練習
「さくら、確かに俺は武術の稽古に付き合うと言った」
入部届を提出し正式に剣術部に入部して数日が経過した。敵勢力の情報も剣術部の先輩達が偵察を続けた結果かなりの有益な情報が集まったと言えるし、剣術部での部活動もかなり充実したものだった。
問題があるとしたら、さくらと交わした約束の方か。俺は確かに身につけている武術なら稽古に付き合うと言った。その約束通り刀・槍・薙刀・鎌・馬・合気・柔・空手など、他にも様々な武術に付き合っている。正直これほどの種類の武術を稽古できる設備が存在することに驚きを隠しきれない。
しかしだ。俺が付き合うと言ったのは武術だけのはずだ。いくら俺が身につけているとは言え、茶道の稽古にまでつき合わされる筋合いはないんじゃないのか? 俺はこういう文化系のことは苦手だ。一応天界の連中との付き合いの為に色々とこういう物も学んではいるが、はっきり言って俺には向いてない。
「天蓋さん、こういうことも武道に生きる者には必要なことですよ。心を落ち着かせる方法を身につける事もやはり武術と呼べるでしょう」
「いや、落ち着かないんだが。そもそもそういうときは禅を組んで瞑想するから必要ないな」
正直ヨガと苦行さえやってれば後はどうにでもなるからな。
「座禅ですか? 姿勢が悪かったらピシピシ叩くんですよね」
「正確には姿勢ではなく雑念のある……そんなことはどうでもいい。とにかく武術とは関係ない事の稽古にはつき合わないからな」
もうすでにやってるのだから後の祭りのような気がしないでもないが。
「そんなことを仰らずに」
「そもそもお前はなんで着物をこの学園に持ってきているんだ? こっちはわざわざ『向こう側』へ連絡して服を持ってきて貰ったんだぞ」
仕事上着ることの多かった服をここまで届けてもらいこいつと稽古しているが、そのためか大量の衣服が部屋に集まり大変なことになっている。下手に良い生地を使用しているせいで手入れが面倒どころの騒ぎではないのだ。
こういうことは部下に任せっきりだったが今ではそういうわけにもいかないのでとても大変なことになっている。そもそも部屋の大きさから考えると置き場所が足りなすぎる。
「これは何かに使う時がくると思いまして」
「もう十分だろ。お前俺の部屋にいったい何カ国の礼服があるか知ってるか?」
「わかりました。そこまで言うのでしたら茶道のお稽古は止めにしましょう」
その方が助かる。これで何種類かの服を送り返せるな。
「それじゃあもうお開きにしよう。あいつらを待たせているからな」
この西洋風の国で茶道を外で敢行するのは異様に目立つ。部屋がないからとのことだが、だからって授業が始まる前にこんなことするなよ。着替えるのにだって時間がかかるし、HRの度に一々何か言われるのに、こいつは気にならないのか? そしてこんな朝早くになんでカルラ達は起きていてわざわざここを眺めているんだ? そこまでするならここにこいよ。
「あ、もう終わり?」
いつもより早く切り上げたからかエリーから質問された。
「エリー、なんならお前がさくらと稽古したらどうだ?」
「えー? 私には似合わないわよ」
いや、そんなことはないと思うが。
「そうか、少なくとも俺はもうやらないからな」
「私も一人では心細いのでもう終わりになるかと」
俺たち二人の終了宣言に驚きの表情を浮かべてとんでもないことを口にする。
「えー!? 止めちゃうの!? せっかく朝一番に可愛い女の子が観れるって噂になってたのに」
「な、何ですかその噂は!?」
「あれ、知らない? それってヤマトの……着物って言うんだっけ? とにかくそれを着た女の子が観れて、それを見るとその日一日中頑張れるって噂」
頑張れるのはそいつのモチベーションであって噂は関係ないだろ。
「そんな噂がたってるなら遅かれ早かれ茶道なんて出来なくなったな」
「そこはあれよ、天蓋君が用心棒として外野を追い払えば良いのよ」
「そんな暇あるわけないだろ。大会は明日なんだぞ。それが終わったら目立ち過ぎて追い払うなんて不可能だ」
明日が大会だと言うのになんで俺は朝早くからこんなことをしているのだろうか?




