そうして青春は走り出す
お久しぶりです。
随分間隔が空いてしまって、すみません。
また書いていきますので、よろしくお願いいたします。
──キーンコーンカーンコーン。
今日の科目の全てが終わりを告げる。
だけど、まだ学校は終わりではない。
「さて、今から1時間は各々自習の時間だ。来週には早速簡単なテストがあるからなー」
鵜川先生が言うテストだが、まだ入学して間もない僕らの学力をある程度測るためのものらしく、難易度や範囲も入学試験くらいとのことだ。
一応渡されたテキストをタブレットでサラサラと読んでみる。
【うん、そこまで難しいわけじゃないな】
そう思った僕は、ノートを開いてシャーペンを走らせた。
テキストの問題を解くのに夢中になっていると、あっという間に自習の時間は終わってしまった。
帰りのホームルームを終え、ふぅと一息つきながら帰り支度を済ませて、武道館へと駆けていく。
武道館に着くと、既に部長を始めとした部員が数人道着をつけ始めていた。
「お、来たね。鞘師」
僕を見つけた部長が駆け寄ってくる。
「はい!よろしくお願いします」
「あれ?今日は荷物が多くないか?」
「実は、練習で普段使ってる道着を持ってきたんです。学園の道着が届くまで使ってもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
僕は部長にお礼を言うと、早速道着に着替えようと着替え室に行こうとする。
そんな時、不思議そうな顔をする先輩らが目に入ってきた。
【あれ?なんだろう。僕なんかした?】
すると、一人の先輩が切り出す。
「鞘師ちゃん、わざわざロッカー室行くの?めんどくない?」
え?と困惑した僕は、半歩下がった先に小さな布のようなものを踏んだ感触があり、そこには女子校ならではと思われる光景があった。
「し、下着が…脱ぎ捨ててあるんですが」
「なんか問題でも?」
ああ、そういうことか。と、この時ようやく理解した。
ここは中高大一貫の女子校だ。教師も女性であり、男性がいない。
つまり、道場で下着が転がってようが同性しかいないため、一切気にする必要がないのだ。
それが当たり前になってしまった彼女らからすれば、そういう反応にもなると僕は納得してしまった。
「コラコラ。ここで着替えるのは構わんが、下着くらいは片付けろ。見苦しい」
部長に注意され、「へーい」と気だるげに返信をしたその先輩は、めんどくさそうに下着を拾い、自分のロッカーにしまいにいった。
「他の部活でもこんな感じなんですか?」
「いや、ここはまだ増岡と私がキチンとしてるからまだマシだと思う。すごいとこはこれ以上だぞ」
【これ以上!?…女子校恐るべし…】
思いがけない洗礼を目の当たりにした僕だったが、気を取り直してひとまずはロッカールームで着替えを済ませる。
着替え終えた頃には、先輩らとは違って初々しい顔ぶれが六人ほどいた。
実を言うとあの後にも入部希望者がいたらしい。けど、その子らはみんな剣道は未経験とのことで、最初は先輩らが教える予定だった。しかし、ここでとある人物から待ったの声が上がる。
「どうかしたかい?西川」
「その教える役目ですが、僕と勇希奈に任せていただけないでしょうか?」
【突然何を言い出すのか】
「構わないが…理由はあるのかい?」
「些細なことです。年上の先輩らよりも、同い年の僕らの方がやりやすいかなと思いまして。彼女ら次第ではありますが」
「ふむ。それは一理あるな。君らはどうだろうか?」
部長が他の新入部員に尋ねる。すると、彼女らは僕たちならと快く受け入れてくれた。
そうと決まったら、まだ道着のない新入部員の子らはとりあえず体操着に着替えてもらい、道場の半分を使って基礎を教え始めていく。
「ちょっと待って。その前にアタシらみんな別クラスで初めて話すっしょ?まずは自己紹介とかいるんじゃね?」
新入部員の子の一人がそう提案したが、言われてみれば確かに。新入生代表で挨拶した西川さんは別として、それぞれ新顔ばかりだ。
「そうだね。僕はいいとして…じゃあ、勇希奈からいこうか」
西川さんから振られてみんなの前に出る。すると、新入部員の子だけじゃなく、先輩らもいつの間にか一緒になって座っていた。
「ええと…部長?」
「すまん。普通に新入部員の自己紹介なら私らも聞きたいんでな」
