事件発生
「なぜそこまでして俺を入部させたいんです?」
いくらなんでも諦めが悪すぎる。何が彼女をそこまで駆り立てるんだ?
「それはもちろん、この学園がこの国で、いいえ、世界で最も優れた学園であることを証明することよ。それが、ひいてはこの国の王が優れた王であることを世界に知らしめるためよ。それこそがこの国の繁栄につながる……ってお母様が言ってたわ」
受け売りでしたか。
「じゃあ、大臣はこの学園の卒業生だったんですか?」
「いえ、違うわよ。姉妹校のチャペル学園出身のはずよ」
「えっ? それじゃあ一番になるべきはそのチャペル学園じゃないんですか?」
「それは……そうかもしれないけど。まあ姉妹校だし問題ないわよ」
そういう問題じゃないでしょう。
「じゃあこの学園が一番になったら過去の栄光になりますよね? チャペル学園は」
「大丈夫よ。あの学園には姫様が入学しているみたいだし。たとえ一番になれなくても何とかなるでしょ?」
いや、姫様いる学園差し置いてこの学園が最も優れたって完全に王様のこと嘗めてますよね?
「もしそうだとしても、俺が剣術部に入る必要はありませんよね? 確か大会は部活関係なしに出られるみたいですし」
さっきのスケッチブックに別の部活で大会に出ようとがんばる人がいたし。まあパターン通り挫折してたが。
「なかなかしぶといわね。いい加減諦めてくれないかしら?」
「いや、諦めるわけないでしょう。俺は面倒が嫌いなんですよ」
「それは残念ね。でも諦めが悪いのは私もなのよ? うんと言ってくれるまで毎日会いに来るわよ。なぜなら私はなんとしても次の大会の優勝者を剣術部から出さなければならないからよ! 近年この国の魔術師のレベルは世界的にみても芳しくはないといえるわね。だからそろそろこの国の学園の者が優勝しておかないと外交レベルで不利になりかねないのよ」
なるほど、この人はこの人でいろいろなものを背負っているようだな。
「つまり俺に政治の道具になれと?」
「私が思うに、結果的にはそうなると考えているわ。でもこの国で魔術師として生活するということは少なからずこの国の公務に関わることになるから、たいした問題じゃない」
この俺を政治の道具に利用、か。なかなか強欲で豪胆な人だ。そういうことは隠すのが普通でしょうに。
「しかし、平穏に生活したほうがメリットが大きそうですね?」
「大多数がそうなるわね。でも優勝者となれば多大なメリットが手に入るわ。優勝商品や王様からの褒美、挑戦するだけのリスクとリターンはあると思うけれど……」
そういうことも認めるのか。しかし優勝商品やら王様からの褒美、それ相応のリスクか……。
「どんなものが貰えるんです? お姫様とのお見合いとか?」
「場合によってはありえるわね。と言うより、それを餌にしてしているわね。なんにしてもある程度の望みなら叶えてくれるわ」
なん……だと……。
「それが事実だとしたら、とんでもないシンデレ……いや、この場合サクセスストーリーですね」
「ええ、私としては貴方にはその御伽噺の主役になってほしくはないのだけれど」
「なぜ? 道具になってほしいから?」
すると先輩は突然顔を紅潮させて、視線をそらす。
「なぜって、そんなの……。せ、政治の道具より向いてる仕事はあると思うわ?」
「例えば?」
「そ、そう、ね……。例えば、私の……護衛とか? 私が国を守って貴方が私を……あ、あくまでもたとえ話だけど」
「ああ、確かにその仕事は姫様のお見合い相手には出来ませんね」
「それに……他にも、姫様とじゃなくて、ほら、他にも、重要人物とお見合いできるじゃない? 姫様以下なら」
「なるほど? この国の独身者ほぼ全員。確かにこれは命をかけるに値するかもしれませんね」
「い、いるの? 気になる人」
いきなり食いついてきた。そんなに興味があるのか?
