五月 遊戯(1)
五月の初日、世間ではゴールデンウィークの真っ最中である。
先日麗華さんから受け取った新作ゲームだけど、βテストがはじまっても皆とは違い、ボク一人だけが、まだ遊べていなかった。
最初は本体を接続すれば、その場ですぐゲームで遊べると思っていたのだけど、実は最新機種のゲームだけあって、ネット回線やその他の要求スペックがとても高く、いくつかの工事を行う必要があると、テストの数日前になって届いた箱を開けて、ようやく判明したのだった。
さらにボクの予想では、てっきりテレビ画面に映った自キャラを操作して遊ぶゲームだと思っていたのだけど、実際には少し変わったゴーグルのようなものを装着したまま、楽な姿勢で布団に横になり、仮想現実の世界を冒険するタイプだったらしい。
そんな最新技術の結晶が、いまだに九十年代の骨董品が現役である綾小路家で、使えるはずがなかったのだ。
しかも間の悪いことに、今回のβテストは如月グループのビッグタイトルらしく、大々的に募集の告知が行われるために参加人数も多く、ネット設備の拡張工事を依頼するボク以外のテストプレイヤーが、これまた大勢いたらしい。
結果どれだけ急いでも、ボクがプレイするはテスト開始から一週間後になってしまったのだ。
βテストに合わせて佐々木の食堂のアルバイトも休みを取っていたため、ボクは急に空いた休日を持て余していた。美咲さんもゲームに参加するため、今さらボクだけバイトの休みを取り消すのは、微妙に抵抗があるのだ。
「楽しみにしてたようだし、ボクを待たずに先に遊んでてよ…とは言ったけど」
如月の力を使って強引に工事を行おうとする麗華さんを必死に止めるのは苦労した。ボクを優先したせいで、先に予約して楽しみにしている他の人が遅れるのは、精神的に辛いのだ。
布団でゴロゴロしながら、お気に入りの小説を開き、今頃皆は楽しく遊んでるのかなとぼんやりと考えていると、部屋の扉が半分ほど開いて、見慣れた同居人の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
「暇そうじゃな、主! ならば、妾と一緒にプイキュアの続きを見ようぞ!」
ボクの部屋には現在、新作ゲーム機だけでなく、ついでとばかりにまとめて送られて来た、新旧含めた有名なゲーム機各種と、それを映すための大きなテレビ、さらにはブルーレイを再生可能な多機能なプレイヤーが配置されており、しかもいつの間にか狭い部屋も拡張されて、広くなっていた。あの剥がれかけた壁紙と、隙間風が吹きすさぶだけの、殺風景な小部屋ではなくなっているのだ。
ウキウキしながら部屋に入ってきたセンコさんは、こちらの返事を聞く前にテレビ画面をつけて、慣れた操作で抱えた円盤をセットする。南の島でどれぐらいの時間を孤独に過ごしたのかは知らないけれど、今は現世は思いっきり楽しんでいるようだ。
「プイキュア頑張るのじゃ! 主と妾がついておるぞ! ああ、後ろじゃ! 後ろに気をつけるのじゃ!」
彼女が変わるきっかけになったのは、引っ越してからの、はじめての休日の朝だった。
ボクはその日、居間のテレビで、最近の週課となっているプイキュアを視聴していた。同居人になってから何かと近くにいて、ボクの行動を興味深そうに観察している、銀色狐っ子も一緒にだ。
最近のアニメは出来がいいと聞くけど、中でもプイキュアは毎話ハラハラドキドキしてしまう。はじめて国内のアニメーションを自分の目で体験したセンコさんにも、効果は抜群だったようだ。
結果は、その日のうちに全シリーズのプイキュアの円盤を借りにレンタルショップに駆け込み、お店にあるだけ全部を借りるぐらい、ハマってしまったのだ。
