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side story 4 : 団体臨時

 長く鋭い汽笛が、夜を割く。


 ガコンという軽い衝撃と共に、青い車体はゆっくりと駅を離れていく。


 窓の向こうには、ありふれた日常がある。

 歩きながら電話をする者、次の列車を待つ者、手を振る子供達――その全てが、少しずつ過去へと通り過ぎていく。


「ふっ、まさかこの俺が“運転”する側に回るとはな」


 シグルはロビーカーの窓際の席へ腰を下ろし、コーヒーを一口啜った。


 直流区間での運転を終え、ようやく一息つける時間だった。


「……全く、何が社員旅行だ」


 愚痴を零しながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。


『皆さま、大変長らくお待たせいたしました――』


 軽快なオルゴールの音色と共に、車内アナウンスが流れる。


「お、いたいた! よ、シグル!!」


「シグルさん! 探しましたよ!」


 ガラリ、と音を立ててロビーカーの扉が開く。


「人の気も知らないで……全く、いい気なもんだな」


 そうぼやくシグルの前の席へ、男二人がドサリと腰を下ろした。


「まあまあ、そう言いなさんなって。……で、どうよ? 久々の感想は」


 ニヤニヤと下卑た顔で訊ねるのは、機関者のサトシ・オギノだった。


「……フン、聞くまでもないだろう。俺を誰だと思っている」


「流石ですシグルさん! やはり、旧型機関者界のエースの名は伊達ではなく――」


 熱っぽく語るのは、サトシの弟機のツヨシ・オギノだ。


「……誰がエースだよ」


 呆れつつも、シグルの胸には少し込み上げるものがあった。


 霜取り・配給列車以外の営業運転から離れて、もう随分経つ。

 そんな彼が、何の因果か今回、団体臨時列車を運転する羽目になったのだ。


「あら、なんだか楽しそうな話をしてるじゃない。お母ちゃんも混ぜてちょうだい」


 女性らしい柔らかな声が響く。


「お母ちゃん!」 「メロンパン!」


 オギノ兄弟が同時に叫び、二人は慌てて立ち上がった。


「……お母ちゃん……?」


 シグルは呆気に取られる。


 現れたのは、豪奢な金髪に星条旗をあしらったTシャツとカウボーイハットを身に着けた美女。


 そして――「ヤスコよ」


 お母ちゃんことヤスコは、手にした特大メロンパンを齧りながら名乗った。


「ヤスコ……?」


 シグルは眉をひそめた。

 この異様な組み合わせに、頭が追いつかない。


 地味な色合いの機関者が多い中、目の前の美女はあまりにも派手で、妙な貫禄すら漂わせている。

 それでいて、二人から「お母ちゃん」と呼ばれているのだから、なおさらだった。


「で、こちらがあの伝説の機関者さん?」


 ヤスコの瞳が鋭く光った。

 まるで獲物を品定めするような視線が、シグルを射抜く。


「……シグルだ。名前くらい聞いたことあるだろう」


 シグルは、敢えて挑発的に答える。


「はい! シグルさんは、我々旧型機関者の生ける伝説とも呼び名の高い――」


 ツヨシが興奮気味に補足する。


「いいの、ツヨシ。アンタの説明は長いのよ」


 ヤスコがぴしゃりと言い放つ。


「ま、久しぶりの運転ご苦労様、シグルちゃん。ゆっくり休みなさいね」


 ヤスコは手を振ると、そのままロビーカーを後にする。


「わっ」


 ヤスコと入れ替わるようにして、茶髪の男が姿を現した。


「お、ザンナナじゃないか」


「ぼ、ぼく、シグルさんが牽引しているところを見ようと思って来たのですけど!」


「……てめぇ……」


 途端に空気が変わった。

 シグルが席から勢いよく立ち上がる。


「俺の消しゴム返せよ!!」


「ヒィィィィイ!! か、返したじゃないですか! 新品で!!」


「じゃあなんで、新品の消しゴムに歯形が付いてんだよ!?」


 シグルが、ザンナナの襟首を締め上げたその時だった――ガゴンッ! ドガゴゴゴゴゴ……!


