第1話 女神様は眠たいようです。
⚪︎ある日の早朝にて
チュンチュン…チュンチュン…。
冬を越え、少しずつ暖かくなってきた季節。
住ヶ原町の東に位置する神社では、東の空が少しずつ白み始めた。
「「「おはようございます」」」
どの神社仏閣にも言えることだが、ここ『住ヶ原神社』の1日の始まりは早い。
住み込みの神職ら、近くに住んでいる神職らが早朝から境内に顔を出し、掃き掃除をしている。
ザッ…ザッ…
熊手や箒でその地面を払う軽快な音と共に、装束を着た男女らが、思わず愚痴をこぼす。
「ふぁ…やっぱりまだ寒いですねぇ…」
「そうですね…。まあ、気を引き締めて、今日も1日張り切っていきましょうよ」
神職の人は老若男女問わず結構多い。
しかし、その中で一際目立つ男がいた。
ザッ…ザッ…
しっかりと切り揃えられた針毛の黒髪。キリッとした眉、そして鼻筋。やや茶みがかった瞳は、彼が持つ竹箒に向けられていた。
彼もまた、神職が着用する装束に身を包んでいる。が、周りの神職たちより、若く見えるのは気のせいではない。
「やあ。晴久くん。おはよう。流石は宮司・善久さんの息子さんだ。毎日毎日、1番最初に境内へやってきて、掃除をやっている。我々も、見習わなくちゃな!」
晴久「そんな褒めないでくださいよぉ。克郎さん。父さんや母さん、克郎さんたちとは違って、俺はまだ見習いですし。まだまだです」
晴久は境内の端にいる、全身白の装束をきた父・善久を見やった。彼はこの住ヶ原神社の宮司をしている。
その隣にいるのは、母・麻也子。彼女もまた、神職についている巫女である。
克郎と呼ばれた中年の男は、何かを思い出すようにしみじみと語った。
克郎「あんなにちっちゃかった男の子がもう高校2年生かぁ…時が経つのはほんと早いよな」
晴久「えぇ…?そうなんですかねぇ…?」
晴久と克郎は掃きながらちょっとだけおしゃべりをした。
晴久「あ!もうこんな時間だ!あの人を起こさないと!父さんに鍵をもらってきます!また後で話しましょう!」
箒を持ち、袴をたくし上げ、小走りになる晴久。
克郎「おう。転ばないように気をつけてな。あと、学校での出来事、俺にも話してくれよー」
晴久「わかりましたー。それじゃ!」
晴久は社務所へと走っていった。
⚪︎本殿のねぼすけさん (晴久視点)
俺は春原晴久。この住ヶ原神社の宮司である父さんの下、見習いとして神職についている。ちなみにもう少しで進級する高校1年生だ。
「………ハァ」
なんでこんなこと、自己紹介をしているのかというと、俺は疲れると頭の中で自己紹介をしてしまう性格だからだ。我ながら何言ってるんだろ。
「なんで神社在住で早起きしないのかねこの人は…まったく」
すーっ…。すーっ…。すぴぃ…。すやすやぁ…。
俺の目の前には幸せそうに寝息を立てて、すやすやと眠っている金髪の少女。
毛布を首までかぶり、俺が近づいても一向に起きる気配はない。
「ツララギ様。起きてください。もう、朝ですよ…?」
声をかけても反応なし。
「起きてくださいって。毛布を剥がしますよ〜?」
すると、その言葉だけは聞こえていたのか、少女・ツララギ様は目を瞑ったまま嫌そうに顔をしかめた。
ツララギ様「うう…ん…だ、だめ…さむいぃ…ねむぃ」
よほど毛布を剥ぎ取られるのが嫌だったのか、ツララギ様は目をゆっくりと開けた。ぼんやりとした目で俺を見つめて…。
ツララギ様「ええとぉ…そこにいるのはハルヒサぁ…?ハルヒサだよね…?」
目をこすりながら体を起こし、うわぁい…!という感じで朝一番に俺に抱きついてきた。寝起きでボサボサ、ピンピンとはねまくっている金髪が顔に当たってくすぐったい。
「そうですツララギ様。晴久ですよ…。…まったく…いつまでスヤスヤと寝ているんですか?起床時間はもうとっくに過ぎてますよ?あと、そろそろ俺を離してください。苦しいです」
ツララギ様「だってぇ…ねむいんだもん…ハルヒサだって、わかるでしょ…?それにここは私の神社なんだからぁ〜私は何したっていいでしょぉ…!神職さんは《《神様の言うことは絶対》》なんでしょぉ…」
よくないに決まってるだろうが…。
「ダメです。ていうか早く俺を離してください」
ツララギ様「やだ。ハルヒサがもっと寝てていいよって言うまで離さない!」
「わがままですね…俺に人権はないとでも言いたいんですか?神様の自覚あるなら、そこらへんはきちんとしてもらわないと困ります」
そう。信じられないかもしれないが、この金髪ぐうたらねぼすけ少女はこの住ヶ原神社の御神体。つまり、神様というわけだ。俺の家・春原家は代々ツララギ様に使える宮司で、俺は父さんの見習いの下、宮司になるための勉強をしている。
ツララギ様「ケチなハルヒサにじんけん?なんてないも〜ん〜」
ムスッとした顔で俺にあかんべ〜をしてくるツララギ様。
その顔は思わずニヤついてしまうほど可愛い。が、俺はこの人を甘やかし過ぎてはいけない立ち位置なのだ。なので…
「そうですか…じゃあ今日から御神酒は無しですねぇ〜」
俺はさも意地悪そうに言った。さぁ…どうする…?
ツララギ様「え…?今日のお酒は…?ないの?」
予想通りの反応。俺に抱きついて勝ち誇っていたツララギ様の顔が絶望って感じになった。
そう、この神様はお酒が大好き。そのくせ、飲みすぎるとめちゃくちゃ酔っ払う。
パッ…!
ツララギ様は俺の体をすぐに放した。そして今にも泣きそうな顔。
ツララギ様「…放したよぉ…だからお酒は…とっちゃダメぇ…」
蚊の鳴くような声でぼそっと呟くツララギ様。なんかかわいそうになったので、今日はもうやめておこう。俺も学校に行かなきゃ。
「大丈夫ですよツララギ様。お酒を取り上げたりなんかしませんよ。《《今のところは》》。」
ツララギ様「ちょっとぉ!『今のところは』って何ぃ!?もぉぉ…!」
顔を真っ赤にして、さっき放したばかりの俺を引き寄せ、胸ぐらを掴んだ。
手にはハリセンが握られている。
「ちょっ、痛っ。痛いですツララギ様!」
ツララギ様「お酒の恨みは大きいんだからぁ…!それぇっ!」
パァシィィィィン…!
「いいいいいってぇぇぇぇ!」
神社の本殿に打撃音と俺の悲痛な叫びが響き渡った──。
─そんなこんなで、俺は学校へ行く時間がいつもより10分も遅れてしまった。
ジンジン…
俺の頭にはツララギ様が作ったタンコブがあった。
それをさすりさすりしながら、俺は学校に向かった。
いたい…
学校が終わったら、あの人が好きなプリンでも買って帰ろう。
お酒は…仕返しに隠しておいた。




