試合後の通路で
「試合終了! 勝者、素良天蓋&オリヴィエ・ヴィンクラー!」
審判の宣言とともに障壁が解除される。それと同時に慌ただしい足音が響き、大会運営委員会が雇っている救護チームが急いで倒れている二人を搬出した。この手際の良さならば、大事には至らないだろう。
「立てるかオリヴィエ?」
「ああ、それより、杖を持ってきて貰えないか? 私が預かっておいた方が問題が起きないだろうからな」
言われた通りに杖を拾いにいくと、審判達に止められた。
「待て! 試合中以外に相手選手の武器に不必要に振れることは禁止されている!」
「予選敗退が決定した選手ですよ?」
「とにかく、運営委員の者に任せるんだ」
……そこまで言われた以上、振れる訳にはいかないな。
「審判! その武器はヴィンクラー家の家宝のうちの一つだ。もし、万が一紛失や破損があった場合、ヴィンクラー家が全力をかけて事態の収拾に取りかかる事になる。くれぐれも間違いのないように扱ってもらいたい」
これが鶴の一声となって、緊急で話し合いが始まり今回だけ特別にオリヴィエが杖を回収することが運営委員会から許可された。
「結局、拾って良いんだな?」
改めて確認して、杖を拾いオリヴィエに渡した。
「悪いな」
「気にするな、それより早く退場するぞ」
「ああ、そうだな。おっと」
オリヴィエが急にもたれかかってきた。肩を掴むことでなんとか転ばないように出来た。
「大丈夫か?」
「ああ、怪我は無いんだが……ヒールが壊れてしまったようだ」
どうやら履いていた靴が壊れたらしい。まともに歩けないようだ。
「杖ついて歩いたらどうだ」
「……貴様」
上目遣いで俺のことを睨んでくる。その後俺を押しのけて一人で退出していき、俺もその後をついていく。
「強い! 相手チームに充分な攻撃をさせず、一方的な連撃で倒しきってしまったー!」
「いやはや、大変な試合でしたね。試合前は天蓋選手達には苦しい試合運びになると思ったのですが、予想を裏切る結果となりました! それにしても恐るべきは天蓋選手の脅威的な強さ! スタンレイ選手の分身を片っ端から撃破していきそのままごり押しするとは一体誰が予想できたでしょうか!?」
「あの体格であれほどの軽やかな動きができるとは……恐ろしいな」
「いやー、見事に私の予想が的中しました! 今年こそは優勝という執念が如実に現れているようです!」
盛り上がる会場を後にすると、二人の男が俺達を出迎えていた。この大会の優勝候補、あの爽やかイケメンコンビだ。この二人もFブロックの一回戦に出場していたはずだ。何故Aブロックの通路にいるんだ?
「はじめまして。素晴らしい試合だったのでつい無礼を承知でここまできてしまったよ」
「オリヴィエ、お前の知り合いか?」
「王子様の方は知らん。しかし、騎士の方は名前だけは知っている。いや、ヴィンクラー家の関係者でこの男を知らない奴はいないな」
どうやら因縁深い相手らしいな。
「おやおや、私のような異国の騎士をご存知とは光栄です」
「それ以上の栄誉があるだろう。この杖を目の前にして無事に帰るという祖先達が成し得なかった栄誉が」
異国の相手だというから予想はしていたが、やはり戦場での因縁だったか。それにしても先祖たちとまで言い切るからには相当な確執だな。
「それ以上の栄誉があると思いますよ。例えばその杖を振るうヴィンクラー家の令嬢を一騎打ちで打ち倒すとか……どうでしょうか?」
「フォルジュ、口が過ぎるよ」
「はっ、申し訳ありません」
フォルジュからの挑発をシャルル王子がたしなめた。
「気にする必要はありません。先に挑発したのはこいつですから」
「そういってもらえると助かるよ」
「それはそうと、試合はよろしいのですか?」
「ああ、それなら終わらせてきたよ。幸運なことに僕達二人が勝つことが出来たよ」
ふん、すでに俺達を出迎えていた以上、相当な速さで勝利を収めたということではないか。それで幸運とはいくら何でも嫌みが過ぎるように思えるがな。
「その幸運はいつまで続くんですかね。むしろどれほどの幸運に包まれてきたのか興味深い話です」
「当然王子の素晴らしさは幸運だけではない。全てにおいて万人を凌駕しています」
「いや、幸運だけならば貴様が一番だろう。何故ならヴィンクラー家からの魔の手から逃れ、しかもパラディンの称号まで賜るのだからな」
オリヴィエのやつ、執拗に挑発してくるな。どんだけ仲悪いんだ。
「まあ、つもる話は後にして……おめでとう! 素晴らしい試合だったよ!」
「ありがとうございます。……そろそろ本題に入ってもらえると有り難いのですが」
「そうだったね。……天蓋君だったかな。君は騎士道精神というものをご存知かな」
「異国の文化はあいにく勉強不足でして」
わざわざそれを言いにきたのか? だとしたら相当な暇人だな。
「……君はオリヴィエ選手が倒れても一瞥もしなかったね。そもそも倒れるまで手助けもしなかった。そして何より分身だからという理由で行われたフィリパ選手への凄惨な攻撃の数々、会場のなかには心苦しく見ていた人も多くいるだろうね」
「要するにこういうことですか? もっと観客が歓ぶような試合をしろと」
「……敢えて曲解しているものだと願うよ」
「出来ればこの答えが正解であって欲しかったのですが。降伏を勧告すべきだった……そう答えてほしかったと?」
今度は俺と王子様の間に深い溝が発生した。




