解散
「会長、現時点で生徒会室に集まることのできる者は全員揃いました」
委員長の言葉に会長は澄ました顔でこたえる。
「そう、全員揃ったのね? では、皆さん今日は忙しい一日でしたが本当にご苦労様でした! 特に大した問題が発生しなかったことは、大変喜ばしいことです。今日という特別な一日の仕事を滞りなく済まし、全生徒に有意義な時間を提供することができたのも、ひとえに皆さんの懸命な働きによるものであると信じて疑いません。実際に発生してしまった問題を穏便に済まし、早期解決を達成したことは、我々スタッフが優れた人材であることにほかならず、ここに来ることのできない者がいることは非常に残念ではありますが、ここで謝辞を贈りたいと思います。
皆さん、今日は本当にありがとうございました」
全員で拍手した。これで今日の仕事も終わりだな。
「よし、お前ら今日はこれで解散だ! すぐに寮に戻るように! それから天蓋! クラウディアとの件で話がある。このまま残るように」
まじかよ、まあ仕方ないか。
「お兄様、何かなさったんですか? それに、クラウディアさんとは?」
「ああ、命令違反をな。ああ、それからクラウディア先輩というのは剣術部の部長のことだ」
「その通りだ、こいつは会長の制止も聞かずにあの女と戦ったからな」
委員長の言葉にカルラの表情が変化する。
「女性なんですか? そのクラウディア先輩という方は」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか? まさか女子供相手に戦うのは卑怯とでも言うつもりか? だとしたらこの学園内で行われるほとんどの戦いが卑怯に、この学園の教師陣は生徒に卑怯を承知で授業していることになるな? なにせ生徒同士が戦うことを黙認しているのだからな」
「私が聞きたいのはそういうことではありません。ただそのクラウディア先輩という方がどのような女性なのか気になっただけです」
カルラはまっすぐ俺の目を見ながら質問してくる。
あの人がどういう女性か、か。
「まあ、一言で言うなら美しい女性だな。少し自分勝手なところがあるが、この学園じゃ珍しいことじゃないな。まあ、なんにしても相当な実力者だな。結局のところ、俺はあの人に一太刀も浴びせることが出来なかった。それに、俺は受けたことはないがあの人の魔法も相当強力なものだろう。刀による裂傷を思わせるほどの切れ味の風魔法だった」
率直に思ったことをしゃべった。
ん? カルラの雰囲気が変わった? どういうことだ?
「そんなに……」
「なんだ?」
「そんなに……お気に召しましたか? その人に」
気に入ったか……? ふむ、どうだろうな。たしかにあの回避能力は正直舌を巻くが、攻撃能力は……はたして俺に手傷を負わせることが出来るのか? 本気の威力で発動していないことを考えると推測で判断するしかないが。
「さあな、しかし俺からの攻撃をすべてかわしきったことも事実。興味が無いと言ったら嘘になるな」
「つまり、興味はあると」
なんだ? カルラの雰囲気がさらに変化した。いや、変化したのは雰囲気ではなく空気だ。物理的に、カルラから発する放熱が周囲の空気を急激に暖め、その体積や密度を変化させ、陽炎を発生させている。
表面温度はいったい何度にまで上昇しているだろうか? カルラの近くにいた連中は逃げるように生徒会室から出て行った。
「カルラ、熱くなりすぎだ。すこし落ち着け」
「おかしなことを仰いますねお兄様。私は充分落ち着いています」
今この部屋にいるのは俺とカルラに委員長、そして会長の四人だけだ。他の連中はいつの間にかいなくなっていた。
「と、とにかく! 天蓋君には何かしらの処罰が必要のためここに残る必要があります。ですのでカルラちゃんはこのまま寮に戻ること。いいわね?」
カルラが会長を一瞥すると、そのまま引き下がった。
「わかりました。ではまた明日お会いしましょう、お兄様」
笑顔で俺に語りかけるが、目が笑っていない。どういうことだ、怒っているのはわかるが、何故。
……駄目だ、見当もつかない。
「ああ、また明日」
とりあえず、返事をしておく。そのままカルラは部屋を後にする。
「ねえ、天蓋君。今の会話……食い違ってない?」
「食い違いですか? なかったように思いますが。確かにあいつが怒って帰ったことを考えると何か食い違いがあったと考えるべきですね」
「なあ、これはあくまでも私の想像なんだが、カルラがお前に聞きたかったことはクラウディアを魔術師としてどうではなく、一人の女性としてどう思ってるのか聞きたかったんじゃないか?」
一人の女性として?
「……? 何を言ってるんです? あいつはお気に召しましたかと聞いてきたんですよ? 一人の女性に対してどう思うかの表現ではないでしょう」
「いや、それはまあ、そうなんだが」
なぜそんな話になるんだ? そもそも妹が兄に対して聞くことでもないだろう。女性としてどう思うかなんて。
「あー、とりあえずその話は後にしましょう? それより天蓋君の処遇についてなんだけど」
たしかに、俺にとってはそっちのほうが重大だ。
「出来れば、出来る限り穏便な、寛大なご処置をお願いします」
「そう思うならはじめから命令に従うべきだったんじゃない?」
それを言われたら何も言い返せない。
「本当に申し訳ない」
「はあ、結果から言えばクラウディアを同行させることに成功したのだから、結果論から言えば問題はなかったわけね」
「とはいっても、『だからそれでいい』なんて、それですませていい組織なんてものは存在しない、ですね?」
「ええ、ちゃんとそういうことをわかっていなければ、厳罰にしていたわ」
「……」
「反省文を書いて提出すること。それから生徒会の雑用も一週間手伝ってもらいます。いいわね」
反省文か、それですむならラッキーといえるだろう。
雑用もまあ、仕方ないか。
「わかりました。それではもうかえってもいいですね?」
「ええ、明日から一週間よろしくね」
「こちらこそ、皆様の足枷にならぬよう務めさせていただきますよ」
それだけいうと、生徒会室から退出する。
◆◆◆◆◆
「あ、天蓋君! 生徒会の手伝い終わったんだ」
「エリー? それにお前ら、帰らなくていいのか?」
生徒会室から寮へ移動しているときに、エリーたちいつものメンバーとでくわす。
「いやー、みんなどの部活に入るかって話をしてたら盛り上がっちゃってさ」
「そうか」
「ほら、こっちにきて座りなよ」
ウィルが手招きしている。
「ああ、その前に飲み物買ってくるな」
「「私もご一緒しますね」」
さくらとカルラが同時に同じことを発言した。お前ら姉妹かよ。
そのままコーヒーの食券を買った。冷静に考えると普通のコーヒーも相当高いよな、これ。
……あれ? ちょっと待てよ。よく見てみるとコーヒー以外にあるはずのものがないぞ?
確か抹茶なんとかってやつをさくらが飲んでたはずなのに?
「なあ、抹茶なんとかってやつはないのか?」
「それは、コーヒーを頼むときに注文するんですよ。いろいろとトッピングできるみたいですよ」
さくらがちょっと胸を張って教えてくれた。
ていうかそれ込みでのこの値段かよ!? ブラックで飲むやつに厳し過ぎだろ!? 全部投入したほうがお得か? いや、絶対飲めたものじゃないな。多分。
だめだ。いろいろ考えたが結局ブラックしか頼めなかった。
「えっと、えっと、あの……」
「キャラメルマキアートお願いします」
「あっ、私もそれで……お願いします」
おい、さっきまでの自信はどうした。
そのまま商品を受け取るとみんなのいるところへ向かった。