「いませんよ。あくまでも一般論です」
「そう……いないの……そう……」
なんだ? あの残念と安心を足して2で割った感じの表情は。
「どうしたんです?」
「え? なんでもないわよ?」
「そうですか」
「ええ、ええそうよ? なんでもないわ。そんなことより王様からの褒美、みんな飛びつくでしょうね。魅力的だもの」
ふん、己の力の誇示より、利益の追求、か。合理的だな。
それに先輩の雰囲気も元に戻ってきたな。さっきのもあれはあれでかわいかったが。
「実に嘆かわしい話ですね。しかし、国の威信を背負う覚悟など自分にはとてもとても。そういうわけですので、今日のところはお引取り願います」
「あらそう、じゃあまた明日。今度の晩御飯は貴方がご馳走してくださるわね?」
ちょっと待て、毎日来るって、ここに来るってことか!?
「いやいやいや! 男性寮に毎日来るつもりですか!?」
「あら? じゃあ女子寮に来る? ばれたら大変ね?」
「そんな!」
「冗談よ。本気にした?」
いたずらっぽく微笑んでいる。
「勘弁してくださいよ。他の人にばれたらどうするつもりです? 今大変だって自分で言ってたじゃないですか」
「じゃあ今日のことは二人だけの秘密ね?」
「当然でしょう! ま、言っても信じないでしょうね。誰も」
再び先輩の顔色が変わる。
「秘密……二人だけ……。ふふ、悪い気はしないわね」
「本当にどうしたんです? さっきから様子が変ですよ」
「そんなことはないわ。ただ、あいつより一歩リードしているだけよ? きっとあいつはこの気持ちを理解するにはまだまだ時間がかかるでしょうから」
あいつ? 誰のことだ? 親しいというより長い付き合いといった感じの言い方だな。
「まあ、そのあいつって人がどこの誰かは存じ上げませんが、今日話すべきことは話し終わりましたね?」
「ええ、それじゃ、また明日」
そういうと先輩は玄関のほうへ歩いていく。
……。
「ちょっと待ってもらえませんかね?」
俺は出来る限り冷静に先輩を呼び止めた。
「あらどうしたの? もしかして入部したくなった?」
またまたご冗談を。
「いえ、それはありません。それより先輩、どこからこの部屋に入ったか憶えていますか?」
「ええ、窓からよ」
「じゃあ、どこから外出すべきですかね?」
「この部屋の出入り口はひとつしかないわよ。ドアからに決まってるでしょう? 」
このひとわかってて言ってるのか?
「男性寮に女性が、しかも俺の部屋から出てくるってどんな騒ぎになるか考えてます?」
「へえ? 窓から帰れって言うんだ? ふーん。まあいいわ。二人だけの秘密だもの。皆には隠れてひっそり、よね?」
なんか二人だけを強調している。
とにかく窓から帰ってもらったからなんでもいいか。
今日は疲れたな。さっさと風呂に入って寝るか。
◆◆◆◆◆
翌日、HRに出席した。
……おかしい、人が少ない。
教室にはなんと十余名ほどしか出席しておらず、なにかに感染病が蔓延しているんじゃないのかと疑いたくなるような状態だった。
「出席は……いいか、私の視認で」
「先生、なんでこんなに人が少ないんです?」
「なんだよ、お前新聞読んでないのか?」
ミスターが声をかけてくる。
新聞?
「いや、読んでない」
「この国の姫君が現在行方不明だとよ。それでほとんどの連中は授業も放り投げて捜索隊作って目下捜索中ってわけだ。どうやらここの連中は先生の拳が見切れる猛者の集まりらしい」
「冗談を言ってる場合か? この国の情勢に関わるんじゃないのか。オリヴィエ、お前何か知らないか? というより探さなくていいのか?」
「ああ、どうやら今朝誘拐されて人質にされたらしい。現在交渉中だそうだ」
人質!? 完全に情勢悪化待ったなしじゃないかそれ!?
「え! そんなことになってんのか!? のんびりしてていいのかよ!?」
周囲が騒ぎ始める。
「一介の生徒に何が出来る? それに騎士やらギルドやらが動いているんだ、解決も時間の問題だろう」
余裕ありすぎだろ。
「よし!」
「どうした?」
「救出に行くんだよ! この事件を解決してみろ! 姫様とお近づきになれるんだぞ! 下手すりゃそのまま王子なんてことに!」
「じゃあ、王子になる前にまずは先生の拳を見切れるようにならないとな、それとも一旦保健室まで移動するか? 搬送なら任せてくれ」
そういうと皆黙ってしまった。先生の堪忍袋が切れそうだったからだ。




