新人戦
どうも、雪木です。
今回も見ていただき、ありがとうございます。
今回も頑張って書いてみましたので、稚拙ではありますが、よろしくお願いします。
「その…あなたはマシロさん…ですよね?」
その問いに子猫の口角が僅かに上がって、再び声が聞こえてくる。
《ふふふ。ご名答です。あ、私と話す時は口に出さずとも、私に念じていただければ無言で会話が可能ですので》
なんという親切なシステムなのだろうか。
もし、家族に子猫と一方的に会話しているところを見られた暁には、良からぬ心配事を招きかねないので、ありがたい限りだ。
《そんな姿で、どうしたんですか?もしかして…何か問題でも?》
《いえいえ、別にそんなんじゃありませんよ。ただ…》
《ただ?》
《最近働きづめでして。上司である閻魔様に、たまには有給を取って休めと言われたものの、やることがなくて暇でついこちらに遊びに来たわけですよ》
意外に向こうの世界にも、こっちの世界と似たようなシステムになっているのだなと、思わぬ一面を垣間見えたと同時にどこか世知辛さも知ってしまった気がする。
《あと、あくまでも私はこの世界に遊びに来ただけで、あなたのこの世界の生活に影響をもたらすような真似はしませんから》
そう言い残すと、タイミングよく舞依華がドアの向こうから現れ、子猫もといマシロを抱き上げてリビングへ連れて行った。
去り際には何も言わなかったが、表情からしていかにも満足気なのが伺えた。
【どうやら本当に休暇を楽しみに来ているようだな。まぁ、そんなんでいいのかなとは思うけど】
いつまでいるのかわからないが、前の僕を知る唯一の存在がいるのには、素直に嬉しいと言うべきなのだろう。
着替えてキッチンに行くと、早速マシロがご飯にありついていた。
見た感じではしっかりキャットフードだが、はたしてどうなのだろうか。
そんな思いを感じ取ったのかマシロは、キャットフードを食べながら語りかけてきた。
《そんなに心配しなくとも、ちゃんと味覚は猫になってます。あとは気持ちの問題です》
《気持ちの問題って…》
《何もせずともご飯が出てきて、お世話をしてくださる。なんと素晴らしいことでしょう》
閻魔に仕えるような人がそんな自堕落でいいのかという突っ込みは、この場では野暮だろうと、ぐっと飲み込んだ。
そんな彼でも、寝るとなったら流石に女性とはと思いとどまったらしく、父の部屋で一緒にするみたいだ。
そんな裏事情を知らない妹らは残念がっていたが、内情を知れば仕方ない。
──そして翌日。
この日の僕は、土曜日だというのに、いつになく早く目が覚めてしまった。
キッチンに行くと、そこには朝食の準備に励む母の姿がある。
手伝いに行こうとするが、その僕の肩をゴツゴツした手が止めた。
「母さんには言ってあるから。まだ時間はあるでしょ?来て」
そう父に言われて、やってきたのは父の書斎だった。
「そこに座って。いつもの瞑想をやろうか」
我が家では何か大きなことがあると心を落ち着かせるため、決まって瞑想をやる習慣がある。最近では受験の時以来やっておらず、僕はほんの少しこの時間が嬉しかった。
瞑想を始めて数分くらいのところで、父が語りかけてきた。
「いよいよ、今日は新人戦だね。どう?自信のほどは」
「自信は…そこそこかな。楽しみではあるけど」
「楽しみなのはいいね。僕の見立てだと勇希奈はいいところまでは行くんじゃないかな」
「そう甘くないよ」
ふと、薄っすらと目を開けてチラッと父を見ると、彼の表情はほんの僅かだが口角が上がっているように見えた。
瞑想が終わって朝食を済ませた頃には、高ぶっていた僕の心はすっかり落ち着き払っている。
だが、心の火だけは決して消さぬように奥底に秘めて、会場に向かう父の車へと乗り込んだ。
会場である市民体育館に到着したのはいいが、少し早く着きすぎてしまった。
周りは他校の知らない子ばかり。しかも、名門の星城女子と一発で分かる道着が嫌でも目立ってしまい、視線を集める。
そんな視線になんだかむずかゆくなってしまった僕は、そそくさと指定された集合場所へと急ぐのであった。
集合場所に着いてみれば、顧問の達川先生に部長と増岡先輩、それと西川さんが既に到着していた。
「お。来たな鞘師」
「部長たちも早いですね」
「マネージャーの私はともかくとして、鼎は監督代行だからね」
「私は剣道は何も知らない名ばかり顧問だけど、一応先生だから…」
流石、年長者たちはしっかりしている。そんな先輩らに感心してると、彼女らの後ろで難しそうな顔をしている西川さんと目が合った。
