情報収集
「ナタクの部屋はここか?」
部屋割りが書かれている紙を見ながら部屋番号を確認すると、間違いなくナタクの部屋だということがわかる。このホテルの最上階の一番良い部屋だ。
部屋のチャイムをならす。広すぎてノックでは聞き取れないとのことだ。ホテルの係員がそう言っていた。
「はい、どなたでしょうか?」
「俺です。ちょっとお話がしたいんですが部屋の中に誰かいらっしゃいますか?」
「今は一人だけど……どなたです?」
俺だってことを気づいてないのか?
「いや、だから俺ですよ俺!」
「え? 新聞なら間に合ってますよ。もしかしてオレオレ詐欺?」
あ、こいつわかってて言ってるな。
「実はそうなんだよ。今度天界でインドラ跳ねちゃうからさ、示談金用意しておきたいんだ」
「あんたふざけんなよ!?」
勢い良くドアが開かれナタクが飛び出してきた。
「……上がっていいか?」
「どうぞ」
言われたとおり案内されると、部屋の中は途轍もない広さで、絢爛豪華な調度品が俺を迎え入れてきた。
多分この部屋の物を売れば豪邸が建て直せるな。
「豪勢な部屋だな。二三日しか泊まらないんだろ?」
「十分地味だと思いますがね。それより、冗談でも言って良いことと悪いことがあると思うんですがね」
これが地味だと? 確かに壁は純金ではないが……大理石なら豪華だろ。
「これからクーデター起こしますなんて冗談でいえる訳ないだろ」
「本当にそういう計画があるんですか!?」
「ああ、今年中にやる予定だったんだが、俺は長期出張だからな……延期になるだろうな」
流石に俺抜きで実行するとしたら守りに不安が出てくるからな。それに陽動作戦も出来なくなる。
「証拠はあるんですか? 計画書とか」
「それならインドラに渡してある。まあ脅迫状みたいなものだ」
「わ、渡してあるんですか」
「これ以上ふざけるなら、こういう計画を実行しますという最後通告だからな。渡しておかないと自重してくれないだろ?」
まあ、クーデター計画書がブレーキ役を果たしてくれる確率は五分五分だが。
「使い方を間違えている気がするんですがね」
「かもな。それより本題に入ろう。この部屋なら盗み聞きされる心配はなさそうだな」
「当然でしょう。それで話とはなんです? お茶淹れておきますね」
「すぐに終わるから大丈夫だ。それよりお前、もしかして酔ってるのか?」
顔を紅潮させ、そして何より酒特有の匂いがしている。生徒会役員が飲酒とは世も末だな。
「わかりますか? なんならお茶の代わりに」
「それは遠慮しておこう。今の俺が呑むのはルール違反だろうからな」
「それもそうですね。俺達が呑むのとあなたが呑むのは状況が違いすぎる」
……やはりな、こいつ……転生していなかったか。まあ冷静に考えればわかることだな。カルラのように明確な不老不死とか関係なくわざわざ転生なんて面倒な真似をする必要がないからな。俺だって上からの命令じゃなきゃ普通にここに来るつもりだった。
「そんなことより聞きたいことがある」
「なんです?」
「お前、小麦をいくらで売るつもりだ?」
ほんのわずかだが、反応があったように見えた。恐らく俺の言葉の真意を探っているのか。
「……いきなり核心を聞きますね」
「お前にも言いたくない事はあるだろう? 答え次第ではすぐに退出しよう」
「では、椅子にお座りください。お茶でも飲みながら続けましょうか。少なくとも今よりは安く売るつもりですので」
その言葉が聞けたなら一安心だな。
椅子に座りしばらく待っているとナタクが烏龍茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「いえ、こんなものしか用意できなくて。……どこから説明しましょうか」
「政治経済は疎いし、干渉するつもりもないからな、単純に買い占めの犯人が知りたい」
もとからそんなものに関わるつもりはないが、あえて明言することにした。少なくともこいつは干渉する予定がありそうだからな……邪魔するつもりも当然ない。
「おかしなことを聞きますね? すでに手掛かりは間近でご覧になったでしょう」
「何……? 俺がすでに?」
どういうことだ? 俺が見たことのある物、いやそれ以前に何故こいつが把握しているんだ。監視はされていないはず、ということは俺の行動を把握できるのは……試合中? あの時俺が見たもの。
「気がつきましたか?」
「ヴィンクラーの至宝……まさかあの杖か!? あれに関わりのある奴はオリヴィエと……セルヴァンか? なら犯人は騎士」
「残念ながらあの騎士の一族にそこまでの資産はありません。また、ヴィンクラー家には小麦を買い占めるだけの資産はありますが、それを売りさばくノウハウがない。黒幕はもっと上の存在です」