ちなみにその時かかったレンタル料金は、捨てられた狐のような表情で、主~! と懇願されてしまい、いつでも構わないけど、必ず返すことが条件だよと何度も釘を差し、その場で立て替えてあげた。
しかし、巻数の所々に他のお客さんが借りていたため、穴が空いていたことに気づかず、自宅に帰って夢中で視聴している最中に、突然次の話に進むに進めなくなり、最終的に枕をバンバン叩きながら、行き場のない哀しみのあまり涙を流す彼女の姿が、やけに印象的に残った。
ちなみに貸したお金は数日後には、きっちり返してもらえた。あのときはどうやって稼いだのか疑問だったけど。その後、占いをしていたのだと、少し前に直接知ることが出来たのでよかった。
そのような紆余曲折もあり、今のセンコさんはプイキュアの大ファンとなったため、当然レンタルでは物足りなくなり、占いで稼いだお金を家に振り込み、ボクへの借金も全額返済した後は、円盤購入に注ぎ込んだのだった。
現在彼女の自室には、新旧含めたプイキュアの円盤がずらりと並んでいる。今後は地上波放送版だけでなく映画版も揃えて、他の有名アニメ作品も、少しずつ買い集めていく予定らしい。
「はぁ…やはり初代プイキュアはいいものじゃのう。今見ても普通に楽しめるのじゃ。主もそう思わぬか?」
「そうだね。ボクも最近見たけど、本当に面白いアニメで好きだよ。二人で見ると、一人で見るときとは違った楽しみがあるね」
このような事情もあり、新作ゲームのβテストに参加するまでの休日は、センコさんと一緒に、プイキュアシリーズの鑑賞会を行うことになったのだった。
そして綾小路家のゲーム環境の工事も全て終了した五月の初日、自分の部屋の布団で横になりながら、ゴーグルの最終調整を行う。
麗華さんや他のメンバーからは、早く来てー! 早く来てー! というようなゲーム参加求む! の内容が書かれたメールが、毎日のように送られて来ている。
今日工事が終わり、今からプレイ出来することも、既に伝えてある。きっと皆は首を長くして待っているだろう。集合場所にボク一人だけ遅れて到着するような、気まずい雰囲気を振り払うためにも、早くログインしないと。
「えっと、チェック項目はこれで全部かな? 時間もないし全部デフォルト設定で…よし、それじゃログインボタンをポチっと押して…」
一瞬目の前の視界が白く染まったような気がしたけど、気づくと神聖な雰囲気が漂う、祭壇の前に転移し、ボクの体が地面から僅かに浮いた状態で、そのフロアの中をフワフワと漂っていた。
周囲を見回してもボク以外は誰もいない。しばらく手足の感覚を確認しながら、そのまま彷徨っていると、やがて誰かの声が聞こえてきた。
声の主である女神のお願いは、魔王や邪悪な存在を倒してくださいとか、適正を調べるために簡単な質問をいくつか行うとか、そのような感じの内容だった。
「…そうですか。以上で質問は終わりです。貴女がどのような人か、少しだけわかったような気がします。それでは冒険者の町へ転移します。準備はよろしいですか?」
元々佐々木食堂でのアルバイト優先で、βテスターをするのはゴールデンウィークが終わるまではという約束なので、もうあまり遊べる時間が残されていない以上、女神の望みを達成するのは不可能なので、オープニングの世界設定のスルーも致し方なしである。
困った時は、一週間前からログインしている、頼りになる先輩に実地で教えてもらえばいいのだ。
やがて視界の全てが暗闇に閉ざされ、次の瞬間一気に視界が開け、広場の中央にある巨大な石碑の前に、ポツンと立っていることに気づいた。
辺りにはボクの他のプレイヤーらしき人がチラホラと見える。その中に見知った顔の冒険者を見つけ、彼女は手を振ってこちらに歩いて来た。