【西川さんも、緊張してるのかな。でも、こんな時どうすれば…】
僕がうだうだしている中、気が付けば他の新入部員の子らも到着しており、結局声をかけずじまいで会場に向かうのだった。
中に入り、まずは二階の観客席に荷物を置きに行く。
下の会場に目をやれば、もう既にいくつかの他校の選手はアップを始めている。
置き終われば今度は、部長が手を二回叩いて口を開いた。
「いいか、お前ら!大丈夫。入部してやってきたことを信じてやれば、そう簡単に負けやしない!まずは個人戦、頑張ってこい!!」
部長からの激励に、僕を含めた新入部員らは気を引き締め直して威勢よく返事をすると、その声が周りにいた他校の生徒らも一気に表情が強張った。
早速会場に行き、各々準備をしてアップを始める。
【うん。良い緊張感だ。気負いすぎる感じもないし】
魔獣と戦うのでも、悪人を斬るわけでもない。
ただ真剣勝負には変わらない。
今朝の瞑想で落ち着きを見せていた心臓の鼓動が、再び早くなるのを感じる。
落ち着け、落ち着けと自分自身に言い聞かせるが、中々思う通りになってくれないまま、アップの時間が終わった。
幸いにも僕の最初の試合は確認したら後の方だった。落ち着かせるためにも、一番早く試合がやってくる轟さんの試合をみんなで見に行くことにした。
本人としては緊張するからやめてほしいと口では言っていたが、表情はそうでもなさそうだ。
【もっと緊張してると思ったけど、これならいいかも。みんなも…って、あれ?】
みんなと一緒に来たはずが、一人だけ姿が見当たらない。
【どこに行ってしまったのだろう。確かアップの時はちゃんといたはずなのに】
すると、後ろの出入り口から部長と一緒にこっそり会場を後にする西川さんが目に入った。
今朝の表情もあり、どうしようもなく気になってしまった僕は、隙を見つけてこっそり後をつけることにした。
会場を出てすぐ右に曲がり角があり、そこからそっと覗き込む。
「ここならいいだろう。で、何があった?」
「…さすがに、分かりますか?」
「そんなに暗い顔してたら、嫌でも分かる。声をかけるべきかは悩んだが」
「そうですか…。お気遣いありがとうございます」
恐らくはみんな気付いていたが、どう声をかけるべきか分からずにいたのだろう。
そんな状況を見かねた部長が意を決して尋ねた構図といったところか。
「実は…僕に剣道を教えてくれた祖父の体調が最近優れなくて…それで元気をだしてもらおうと、約束したんです」
「…どんな約束なんだ?」
「新人戦で優勝する。そして、その杯を祖父に見せてあげることです」
なるほど。そんな事情を抱えていたのかと、今朝の浮かない顔に納得する。
しかし、事情とは裏腹に部長の表情は固いままだった。
「優勝か…」
「厳しいのは分かってます。それでも…!」
「正直、お前の実力ならば他校の選手であれば、さほど脅威じゃないだろうな。問題は…」
「勇希奈…ですよね」
僕の名が出た瞬間、握りしめていた拳の力が一層強まった。
そんな時、西川さんはある事を申し出た。
「その勇希奈には、この事は絶対に言わないでください。勇希奈とは真剣勝負をしたうえでの結果を望みたいんです」
彼女の決意の言葉を心に刻んだ僕は、静かにその場を後にする。
心の熱は確かに帯びていた。しかし、鼓動の高鳴りは身を潜める。
会場に戻ると、わが校の部員はここまで全員初戦は突破していた。
「ごめん。今どこまでいった?」
「あ、勇希奈ちゃん。おかえり」
「えーっと…今あの組が終わるから…あと三試合後には勇希奈の出番やで」
「そっか。ありがとう」
みんなと喋っている中、部長と西川さんが戻ってきた。
相変わらず彼女の表情は強張ったままで、その気迫に周りは静まり返ってしまう。
そんな彼女に僕は──。
「西川さん。決勝で待ってる。そのうえで、あなたに勝つよ」
事実上の宣戦布告である。
宣戦布告を受けた彼女は静かに立ち上がり、視線がぶつかる。そして一言──。
「望むところだけど、その前に負けたら許さないよ」
向かい合った僕らの視線の間には、見えない火花が散っていた。
そうして僕らは初戦を難なく突破し、そのまま多少の苦戦はしながらも勝ち進んでいった。
やはりというか、そんな運命のように僕と西川さんでの決勝となった。
周囲を見渡すと、他校の選手から視線を一手に集めている。
一方でうちの部員はというと、応援に偏りが出てしまうのを避けるために応援は二人ずつに分かれてやるらしい。
僕の方には、普段でも仲良くしている轟さんと大島さんが来てくれていた。