「――な!?」


「シグルさん!!」


 突然、列車全体に大きな衝撃が走った。

 右に左に激しく揺さぶられる車体。宙を舞う紙コップ。吹っ飛ぶ機関者。悲鳴。ガラスの割れる音。


「お母ちゃーーーーーん!」


「おろろろろろろらろらろ」


 阿鼻叫喚の渦の中、最後に聞こえたのは――汽笛の残響だけだった。


 2


 ホームの奥から、黒を纏った影が現れる。


 人の姿に酷似していながら、その輪郭にはどこか機械の硬質さがあった。


「行くぞ」


 短く声を放つと、影は線路へ飛び降りる。


 背部のハッチが音もなく開き、折り畳まれていたパンタグラフが、油圧の低い唸りとともに滑らかに展開した。


 金属のアームが空を切り、集電舟が架線へと接触する。


 その瞬間、周囲の空気が張り詰めた。


 次いで、腰部に淡い光が灯る。

 光は凝縮し、やがて鋼鉄の熱さを宿した連結器へと姿を変えた。


 影はそのまま後ろ向きに進み、向かいに停車する客車の連結部へ慎重に近づいていく。


 微かなクリック音。

 二つの機械が繋がり、一つの列車となる瞬間を告げる。


 その間にも、側にいた係員がジャンパ線を腰部の受け口へと接続し、電気系統を確認していく。


 無線から微かなビープ音が響いた。

 通信ラインが確立された刹那、機関者の瞳に青白い閃光が走る。


「……ふん。まさか、またこんな日が来るとはな」


 かつての英雄は、どこか戸惑いを隠せぬまま、それでも覚悟を決めたように前を見据えた。


「ったく、俺を何だと思ってんだ」


 愚痴を零しながらも、前を見据え、ホイッスルに思いきり息を吹き込む。

 鋭い汽笛が、藍に飲まれる朱を切り裂いた。


 高架橋から吹き抜ける風がホームを抜け、背後の景色を巻き込んでいく。

 脚部モーターは程よく温まり、徐々に回転数を増す。

 見慣れた街並みが少しずつ後方へ流れ去っていく。


「ふぅ……」


 小さく息をつき、運行時間と駅の通過時刻を照らし合わせる。

 その間にも、閉塞信号、勾配標、キロポスト――標識へと視線を走らせる。


 休む暇などない。

 それでも、懐かしさが心臓を優しく締め付けていた。


 だが、その感慨に浸る間もなく――間もなく、停車駅が迫っていた。


 3


 思えばロコモティ部内で社員旅行の話題が出始めた時から、嫌な予感はしていたのだ。


 最初は単なる社員旅行とのことだった。


 だが、蓋を開けてみれば、機関者が人間の隊員の警護及び、列車の警備という名目で同行することが決定。


 その時点で、もうシグルは渋っていた。

 しかし、本当に問題があったのはその後だ――。


「で――車籍があるのが、俺とコイツだけと?」


 シグルが親指を立て、側にいる機関者を指差す。


「まあ、そういうことだ。今回は機関者の大半が本来の義務に当たるため、君ら二人が運転を担当してくれ」


 隊員の男は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「いやいやいやいや、何でそうなるんだ」


「前回までバスと決まっていたが、今回はロコモティ部らしく、列車旅と決まってな。とはいえ、運行本部に相談したところ、何故か運行に回せる機関者の数が足りないとかで……。えーっと、詳しくは教えてもらえなかったのだが」