「幸子ちゃん、ようやく来たわね。本当に長い一週間だったわ。ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか」
三角帽子をかぶった魔女チックな装備を身にまとった麗華さんが、些か過剰なアクションを行い、嬉しそうに出迎えてくれる。彼女の衣装は胸元やお尻がやたらと強調されており、かなりエッチ路線で攻めていることがわかる。
ただしボクは、地味な旅人の服のセットで、上から下までストーンとした平野体型なのに、彼女は妖艶な魔女服で、体型はボン・キュッ・ボンのパーフェクトボディーある。
「ともかく、ここでは目立つから場所を変えましょうか。付いて来て」
確かに目立っていた。周りにいる冒険者は皆、ボクではなく麗華さんを見ているのは一目瞭然だ。はぐれてはいけないということで、ゲーム内でも妖艶な魔女さんに手を引かれながら、中世ヨーロッパ風の石と木で作られた町中を、迷いなく歩いていく。
流石に住民が糞を投げ捨てたり、水路も汚れてないので、その点はとてもありがたかった。
「着いたわ。ここが私たちのギルドよ」
やがて麗華さんの歩みは一軒の酒場の前で止まり、扉を開けて中に入るようにと促す。
「じゃあ、先にお邪魔します……ひうっ!?」
酒場の中には男女様々、多種多様な冒険者でひしめき合っており、その全ての視線が、たった今中に入ったばかりのボクに集まる。
大勢から注目されるのは、瑠璃ちゃんとの演技勝負で少しは慣れたのかと思っていたけど、あっちとは距離感が違う。至近距離での好奇の視線にさらされたため、思いっきり驚いてしまい、一歩二歩と後ろい下がり、腰が抜けそうになってしまう。
「もう皆、脅かしすぎよ。幸子ちゃんが怖がってるわ」
ヤレヤレと肩をすくめながら、麗華さんがボクの前に立って、酒場中の視線を引き受けてくれる。よく見ると、美咲さんと花園さん、葉月君と神無月君も冒険者としてこの場にいることに、ようやく気づいた。
「幸子ちゃん、安心して。今この場にいるギルドメンバーは全員、貴女の事情をある程度は知ってて、なおかつ傷つけることは絶対にないと、私が保証するわ。ゲーム内に限り、私たちのような友だち関係、いえ…仲間という言葉が、しっくりくるかしら。とにかく、そんなに緊張しないもでいいのよ」
仲間という発言に、大勢の前に急に出た驚きは少しずつ薄れて、ようやく落ち着いてきた。
「それじゃ幸子ちゃんは、私たちのギルド、ハッピーチルドレンの副団長として、これから頑張ってね!」
ボクのような出遅れ組のゲーム初心者が、副団長なんて務まるわけがないですよ! と、断ろうとしたとき、ギルド名に引っかかりを覚えた。
「あの、麗華さん。ギルド名のハッピーチルドレンなんですけど」
「やっぱりわかっちゃうわよね。ここは幸子ちゃんのために作られたギルドよ。結成理由も活動理由も、それ以外は何もないの」
目の前の魔女がとんでもないことを言い出した。ボクは姫プレイがしたいわけではないし、何よりゲーム内でもリアルモデルで圧倒的な美しさを誇る麗華さんや花園さん、それよりは少しだけ控えめな美咲さんとは違うのだ。
ゲーム内でもリアルを忠実に再現された結果、ボクは何処にでもいるような、平凡な女の子でしかないはずである。
「もう! 何でそんなギルド作っちゃったんですかぁ! もしかしてここにいる人たちを、強引に勧誘したんですか!? 皆迷惑しているでしょうし、今すぐ解散してください!」
「はぁ…優しい幸子ちゃんのことだから、そう言うだろうと思っていたけどね」
重いため息を吐き、麗華さんはボクの目線に合わせて真剣な表情で口を開く。
「最初に言ったように、ギルドに集う冒険者は幸子ちゃんの仲間なの。つまり、ギルドの規約に納得して所属しているってことよ」
「えぇ…それってつまり…?」
