事情説明
「それで? 複雑な事情というのを聞かせてくれるかしら」
入ってきてそうそうこの一言だ。どうやら言うまで帰してくれそうにないな。
「どこから話せばいいのか……、まあ簡単にいうと、ナタクの親の上司と俺が知り合いなんですよ」
「それが複雑なの?」
「わかりました。自分が説明しましょう」
ナタクが割り込んできた。
「まず、最初に説明すべきなのは国についてですね。こちらのトップと天蓋さ……、天蓋君の国のトップが敵対関係にあるんですよ」
いや、インドラはもうトップじゃないだろ。俺が玉座から引き摺り下ろしたんだから。
「まさか、戦争中なの!?」
「今は和解してますよ。そこで問題になるのが、天蓋君がこっちの国民にどのように思われているかということですよ」
「ど、どう思われているか?」
会長が聞き返してくる。
「七割は彼を警戒しています。一割は何も知らず、二割が彼を賞賛している。問題なのは、敵対国家の、超有力人物に対してこれだけの人が信奉しているという事実です」
「そんなに有名なんだ、天蓋君」
「多分俺のこと知らないやつなんていないぜ」
ナタクが少し咳払いをすると話を続ける。
「彼の信奉者が多い理由ですが、一つは同情。もう一つはトップへの反感ですね」
「同情?」
「それは俺が説明しますよ」
俺は口をはさむことにした。この話は俺よりナタクの方がいいづらいだろうからな。
「世界の半分をやるから和解しようという言葉にまんまと引っかかったんですよ」
「それどっかで聞いたことあるぞ!?」
ゲイルが反応する。
「ああ、多分世界初だな。で、講和条約結んだ後速攻で条約破棄されて奇襲攻撃くらった。ということだ」
「それが卑怯すぎるだろうという話になって同情や反感につながるというわけです。これで非常に複雑な事情が説明できたと思いますが」
そこまで説明したところで質問が飛び交う。
「待って講和条約ってあんたどんだけ権力あるの?」
「あくまでも王の代理としてだ。義理の弟なんでね」
エリーの質問に答える。
「お前等王族かよ!?」
「厳密には王族ではない、そもそも正統な血統でもないし派閥的に弱いほうだからな。それからカルラは種族的に異なるから関係ないな」
「そ、そういえばお前家庭も複雑だったな」
「まあ、そう言うことだ」
そこまでいうと、会長が口を開く。
「それで上杉君のお嫁さんとの関係はどうなの?」
覚えていたか。どう話せばいいか……そう考えていると突然カルラがとんでもないことを口にする。
「稀代の悪女といわれていますね」
「カルラ、すぐにその言葉を撤回しろ」
そのカルラの発言を咎める。
「ですが! あの女はお兄様のことを」
「命令されてやっただけだ。むしろ被害者だろう」
「なぜ肩を持つようなことを!!」
「黙れ。あれは俺の落ち度だ」
「……」
「わかったな?」
「……はい……」
やや微妙な空気になっているがかまわず説明する。
「一言でいうとハニートラップですね。見事に釣られましたよ」
「え? ハニートラップ? どういうこと?」
周りは理解できないという空気になっている。
再びナタクが補足説明する。
「要するにですよ? 天蓋君にハニトラ仕掛けた女性が俺の婚約者です。嫁ではなく、婚約者です」
しばらくの沈黙。
「タイム。……え? 婚約してたのにハニトラ?」
「いや、ハニトラ事件が解決した後ほとぼりがさめた頃に二人は出会ったんだよな?」
「ええ、まあ。その後婚約しました」
「それ一体いつの話なの? 時系列相当過密スケジュールじゃない」
「それになんで稀代の悪女とまで呼ばれるのよ……」
そんなこと言われてもあの事件のあと一万年以上の空白期間があるし、そもそもナタクと出会うまで、ラムバーのやつ相当悲惨な人生送ってたし。俺のせいだけど。
