十六話
続きです。
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太陽が天の支配権を月に渡す準備を始める頃、地上のアイゼン皇国皇都シュネーは戦火に包まれていた。
茜色に染まる空に黒煙を立ち上らせ、建物は崩壊し、いたるところで剣戟の音が鳴り響いている。
そんな中でも一際激しい戦闘が行われている場所があった。
皇宮前広場である。
「ウラァアアアア!」
裂帛の声を上げて大剣を振うのは、この国の武官の頂点にまで上り詰めた男だ。
「ハァアアアア!」
その男と対峙するのは千年の歴史を持つ軍団“天軍”の副官である女丈夫。
剛を以て敵を屠らんとする男に対し、柔を以て対抗する女。真逆の戦闘法でぶつかり合う両者の戦いは熾烈を極めていた。
「ふっ、はは、やるではないか女!」
「そちらこそ、なかなかの腕前だな」
時に会話を挟みながら行われる戦闘は、傍から見れば一種の芸術―――ある種の極致であった。
女が放ってきた突きを大剣の刃で受けとめた男は、その勢いを利用して一旦距離を取った。
「ふぅ……女、名はなんという?」
「なんだ急に?」
突然の問いに訝しげな表情を浮かべる女―――アリアは油断なく剣を構えたまま問い返した。
「いやなに、これほどの武力をもつ者にであったのは久しぶりのことでな。殺す前に聞いておきたい」
「はっ、名を訪ねるのならまずはそちらから名乗るのが礼儀であろう?」
それを聞いた男―――キールは一本取られたと言いたげな表情で頭を掻いた。
「そりゃあ、そうだな……俺の名はキール・アトレビド。この国で将軍をやってるしがないおじさんだよ……あんたは?」
「私の名はアリア・ローゼ。主殿から“天軍”の副官を任されている者だ」
「……ん?お前さんは指揮官じゃねぇのかい?」
疑問符を浮かべるキール。今代の“天軍”の指揮官は、アリアという名の人物だというのは周辺諸国の軍人ならだれもが知っていた。だが、それが変わったなど聞いていなかった。
「我らが掲げている紋章旗を見れば、自ずと分かるはずなのだがな」
「そういやお前さんの軍が掲げていたのは、いつもの緋巫女の紋章旗じゃなかったな……あれは確か―――」
「“軍神”の神旗―――かの英雄王が掲げていたものさ」
その言葉にキールは驚愕した。
「は……?ちょいと待てよ、あの紋章旗は掲げてはならないと神聖殿に安置されていたはずじゃ―――」
「確かにこの千年間、一度として使われることはなかった……それはひとえに英雄王の偉大さを考慮してのことだった」
しかし、とアリアは続けて、
「ついに現れたのだ。千年の沈黙を破り、英雄王の末裔が再び表舞台に姿を現した。そのお方こそ私が主と仰ぐ存在、レン様だ!」
そう言い放った。
「なっ……」
キールは絶句した。
(だとすれば不味いかもな……エドガーの旦那のとこにそいつが行ってるかもしれねぇ)
キールは一瞬己が主の事を案じたが、すぐにどうでもいいと切って捨てた。
(俺が旦那側に付いたのは、強い奴と戦えると思ったからだ)
故に何の問題もないと判断した。
「……事情はよくわかった。じゃあ、続けようぜ」
そう言って大剣を構えたキールに、アリアは瞠目する。
「ほう……これでも揺らがないか……貴公は本当に武人なのだな」
キールが心から戦を愛しているのだという事を理解したアリアは、それ以上は何も言わずに剣を構えた。
そして―――
「ウラァアアア!」
「ハアァアアア!」
両者は再び激突した。
*
「終わった、のですか?」
ミルトが光の中から出てきた蓮にそう問いかけてきた。
「うん……終わったよ」
蓮は穏やかな笑みを湛えて返答する。
「そうですか……」
ミルトはうつむきがちにそう言うと、何かを堪えるように拳を強く握り締めると笑みを向けてくる。
「ならば私の役目を、最後の皇族としての責務を果たさなければなりませんね」
王位簒奪をもくろんだエドガー第一皇子を討ち果たしたと民衆に知らせ、支持を得て正式に次代の皇王となる。それがミルトをここに連れてきた目的だった。
戦を早急に終わらせるために、今すぐにでもそうしてもらいたい。
だが―――
「我慢しなくていいんだよ。泣きたいときに泣かないと、いつか壊れてしまうよ」
蓮は優しくそう言った。
(立て続けに家族を失ったんだ、皇族とはいえ十四の少女、その心中は推して知るべきだろう)
するとミルトは笑みを崩し、紫水晶の双眼から涙を溢しながら蓮に抱きついてきた。
「うぅ……うわぁあああああ」
蓮はミルトを抱き留め、静かに泣き止むまで待つのだった。
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神聖歴千三十一年四月二十一日―――アイゼン皇国皇都シュネー
戦いは終わった。七日に渡って行われた皇都を舞台とした反乱の幕は下りた。
皇宮前に集まった民衆にそう告げたのは、この国に唯一残った皇族であるミルト・フォン・アイゼンだった。
彼女は続けて、今回の反乱の首謀者であるエドガー第一皇子を討ったこと。また、それに協力してくれた“天軍”とレンの事を語った。
家族を失ったばかりなのに凛々しく話すミルトの姿に国民は感動し、頼もしく思ったらしい。
次いで、王位継承を行うと言ったミルトに喝采が浴びせられたのがその証拠と言えよう。
「私は皇王として、この国のあり方を正す義務があります。簒奪者エドガーが目論んだ、戦をする日々を私は迎えたくはない。兵を、民を犠牲にしてまで戦を続けようとは思いません!」
