10話「多分同じ気持ちです」
あれから、私とフリッツは、定期的に会ってお茶をするようになっている。
最初に誘う時にはかなりの勇気が必要だった。
誘うことによってそれまで築いてきたものが崩れてしまうかもしれなかったから。
けれども勇気を振り絞って誘い、それにフリッツは乗ってきてくれた。
おかげですんなりお茶をすることができて。
そこからはもう自然な流れというか運命の指示に従うというかそういう感じでちょこちょことではあるが二人で会えるようになったのだった。
そうやって関わる中でフリッツの良いところを知ることができ、それによってより一層想いは深まってゆくこととなる。
本当に良い人だ。
だからこれからも傍にいたい。
そんな想いは日に日に強まるばかりで。
あくまで向こうはお付き合い感覚なのだと分かってはいるのだけれど、同じ時間を過ごしているとよく分からなくなってくる――まるで愛し合っているかのように親しい仲であるかのように思えて――馬鹿なことと思いつつも、彼への感情は膨らんでゆくばかり。
――そんなある日のこと。
「あの、ちょっといいですか?」
フリッツが改まった様子で家へやって来た。
「え。どうしたの? 何でも言って。大丈夫?」
心配になってあれこれ言ってしまっていると。
「自分、もしかしたら、オリヴィエさんのこと好きかもしれなくって」
彼はそんなことを口にした。
「え……」
「あっ、や、その……迷惑、ですよね……す、すみませんっ」
フリッツは気まずそうな顔をして数秒そこに立ったままでいたがやがて走り去ってしまう。
「待って! フリッツ!」
叫ぶけれど、彼は行ってしまった。
好きかもしれない。
告げられた言葉が何度も脳内を巡る。
どうして……?
私は彼に興味を持っていた。一緒にいるうちに段々。彼のことを考える時間が増えて、彼のことを想う感情も膨らんで、そうやって徐々に心が彼へ傾いていっていた。
それは確かなことだ。
けれども彼はそんな様子はなかった。お茶をしていても、散歩をしていても、彼は最初の頃とさほど変わっていないように見えていたのだ。心が変われば振る舞いだって変わるもの。だから、彼の振る舞いが変化していないところを見て、彼の中の感情はそれほど変わってはいないのだと、そう思っていた。
けれど、違っていたということ……?
もしかしたら、私が知らないところで、彼の心もまた変化していたというのだろうか。
だが、もし彼の中に少しでも私への想いがあるのならば、私も抱えている彼への想いを彼に伝えたい。
そうすれば互いに分かり合えるだろうから。
勇気が要ることではあるけれど、本心を伝え合うというのは悪いことではないはずだ。
しかし彼は逃げてしまった。
追いかけようにも、もう姿が見えないのでどうしようもない。
ああ、もっと、即座に追いかけていれば……。
無駄なことと分かりながらも後悔してしまう。
どうしてあの時即座に動けなかったのだろう、なんて、無意味なことを繰り返し考えてしまう。
次の日、フリッツは郵便配達にやってこなかった。
配達は別の人が来てくれた。
昨日のことを気にしているのか?
私を避けようとしているのか?
考えれば考えるほどに分からなくなってしまう。
私は彼に会いたい。
彼も私に会いたい――はず、なのに。
いや、もう、彼は私には会いたくないのかもしれない。
それならば実に簡単な話だ。
だが自分から「好きかもしれない」と告げておいて会いたくなくなるなんてことがあるのだろうか?
正直、そんなことがあるとは思えない。
だって「好きかもしれない」なのに。
その感情は会いたくないという感情には繋がらないはず。
それから数日。
「お……お久しぶり、ですっ……」
久々にフリッツが郵便配達にやって来た。
「フリッツ、しばらく見かけなかったけれど、何かあったの?」
「あ、はい……実は、風邪を引いてしまっていまして」
それを聞いて安堵する。
もう会いたくないから来るのをやめたわけではなかったと知れたから。
数日間ずっと不安だった。嫌われてしまったのかな、なんて、そんなことばかり考えてしまって。彼に会えないことがただただ辛かった。一人考え事をしていると深みにはまってしまうものだろう、私もそうで。夜なんかにあれこれ考えているとどんどん悪い方向に想像が傾いていってしまって。最悪の展開ばかり思いついてしまうから何度も胸が痛くなった。
「そう……風邪だったのね」
「心配させてしまっていましたらすみません」
「いえ、いいの。こうしてまた会えて嬉しいわ。気になっていたから」
それから少しして。
「あ、あのっ、先日の件ですけど」
彼が切り出す。
「気にしないで……ください、勝手なことを言ってすみませんでした」
勝手なことだなんて。
そんなことない。
私だって同じような感情を抱えているのに。
「先日の件って、好きかもしれないって言ってくれたこと?」
「あっ、は、はい!」
「そう。申し訳ないけど、気にしないことは不可能だわ」
「え、えええー……」
面白いくらい分かりやすく青ざめるフリッツ。
「すっ、すみませんっ! 本当に。あんなこと、軽々しく、言ってしまい……すみません! 本当に! ごめんなさいっ、申し訳ありませんでした!」
またしても走り去りそうになるフリッツの片腕を今度は迷うことなく掴んだ。
「そうじゃないの!」
反射的に声も出ていた。
「え」
彼は目を見開いている。
「私も! 私も同じ気持ちなの! ……た、ぶん」