「しっかし、すごい観衆ねぇ」
「そりゃそうですよ。お二人とも新人とは思えないほど強かったですから」
「でも、前の試合なんかは苦戦したよ?」
「苦戦?ほんとかなぁ…そうは見えんかったけど」
これは別にお世辞を言っているわけではない。
予想していたよりも強い選手はいたし、なんなら前に戦った選手なんかは変則的でかなり手を焼いてしまった。
間の休憩時間の終わりが近づくにつれ、段々と集中力を高めていく。
それは向こうも同じだった。
面を被っているのにも関わらず、同時に肌を切り裂くような気迫が正面からヒシヒシと伝わってくる。
【すごい気迫だ。向こうの世界でもこれほどの──】
そこへ、休憩が終わりを告げる放送が流れた。
僕は放送を以て、集中力をピークに持っていく。
するとどうだろう。自然と周りの雑音は消え、必要最低限の音のみが耳に入る。
感覚も研ぎ澄まされ、滴る汗の感覚すらはっきり分かる。
竹刀を持つ手には、じんわりと汗が滲む。
そして主審が旗を交互に交わすのを合図に、僕らは二歩踏み出す。
一礼をし、竹刀を腰の位置まで上げ、また三歩前に出て蹲踞をする。
互いに切っ先を合わせたところで主審の「始め!!」がかかり、威勢のいい二つの掛け声が体育館内に響き渡る。
その掛け声を切り裂き、真っ先に動いたのは──。
「面ぇん!!」
「っ!」
西川さんが間髪入れずに面を狙ってきたが、それを僕は冷静に捌いて逆に小手を狙う。
しかし、当然の如く防がれて鍔迫り合いになる。
ギシギシと竹刀が軋み合う音。合わせて掛け声が響くのみ。
【隙が無い。少しでも油断したら危ないな。どう攻める──」
だが、考える暇すらも彼女は与えてくれない。
強引に振りほどき、引き際を狙ってすかさず小手を打ってくる。
防いだ僕は、引いた西川さんに同じく小手を返すが、これも防がれる。
互いに一本が中々決まらない。
相手が相手だけに、早く一本を取りたいところだ。
防戦一方では先にやられてしまう。そう感じた僕は、この試合で初めて自分から前に出る。
フェイントを織り交ぜるが、簡単に乗ってくるような相手ではない。
面を打つと見せかけて胴を打つ。
そこへ待ってましたと言わんばかりに、鋭い剣筋で面を打ってきた。
竹刀では間に合わない。咄嗟の判断に僕は、頭を横に動かしてなんとか躱した。
【今のは危なかった。でも、多少のリスクは百も承知…!ならば】
態勢を整えたかと思えば、さっきまでの防戦一方が嘘のように僕は攻勢に出る。
彼女もそれを許すまいと、前に出ようとする。
小手、面、胴。どれを打っても防がれるが、突如その均衡は崩れた。
面を打った振り向き際、面を打ってくるだろうと予測した僕だったが、思い切った彼女は胴を打ってきた。
主審と副審に目を向けると、彼女の一本を指し示す赤旗が三本上がっていた。
【まずい…!時間は──】
試合時間を表すタイマーに目をやると、残りはあと一分。
厳しい状況だというのは理解している。が──。
【なんとか…なんとか…!!】
仕切り直すも、形勢は変わらぬまま残酷に時間は過ぎていき、遂に。
「やめ!!」との主審の合図とタイマーのブザーが鳴り響いた。
負けた。初めて同年代の子に。
けど、不思議なもので今はそこまでこみ上げてくるものはなかった。
それも目の前で蹲踞し、再び相対した彼女の顔を見たからだろう。
【そんな顔しちゃって。今にでも泣きそうじゃん】
全ての試合が終わり、部長から労いと明日の団体戦の激励の言葉をもらって今日は終わりだ。
僕は父の迎えの車が停まっている駐車場へと向かおうとした時──。
「勇希奈!!」と後ろから僕を呼び止める。
振り向くと、西川さんが息を切らしながら立っていた。
「今日は…ありがとう!!明日…頑張ろうな…!!」
そう言った彼女の目元はほんのり赤く腫れていた。
僕は「うん!」とだけ返し、手を振って去っていく。
駐車場に着き、父の車に乗って体育館を後にする。
帰路に就く車内はしんと静まり返っており、父も何も言ってはこなかった。
僕は窓越しに外を眺めていたけど、なぜだろう。今日は視界が霞んで見える。
【不思議だ。今朝はなんともなかったのに…】
すると、横で運転していた父からそっとハンカチを手渡された。
「…家に帰る前に、出し切っておきなさい」
その言葉に僕は、せき止めていた感情が頬を伝って次々に零れ落ちていく。
目に映った夕日は、今日だけやけに眩しく感じるのだった。
いかがだったでしょうか?
自分なりにここは、ちょっと試合の空気間を出すのを頑張ってみました。
良ければ、応援お願いします。