「それは、その、天蓋君をだまし討ちにしたのが国のトップの階級だったので、面と向かって批判できなかったんですよね。それであいつがスケープゴートに」
「そりゃあ国民から反感買うな」
ゲイルたちが全力で苦笑いしていると、さくらが質問してきた。
「というより、何で引っかかっちゃったんですか?」
「いや、何でって無理だろ。あれに引っかからないとか男じゃねえよ」
「男じゃないならなんなんだよ」
「そりゃあお前……」
具体的に何ってことはないが。
「そんなに美人だったのか? その人」
食いついてきたな。先輩。
「そりゃあもう、すごかったですよ」
「そんなにか」
今まであった中でも指折りの美女だったからなあ。
「ていうか、よく和解できたわね……」
「制裁はくだしたからな、気にするほどのことでもないよ」
「制裁をくだしたなら気にしてんじゃねーか」
最低限のけじめをつけただけだ。報復合戦がひたすら続いたが。
「じゃあ、俺は用事もすんだのでそろそろ帰りますね」
俺は説明も終わったのでさっさ帰ることにする。最初からそのつもりだったからな。
「あら、出来ればあなたも生徒会執行部に入ってもらえると嬉しいのだけれど」
「丁重にお断りさせていただきます。面倒は嫌いなので」
「やりがいはあると思うわよ?」
「私もお兄様とご一緒に生徒会のお仕事ができたら楽しいかと思います!」
「悪いが興味がない。そうだオリヴィエ、お前が参加したらどうだ」
オリヴィエに話題を振る。
「断る。群れるのは嫌いなのでな」
「そう、それは残念」
「では俺はこれで」
そういうと俺たちは生徒会室を後にする。
◆◆◆◆◆
俺たちは食堂までたどり着いた。
コーヒーを奢ってもらう約束だからな。ちなみにカルラは生徒会で話があるらしいのでここにはいない。
「いやー、驚いたぜ。まさかお前があのナタク先輩と知り合いなんてな」
「あの? なにかすごい噂でもあるのか?」
「お前知らないのかよ? 上杉ナタク先輩と言ったらこの学園でも、一二を競うほどの美少年だぞ、しかもたくさんの武器を自在にかつ華麗に使いこなす姿から舞闘の貴公子とか言われてファンクラブもあるくらいだぜ」
「詳しいな」
「ああ、クラスメートに会員がいたからな。えーと、優雅な佇まいに端正な顔立ち、女も羨む黒髪に、そしてなによりいかなる敵にも傷一つ負うことのない無類の強さ、無駄のない流麗な動きとかなんとか、熱く語ってたぜ。婚約者がいるなんて一言も言ってなかったがな」
あいつそんなに強くなってたのか。男児三日あわざれば刮目せよ……か。
「私は天蓋君の方がかっこいいと思いますよ」
「いや、流石にあれよりはない」
「いやいや、方向性は違うけど天蓋君もなかなかの男前よ」
「そうか? ありがとう。どこにでもいるごく普通の学生だと思っていたが」
「お前、石投げられるぞ」
そんなにか? 俺は一見するとどこにでもいるごく普通の学生にしか見えないように意識しているが。
いや、自分自身を客観的に見れる奴はいないのだからそんなことを考えている時点で普通ではないのか?
「あ、俺用事があるから先かえるわ」
「そうか」
「ほら、お前らも帰るぞ」
「え? 僕たちも?」
「当たり前だろ。じゃあな、天蓋」
ゲイルはサムズアップをしながら帰っていった。なんだあの突き上げられた親指は。
「……さくらは帰らないのか?」
「私がいたら何か問題があるのですか?」
「いや、ないな」
「ほら、食券だ」
オリヴィエから『例のコーヒー』の食券をもらう。
「さくらは何か頼まないのか?」
「それじゃあ私は普通のコーヒーを飲むことにしますね」
よし、飲むか。アレを……。
フフフ、まさかこんなに早く機会にありつけるとは。武者震いがしてきた。
文字通り桁違いの値段のコーヒー。普通のものとは一線を画すものなのだろう。はたして判るのか? この俺に……高級なコーヒーの違いが。