「何言ってんだ、お前」


 思わず言葉を失うシグルの前に、ツヨシがすーっと進み出る。


「そこを何とか! 整備に関しては時間がありますので、充分間に合うかと! シグルさん、貴方しか居ないのです!」


 必死に頭を下げるツヨシの姿に、シグルもついに折れる。


「……あのなぁ、整備の問題じゃないだろう。俺は二度と人間を乗せる列車は牽かねーって……」


 シグルは深いため息を吐いた。


「はあ……しょーがねーな」


 それが今年の春先の事だった。


 4


「……やっぱ、断るべきだったんじゃねーか」


 レールから大きく外れた客車。

 その傍らに放り出された機関者。


 ボロ布のような有様で横たわり、キラキラ光る星空を見上げながらシグルは呻いた。


「い、いた、シグルちゃーーーーん!」


 ザッ、ザクッ。

 バラストを踏み締める音と共に、“お母ちゃん”ことヤスコが人間の隊員たちを引き連れて現れた。


「一体何が……」

「うぅう、折角眠れそうだったのに……」

「うわぁ、やっちまったなぁ」

「これ、怒られるよね? よね!?」


 人間の隊員たちは好き勝手に喚いているだけで、役に立っているとは到底思えない。


「災難だったわね。それで、牽引の機関者ちゃんは大丈夫なの?」


「知らん。今、ツヨシが確認に――」


「いやーーーーーーー!!」


 ツヨシのものと思われる情けない悲鳴が、深夜の夜空を震わせた。


 その瞬間だった。

 降って湧いたように、辺り一面が騒がしくなった。


 線路沿いのフェンス越しに、いくつもの車のヘッドライトが灯る。

 一つ、また一つ。

 幾重にも重なった光が、まるでスポットライトのようにシグルたちを照らし出した。


「……なんだ……?」


 ヘッドライトの向こうから、怒号が飛ぶ。

 次いで、罵声。

 そして――人のものとは思えぬ咆哮。


 逆光の中、次々と人影が浮かび上がっていく。

 一人。二人。三人――もはや、数え切れない。


「……おいおい」


 シグルはゆっくりと身を起こした。

 事故現場を取り囲むように、いくつもの人影が立っている。

 その数は、明らかに尋常ではなかった。


「ふん、俺らの居場所は、相変わらず“戦場”ってわけか」


 皮肉を呟き、シグルは静かに身を起こす。

 いつの間にか、左腕にはパンタグラフ杖が握られていた。


「おい! ヤスコだかジャスコだか知らねーけど、お前――」


「お母ちゃんと呼びなさい! それかメロンパン!」


 ヤスコの両手には、二丁拳銃。

 安全装置は既に解除され、銀色の銃口が獲物を定めるように揺れている。


「対象は人間……それも二十かそこらじゃ効かない。少なくとも五十以上……」


「おま……っ」


 あのザンナナが、いつになく冷静な声で周囲を分析する。

 頭に巻いていた銀色の鉢巻を引き抜く。

 すると、鉢巻は鞭のように長く伸び、しなやかにしなる。


「……シグルさん、アイツら何? やっぱ、人間だから殺したらマズい?」


 その声は低かった。

 普段の気弱さは、どこにもない。

 その瞳の奥には、抑えきれぬ闘争本能が滲んでいた。


「待て待て待て待て、うわーー! やめて、お願いだから止まって! まだ死にたくなーーい!」


 ツヨシに続いて、サトシの声が怒号と悲鳴の隙間を縫うように響く。


「おい、全員聞け」


 シグルが口を開くと、自然と騒ぎが止まった。


「そこのお前、今すぐ防護無線を。運行を止めないと二次被害が出る。それから、そっちのお前は怪我の状況と治療を。で、ザンナナとヤスコは――」


「オッケー、お母ちゃんに任せてちょうだい!」


「お母ちゃん、そっちお願い」


「ゴルァァァァァァァァァァア!! ヒトの話を聞けェェェェェェェェェェェェい!!」


 深まる夜が、彼らの声を飲み込んでいった。


 5


「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


 鉢巻を振り回しながら、ザンナナがフェンスに向かって飛びかかる。


「ちょっとアンタ、私の出番、取らないでくれる!?」


 その後を、ヤスコが追いかける。

 銀と金色の軌跡が、深夜の闇を切り裂いた。


 跳ぶ。掴み上げる。鉢巻で締め上げる。蹴り上げる。

 吹っ飛ぶ人間。その脇を、弾丸が真っ直ぐ貫く。

 消えるヘッドライト。砕け散るフロントガラス。


「――撤退! 撤退命令だ!」


 怒号は悲鳴へと変わり、敵影は雪崩を打って逃げ出した。


「わわわ、なんか数の割に弱くない?」


 ザンナナが鉢巻を頭に巻き直しながら、のんびりと呟く。


「気を抜くんじゃないわよ。まだ近くに、奴らの仲間が潜んでいるかもしれないんだからね」


 ヤスコが銃口を下ろしつつ、辺りを警戒する。


「というか〜」


 ザンナナが、ぽつりと言葉を漏らす。


「なんでアイツら集まって来たんですかね」


「なんで……?」


 ヤスコが首を傾げた瞬間、客車付近から怒号が飛んだ。


「てんめぇ! よくも、兄機をやりやがったな!!」


 6


「被害状況、六人……全員就寝中でしたので、それほど被害は出ていません。約一名、脱線時の衝撃でベッドから転げ落ち、頭を打った者が」


「ご苦労」


