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崩天蛇神の秩序維持  作者: てるてるぼうず
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潜入

「全力は尽くしますが、いざとなったら自力で脱出してくださいよ?」


 俺のこの言葉が騎士達のかんに障ったのだろう。猛反発をくらった。


「貴様なんだその言い草は! クラウディア様に対してなんという無礼なことを!」

「しかもなんという無責任な言葉だ! このようなものなど信用できん。誰かこの不届き者を王宮から追い出……。いや、すぐに牢につなげ!」


 おいおい、それは勘弁してくれ。この年で脱獄なんて、シャレにもならん。


「私は気にしてないから、別に構わないわ。それに、彼がいないと潜入は失敗すると思うわよ」

「何をおっしゃいますか! いずれこの国の中枢を担う者が、このような屈辱を受けて良いはすがありません!」

「その通りです。このような男に軽んじられるなど、あなた様の人生には決してあってはならないことなのです。それを許すとおっしゃるのですか? それでは他の者に示しがつかないでしょう」


 確かに、大臣の娘が一般市民……いや、本当は全然普通じゃないが、とにかく俺のような正体を隠している男から屈辱を受けるなどあってはならないことだ。

 とは言っても、相当失礼かましてるよな。全部バレたらどうなるんだ? 


「別に良いじゃない。示しなんかつけなくても」


 先輩のこの言葉に周りが騒然とする。当然のことだ、この人は今格下の者からの失言を咎めないと言ったのだ。いや、それ以前にそもそも咎める必要がないと言ってしまったのと同義だ。これを騎士が聞いて黙っていられるわけがない。


「その言葉が何を意味しているのかご理解した上での発言ですか!? 失礼ながらあなた様はご自身の身分を理解なさっていらっしゃらないと言わざるを得ないでしょう」

「あら、身の程くらい弁えているつもりよ? 私はロレット学園の三年生で剣術部の部長。クレアとは違って何らかの職業を兼任しているわけでもない、ただ私の親が大臣で爵位を持っているだけの、ただの世間知らずの箱入り娘。それ以外の何者でもない」


 それはいくら何でも自分を卑下しすぎじゃないのか。貴女は間違いなくこの国で最上位の支配者層に属している。そんな人間が下の者に示しをつける必要がない? それは最早謙遜ではなく、逃走でしょう。貴女には支配者として生まれた幸福がわからないと?


「クラウディア先輩、貴女は現時点では間違いなくこの国で最大の発言権を持った学生ですよ? そんな偉大な人物がどうして弱気な言葉を……」


 俺の言葉が言い終わる前に先輩の言葉がさえぎった。


「合わないのよ、地位に対して得られるものが。足りなすぎるのよ、栄光が。少なすぎるのよ、幸福が。多すぎるのよ、私にとって不都合なことが。そして、それは彼女にとっても同じことよ」

「なるほど、まったくもってその通りです。自分がこんな不幸に見舞われるはずがない。先輩らしい言葉ですね」


 それもそうだ、偉大な人物がこんな一大事に巻き込まれるなんてあってはならないことだ。


「ええ、でも起こってしまった。運命って言ってしまえばそれまででしょうけど、それは結局のところ彼女には不都合が発生するべきだと、そう断言されているのに等しいのよ」

「そのようなことは……」


 騎士の一人が何かを言いかけたが、それも先輩の言葉によってさえぎられた。


「違わないわ、彼女は……ミリアは誘拐される運命にあった? では彼女を助け出す運命にあるのは誰か、今ここにいる私が決めるのは果たして運命なのか? それとも全てはただの偶然なのか? どうでもいいことよ、より可能性の高いものに託すべきね」

「それが、この男だとおっしゃるのですね?」


 騎士たちから再び注目を浴びる。彼らの目つきが一体何を意味するものなのかは正直見当もつかない。


「少なくとも、私や貴方たちよりは確実に助けられると思うわよ。真夜中なら、暗闇ならば彼より動ける人なんてそうはいないと思うわね」

「なるほど、暗闇で……。確かに闇に乗じて行動することに長けた者は、騎士にはいないでしょう」


 こいつもしかして、俺のこと遠まわしに馬鹿にしてないか?