内心冷や汗をかきながら恐ろしい予想に震えてしまい、続きの言葉が思うように出てこない。代わりに麗華さんが話してくれた。
「幸子ちゃんと楽しく遊ぶためだけに、ギルド加入した冒険者連中ってことね。ちなみに今のメンバー以外にも、他に冒険者はいるけど、色んな事情で今この場には来れなくて、すごく悔しがってたわ」
あははっと、笑顔で話す麗華さんに、周囲の冒険者も釣られて笑い、酒場の空気はかなり明るくなった。ただしボク一人を除いて。
「ともかく、今日は記念すべき幸子ちゃんの初ログインの日だから、今いるギルメンで予定通り、初心者狩場に行くわよ。まずはゲームのこと色々教えてあげないとね。それじゃ、行動開始!」
「「「「おおーっ!!!」」」」
他の冒険者さんたちは統率の取れた動きで、それぞれ手持ちの装備やアイテムを確認しては、酒場の入り口から外へ飛び出していく。ざっと三十人以上はいた気がする。そんな中、学園で同じクラスである、いつものメンバーが声をかけてくれた。
「幸子ちゃん、長いものには巻かれろ…だよ」
「何かあれば、わたくしが守りますので、綾小路さんは大船に乗った気持ちでどうぞ、ですわ」
女性陣の二人は頼もしいと思う。一応は気遣ってくれているのだろうけど、抗うな。運命を受け入れろと、言われているのだろう。
「幸子ちゃんは、とにかく人を惹きつけるからな。まっ、変な虫がつかないように気をつけているから、大丈夫だぜ」
「僕も出来る限り側にいますので、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」
葉月君と神無月君は、嬉しそうだけど何処か心配そうな顔だ。確かにたった今コントローラーを持ったばかりのゲーム初心者だから、ギルドメンバーの足を引っ張ってしまうのは確実だろう。
「葉月君と神無月君の足を引っ張ることになっちゃうかも。もし足手まといだと思ったら、ボクを見捨てていいからね」
「いや、そういう意味じゃ…まあ、別にいいか」
「綾小路さんは、自分のことになると、途端に鈍感になりますからね」
二人にはボクを守るよりもモンスターの撃破に集中した欲しい。そう考えて遠慮させてもらったのだけど、気づけば残ったメンバー全員が、クスクスと小さく笑い合っていた。
別に変なことを言ったつもりはないのだけど。解せぬ。
「初心者狩場には私が案内するわ。残ってるメンバーは付いてくるなり、先に向かうなり、各々の自由にしてくれていいわ。ああ。幸子ちゃんはこの場で副団長になってもらうわ。ちなみに団長は私だから、サポートは万全よ」
どうやら忘れてはいなかったようだ。副団長になるまでは逃げられそうにないので、麗華さんの説明に従い、仕方なく承認ボタンを押すと、軽快な効果音が周囲に鳴り響き、別にめでたくはないものの、ボクはハッピーチルドレンの副団長となったのだった。
クラスメイトのギルドメンバー全員が、喜びの拍手を送ってくれたけど、現実のボクは恥ずかしいやらこの先が恐ろしいやらで、とても喜びを分かち合う気分にはなれなかったのだ。
町の正門を抜けて、徒歩で数分程移動した見晴らしのいい草原に、初心者狩場があった。
他のギルメンに教えてもらったけど、ここは複数あるうちの一つで、もっとも人気がない過疎狩場ということらしい。
「なるべく、他のギルドの不興を買う行動はしたくないからね。だって、幸子ちゃんは他人のことを、いつも気遣ってるでしょう?」
麗華さんの言葉に、別に他人を気遣ってるわけではなくて、自分に負の感情が向けられるのが怖いというべきだろうか。明らかに買いかぶりすぎである。
そんなことを考えていると、少し離れた所に、角のついた白いウサギを数匹見つけた。