 シグルは、足場の悪いバラストの上をものともせず、前へ、前へと進んでいく。


「それで、奴らの居場所は分かったのか」


「北東方向に十、南西に八、東南に三……確認できているのはそれだけです。後は不明ですが、おそらく五、六名ほどが潜んでいるかと」


 夜中だというのに、周囲は明るく照らし出されていた。

 まるで、コンサートか祭りでも始まりそうな雰囲気すら漂っている。


「十分だ。下がっていろ」


 隊員は立ち止まると、敬礼してシグルを見送った。


 ここからは、完全に機関者の役割になる。

 シグルは静かに、前方へ意識を集中させた。


「静かすぎる。さっきまで騒いでいたサトシとツヨシの声が聞こえない……」


 機関者には汗をかく機能は備わっていない。

 だが、冷却の都合上、疑似汗腺から“汗”を排出することはできる。


 もちろん、今、額に滲んでいるのは、ただの水ではない。


「まあ、ある程度バラされても、修理すりゃ直るだろ」


 シグルはパンタグラフ杖の柄を両手でしっかりと握り直すと、バラストを蹴り上げ、駆け出した。


「……早い」


 ほぼ同時に、前方から何かが飛来する鋭い音が響いた。


 暗闇の中を、何かが宙を舞う。微かな風切り音が耳を掠める。


 見えない刃。空気さえ切り裂く速度。

 それでもシグルは構わず突っ込んでいく。


「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 バラストを蹴り飛ばしながら、シグルは突っ込んだ。

 もはや、飛来物を避けようとすらしない。


 前方――大きくレールから外れ、傾いた客車。

 その傍らで、地面に倒れ込む二つの人影。


 そのうち一人は、先程別れたばかりのサトシだった。


「てんめぇ! よくも、兄機をやりやがったな!!」


 感情剥き出しの雄叫びが、夜の闇を震わせる。


 そして――それは立っていた。


 機関者の証であるケピ帽に、藍色の制服。

 今回、シグルと共に運行を担当した、もう一人の機関者だ。


 華奢な見た目に不釣り合いな大型ナイフ。

 赤い液体が滴り落ち、足元の草を濡らしている。


 その血に染まった刃が、迷いなくサトシへと向けられていた。


「――やめろ!!」


 パンタグラフ杖を突き出し、シグルは一直線にサトシの元へ走る。


 だが、機関者は振り向きもせず、軽く身を捩った。


「……っ!」


 金属同士が激しくぶつかる、甲高い音。

 押し切られる。仰け反る。


 パンタグラフ杖が手からすり抜け、弧を描いて宙を舞った。


「邪魔をするな」


 その華麗な姿からは想像もつかないほど低く、無機質な声が響く。


 機関者はナイフを遠くへ投げ捨てると、シグルへと視線を向けた。


「お前……なんのつもりだ……」


 その問いかけに、機関者は僅かに首を傾げた。


「――機関者だが?」


「見りゃ分かる。コイツらを襲ったのは、てめーかって聞いてんだよ!」


 シグルが再び、倒れ伏したサトシへ視線を向ける。


 服は乱れ、細かい傷だらけだ。


「そのことか」


「それ以外、何があんだよ!!」


「……命令だ。私は、機関者を壊して、隊員を一人残らず殺せと命じられた」


「は?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 一体誰に、何故そんな命を受けたのか。


 その問いを発するより早く、機関者は続けた。


「だから、壊した。次はお前の番だ」


 次の瞬間、機関者の腕が動いた。


「――なっ!」


 一本、二本――小型のナイフが飛んでくる。

 先程飛来したのは、このナイフなのか。


「クソっ!」


 武器を失った状態では、とても捌ききれない。

 シグルは咄嗟に身を翻し、パンタグラフ杖を拾いに走り出す。


 機関者が、シグルの動きに合わせてナイフを投擲する。

 ――かと思われたが、敵が足元へ視線を落としたその一瞬を、シグルは見逃さなかった。


「……っせい!」


 バラストの一つを拾い上げ、投げつけた。

 しかし、機関者はそれを軽々と躱し、ナイフを投げる。


「何がしたい?」


「それはこっちの台詞だわ! お前こそ――」


 シグルは叫ぶ。

 飛来するナイフを、ギリギリのところで躱す。


「誰だ、命令したのは!!」


 シグルはパンタグラフ杖を拾い上げ、叫んだ。


「それを教えたら、私は処分される」


「は?」


「お前を壊したら、私は終わる。それでいいのだ」


 再び、敵の腕が動き出す。


「んな、まるで話が通じねえ……」


「シグルさーん! 今照らしますねー!」


 ザンナナの声。


 煌々と照らしていた自動車のヘッドライトは、いつの間にか残り僅かとなっていた。

 そのうちの一つが、シグルの背後を強く照らし出す。


「あ、ちょっと押さないで! 何これ……あ、ハンドル取れた」


 銃声。

 機関者のナイフが、空中で弾かれる。


「うるさいわね! ザンナナちゃん、もう少し右へ出しなさい!」


「お母ちゃーーーん! 押さないでーー!」


「たくっ……何やってんだか……」


 逆光の中、“死神”は静かに笑った。


 パンタグラフ杖を掲げる。

 ゆっくりと力を込めた、その瞬間――バチッ!


