悩み
「まあ、取り敢えず注文しましょう」
「それもそうですね」
こんな所で立ち話するわけにもいかないので、さっさと注文する事にした。
「それじゃあコーヒーのお代わりをお願いするわね。さっきの豆を今度はハイローストが良いわね、中挽きにした後ペーパードリップで淹れてちょうだい」
この人詳しいな……よくこういう店を利用するのか?
「コーヒーお好きなんですか?」
「大して好きじゃないわよ……私が好きじゃなくても他の連中がコーヒーとか紅茶とか飲むから勉強したのよ」
結構苦労しているんだな。
「それはそうと早くテーブルに座りましょう」
「そうね」
「それで何かあったんですか?」
この人が寝不足になる程の問題とはいったいなんだ?
「実は最近になって一等小麦の値段が上がっているのよね」
「小麦がですか?」
「小麦の値段を気にするって主婦かよ……」
「多分お前が思っているのとは違うと思うぞ」
この国の主食である小麦の値段は極めて重要なものになる。その小麦の値段が変化すれば国民の生活に直結することになるわけだ。
「大会が近づく度に価格が変動するのよね」
「世界中から人が集まるんですから当然なのでは?」
「その範疇を軽く超えているのよ。この一週間で適正価格の六割増よ?」
六割……確かに相当な値上がりだな。
「明らかに買占めをしている連中がいますね。しかし人が集まることがわかりきっている以上、こういう事態はいくらでも予測できる事でしょう」
「王都近辺だけなら予想の範囲内よ。でもそれが国全体で発生しているとしたら?」
「全体ですか?」
「ええ、大会の開催による経済効果に影響のないであろう地域にまで価格の上昇が起きているのよ。近隣の国も例外じゃない」
他国にまで波及しているのか……いったいどうなっている?
「単純に供給できる量が不足しているというわけでもないんですか?」
「それはありえないわ。流通するには十分な量が収穫されたし、次の収穫も後二ヶ月から三ヶ月に迫っているわ。この時期に流通量が足りていないなんてことはあるはずがない」
「逆に言うとこの時期が最も小麦の量が少ない時期ということになりますね」
「……やっぱり頑張ってお小遣い稼ぎしている人がいるってことよね」
クラウディア先輩は大きくため息をついた。国民の生活が圧迫されればその怒りの矛先は間違いなく国政に携わるものに向けられることは火を見るより明らかだからな。
とは言え小麦を買い占めて高く売るなんてことは誰でも思いつくだろうが実行するのは不可能なはずだ。それだけの資金力を持った奴なんているのか?
「並大抵の資金力じゃありませんよ? そしてそれだけの金を持ちながらあえてこんな事をするなんて相当な自信がないとできる事じゃありませんね」
万が一失敗したら破産までありえるからな……どういう戦略でこんな事を始めたんだ?
「その資金源がわからないのよね。一番問題なのは国外の勢力が資金源になっている場合ね。その場合資本が国外に流出することになるわ。それだけは回避しないとパワーバランスがまた崩れる事になりかねない」
「えっと、一つだけ良いかな?」
「……えーと、大丈夫よ。ちゃんと覚えているわ。確か……すぐに思い出せるわ。何か言いたい事がありそうね? かしこまらなくても良いから言って頂戴?」
隼人の問いかけに眉間を押さえながら返答していた。恐らく名前を思い出そうとしているのだろう。
「学生なんだからそういう事に関わらなくても良いんじゃないかな? 専門家に任せれば」
「……やっと思い出したわ。綾瀬君だったわね? 確か武術科三組、そこの生徒が出場するなんて前例がなかったから良く覚えているわよ」
その割には思い出すのに随分時間がかかりましたね。て言うかこいつ今地雷踏んだな。
「何が言いたいんだ? 実力のあるものが選ばれるのは当然の事だろう?」
「だから前例がないんじゃない。……ところで綾瀬君、小麦の値段って今いくらか知っているかしら?」
「えーと、確か」
「知っているなら答えなくても結構よ。じゃあ次の質問ね、国王陛下は小麦の相場を把握していると思うかしら?」
……まあ知らないからこそ、この人が色々手回しして寝不足なんだろうな。
「もしかして他の大臣達も把握してないんですか?」
「出来てたら私はこんな下っ端の真似事なんてしないわよ。なんでどいつもこいつもポンコツしかいないのよ」
段々言葉遣いが荒くなってきたな。
「資金源の方は多分わかりますよ。こういう金は味方の金の動きから教えて貰えばいいんですよ」
「……味方って誰よ? ヴィンクラーは軍閥だからこういう計略は出来ないわよ」
「ああ、確かにこういう事は不得手だ。ルミナスならば得意分野ではないのか?」
「私も知らん! まさか疑っているのか!?」
段々剣呑な雰囲気になってきたな。
「上杉先輩に聞けばすぐにわかりますよ」
「簡単に言うわね……教えてくれるとは思えないわ、それに知らないって言ったら?」
「その時は間違いなく先輩も共犯ですね。あの人がそういう金の動きを把握してないなんてあり得まえんよ。すぐに身の潔白を証明してきたら主犯確定。本来冤罪は何故自分が疑われているのかわからないからこそ無罪を証明する事が困難なわけですから」
まあ、あいつが小麦買い占めなんてバカなことするとも思えんが。
「……随分と信用してないのね?」
「むしろ信頼してますよ。わざわざ危険な賭に出るほど追い詰められてはいないはずですし。まあ、犯人ではないでしょう。安心して聞いてみたらどうです? それとも俺が代わりに聞いてみますか?」
「……そうね。私が聞くよりも貴方の方が答えてくれそうね」
「では今晩中にでも聞いておきますね」
「時間は気にしなくて良いからすぐ報告に向かうこと、良いわね?」
「わかりました」
その後、先輩はすぐにコーヒーを飲み干して仕事へと戻っていった。俺達は普通に世間話をした。どうやらゲイルと隼人は意気投合したらしい。
「そうだウィル、お前こいつと同じクラスだよな? 普段どんなやつなんだ?」
「うーん、何でこのクラスなのかわからないくらいだよ」
「そうか、もしかしたら入試の時何かあったのかもな……どうなんだ?」
「それが実は」
どうやら入試の時に相方と一悶着あったらしく、そのせいで入試を受けられなかったらしい。そのため特別措置として別の方法で入学したのだそうだ。入試を伴わず入学したということは何らかの推薦、もしくは特待だろうか? 詳しいことは本人もよくわからないらしい。
「いったい何が……いや、いわなくて良い。タッグを組んでいるんだから大した事でもないだろ」
「その通りだ……組んだ理由なんてどうでも良い。重要なのはあのコンビの情報をどうして欲しがったのか、だ」
「やっぱり知りたい?」
話題にしないように意識していたが、やはり気になるかオリヴィエ……まあ、俺も知りたいところだったが。
「親同士で繋がりがあるらしくてな。どちらが勝つか賭をしたんだよ。景品は私の将来の伴侶だ、私になんの断りもなく!」
「貴族の婚姻なんてそんなものだろう。逆に聞くが大恋愛の末に結婚したいのか?」
「そ、それは! とにかく私が優勝すれば誰にも文句は言われんだろう!」
なるほど確かに、勝手に結婚相手を決められないためにあの二人にだけは勝ちたいわけか。
「理由はわかったが、それならもっと現実的な方法があるぞ」
「現実的?」
「俺達が全員倒せばいい。くじ運次第だがそれが一番確実だ」