「アレは一角ラビットね。この狩場でもっとも弱いモンスターよ。近づいたら装備した武器で攻撃して…って、そういえば幸子ちゃんのジョブって何? 最初は下級職の中から、女神に答えたデータを元に、最適な職が選択されるのよ。私は見ての通り魔法使いね」
どう見ても夜の街にいるエッチなお姉さんに見えますけど、麗華さんは大きな胸を張って、そう宣言する。
他のメンバーの職業は、美咲さんが盗賊、花園さんが僧侶、葉月君が武道家、神無月君が戦士らしい。ボクは…と、ステータスウインドウを開いて職業の欄を呼び出す。
「ええと、吟遊…詩人?」
大抵は戦士、武道家、盗賊、魔法使い、僧侶のどれかが選ばれるらしい。少数だけど商人や遊び人の報告もあり、さらに少ないけど、それ以外にも職業があるらしい。
しかし美咲さんは、てっきり商人かと思っていたのだけど、まさかの盗賊であった。
だけど、それより珍しい職業のボクは、どうリアクションをしたものかと、思いっきり困惑していた。
「うーん。聞いたことのない下級職ね。どんなことが出来るのかしら? それよりも幸子ちゃんの答えの、何を参考にして職業を導き出したのか、とても気になるわ」
口元を右手で隠して何やら思案顔の麗華さん。すごく真剣な表情である。ファンタジー風景と魔女の衣装もあって、ものすごく絵になっており、たまたま少数来ていた他のギルドの冒険者は皆、悩ましげな彼女の姿に視線を奪われてしまい、ただただ見惚れていた。
ただしハッピーチルドレンのギルドメンバーは、そんな彼女を見慣れているのか、各々で周囲の探索をしたり、近くのギルメンと談笑したりと、麗華さんに注目したりはせずに、皆好き勝手に行動していた。
ボクとしてはそっちのほうが気楽なので、助かっている。
「どうやら歌っている間は、バフをかけられるようです。それ以外のスキルは何もないし、完全な支援職ですね」
何というのか、ピーキー過ぎる下級職なので、ソロでのレベリングはとても苦労しそうである。
「へえ、そうなのね。はい、じゃあ幸子ちゃん、歌って」
「……えっ?」
「だから幸子ちゃんが歌うことで、実際のスキル効果の確認よ。重要なことでしょう?」
えっ? 何ですか? よく聞こえなかったので、もう一度聞き返す。しかもタイミング悪くギルメンの談笑が止まっていたので、ボクたちの会話は周りによく響いた。
「それは、そうですけど、歌うんですか? この場所で? でっでも…歌っている間はその場から動けなって無防備らしいので、無闇に使うわけには…」
「大丈夫よ。私たちが絶対に守るから安心して! だから幸子ちゃんの美声を、皆に聞かせてあげてちょうだい!」
スキル効果の確認が目的のはずが、何故歌声を聞かせることが第一目標になっているのか。しかし、自分のスキルを試すのが必要なのもわかるので、断ることも出来ない。
さらにはギルドメンバーだけでなく他の冒険者の視線も、全てがボクに集まっていた。
舞台演技で慣れたとはいっても、今さらながら、すごく緊張してきた。
「ああもう、わかりました。歌いますよ。歌えばいいんですよね! ええと、歌スキルは…これかな? あっ歌詞が表示されて、音楽もちゃんと流れるんだ。効果範囲はパーティーメンバー全員かな? うん…麗華さんたちに今、募集メッセージを送りました」
効果範囲の検証のために、いつもの学園メンバーにパーティー申請を送ったら、数秒かからず了承メッセージが返ってきた。早い。
歌詞はボクだけが見えるように自分専用のウインドウに表示され、音楽は皆に聞こえるらしい。
また羞恥プレイを行わなければいけないけれど、この先も皆と一緒に遊ぶのだし、その予行演習だと考えて、気持ちを落ち着ける。
「ちなみに、他人に歌を聞かせたのは、瑠璃ちゃんとの舞台がはじめだったから、皆の前で歌うのは、これで二度目です。はっきり言って自信はありません。下手でも怒らないでくださいね」