 青白い火花が弾け、パンタグラフ杖が眩い電光に包まれた。


「……行くぞ」


 その姿が、変わっていく。


 碍子が弾け飛ぶ。上枠が大きく展開する。集電舟が青い閃光を纏いながら、ゆっくりと湾曲していく。


 やがて、それは巨大な刃となった。

 柄から伸びた長大な刃が、大きく弧を描く。


 ――大鎌。


 細い持ち手の、いったいどこに収納されていたのか。

 先ほどまで作業道具だったものが、今や紛れもない“武装”へと姿を変えて行く。


 “死神”が振るうに相応しい、巨大な大鎌へと。


「うーーーおーーーー! シグルさん、やっちゃえー!」


 ザンナナの声援を背に、シグルは突進する。

 FKG-DWZ-α01改が、禍々しくも神々しい青い輝きを放った。


 7


 青い軌跡が闇世を舞う。


「言え! 誰の命令か!」


 垂直に構えた大鎌を、横薙ぎに振り抜く。

 しかし、寸前のところで躱されてしまう。


「しつこい……」


 機関者の足元が、微かに揺らいだ。


 この隙を逃すまいと、さらに一歩踏み込む。

 大きく弧を描き、斬撃を繰り出した。


「うう、シグル……」


 倒れていたサトシが、呻き声を上げた。

 その瞬間、シグルの一撃が鈍る。


「……っ!」


 刃が空を裂く。

 ――だが、そこに機関者の姿はなかった。


「おい、サトシ!」


 シグルは大鎌を構え直す間もなく、駆け寄り、サトシを助け起こす。


 全身を細かな裂傷が覆っている。

 だが、致命傷は見当たらない。


「ツヨシが……ツヨシが、やられて……俺、動揺して、頭が回らなくて……」


「分かったから、とりあえず立てるか?」


 シグルが問いかけると、サトシは顔を上げた。


「ツヨシ……!!」


 その瞬間、サトシの瞳が大きく見開かれる。


 起きている。

 さっきまで倒れていたはずの弟機が。


 だが――サトシの視線が、揺らいだ。


「……そ、んな」


 今度こそ、サトシの意識は途絶えた。


「てめぇ……」


 シグルは見た。

 その、変わり果てた姿を。


 思わず声を失うほど、痛ましく、おぞましい有様だった。


「殺す」


 宙吊りになった身体。

 長い髪を掴み上げられ、力なくぶら下がっている。


 閉ざされた瞼。動かない手足。

 何より、腹部が大きく裂かれ、内側から基盤や配線類、そして人工内臓が外気に晒されていた。


「処理だ。言ったはずだ」


 機関者は、感情の欠片もない声で呟く。


「私は命令に従うだけだと」


「……お前が、やったのか」


 シグルの声は低く、静かに燃えていた。

 気を失ったサトシを再び寝かせると、大鎌を杖代わりにして立ち上がる。


 機械の身体だというのに、言うことを聞かない。

 怒りが、思考を塗り潰していく。


「そうだ」


「命令を出したヤツは、どこにいる」


「答えられない」


「そうかよ……っ!!」


 シグルは一度、深く息を吸った。


 人間が気持ちを落ち着かせるときにする仕草だ。

 機関者には、意味がないのかもしれない。


 ――それでも。


「……なら、遠慮なく潰す」


 シグルが両腕で大鎌の柄を握り込む。

 刃が、一際青白い光を帯びていく。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 8


 機関者といえど、架線からの電力供給がなければ、走る速度は人間に劣る。

 鉄の身体は重く、脚部モーターも瞬発力には乏しい。


 だが――そんな理屈は、今の彼にはなんの意味も持たない。


「……ッ!」


 無表情だった機関者の顔に、初めて明確な焦りが浮かんだ。


 シグルの振るう大鎌が、機関者に肉薄する。


「どうした! 逃げてばっかりじゃねーか!!」


 左から斬り上げ、右へ薙ぎ払う。


 だが、紙一重で躱される。

 機関者は軽やかに後方宙返りすると、そのまま距離を取った。


「逃げ回るだけじゃ、俺は倒せねーぞ!」


「クソっ……」


