油の切れたロボットのようにしてレストランへ向かう
メテムと暮らすようになって僕の生活はビジネス面でも新しい展開を迎えていた。
その一つがコンサルティングを自宅でやるようになったことだ。
今まではコンサルをしているクライアントの事務所に出向いていたのだけれど、御茶ノ水に比較的大きい(そして見栄えのする)家を構えたことで、全ての業務をここでやるようにしたのだ。
二階の部屋には小さいながらもコンピューター用の机が置かれ、そしてリビングではクライアント用のコーヒーカップとお茶菓子が用意された。
最初にメテムに提案した時に、二人だけの新居に人が入ることを嫌がるかと思ったが、存外気にしていないようだった。
「別にいいんじゃないの?」と目で伝え、口を縦に小さく振っただけだった。
クライアントワークを自宅でこなす様になると、なぜか知らないけれど案件の引き合いが増えた(世の中は何がどう繋がるのか分からない。東京で蝶が羽ばたくとニューヨークで竜巻が起きるように)。
僕はその中から慎重に、そして相性の良い案件のみを選んで受けることにした。
しかしそうなると、今までのように自分の範囲だけで出来るボリュームではなくなったので、僕は友人でもありビジネスパートナーでもある人間に手伝ってもらうことにした。
ちょっと前までは六本木で慎ましく暮らしていたのに(六本木と慎ましいは相反する表現ではある)、今では御茶ノ水で忙しなく働くコンサルタントだ。
「お前、無理すると倒れるんだから、程々にしとけよ」
日中も仕事をする僕にメテムはそう話しかけた。
こういう時、人と共にいる事が実感できる。
新しいクライアントとも事業を併走する様になると、やはり生活もそれに引っ張られるように忙しくなる。
顧問が六社を超えたことで稼働率は約80%を超えた。
しかしそれでも僕のライフワークバランスは見事なまでに良いバランスを保っていた。
朝にメテムに起こされ、昼までにゆっくりタスクを行い、夕方から夜にかけて打ち合わせをして、それからメテムが帰ってくる。
仕事終わりのメテムは、僕と同じぐらい疲れており、二人で油の切れたロボットのようにしてレストランへ向かった。
時としてそれは刀削麺が有名な中華であったり、バターソースの美味しいカチョエぺぺのあるイタリアンだったり、動物をあしらったパンがあるカフェだったりする。
思考回路の幾分鈍った頭でメニューを選ぶと、あとは救いを求めて地べたに座る難民のような趣で料理を待った。
一日の内で唯一となる、温かみがあり、そしてしっかりした料理を口に少しずつ入れると、僕たちも徐々にエネルギーを取り戻す。
お通しのチーズ、前菜の雲丹クリームのサーモンマリネ、そしてメインディッシュである牛フィレ肉のロッシーニ。
多種多様の形をしたエネルギーの元が僕たちの体を構成している。
「今度の週末は二人で中目黒まで行かない?」
幾分元気を取り戻したところで、僕はそうメテムに提案した。
「中目黒? 何があるんだ?」
「なんだかすごいスターバックスができたみたいなの」
「すんごいスターバックス?」
すんごい、という部分を強調しながらメテムが返す。
「そうそう、なにやら四階建てで、コーヒーも拘ってるんだって。豆を選んで淹れ方を選んで飲み比べまで出来るみたい」
「ほうほう」
「メテム、コーヒー好きだよね」
「まあな、結構うるさい口だけど大丈夫か?」
「問題ないと思うよ。評判も結構良いみたいだし」
「それは楽しみだ」
そう言うとメテムは最後に残った牛フィレ肉のロッシーニを、丁寧にトリュフソースに絡めて口に運んだ。
綺麗で住心地の良い家、幾分元気が良すぎる恋人、順調でやや忙しい仕事、僅かではあるが質の高い自由な時間。
今の僕には全ての生活が揃っていた。
この幸せな日々が続くことを、何よりも、何よりも、願う。