自己紹介は教室でもやったが、今回は先輩らもいる。けど、まぁ慣れというのは怖いもので、いざみんなの前に出てみると、教室でやったほうが幾分か緊張した気がする。
「うーんと…私は鞘師勇希奈です。剣道は小学校一年からやってます。よろしくお願いします」
そう言って軽くお辞儀をすると、目の前からは自然と拍手が沸き起こる。
僕が終わった後に続いて自己紹介を終えたところで、早速基礎から教えていく。
「よし。じゃあ、まずはすり足からいこうか」
「私が手本を見せるから、良く見ててね」
左足だけ半歩下げ、踵を少し上げる。基本姿勢を取ったのを西川さんが確認したら、今度は彼女が右や左など方向を指示し、僕がその通りに動く。一通り見せたので、実際に新入部員の子らにやってもらうことにした。
まずは基本姿勢だけど、これはみんなできている。
次は、実際に前後左右に動いてもらう。しかし──。
「あ、あれ?」
「こっちの足を…こっち?だっけ?」
【ふふ。僕も最初はこんな感じだったな】
この世界に来て初めて覚えた剣道。向こうの世界の剣術とは勝手が全く違う事に最初は戸惑った。だけど、父さんとその剣道仲間の人から教えてもらって慣れていくと、これほど洗練された剣術があったのかと感心するばかりだった。
所作も一つ一つが礼節を重んじ、相手にも礼を欠かないこと。なんと素晴らしいことか。
そんな思いに浸りつつ教えていると、部活終了のチャイムが鳴る。
ああ、もうそんな時間かと名残惜しい気持ちでいる中、部長と増岡先輩が歩み寄る。
「お疲れさん!」
「明日から道着が届くまでの二週間は、竹刀の握りとかの基礎をやりつつ、体力づくりでいこうと思うんだけれど」
そう言った増岡先輩から、一枚の紙を各々渡された。
そこには、部長と増岡先輩が考案した二週間の体力づくりのメニューがびっしりと書かれていた。
【えーっと…とりあえず明日のメニューは…また基礎をやったあとに、武道館の外周をランニング十周か】
いきなりまぁまぁな内容だなと思って、新入部員の子らに目線を向ける。しかし、彼女らの表情はやる気に満ちていた。
それもそうか。だって、今でこそ部員が少なくなってしまったが、ここは女子剣道の名門として知られた学校だ。未経験だからこそ、それなりの覚悟で入部してきているはず。
僕も経験者ではある。もとよりそのつもりはないが、経験に胡坐をかいていようものならあっという間に彼女らに抜かれてしまうだろう。そう感じるほどに、彼女らの表情からは気迫を感じた。
そうした一幕があったあと、僕らは着替えるためにロッカールームへと足を運ぶ。
着替えていると、なんだか視線を感じたので周りをキョロキョロと見回す。すると、一緒に着替えていた新入部員の子らの一人が視線が僕に向かっているのが分かった。
「え…なに?どうかした?なんかあった?…轟さん」
轟さんはC組に属する子で、メガネをかけて黒髪のボブの第一印象としては大人しそうな子だなと感じた。
「あ、別に大したことじゃないんだけど…その、勇希奈さんスタイルいいなぁって」
「ね!分かる分かる!身長いくつなん?」
「ちょいちょい。鞘師さん困っとるやんか」
「じゃあ、礒やんはしりたくないん?」
「それは…気になるけども」
この急に入ってきたこの二人。最初の砕けた口調と少し小麦色に焼けた肌が特徴的な方が鮫島さんで、後の若干関西弁が混じり、ひと際小柄で男の子のようなショートカットが印象的な礒村さんである。
「別にいいよ。確か…百六十くらいだったかな」
「「「「「百六十!?」」」」」」
西川さん以外の新入部員六人全員の声が揃って放たれ、思わずびくりと驚いた。
「そんなに驚くこと?西川さんだって私と同じくらいだし、大島さんも大きくない?」
「いやいや、私なんかタッパとガタイがでかいだけじゃん。ユッキーやにっしーがうらやまだわ」
この大島さんは、新入部員の中では一番大きくて恰幅も良い。けど、顔はかなり優しそうで、まるで近所のおばさんのような子だ。
「みんな身長があっていいなぁ。轟さんと私と菅野さんは小さいからなぁ」
「光岡よ、そんなこと言うなよ。あっしらまだ一年だぜ?チビ組にもチビなりに可愛らしさがあるっしょ。なぁ轟?」
「そ、そうですよ。菅野さんの言う通り私らはまだ中学一年ですよ?希望はまだあります!」
そう言って轟さんと盛り上がる二人も背は大きいとは言えない。
