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北極星

 機関者たちの象徴――絶頂期を迎えたアイドル、エリカのライブ会場。


 ドームを埋め尽くした観客席は、無数のペンライトに照らされ、まるで星の海のように揺れていた。


 歓声と音楽が渦を巻き、空気そのものが震えている。


 鉄道が社会の中心を担うこの時代。

 エリカは、その時代を象徴する存在だった。


 機関者でありながら、人々に夢を見せる“時代の顔”。


「――みーんなー! 今日も最高の一夜にしようねー!」


 その声が響いた瞬間、会場は爆発するような歓声に包まれる。

 エリカの名は、フウカゲツ鉄道の一部門であるCA機関隊の支援のもと、国中に知られていた。


 表向きは「治安協力と広報活動の一環」とされている。


 だが――なぜ機関者の部隊がアイドルを支えているのか、その理由を知る者は少ない。


「――うぉぉぉぉぉぉ! エ・リ・カ! エ・リ・カ!」


 ステージ中央に姿を現した瞬間、観客の視線はすべて彼女に奪われた。

 薄桃の髪が、ライトを浴びるたびにきらめく。


 揺れるたび、細かな光が舞い散り、まるで星屑を振りまいているかのようだった。

 淡いクリーム色を基調にしたドレス。

 星を散りばめたような装飾が、流れるような曲線を描きながら彼女の動きに合わせてきらめく。

 彼女が手を振るだけで、会場の歓声が一段と大きくなる。

 その笑顔は、ただそこにあるだけで観客の心を軽くする力を持っていた。


 やがてエリカが歌い始める。

 ロック調のアップテンポなリズムが鳴り響き、会場の空気が一気に加速した。

 彼女はステージを軽やかに駆け抜ける。

 くるりとターンし、リズムに合わせて踊るたび、客席から歓声が波のように押し寄せる。


 観客たちは自然と手拍子を打ち始めた。

 歌声が高まるにつれ、そのリズムは次第に速く、強くなっていく。


 ドームを満たす音と光。

 その中心で、エリカは一人、眩しいほどに輝いていた。

 そして――一曲目が終わる。


 最後の音が消えた瞬間、会場はふっと静まり返った。

 誰もが息を呑み、次の瞬間を待っている。


「次は、みんなの応援が形になった新曲です! 聞いて――『君と重連、恋の協調運転』!」


 その言葉が響いた瞬間、会場の歓声が一気に跳ね上がった。

 流れ始めたのは、先ほどのロックともまた違う、軽快でポップなアップテンポのメロディ。


 弾むリズムと歌声が、客席を一斉に包み込んでいく。


 エリカはステージを軽やかに歩きながら歌い出した。

 ターンするたび、薄桃色の髪がライトを受けてふわりと揺れる。

 その動きはすべて計算されている。


 視線、指先、ステップ。

 ほんの一瞬たりとも、観客の目を離させない。

 曲は、恋する機関者の想いを歌ったラブソングだった。


 並んで走る二つの機関者。

 同じレールの上で、互いの力を合わせて前へ進む――そんな恋の歌。


 エリカがそっと手を差し出す。

 すると、ステージ上のライトがきらめき、客席のペンライトが一斉に揺れた。

 まるで星空が広がったかのようだった。

 観客たちは静かに聴き入っている。


 さっきまでの熱狂とは違う、やわらかな空気が会場を満たしていた。

 歌声がサビへと近づくにつれ、その空気はゆっくりと膨らんでいく。


 そしてサビへ――エリカが大きく腕を広げた瞬間、客席から一斉に声が上がった。

 無数の光が揺れ、ドームの中に星の海が広がる。

 ステージの中心で、エリカは微笑んだ。

 その歌声は、確かに観客一人ひとりの胸へ届いていた。


 ――その舞台裏では、関係者たちが慌ただしく行き交っていた。

 その一角、関係者席に座るアカリとセイジは、目の前の光景にただ圧倒されていた。


「すごい……超満員じゃない。このドームって、普段は野球の試合をやる場所よね?」


 巨大なドーム型スタジアム。

 普段は野球のフィールドが広がるその場所は、今や巨大なライブ会場へと姿を変えている。

 ステージから放たれる眩い照明。


 それに照らされるアリーナ席、そしてぎっしりと埋まった観客席。

 その光景だけで、エリカという存在の大きさが伝わってきた。


「観客席が隙間なく埋まってる。立ち見席まで満杯って感じだな」


 セイジは呆れたように客席を見渡す。

 二人が座っているのは、関係者用に用意された特別席。