もっと上だと? 聖騎士と公爵よりも上なんてそれこそ王族ぐらいしかないと思うが。
「! ……オルレアン王家」
「とうとう真犯人に辿り着きましたね」
「驚いたな……まさか王族が関わっていたか。そこまでわかっていたなら相当儲けたんだろ?」
「まさか、特に動いてませんよ」
特に動いていないだと? ここまで情報を得た状況であえて動かないということは、リスクとリターンが見合っていないと判断したのか。
「頓挫するのか? やはりどこかから輸入してくるとか?」
「気づきませんか? 何故ヴィンクラー家が国宝をここまで運んできたか」
少なくとも俺達を倒すため、ではないことは今の言葉でわかったが……国家ぐるみでの兵糧責め、軍閥貴族の武器投入……その後起こり得る事は。
「国際的な行事の最中だぞ? 複数の国を巻き込めるはずがない」
「すべてが終わった後に始めれば良いことでしょう。次の収穫を不作に追い込めれば確実に国は傾くのですから」
「すると何か? 騎士学校の連中はこれから攻め込む国の行事に何食わぬ顔で参加しているのか?」
「それくらいの腹芸は余裕、と言いたいですが、恐らく知られていない者がほとんどでしょうね」
だとしてもありえない話だ。奇襲攻撃ならともかくすでに対抗策が立てられている状態で戦争なんて仕掛けられる訳がない。どこかの国が漁夫の利を取るに決まっている。
「それが事実だとして、この国に攻め込むだけの戦力をどうやって集めるつもりだ? ヴィンクラー家が国宝を持ち出すくらいだ、ほとんど臨戦態勢だぞ?」
「残念ながら戦力はもう入り込んでいます。堂々と選手宣誓してましたよ」
あの爽やかイケメンコンビの事か。
「あの二人軍隊相手に出来るのか……」
「それ自体は珍しい事ではないので大した問題ではありません。問題があるとしたら加護の方ですね」
「加護? 加護ってあれか? この世の武器では傷つかないとかそういうのか?」
「はい、そういうのです」
あー、そういうの持ってるのか。あれザルのくせに抜け穴突くの面倒なんだよな。
「具体的にどういう加護がついているんだ?」
「わかりません。というよりはまだ発覚してない、が正しい表現ですね」
「まあ、なんとかなるだろ」
「随分と気楽な答えですね」
ナタクは多少呆れているように見える。
「加護なんて信用出来ないぞ? 俺の義理の兄貴なんてこの世のありとあらゆる武器によって傷つかないのに『殴り』殺されたからな。俺だって濡れたものでも乾いたものでも、土、石、金属によって傷つかない加護を持ってたけど泡とかヴァジュラは普通に直撃だからな」
「泡って……ドーナツの輪の穴はドーナツであり、ドーナツじゃないみたいな感じですか? 中の空気こそが泡みたいな」
「まあそういうあれだろ」
そこまで哲学的なものじゃなく、ただのごり押しだと思うが。
あえて説明するならば四元素のうち火、水、土から身を守る加護ってことか? それなら空気とか電気とかは対象外だし。
「というかシャボンに負けたんですか?」
「なにせヴァジュラ入りのシャボンだったからな」
俺が戦闘の天才だったり風の流法とか使えればまだ違ったんだろうけどな。
「え? シャボン玉の中にヴァジュラが入ってたんですか?」
「そんなことはどうでも良いだろ。それより何か手は打ったんだろ? 今回の件で稼ぐつもりはないんだから」
くだらないことを聞いてきたナタクの言葉を遮り、質問を返した。こいつが金儲け出来ないと判断した以上、戦争は起きないということになる。
「さっきも言ったように、特に動いてませんよ」
「じゃあ結局戦争は起きないのか?」
「そうなると思いますよ。なにせ優勝した勢いに乗って戦争を仕掛けるつもりらしいですからね。あの国」
そりゃあまあ、王子が優勝すれば兵士達の士気も上がるだろうが、それ前提に引き返せない政策をやるって、とんでもない王様だな。俺だったらクーデター起こすな。
「そんなにあの二人の優勝は確実視されているのか?」
「他と比べても別格ですね……掛け金のオッズも相当な偏りですよ」
「さてはお前胴元やってるな!?」
大会の優勝選手で賭場をやっているのは驚きだが、それを平然と言えるこいつも相当なものだ。今になって思い返してみると確かにここの運営についてやたら詳しいと思ったが、まさかこういう形で金儲けしていたとは。
「流石のご慧眼ですね」
「てことは酒のんでたのは前祝いか!?」
「いやもう皆さんには悪いことしたなって思っているんですよ」
満面の笑みで烏龍茶を飲み始める。
「俺のオッズはどうなっているんだ?」
「やっぱり知りたいですか? 新聞に載っていたんでなかなかの人気ですよ。大穴狙いが多いですね……オッズは無名選手なので百倍以上になりますね。期待してますよ」