「決まりね。じゃあもうすぐお昼になるから、早く潜入しましょう? 正面から堂々と」


 どうやら反論する者が一人もいないところをみると、先輩が一度言い始めたらそう簡単には前言撤回しない性格の人だと全員が把握しているようだ。


「それじゃあ向かいますか、姫様の下にはせ参じましょう」

「待てよ、俺はどうすればいいんだ」


 ゲイルが俺に聞いてきた。


「お前には悪いが、とてもじゃないが誘拐犯相手に落ち着いて話ができるとは思えないんでな。合図を送ったら強行突入してくれ」

「合図?」

「ああ、適当に派手な魔法を空に向かって撃つことにしよう」


 そういうわけで、すべてが決まった。


◆◆◆◆◆


「食料を運んできた……」


 できる限り抑揚の無い声で話しかけた。あんまり余裕な態度だと怪しまれるからな。

 扉を開けて料理を受け取ったのは、なんと騎士の格好をしたやつだった。貴族をパシリに使うとはなんとも贅沢なテロリストどもだ。

 俺たちはそのまま荷物を渡すつもりだったが、その時人質の何人かが先輩の存在に気づいたようだ。


「あ」

「なんだ? 何か気づいたのか」


 近くで監視していた誘拐犯のうちの一人が彼らの動揺を見逃さなかったようだ。

 仕方ない、このまま屋敷の中に入るか。


「おい! 勝手なマネをするな!」

「俺と、この人はここに残る……あんたらのリーダーと話がしたい」

「な、何だと!?」


 相手は相当驚いているようだ。まあ、自分から人質になろうというのだから当然か。

 恐らくリーダーへ報告しに行ったのだろう。そのままじっとしていろと言って、奥へと消えていった。


「お前ら二人は何者だ?」

「俺のほうは名乗るほどのものじゃないが」

「私の名はクラウディア・マクギネス、この国の大臣の娘よ」


 その時の相手の驚きようは恐らく彼らの人生の中でもそうそうないものだろう。

 完全に放心状態だった。姫の居場所が特定できていればそのまま救出に成功していただろうと言い切れるほどには。


「ちょ、ちょっと待っていろ」


 再び奥へと消えていった。しばらくすると別の男が来た。この状況で現れるということはここのリーダーだろうな。ある程度近づいた場所で歩くのを止めると、こっちに来いとジェスチャーしてくる。

 その指示通りに屋敷の中へと入っていき、言われるがままに奥の部屋へと招かれた。


「この国のお偉いさんがノコノコと何のようだ」

「出来れば私の代わりに他の騎士たちを解放してほしいのだけれど」


 先輩の言葉に誘拐犯たちは様々な反応を示す。この部屋には四人、人質の姿が見えないということは他にも見張り役が何人かいるようだな。


「それならすでに交渉人から聞かされている。まさか本当に自分からやって来るとはな」

「それでは、開放してくれるわね?」

「しなかったらどうするつもりだ?」


 当然の疑問をぶつけてきた。この疑問については俺が答えることにした。


「どうしようも無いでしょうね。ですがそれで何も問題は無い」

「何? どういう意味だ!?」

「貴方達が姫様に手出しできないのはわかりきっている事、だったら適当に騒ぎを起こしてそのどさくさに助けだすことも出来るでしょうね」

「そこの女に危害が及ぶとは考えないのか? 他にも貴族たちがいる」

「しかし騒ぎは起こしやすくなる。魔王復活に比べたら天秤がどちらに傾くかは火を見るよりも明らかでしょう?」


 犯人たちはしばらくの間黙っているだけだったが、リーダーらしき人物から再び質問された。


「なぜそこまで危害が及ばないと言い切れる? 俺たちをなぜ信用できる」

「理由はただ一つ。貴方方が狂信者だからですよ」


 俺の言葉に全員が反応する。一人が俺に掴み掛かり、俺をそのまま椅子から投げ飛ばす。


「やめろ!」

「やめろ!? 一体何を!」

「人質への暴行をだ」


 別にダメージは無いが……、どうやらリーダーは穏健派あるいは理性的なようだな。


「だがこいつは」

「その男から聞きたいことがある。それまで待て」


 そういうと粗暴な大男は引き下がった。


「同士が失礼をしたな。我々は目的を達成できれば君たちに危害を加えるつもりはない」

「いえ、お気になさらずに……。聞きたいこととは、なぜそこまで信じられるかですね?」


 黙って頷くのが見える。


「狂ってるから一国の姫を生贄になんて考えて実行するんですよ。今のこの状況こそが信じられる証拠です。そしてこれはあくまでも勘ですが、貴方たちは生贄がどの状態まで生贄として保障されるか把握できていない。長年の宿願を前に個人的な感情で台無しにするなんて、その可能性がある行動すら必ず躊躇うだろうと思っただけです。その理由は俺もまた狂信者だから」


 相手の表情が変わる。


「君は」

「勿論貴方とは味方ではありません。それとはまた違ったものを信じているだけです」

「君の国の宗教ということだね」

「そう思ってもらって結構です」

「君が人質になろうとした理由は?」

「魔王復活は阻止したい。この世界の秩序を乱しかねない」


 再びしばしの沈黙が続く。


「よくわかった。我々とは相容れないと」


 一触即発の空気に戻った。

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