 ステージを真正面から見渡せる、前列中央の席だった。

 新人隊員である自分たちが、こんな場所に座っていていいのか。


 アカリとセイジは、どこか落ち着かない気分で顔を見合わせる。


 エリカの歌声とパフォーマンスは、会場の熱気をさらに押し上げていく。


 巨大モニターには、歌う彼女の姿と、熱狂する客席の様子が次々と映し出されていた。


 歓声。手拍子。揺れるペンライト。

 その中心で、エリカは完璧な笑顔のまま歌い続けている。

 アカリとセイジは、思わず言葉を失っていた。


 ――すごい。それは間違いない。

 だが同時に、胸の奥に小さな違和感が残る。


「初めて見たけど……すごい人気なんだね、エリカちゃんって。でも、なんか……変な感じがする」


 アカリがぽつりと呟く。


「変?」


 セイジは首を傾げ、ステージへ視線を向けた。

 エリカは軽やかに歌い、踊り、笑っている。


 完璧なアイドルだった。


 それなのに――。


「うまく言えないんだけどさ」


 アカリはモニターに映るエリカを見つめたまま続ける。


「すごいんだけど……なんていうか」


 一瞬、言葉を探すように黙り込む。


「……作り物みたいっていうか」


 セイジはステージをじっと見つめたまま、少し考えてから口を開いた。


「アレだよな……なんか焦ってるっていうか、ぎこちないっていうか。もちろんパフォーマンスはすごいんだけど……どこか噛み合ってない感じがする」


 その言葉に、アカリは思わず頷く。

 まさにそれだった。

 はっきりとは言えないが、胸の奥に残る小さな違和感。

 完璧なステージのはずなのに、どこか歯車がずれているような感覚。


 その時だった。

 客席から突然、大きな歓声が爆発した。

 アカリとセイジは思わずステージへ視線を戻す。

 エリカの衣装が――変わっていた。

 ついさっきまでのドレスが、まるで魔法のように別の衣装へと切り替わっている。

 巨大モニターには、その瞬間がスローモーションで映し出されていた。


「――じゃーん! お得意の早着替えー!」


 エリカはくるりとターンし、観客へ向かって笑顔を向ける。


「どう? びっくりした? こういうのも、アイドルの嗜みよね!」


 エリカは楽しげにステップを踏みながら、観客の前で衣装を変えてみせた。

 煌びやかなドレスへと切り替わるその瞬間、ステージに星屑のような光が散る。


 歓声が一斉に湧き上がった。

 エリカはくるりとターンし、満面の笑顔を客席へ向ける。

 その姿は、まるで星の中心に立つように輝いていた。

 観客たちはその光景に引き込まれ、ペンライトを振りながら歓声を上げる。


 アカリとセイジも、思わずその光景に見入っていた。

 だが――どこか、引っかかる。

 華やかなステージ。眩しいほどの光。

 それなのに、二人の目にはその光景がどこか冷たく映った。


 その時だった。

 すぐ後ろで、小さな声が聞こえた。


「……今度のライブも成功だな。エリカは本当に使える。鉄道社会を象徴する広告塔としては最高の素材だ」


 低い声でそう言う男に、もう一人が笑う。


「まぁな。年を取らないアイドルなんて、人間には真似できないよ」


 肩をすくめながら、軽い調子で続けた。


「壊れるまで使えばいい。どうせもうガタが来てるんだ。使い捨てにしても、後継モデルが用意されている」


「……オリコンの順位操作も、今回も問題なく通った」


 低い声が続く。


「数字で人気を作るのは、俺たちの得意分野だからな」


 もう一人が肩をすくめる。


「ああ。少し順位をいじれば、メディアは勝手に騒ぐ。本当の人気なんて関係ない。数字さえあれば“成功”ってことになる」


「マスコミにも手は回してある。このまま話題を作り続ければ、まだまだ金になる」


 くくっと小さな笑い声が漏れる。


「エリカには、もう少し頑張ってもらわないとな」


「多少痛い目を見た方が、言うことも聞くだろ。壊れるまでは、しっかり働いてもらわないと」


 その会話を聞いた瞬間。

 アカリとセイジは、言葉を失った。

 ステージでは今も、エリカが笑っている。

 光に包まれ、観客の歓声を浴びながら。

 だがその裏では――彼女はただの“商品”として語られていた。


 アカリは無意識にセイジの手を掴んでいた。

 セイジも、その手を黙って握り返す。

 ステージの上では、エリカが笑っている。

 光の中心で、星のように輝きながら踊り続けていた。