ミルトは手ぶりを交えて続ける。
「今回鎮圧に協力してくださったレン様は、かの英雄王の末裔です。彼は、アインスとアイゼンが手を取り合う未来を求めて協力してくださいました。私はそれに賛同したい、今までの千年とは違った新たな世界にしたいと思いました」
一旦言葉を切ったミルトは民を見渡し、続けた。
「千年前、様々な種族が手を取り合ったように私たち人族も手を取り合い、武力ではなく対話で分かり合える、そんな世界にしたいのです……今までアインス大帝国が英雄王シュバルツ様を裏切り、殺したのだと言われてきました。ですが、末裔でいらっしゃるレン様はそれを否定しました」
つまり、とミルトは語気を強めた。
「もはやアインス大帝国と戦う理由は無くなったのです。なぜなら、アインス大帝国は人族の裏切り者ではなかったのだから……!」
ミルトが言い終えると、静寂が広がった。誰もがその言葉の意味を咀嚼し、考えているのだ。
そして一拍の後―――歓声が沸きあがった。
『うおおぉお!ミルト陛下ー!』
『素晴らしいお考えです、陛下!』
『平和を、どうか!!』
誰もが千年も続く戦にうんざりしていたのだ。加えて先の反乱で皇都には大規模な被害があり、皆怒りと悲しみに包まれていた。そこに平和を謳われれば、誰もが賛同する。
ミルトは歓声にしばしの間手で答えると、露台を後にした。
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蓮はミルトの演説を露台の背後にある廊下で聞いていた。
「主殿、先ほど被害状況をまとめ終えましたが“天軍”の被害は五百ほどが負傷、百ほどが死亡、というものでした」
隣にいたアリアの声が耳朶を打ち、蓮の注意を演説から逸らした。
「あの乱戦で被害がそれだけで済んだのは、やはり“天軍”だからだろうね。それにアリアは敵の司令官を生け捕りにしたそうじゃないか」
「もったいなきお言葉です」
蓮の素直な賛辞に、アリアは平然と答えてくる。
「それで……ラインはどうだい?」
「……命に別状はありません。ただ……」
「ただ……?」
いつも報告に関しては淀みなく伝えてくるアリアが言いよどんだ。これには蓮も少々険しい顔つきになる。
「やはり、ラインは落ち込んでいるのかい?」
「……はい、初陣をはじめ、多くの衝撃的な出来事が彼を襲いました。おそらくはその衝撃から立ち直れていないのだと」
「そうか……」
「……どうなさいますか?」
「今日僕は皇宮に泊めてもらえることになってね。アリアにはラインを連れて僕の警護として、こちらに来てもらいたい」
蓮の意図を察したのか、アリアは僅かに表情を緩めると、
「了解しました……ラインを、我が弟子をお願いいたします」
と言い、立ち去って行った。
蓮はその後ろ姿を眼で追うと、思案する。
(良くも悪くもラインはまっすぐな心根を持っている。今回の戦いはそれに甚大な影響を及ぼしただろう……なら、それを少しでも取り除かないとね)
でないとシエルに顔向けできない。弟を預かっておいて、いざ返す時に壊れちゃいましたでは済まされないだろう。
そんな風に考えていた蓮に声が掛けられた。
「レンお兄様、終わりましたよ」
そう言いながら蓮の腕に抱きついてきたのはミルトだった。
「無事、民を納得させることができました。これでレンお兄様のお望みが叶えられますね」
「…………」
無邪気な笑顔を浮かべるミルトに、蓮はすぐさま返答できなかった。
こうなったのには理由がある。
玉座の間での戦いの後、ミルトはなかなか泣きやまなかった。蓮はどうしたものかと思案し、咄嗟に言ってしまったのだ。“家族にならないか”と。
『家族、ですか?』
『うん。ミルトの家族はみんな死んでしまった、だから悲しいのだろう?』
『えっと……そうですけど……』
『僕じゃ、役不足かな?』
『い、いえ!そんなことはありません……ですが、いいのですか?』
『もちろんさ。それでキミが救われるのなら』
そういった経緯があり、今に至るのだが―――
「ふふ、お兄様、レンお兄様♪」
ミルトはことある事に蓮にスキンシップを要求してくる。まるで本当の兄妹であるかのように……
(これじゃ、依存だよね……でも……)
未だ精神が未熟なミルトが家族を失う衝撃に耐えるためには、支えが、代わりが必要だった。
(それにこれは僕が甘んじて受けなければならない罰でもある。エドガーはまだしも、父である皇王は失わせずにすんだのに、僕が目的のために見殺しにしたんだから)
ミルトをすぐさま皇王にすることで、新たな時代を生み出す。その為に皇王が殺される瞬間を狙って玉座の間に向かった。だが、その所為でミルトは家族を目の前で失うことになったのだから……。
蓮が思案に耽っているとミルトが腕を引っ張って、笑みを向けてくる。
「レンお兄様、今日はこちらにお泊りになられるのでしょう?」
「あ、ああ。そのつもりだよ」
「でしたら……その……」
なにやら頬を赤く染めながら、ちらちらとこちらを上目使いで見てくるミルト。その様子に嫌な予感がした蓮は、おそるおそる聞いた。
「ミルトの頼みなら、可能な限り聞いてあげるよ……だから、話してごらん」
「本当ですか!?……なら、今日の夜は一緒に……寝てください!」
「……えっ」
もちろんいかがわしい意味ではないだろう。単純に一人が不安なのだろうと容易に推測できる。
だから―――
「わかった。今日の夜、だね」
「やったぁ!」
どこまでも無邪気なミルトに、蓮はそう答えるのだった。