予防線を張っておくけど、周りの皆は始まる前からすごく楽しみにしているようで、今か今かと待ちわびているので、こちらの話は右から左のようだ。
最初にボク一人だけが聞こえるように原曲を通しで聞き、大体の音程を付け焼き刃ながら鼻歌でリズムを取り、必死に覚える。
これ以上は皆の我慢も限界なようなので、スキルの原曲を停止し、気持ちを切り替えるために深呼吸をして、歌スキルを使用する。レベル1のため覚えているのも一曲だけなので、選択に迷うことはない。
やがて先程丸暗記した前奏が流れ、空中に歌詞が表示される。
「「「「うおおおおぉ!!!!」」」」
ただただ夢中で歌っている自分にはわからないけど、皆が黙って聞き惚れている様子を見る限り、そこまで下手ではなかったと思いたいけど、はじめて使用されたスキルや効果に、興奮しているとも考えられる。
一方のボクはというと、皆には見えない歌詞を懸命に目で追い、付け焼き刃でうろ覚えの音程に辛うじて合わせていた。やがて間奏で一休みして二番へ切り替わる直前に、強引にスキル使用を停止する。
歌のスキル効果を見るだけなので、ここまでで十分のはずだ。
「スキル解除っと…ふぅ、緊張した」
「さっ…幸子ちゃん! 何で中途半端に歌うのを止めるの!? もっと聞きたかったのに! 酷いわ! あんまりだわ!」
「うええぇ…? スキル効果を調べるのが目的だから、今ので十分なんじゃ…」
「全然駄目よ! まだまだ検証は不十分! 可及的速やかに、今度は最後まで歌うこと! これは団長命令よ!」
美しい魔女がほっぺたを膨らませたまま地団駄踏んで、ものすごく悔しがっている。しかもハッピーチルドレンのメンバーも皆も、責めるような視線をこちらに向けている。
さらにはたまたま狩りに来ていた他ギルドの冒険者にまで、同様の視線を向けられてしまう。
貴方たちにはスキル効果は及ばないのに、何でそんなに聞きたがるんですかね?
「いや、これニ、三曲フルで歌うと今のステータスだと絶対MP尽きるよ。それに歌ってると全く動けなくなるから、ボクのレベルを上げられないから止めたほうが…」
「そうなの? じゃあ、歌っている間はパーティーを組んだギルドメンバーがその辺りの敵を狩れば、問題なくレベルが上がるわね。あとはギルドの備品であるMPポーションも、あるだけ使っていいわ。幸子ちゃんはずっと歌い続けられるし、私たちもずっと聞き続けられる。ほら、皆幸せよ。よかったわね」
そういうことになった。麗華さんの中では、ボクは籠に囚われたカナリアなのだろうか?
つまり命尽きるまで、ギルドという籠の中でさえずり続けるのは、避けられない宿命なのは明らかである。
しかし彼女が推奨するこれは、俗に言うパワーレベリングや姫プレイと呼ばれるあまりよろしくない行為なのではなかろうかと。今のボクは何となく悲劇のヒロインっぽいかも! とヤケクソのように一人で役になりきっていると、外から話の続きを促してくる。
「この人の少ない狩場なら他のプレイヤーに迷惑をかけていないし、ハッピーチルドレンの規約にも違反してないでしょう? 何より、私たちが楽しいの。ほら、何処にも問題はないじゃない」
「問題…ないのかな? そうかな?」
そう言われればその通りかと思えてしまう。確かに今この場にいる他のギルドの人たちも含めて、何だか皆楽しそうに見える。でもボクの羞恥心がマッハなんだけど、その点を除けば問題ないのだろう。少なくとも彼女の中では。
「わかりました。ボク、歌います。その代り、しっかり守ってくださいよ」
「「「「いやっほおおおぉーー!!!!」」」」
大きく溜息を吐きながらも、渋々承諾の意思を示す。つくづくノリの良い人たちである。