 けれど――さっき聞いた言葉が、頭から離れない。

 アカリは、もう一度ステージを見た。

 エリカは楽しそうに歌い、観客に手を振っている。

 全て完璧だった。それなのに。


「……なんか」


 アカリは小さく呟く。


「笑ってるのに、笑ってないみたい」


 セイジも黙って頷いた。

 巨大モニターに映るエリカの顔。

 その瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

 ふと、二人は客席の一角に目を向ける。

 黒いスーツ姿の男たちが並び、腕を組んでステージを見上げていた。

 さっき聞こえた声の主たちだろうか。


「……あれって、さっきの」


 セイジが低く呟く。

 アカリは答えず、ただその男たちを見つめた。

 彼らの視線は、観客とはまるで違っていた。

 歓声も拍手もない。ただ、値踏みするようにステージを見ている。


 その瞬間。

 会場の照明が、突然すべて落ちた。

 ドームの中が、一瞬で闇に包まれる。


「――エリカからみんなにプレゼントします。今から、私の魔法でみんなを夢の世界に連れていっちゃうね!」


 その言葉と同時に、ステージの中央から光が弾けた。

 細い光の粒が空中へと舞い上がり、ドームの天井いっぱいに広がっていく。

 まるで夜空が、そのまま降りてきたみたいだった。


 客席から歓声が上がる。

 光はやがて帯になり、ゆっくりと会場を流れ始めた。

 青、紫、緑。色を変えながら、オーロラのように揺れている。

 その中心で、エリカが踊っていた。


 くるり、と体を回す。

 光の帯がそれに呼応するように動く。


 もう一度、回る。

 まるで彼女が、この光を操っているみたいだった。


 観客の多くは、息を呑んでステージを見上げている。

 誰も動こうとしない。

 巨大モニターに映るエリカの姿。

 光の中で踊るその姿は、本当に星のように見えた。

 けれど。

 アカリは、背筋に冷たいものを感じていた。


「……おかしくないか」


 隣でセイジが小さく言う。アカリも頷いた。

 エリカが動くたびに、光の流れが変わる。

 ただの照明演出にしては、反応が早すぎる。

 まるで――光の方が、彼女を中心に動いているみたいだった。

 セイジが息を呑む。


「これは……演出じゃない」


 その目はステージに釘付けになっていた。


「エリカさん、あの光に――操られてる」


 セイジの言葉に、アカリはもう一度ステージを見た。

 光の渦の中で、エリカは踊り続けている。

 歓声を浴びながら、完璧な笑顔で。

 けれど、その姿を見ているうちに。胸の奥が、妙にざわつく。


「……なんでだろ」


 アカリは小さく呟いた。


「すごいはずなのに」


 言葉が続かない。

 ステージは、これ以上ないほど華やかだ。

 光も、音楽も、観客の歓声も。

 すべてが完璧だった。

 それなのに――アカリには、どうしてもそうは見えなかった。

 まるで、何かが少しだけ噛み合っていないような。

 そんな違和感が、消えない。


 セイジも黙ったままステージを見上げている。

 光の中心で、エリカは笑っていた。

 ただ、その笑顔の奥に何があるのか。

 二人は、まだ知らなかった。


 2


 ライブが終わり、観客たちが歓声を残したまま会場を後にしていく頃。

 エリカは控室で一人、ドレスの裾を整えていた。

 鏡の前。

 煌びやかな衣装はまだ光を残しているのに、部屋の中は妙に静かだった。


「……終わったわ」


 小さく呟く。

 ついさっきまで、何万人もの視線が自分に向いていた。

 歓声も、光も、すべてが自分を中心に回っていた。


 それなのに。


 ステージを降りた瞬間、すべてが遠い夢みたいに消えてしまう。

 エリカは鏡の中の自分を見つめた。


 そのとき。ふと、あの声がよみがえる。

 ――“君は、僕の分まで走り続けてほしい”。


 かつて、誰よりも輝いていた彼が残した言葉。

 そして今の彼女を支えているもの。

 それは、アイドルとして輝き続けること。


 人間の望む姿で、舞台に立ち続けることだった。

 エリカは小さく息を吐きだす。


「……“エリカ”として、人間の期待に応えるのは当然のことよ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 その手には、古い腕章が握られていた。

