全員生存
「三人目だ、そっちの準備はどうなっている?」
俺は捉えた男を騎士に渡しながら質問した。
「準備は整ったよ。いつでも出撃できる」
「それは重畳。それではチャンスが来たら大声で叫ぶので、その時は突入してください」
「ああ、伝えておく」
残りは九人。時間から考えると全員俺が捕まえるのはこのペースでは不可能か。後数人捕まえるまでに全員の心を圧し折る必要があるな。
「では俺は残りの奴らをさらに減らしてきますね」
「……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
……? まあ何でもいいか。
時計台の部屋に移動し、録音機を再生させなければな。
「……やられたな」
録音機が壊されている。恐らくあの二人が破壊したのだろう。まったく、面倒なことを……代わりの録音機があればいいが。
一度向こうへ移動するか。
「……彼らが再編成されたメンバーですか?」
何人か険しい顔つきをした集団がいる。恐らく彼らが突入部隊なのだろう。
「!? どこから来た!?」
アレンさんが驚いた顔で俺の顔を見る。
「木を渡って来ただけですが」
「そ、そうか……随分身軽なんだね」
それほどでもないだろう。
「実は用意してもらいたいものがありましてね。録音機が壊されてしまったんですよ」
「そうだったのか。わかった。すぐに用意しよう」
そういうと僅か数分で録音装置を持ってきてくれた。
「随分と早く持ってきてくれましたね。……これは、携帯用ですか?」
「うん、そっちの方が便利だろう? それにこれぐらいの物を用意するなんてわけない事だよ。こういう屋敷には予備の備品が多くあるからね」
そういうものなのか。
「ありがとうございます。これで続けることが出来ますよ」
「一応聞いておくけど、彼らの出撃する必要は有りそうかな? 合図は聞いたけど」
「ええ、俺一人では荷が勝ちすぎるので。それでは」
なにはともあれ、これで今までどおりに行動できるな。
さっさと屋敷へ急ごう。
「今回はせっかくだから正面から進むか」
ここまできたらどこから入っても同じだよな。窓も開けっ放しだし、録音機は投げ入れよう。
……上から音がしたほうがかえって不意打ちになるか。俺は録音機を再生させて、屋敷の二階へ投げ入れる。
ガシャン、と窓の割れる音が聞こえる。これで中の奴らは上に注目しているはずだ。部屋の扉から堂々とあらわれたらさぞかし驚くことだろう。
いや、それだけでは足りないな。もっと恐怖を煽ってやろう。
こっそり窓から中を覗くと、案の定全員上に視線を集めていた。少しすると何人かが水、だろうか? 何かを飲んでいるようだった。薄暗くてよくわからないが。そういえばさっき水滴を乾かしたときに屋敷全体の空気も乾かしたんだったな。それに緊張も加わって喉が渇き切っているのだろう。だったらこれを利用しないてはないな。
俺は何かを飲んでいる人を枯渇させた。これで少しは恐怖が増したか? そろそろ中へ入るか。
屋敷の中に入ると、すぐに姿を蛇神形態に変化させ、扉を静かに開ける。
やはりこういうのは天井から突然落ちてきたほうが緊迫感があるよな。俺は即決で天井へとジャンプし、そのまま奴らのいる所まで歩いて行った。
近づいてみると、どうやら奴らは円陣を作りながら外側を見張っているようだった。映画とかで見たことあるぞ。こういう場合大抵円の中心に落ちるとすごくびびるんだよな。今こそそれをやるときだろ。
よし、これで後は落ちるタイミングを見計るだけだ。こういう緊張の時間はよく考えないと冷静に対応されてしまうからな。せっかくだから枯渇させた水分は返してやろう。
「……! ……っ、うわあああ!!」
!? 突然大声を出しながら一人の男が走り出してしまった。そのせいで円陣は滅茶苦茶になってしまった。しまった、こういうパターンもあるんだった。
なってしまったものは仕方がない。とりあえず恐慌状態にあるやつを捕まえよう。その場から飛び降りると、すぐに騒いでいるやつに近づいた。
「く、くるな! 来るなぁ!」
こいつ俺のことが見えるのか?
驚いたな、この薄暗い部屋の中から俺を見分けるとは。
「クソ! 畜生ォォォォ!」
大量の水か突如噴出してきた。こいつが水を使う魔術師か。
この勢いは危険だな……他の人が溺死しかねない。早急に乾かさなければ。
更に水魔法の出力が強くなるがもう遅い。そんな水量など焼け石に水だよ。別に蒸発させているわけではないが。
「ひっ、た、助けて……! 誰かっ、誰……! たす……け、て」
なんだ……今更命乞いか……? この期に及んでそれは無しだろう。
……もういい、今回はお前だ。
そいつの首を掴み、宙に持ち上げる。今回はハズレか……まったく、半端な覚悟で犯すなよ。犯罪を。周りを一瞥すると全員が膝をつく。
なんだ? もう挫けてしまうのか? もう心が折れてしまうのか? おまえ達にはがっかりだよ……いや、俺を相手にしたわりには大分もったほうか。
「……だ、俺だ……俺が相手だこの化け物が!」
なんだ? 何かの聞き間違いか?
「どうしたよ? 怖いのか?」
しばらくの間、沈黙が続いた。掴んでいた男を解放し、声のした方向を振り向く。
俺の目に映るのは、恐怖に震えて、その場に立ち止まり、むしろ硬直している男だった。さっき俺に電撃を浴びせてきた男だ。眼の焦点は合っていないようだった。
「そ……だ、俺が……いてだ」
呂律が回っていない。それに生まれたての小鹿のように震えている。
明らかに恐怖に屈している。それなのに立ち上がった。
人は恐怖に直面した時、その本性が顕れる。この男は立ち向かうタイプだということか。この俺に。この、ヴリトラに。
俺は彼に向かって、真っ直ぐ歩いた。
そして、彼の頭を掴む。その瞳は俺を睨み続けたままだ。その瞳の中に恐怖も含まれてはいた。恐怖を受け入れた上で俺に対して敵意を失ってはいない。
……。……いったいいつ以来だ? 俺に対して敵意をぶつけてくる相手は。
良い。良い眼をしている。やはり電を撃ってくる奴は違うな。
惜しい。余りにも惜し過ぎる。このままこの未熟な勇者を捕まえて良いのか? 後の世に必ず大成するであろうこの男を。
……いや、それは侮辱か。こいつは覚悟している。これから訪れる悲惨な未来を。その覚悟を踏みにじる事は決して許されはしないな。
すでに状況は俺が支配している。後は外の者に任せても差し支えは無いな。
最後を飾るには充分な贄だよ、お前は。
俺は再び同じ窓から落ちた。今回は自分の意思で。
「モウ、ジュウブンダナ」
蛇神の姿をしているせいか、うまく声を出すことが出来ない。しかし、合図なら出せそうだな。俺は大きな声で叫び声をあげた。
すると、外で待機していた騎士達が一斉に突入して行った。これで終わりだ。
俺は掴んでいた男を気絶させると、変化を解いて堀の上へよじ登る。すでに人質は助け出されているようだった。流石に仕事が速いな。
クラウディア先輩は自力で脱出か……予想通りの強かさだな。
……ん? 姫様を助け出したのはゲイルか!? あいつ、美味しいところを持って行きやがった!




