということじゃな」
そういうものなのだろうか。確かにセンコさんに見惚れなかった人たちは、ボクと接っしている時間が長かった人たちばかりだ、きっと彼女の言うことは正しいのだろう。
「結局センコさんが全部言ってしまいましたね。まあいいですけど。さて…そろそろ時間です」
エリザちゃんは一呼吸を置いて、身なりを整える。
これからどう舵を取っていくのかは知らないけど、彼女の今後の手腕に期待する。
ろくに動きが取れない今まででさえ、革新的な方針をいくつも打ち立てて、国の発展に貢献してきたのだから、悪い結果にはならないだろう。
「では、私は国に帰らせてもらいます。ですけど、その前に…」
「その前に?」
まだ何かあるのだろうか。ボクの役目は終わっているし、エリザちゃんは、これからの仕事が山積みだろう。これ以上この場でやることはないと思うんだけど。
「母様、ギューっとしてください! 王室の仕事で、しばらく会えなく前の充電です!」
「……えっ?」
ボクは忘れていた。エリザちゃんが、ものすごい甘えん坊な王女様だということをだ。ただしボク限定である。
まあ、子供の言うことだしと、仕方なく付き合うことにする。人は慣れる生き物なのだ。
「ああ、うん…じゃあ、どうぞ」
「…はいっ!」
体の向きを変えて正面のスペースを開けると、そこに元気いっぱいのエリザちゃんが突撃してきた。ボクはそれを吹き飛ばされないように、下半身に力を入れて踏ん張って耐える。
前回でコツを掴んだのか、余裕を持って受け止められた。
「ずるいぞ主! 妾も! 妾も頑張ったのじゃ!」
予想外の援軍、第二波にも耐えようとするけど、かなり危なかった。多少ふらつきながらも、正面からの子供二人を、辛うじて確保することが出来た。
前回の撫で方を思い出しながら、彼女たちの柔らかな髪に、そっと指で触れる。
「二人共、よく頑張ったね。偉い…偉い」
「えへへっ…母様」
「主ぃ~…もっとぉ」
しばらくの間、二人共撫でられるがままだった。しかし一人ならまだしも、子供とはいえ二人分だとかなり重い。
しかも時間が過ぎるごとに、彼女たちはボクに対して受け身になり、体を預けて来ているし、それぞれの抱きつきの力も少しずつ強くなってくる。
「あの…二人共…そろそろ…離れ」
「センコさん、言われていますよ?」
「主から離れるのは、小娘のほうじゃろう?」
エリザちゃんとセンコさんの間に、空中で火花が散っているのが見える。このままではマズイと思っていたら、ボクのほうが先に限界が来てしまった。
「……ぐえー!」
「母様!」
「主!」
カエルが潰れたような悲鳴をあげながら、ボクはロリっ子二人組を受け止めきれずに、とうとう仰向けに倒れてしまった。
「母様が倒れたのは、センコさんのせいですよ!」
「何じゃと! 小娘が重すぎるのが悪いんじゃろうが!」
「そんなこといいから…早く退いて…」
ボクの上で睨み合いを続けている二人には、か細い声で訴えても伝わらないようだ。
いくらセンコさんによって、理論上は核兵器にも耐えられる加護を受けても、致命的な問題としてボクの体力がなさ過ぎるのだ。
これからは少しぐらい体力作りに気を配ろうと、相変わらずボクの上で可愛らしく言い争いをしている金と銀のお子様を、ぼんやりと眺めながら、そう思ったのだった。