 色は褪せ、縫い目はほつれ、布の端は擦り切れている。

 エリカはそれを指でなぞる。


「シグル……」


 小さく名前を呼ぶ。


「変わってしまったわね。あの頃は――」


 言葉が途切れる。


「誰よりも、眩しかったのに」


 その瞬間。

 背後から、低い声が落ちた。


「――くだらん」


 エリカの肩がわずかに震える。


「そんな芝居を続けて、お前は満足なのか」


 その声は、心の中のものではなかった。

 部屋の空気を震わせる、低い声。


「え……シグ……ル……?」


 エリカは振り返る。

 ドアの前に、男が立っていた。

 黒い外套のまま、無造作に壁にもたれている。

 その瞳は、昔と違って冷たかった。


 シグルはエリカを一瞥する。

 それだけで興味を失ったように、勝手に部屋へ入り込み、椅子を引き寄せて腰を下ろした。


 ぎい、と椅子が軋む。


「聞こえなかったのか」


 低い声で言う。


「お前は、そんなことをしてて満足なのか」


 控室の空気が静まり返る。

 エリカはしばらく何も言わなかった。

 それから、ゆっくりと微笑む。


「……私はもっと輝きたいの。もっともっと」


 エリカは静かに笑う。


「でも、私のためじゃないわ。このライブだって、スポンサー様のために開かれてるの。全部、あの人たちの要望に応えるため」


 肩をすくめる。


「だから、無碍にはできないでしょ」


 控室に沈黙が落ちた。

 シグルはしばらく何も言わない。

 やがて、小さく息を吐いた。


「……バカバカしい」


 吐き捨てるように言う。エリカは何も返さない。

 シグルは椅子に深くもたれ、天井を見上げた。


「勘違いするなよ」


 ぼそりと呟く。


「俺は別に、引退したわけじゃない」


 エリカの眉がわずかに動く。


「走れって言われりゃ、今だって補機くらいはやってやる」


 一拍置く。


「……ただ」


 低い声が落ちた。


「もう、人を乗せる列車は牽かない。それだけだ」


 エリカは黙っていた。

 その理由を、彼女は知っている。


「……お前は変わらないな」


 シグルが低く言う。


「俺みたいな鈍臭い奴と違って、ずっと先を走ってる」


 少しだけ目を細めた。


「昔は、それが気に食わなかった」


 一拍置く。


「……今は違うがな」


 シグルはエリカをまっすぐ見た。

 エリカは思わず視線を逸らす。


「それは違うわ」


 小さく首を振る。


「私は、貴方がいたから走ってこられたの」


 シグルは何も言わない。

 エリカは続ける。


「貴方が、ずっと前を走っていたから」


 少し笑った。


「私にとっては、貴方が北極星みたいなものよ」


 シグルの眉がわずかに動く。


「だからここは終着駅じゃない」


 エリカはまっすぐ言った。


「私はまだ走るわ。“僕の分まで”って言ってくれたでしょ」


 その言葉に、シグルは黙り込む。

 しばらくして、ぽつりと呟いた。


「……俺たちは機関者だ」


 視線を落とす。


「レールの上を走るものが、線路を降りたらどうなる」


 独り言みたいな声だった。

 エリカは微笑む。


「でも、機関者は一人じゃ走れないもの」


 そう言ってシグルの手を取った。冷たい手だった。

 シグルは何も言わない。ただ、俯いて息をついた。


「……やめろ」


 低く苦しげな声。


「そんな言い方をするな」


 エリカは首を傾げる。シグルは一瞬だけ言葉を失う。


「僕は――」


 そこで止め、眉をしかめる。


「……俺は、もうそんな資格はない。だが――」


 シグルが低く言う。


「お前の“使命”も、“居場所”も……全部、奴らが決める」


 エリカは黙って聞いていた。


「不要になった機関者がどうなるか」


 シグルは視線を逸らす。


「……お前も見てきたはずだ」


 控室が静まり返る。

 エリカはしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐く。


「分かってるわ」


 静かな声だった。


「でも、もう少しだけ信じたいの」


 シグルは顔を上げない。


「また、あの場所に帰れる日が来るって」


 沈黙。シグルは何も答えない。ただ、ゆっくり立ち上がる。

 椅子が小さく音を立てた。そのまま振り返りもせず、ドアへ向かう。


 扉が開く。

 そして――何も言わず、部屋を出ていった。


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― 新着の感想 ―
XのRT企画から伺わせていただきました! 個人的に感じたことなので間違っているかもしれませんが、この作品の目指すものとして読者へ物語を提供するというよりは作者様の頭の中にある設定やキャラクターが先に…
近未来の鉄道社会というワクワクする設定の中に、どこか不穏で冷たい空気が流れているのがとても印象的でした。特にシグルの登場シーンは、“死神”という異名にふさわしい静かな圧があり、ただ列車を走らせているだ…
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