最初に喋った子は、ちょっとネガティブな光岡さん。もう一人が大雑把で大らかな菅野さんだ。
こうやって喋っていると、みんなそれぞれ特徴があるけれどいい子ばかりで安心する。
お喋りについ夢中になってしまっていたら、部長から「おーい。仲がいいのは結構だが、できるだけ早めにな」とのお達しが来てしまい、僕らは慌てて着替えを済ませて武道館を後にする。
みんなと別れた僕は、自転車を取りに駐輪場に行く。だが、そこに意外な人物も一緒だった。
「あれ?なんで西川さんも?」
「なんでって、僕も自転車だからに決まっているだろう」
「意外。てっきりバスなのかと。家近いの?」
「うーん。それもあるけど、混むのが嫌いなのと自転車で駆け抜ける風…特に朝の風が好きなんだ」
彼女の言葉を聞いた時、僕は思わず「分かる」と口にしてしまった。
この時ちょうど夕日が眩しくて見えづらかったから確証はないけれど、僕にはいつもは凛々しく笑う西川さんの口角が、ほんの少し優しさ含ませていた気がした。
駐輪場に着き、荷物を前かごに乗せてスタンドを倒そうとした時「あ、しまった…」と西川さんの口から零れる。
どうしたのか尋ねると、どうやら教室に忘れ物をしたらしく、走って取りに行こうとした。が──。
「っ!しまっ…!」
彼女が走り出そうとした瞬間、小さな段差に気がつかず、躓いてしまう。
その姿を見た僕の身体は、危ないという思考よりも先に彼女の手を掴む。
しかし、今の自分は女の子だ。力が足りずそのまま僕も一緒に倒れ込んでしまった。
【いたた…。男の時なら踏ん張れたのになぁ。はっ!西川さん!】
手を取ったのはいいが、そのまま彼女に覆いかぶさるようになってしまったため、あわてて身体を起き上がらせる。
「ご、ごめん西川さん!どこか怪我は…って。あれ?」
彼女の顔を見ると、どこか顔が赤いように見えたのだ。
「西川…さん?」
「…あ、ごめんごめん。怪我はないよ、大丈夫。大丈夫だから」
「でも、なんか…顔赤いよ?」
「き、気のせいじゃないかな。ごめん、早く行かないと学校しまっちゃうからさ…。その、助けてくれてありがと」
そう言うと彼女は、先に帰っててほしいとだけ言い残して、なぜだか早足で行ってしまった。
【うーん、なんで顔赤かったんだろう。しかも…】
モヤモヤしたのが晴れぬまま僕は、彼女の言う通りに待つことなく、学校を後にした。
その日の夜、テストのために勉強をしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
ガチャリとドアが開き、入ってきたのは──。
「勉強中すまないね。ご飯の時間だよ」
「ん?もうそんな時間かぁ。ありがと。すぐ行く」
どうやら勉強に熱中していて、下で呼ぶ母の声に気が付かなかったようだ。
父と一緒に下の家族の集うキッチンへと向かい、団らんのひと時とした。
「そういえば、ユキ姉は結局部活は剣道を選んだの?」
「うん。元々そのつもりだったし」
その後も桜士郎からは、いつも口数の少ない彼にしては珍しく、学園生活はどうかなど色々聞いてきた。そのことに僕は、どこか嬉しくなり会話が弾んだ。
特に小さい頃から一緒にやってきた剣道については、父も混じり更に盛り上がる。
「剣道もいいけど、ちゃんとお肌や髪のお手入れとかは忘れずにね?お姉ちゃん」
「わ、分かってるよ」
嘘だ。今舞依華に言われるまで忘れていた僕は、誤魔化そうとするが「その顔…。忘れてたでしょ」とあっさり見抜かれてしまう。やはり慣れないことはするべきではない。
「き、今日はやるよ」
「いーや。今日という今日は私が直々にやったげる」
「いや、でもほら。テスト勉強あるしさ…」
「聞いてるわよ。あの範囲だったらお姉ちゃんなら勉強するまでもないでしょ」
「舞依華の受験勉強もあるじゃ…」
そう言うと、舞依華は無言で一枚の紙を取り出す。
そこには第一希望を僕と同じ星城女子とし、模試の判定はAとなっていた。
「流石にまだ勉強はするけれど、文句ある?」
あるわけがないだろうと、強かな妹にすっかり説き伏せられてしまった僕は、食事が終わったあと徹底的に舞依華の美容指導を受けるのだった。
いかがだったでしょうか?
何か今回も新規で登場する人物が多くなってしまったなぁと。
そんな感じで書いてしまいましたが、それでも楽しんでいただければ幸いです。




