十五話
続きです。
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「フハハッ、我を殺すだと?何の冗談だそれは」
エドガーは何事もなかったかのように起き上がってきた。その表情からは、余裕と傲慢が見て取れた。
「冗談じゃないよ。あなたはここで死ぬ。これは決まったことだ」
蓮は平静を装って告げたが、内心は疑念に満ちていた。
(どういうことだ?確かに骨を砕く勢いで放ったんだけど)
先ほどエドガーに向けて放った掌底は、常人であれば動けなくなるほどの威力を秘めていた。だがエドガーは何事もなかったかのように平然としている。
「……まあ、いい。斬ってみれば分かるだろう」
蓮は違和感を解消するべく“白帝”を喚びだすと勢いよく床を蹴った。
そして勢いのままエドガーを切りつけた。
「疾ッッ」
「な、ん―――」
恐るべき速度で攻撃を加える蓮。“白帝”がもたらす天恵―――光輝が生み出す光速の斬撃が、エドガーの身体を瞬く間になで斬りにしていった。
「が……はッ」
そして全身を切り刻まれたエドガーは倒れ伏した。あまりにもあっけない幕切れであった。
だが、蓮は“白帝”を握っている手を訝しげに見つめる。
(なんだ……?手ごたえがありすぎる……)
まるで紙を切っているかのような手ごたえだった。いくら覇彩剣五帝による攻撃とはいえ、こんなにも切りごたえがないのは初めてのことだった。
「終わった……んですか……?」
背後でミルトがそう言っているのが耳に入った。エドガーの身体は誰の目にもあきらかなほど損壊しているため、そう思うのは間違いではない。
だが蓮はそうは思わなかった。なぜなら“天眼”がエドガーの生存を知らせているからだ。
「いや……どうやらまだみたいだよ」
と、蓮が言った瞬間―――エドガーが人間とは思えない挙動で立ち上がった。
「ク……ハハ、アハハハハッ!」
哄笑を上げるエドガーの身体を見やると、蓮が負わせた傷口から紫の光が漏れ出ていた。
その光が一際強く光った直後、エドガーの身体は蓮との戦闘前の状態に戻っていた。
「それは……」
蓮がどこかで見たことのある光景に記憶を手繰っていると、
「ハハハッ!どうだ、驚いたろう?これこそ我らが“王”の力!そして我は“王”に選ばれし者なのだよ」
と、エドガーが愉悦に満ちた表情で自慢げに語った。
その言葉に蓮はあることを思い出し、苦々しげな表情になる。
「そうか、それはあいつの……」
不意にエドガーは自らの胸に、手にしていた剣を勢いよく突き刺し引き抜いた。
それによって出来た傷は常人であれば致命傷となりえたが、“魔”を取り込んだエドガーの身体は瞬時に再生していった。
「ハハハハッ!この力がある限り我は死なぬ!!不滅の存在なのだっ」
蓮が纏う雰囲気がどんどん変化していくのに気付かずに、エドガーは己の力の酔いしれていた。
「素晴らしいとは思わぬか?致命傷すら瞬時に治してしまうほどの力というのは。これも全ては我らが“王”たるマ―――」
「黙れ」
聞いた者を底冷えさせる声がそれを遮った。エドガーが声の発信源を見やれば、そこにはこちらを睨みつける蓮の姿があった。
「その名を口にするな……抑えられなくなるだろう?」
瞬間―――世界が震えた。
蓮が放つ膨大な殺気が覇気と入り混じり空間を軋ませ、大気を歪めていく。
“白帝”が明滅し、“天銀皇”が怒りを示すかのように裾で空気を叩き付けた。
突如として豹変した少年を呆然と見つめていたエドガーは、ここでようやく我に返った。
「なんだ、貴様は……なんなのだぁっ!」
「…………」
蓮はそれには答えずに無表情のまま“白帝”を水平に構える。
それを見て取ったエドガーは先ほどまでとは打って変わって、焦りと恐怖滲ませた顔で剣を片手に距離を詰めようとしてきた。
だが―――
「遅いよ……それに“視”えてる」
眼前に迫ったエドガーが振う剣をその場から一歩引いてよけきった。
上段からの振り下ろしを紙一重で避け、返す刃には“白帝”を軽く当てて軌道を逸らし、続く力任せの雑な一撃を空いている手の二指で白刃どる。
「な……っ」
これにはエドガーも愕然とし、動きを止めてしまう。
「“魔”を取り込んだあなたは、もはや万死に値する……だから―――」
それを聞いたエドガーは必死に剣を振り下ろそうとするが、手にしている剣が蓮の二指に掴まれたまま万力に挟まれたがごとく動かせなかった。
「―――さようなら」
蓮は掴んでいる剣を指の力だけでへし折ると、その手でエドガーの胸倉をつかみ引き寄せ、明滅している“白帝”を勢いよく心臓へ突き刺した。
「ご―――ぷっ―――む、無駄だっ……我の傷は―――」
蓮は、痙攣し力が抜けているにも関わらず笑みを浮かべているエドガーの顔を一瞥すると、
「“白帝”―――解き放て」
“白帝”にそう命じた。
瞬間、視界を覆い尽くすほどの黄金の光が“白帝”から放たれ―――突き刺さっていたエドガーの身体が爆散した。
ミルトが閉じていた眼を開けると、そこには光の中から返り血一つない蓮が静かにこちらへ歩み寄ってくるのが見て取れた。