 機関者はジグザグに進路を変え、シグルの攻撃を悉く避けていく。


「ちょこまか、ちょこまか、動き回りやがって」


 シグルは眉根を寄せた。

 このままなら、何分もしないうちに相手の速度に追いつく。


 ――だが。何かが、決定的に足りない。

 シグルは足を止め、後ろを振り向いた。


 手前には客車。そして、その線路際――に、ザンナナが照らしてくれていた自動車がある。


「……ザンナナ?」


 さっきまで騒がしかったザンナナの声が、いつの間にか途絶えていた。

 代わりに、照明代わりだった自動車のヘッドライトが、バッテリー切れでふっと消える。


 辺りを包む闇が、さらに濃くなった。


「まさか」


 シグルの動きが鈍る。

 その一瞬を、機関者は見逃さなかった。


「――しまっ」


 ――ガツンッ!!

 無防備な胴体に、機関者のタックルが叩き込まれた。


 鉄の身体が、大きくバランスを崩す。


「隙だらけだ」


 冷たい声が、背後から届く。

 そのままバラストに顔面から突っ込むシグル。

 追い打ちをかけるように、機関者の脚が背中へ叩き込まれた。


「ぐっ――」


 背骨に、強い衝撃が走った。


 痛みはない。

 そんな機能、機関者には不要だ。

 それでも、この一撃が危険だということだけは理解できる。


「てめー……」


 それ以上言わせないとばかりに、機関者のブーツがシグルの背中を踏みつける。


「ちょーーーーーーっと、待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 横合いから何かが飛来した。

 機関者の身体が、勢いよく吹っ飛んでいく。

 背中から圧が消えた。


 直後、機関者の身体がバラストに叩きつけられ、派手な音を響かせる。


「シグルちゃん、大丈夫?」


「ザンナナ……! それに、ヤスコ……いや、お母ちゃん」


 ヤスコに助け起こされたシグルが見たもの。

 それは――ザンナナにキャメルクラッチを決められている機関者の姿だった。


 ***


「――で、なんか分かったのか」


「ええ、まあ……」


 共有ラウンジは、いい感じのBGMとともに、コーヒーの豊かな香りに満ちていた。


 ソファの背もたれに体を預けるシグルの言葉に、すっかり修理されたツヨシが言葉を濁す。


「なんでも、反鉄道同盟との関係が疑われているそうで」


「なんでまた、反鉄なんかと」


 シグルは、心底面倒臭そうに顔を歪めた。


「ええ、なんでもあの方は、近々廃車が決まっていたようでして」


「だからってよぉ……自分の立場、分かってんのか」


 シグルは盛大なため息を吐いた。


「そこに反鉄道同盟が付け入ったのかもしれませんね」


 ツヨシも同じように、疲れた表情を見せた。


「それより」


 シグルはコーヒーを一口含むと、茶菓子入れからチョコを取り出してツヨシに投げ渡した。


「予算、降りてよかったな、お前」


「ええ。廃車の機体には、基本降りないですからね」


 そう言いつつ、ツヨシはチョコを口に放り込み、咀嚼を始めた。


「そうそう! 事件の解決に対して評価されたようですよ、シグルさん!」


 ガッツポーズを決めながら、ツヨシが眩しそうにシグルを見る。


「また表彰かよ……別に、どうでもいい」


 シグルは、コーヒーの湯気に顔をしかめる。


「さて、そろそろ行くか」


「シグルさん、どこか行かれるんですか?」


「さっきも言ったが……ザンナナとヤスコに礼を言いに、な」


 そう言うと、シグルはコーヒーを煽るように飲み干し、ラウンジから出て行った。


「――俺が廃車になるときは、どうなるんだろうな」


 fin

ザンナナちゃん、ずっとハチマキ巻いてるとおもってたけど、検索したら巻いてなかった……失態!

1000番代の茶釜にしかハチマキ巻いてないのね……。


まあ、ええか(ハナホジ)

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