まあゲームなんだから、このぐらい楽しく遊んだほうがいいのだろう。ボクは先程と同じように、歌スキルを使用するためウインドウを開いていると、同じ狩場に集まっていたハッピーチルドレンの冒険者さんが、声をかけてきた。
「あのー突然すみません。実は相談したいことが」
「え? どうしたの? 相談って何?」
「実は、俺たちも幸子ちゃんと同じパーティーに、入れてもらえないかなと」
調べてみると、確かにパーティーの限界人数は、まだ越えてないらしい。今のパーティーは麗華さんと美咲さんと花園さん、それと葉月君と神無月君、最後にボクの合計六人だ。
どうしようかと悩んでいると、グラマラスな魔女さんが助け舟を出してくれた。
「同じギルドメンバーなら、幸子ちゃんがいいと思えばパーティー申請していいわよ。加入前に色々と調べたからね」
そういうことならと、ボクの前にやってきた冒険者グループの名前を一人ずつ確認させてもらい、順次パーティー申請を送る。そして数名ほどパーティーメンバーが増えたとき、今までボクたちを遠巻きに見ていた、他のギルドの冒険者さんたちが、こちらに近づいて来た。
「あのー…俺たちも幸子ちゃんのパーティーに入れて欲しいんですけどー」
「駄目よ」
ボクが口を開く前に、麗華さんが冷酷な魔女の表情で言葉短く、バッサリと切り捨てる。有無を言わさずの両断ぶりに、思わず背筋が寒くなる。
「なっ何で! 少しぐらい俺たちの事情を考えてくれても…!」
「はぁ…これは一から説明しないと、引いてもらえなさそうね、なら言ってあげるけどね。貴方たちは吟遊詩人のバフ狙いでの、パーティー希望でしょう?」
「そっ…それは! その…」
他のギルドの冒険者さんたちは明らかに動揺している。きっと麗華さんに核心を突かれたのだろう。
「たとえ、バフ目当てだとしても、それの何がいけないんだよ! これはゲームだぞ! 効率を追求してもいいじゃないか!」
「そこが私たちとは根本的に違う所なのよ。ギルド、ハッピーチルドレンは、効率なんて一切求めてないのよ」
「それなら、何のためにゲームをしてるんだよ! 敵を倒してレベルを上げたり、お金を貯めて新しい装備を整えたり、新しいスキルを覚えるのは、楽しくないって言うのかよ!」
それを追求しないということは、今回のゲーム性そのものの否定になってしまうかもしれない。ボクもゲーム内で自分が成長してる実感を得るのは、かなり楽しいので、もしかして麗華さんとは、別の楽しみ方をしているのかもしれない。
「どうだ! 何とか言ったらどうだよ! 本当はお前たちも、そいつのバフ目当てなんだろう? 正直になれよ!」
「そうね。確かに貴方の言う通りかもしれないわ。私たちは幸子ちゃんが目当てよ」
麗華さんが悲しそうな顔でうつむき、口を出してきた冒険者の言うことを、真正面から受け止めている。ボクとしては職業が支援特化型なので、同じパーティーメンバーに頼りにされる分には別に構わないのだけど。
「はははっ! ようやく認めたか、やっぱり俺の言う通りってことだ!」
「でもそれは違うわ。確かに幸子ちゃんは目当てだけど、バッファー役はおまけ。あってよかったねー…程度のことよ」
「…はぁ? それはどういうことだ」
知ってた。いい加減ボクも学習したのだ。麗華さんや他の学園メンバーは、ボクに対して、何故か異常に高い好感度をもっていることをだ。しかしそれが、ギルドメンバーにも広がっていたとは、もはや自分が凶悪なウイルスにでもなったかのような気持ちだ。
「ハッピーチルドレンの規約は、幸子ちゃんと楽しく遊ぶこと。つまりその逆に、幸子ちゃんが嫌がることは、絶対にしてはいけないということにもなるのよ」
「はぁ…? 何だそのイカれたギルドは…お前たち、頭大丈夫か?」
ありがとう。見知らぬ冒険者さん、ボクも皆の頭は大丈夫かと時々そう思ってしまいます。でもそこのエッチな魔女さん、さっき嫌がるボクに無理やり歌わせましたよね? え? 団長は規約的に例外? そうですか。
「確かに外から見ればそう見えるでしょうね。でも、貴方も本当はわかっているはずよ」
「…何がだよ」
「貴方はさっきの幸子ちゃんの歌声を聞いて、何も心に響かなかったと言うのかしら?」
「うぐっ! そっ…それは…! …認めるよ」
狼狽する相手の冒険者さんに、ビシッと杖を突きつける麗華さん、妙に様になっていた。でも何だこの流れ。
「あら、少しは見込みがあるようね。どう? 効率より大切なモノ、見つかったかしら?」
「ああ、確かに心にジンと響いたぜ。俺は…まだやり直せると思うか?」
「当たり前じゃない。ようこそ、ハッピーチルドレンへ。私たちは貴方を歓迎するわ」
いつの間にか膝をついていた冒険者の人に、手を差し伸べる麗華さん。そして二人共、満ち足りた笑顔を浮かべて握手を交わす。
本当に何だこの流れは、まるでついて行ける気がしない。
「それじゃ、今の話を聞いてギルドに入りたい人は、一列に並んでちょうだい。私が直接審査するから」
結果、過疎狩場に来ていた他のギルメンの人は、全員ハッピーチルドレンに吸収されることになった。他のギルドの引き抜きに受け取られて恨みを買うんじゃ…と、審査している麗華さん聞いたら、ここに来る人は、他のギルドメンバーとウマが合わないか、冷遇されてる人、またはソロ狩りがメインの人ぐらいだから大丈夫。それでももし何か言ってくるようなら、本人に対処させるとのこと。
「さて、それじゃギルド加入とパーティー申請も終わったし、一狩り行くわよ。幸子ちゃん、ミュージックスタート!」
一連の流れもあって、最初はぎこちない連携だった他のギルメンとボクたちだったけど、麗華さんの効率なんて気にせずに、楽しく遊ぶわよというプレイスタイルで、戦闘中にミスしてもそれが当たり前という緩い雰囲気の中で、お互いにフォローしたりされたりと、段々と皆の動きがよくなってくる。
しかし皆はいいものの、MPポーションをがぶ飲みしながら延々歌い続けているボクの負担が辛いので、途中で少し休ませて欲しいと団長に許可を取って、草原の上に座らせてもらう。
「こんなにゲームが楽しいと知ることが出来たのは、幸子ちゃんのおかげだ。ありがとう」
「いえ、ボクは歌ってるだけで、何もしてませんよ。お礼なら麗華さんに言ってあげてください」
新しく入った冒険者さんが、草原の上に体育座りしているボクに、わざわざお礼を言いに来てくれたけど、実際ボクは戦闘中は本当に歌っているだけなのだ。
「いや、実は先に団長にお礼を言いに行ったんだけどな。そうしたら彼女、何と言ったと思う?」
「んー…わかりません。何を言ったんですか?」
「私がゲームも、リアルも楽しめるようになったのは、全て幸子ちゃんのおかげだから、今回もその恩を返しているだけ。もっとも、まだまだ返しきれないし恩は逆に増える一方だけどね。だからお礼が言いたければ、幸子ちゃんに言ってあげなさい…だとさ」
何だろうこの気持ちは、ボクは無性に恥ずかしくて思わず赤面した顔を膝で隠し、体育座りからダンゴムシにジョブチェンジしてしまった。
「そっ…そうですか。こちらこそ、ありがとうございます」
「ああ、それが言いたかったんだ。じゃあ俺はこれで。あまり長居すると、専属ボディーガードに、目をつけられてしまうからな」
そう言って新しくギルドメンバーに加入した人は、手を振って去っていった。でもボディーガードって誰だろう?
ふと視線を感じて顔を上げて背後を振り向くと、葉月君と神無月君の二人が、不機嫌そうな顔でこちらを覗いていることに気づいた。そして何となくだけど、先程の彼の言葉を察することが出来たのだった。




