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天然天使は小悪魔?

 スマホに並ぶ写真の数々。桜や竹を背景に満面の笑みを浮かべる静璃の姿がそこにある。

 空色のシャツワンピース。大きめの腰のリボンがたなびき、写真の中に静璃の躍動感をありありと刻む。

 静璃は可愛い系のフェミニンやガーリーな服がすごく似合うけれど、中でも青色の服がよく似合っている。なまじ天使のように可愛らしいせいでピンクなどの暖色系は逆に子どもっぽく見えてしまい、やや背伸びしながらも大人らしさを併せ持つ寒色系の服を静璃自身も好んで身に着けている。


 日曜日の花見あるいはピクニックからさかのぼれば、やっぱり静璃の服には青が目立つ。あるいは真っ白なブラウスが太陽の光を浴びて、まばゆく輝いている。


「何見てるの?」


 気づけば横にいた静璃がスマホを覗き込んでくる。

 慌てて画面を変えようとしたけれど逆に写真の一覧画面に映ってしまい、液晶いっぱいにたくさんの写真が映る。

 数えるまでもなく静璃の写真ばかり。

 当然ながら静璃もそのことに気づき、にやりと口の端を釣り上げる。


「いやぁ、わたしってば愛されてるなぁ」

「……親友だもの」


 別にごまかしてもよかったのかもしれないけれど、唇を尖らせながらもなんとなく本音を漏らしてしまった。

 果たして、静璃はしばし呆けたように動きを止め、それから花開くように満面の笑みを浮かべた。


「わたしも大好きだよ、水奈!」

「ちょっと、静璃!?」


 ぴょんと飛びかかってきた静璃が抱き着き、頬ずりしてくる。

 突然の過剰なスキンシップに対抗しきれなかった。どこにそんな力があるのか、吸い付いたように離れない静璃が満足するまで頬ずりから頭をぐりぐりし、きらりと目を光らせて――


「ぺろっ」

「ちょ!?」


 温もりが頬を駆け抜ける。いや、生温かい感触に続き、熱が、というか唾液が頬に残っていた。

 舐められた――一気に羞恥が許容値を超えて、パニックになった私は火事場の馬鹿力で静璃を引っぺがすことに成功した。


「いきなり何するの!?」

「親愛の証明だよ」

「変態性の証明でしょ!」


 やいのやいのと言い合ううちにあっという間にお昼の休み時間は過ぎていき、予鈴が鳴り響く。


「あっ、チャイムだ!」

「こら、待ちなさい!」


 こんな時ばかり行動が速い静璃は、自分の席に戻るなりリコーダーや教科書、筆箱と移動教室の一式を抱え、音楽室へと飛び出していった。


「……ああもう」


 静璃が去るなり、クラスメイトの視線は私一人に集中する。

 生温かい視線。そわそわと落ち着かなさげな視線。やや責めるような視線。欲望のにじむ視線。

 頬が熱くなるのを感じながら、口の中で「静璃め」とぼやきつつ、私もまた逃げるように教室を後にした。


 放課後、帰って制服に着替えたらすぐに家を出て、待ち合わせ場所へと向かう。

 住宅街の端の方、比較的新しいきれいな家が立ち並ぶ一角に静璃の家はある。


 インターホンを鳴らせば、数秒後に玄関扉の向こうからバタバタとせわしない足音がし始める。

 蹴り破るように扉が開かれ、静璃が家から飛び出てくる。


「それじゃあ行こう今すぐに行こう早く行こう!」


 テンションマックス――どこか焦りの見える様子に首をひねる。


「もしかして、何か予定あった?」

「……何もないよ?」


 嘘が下手すぎる。

 あらぬ方を向いてごまかそうとする静璃は、けれど詰問されることを阻止すべく私の背中を押して歩き出す。


「お母さんに頼まれごとしたの?」

「……そんなわけないよー」

「後でちゃんとやりなさいよ?」

「前向きに検討する次第であります!」


 びし、と勢いだけはよく敬礼を決めた静璃は、すぐに気を取り直して楽しげに鼻歌を歌いながら歩き出す。

 向かう先は駅前にある大型ショッピングモール。たくさんのテナントが入っている店の中で、今日の目的は夏ものの服探し。


「……この店に決めた!」


 言うが早いか、静璃はあっという間に服の海の中へと消えていく。

 自分に最も似合う服を見つけ出そうという気迫が満ちているのか、なんとなく場違い感というか空気感の違いがある気がして、気後れしながらも置いてけぼりにされまいと静璃の後を追った。


 すぐに見つけた静璃の両手には、やっぱりと言うか青系統の服があった。

 右手側は白のニットプルオーバーに空色の水玉のフレアスカート。水玉の大きさが下へ行くほど大きくなるとともに濃くなり、最終的に青一色になっているのが特徴的。青の隙間に覗くようになる白いキラキラ型がくるりと一直線になっているのがいいアクセント。

 左手にはパステルブルーのレースワンピース。カットワークレースによって肩までの肌が見えるようになっているおかげか、見た目も涼しそう。


「ねぇねぇ、どっちが似合ってる?」


 交互に体の前に服を持ってきて鏡に姿を映しながら静璃が聞いてくる。


 一方は実に夏らしい装い。模様の変化は静璃の活発さを示すとともに、体のラインが浮き出る白ニットの上は大人びた印象を付加する。

 もう一方はより大人びて見える。静璃のこれまでの服の印象からはやや外れている気がする。昼下がりのカフェでのんびりとコーヒーを飲んでいる大人の女性のイメージ。


「どっちもよく似合ってるけど、しいて言えばレースワンピースの方かな」

「その心は?」

「静璃の今年の夏への挑戦心を読み取ってみた」


 正解なのかあるいは得心が行く答えであったからか、静璃は何度もうなずき、レースワンピースを体に合わせる。

 鏡に映る静璃が緩くほほ笑むと、彼女の姿は少女から大人の女性へと変化する。

 ドキリとしたのは一瞬。静璃はすぐにいつもの満面の笑みを浮かべ、くるりと身をひるがえして二つともを売り場に戻す。


「買わないの?」

「もう青色はたくさんもってるもん。せっかくなら今ある服と合わせられる服がいいでしょ? それに、ちょっと青色には飽きが来てるし」

「……じゃあ何で青い服を見てたの?」


 白のフリルブラウスに藍色のプリーツスカートという装いの静璃は、くるりと振り向いて笑顔をはじけさせる。


「だって水奈に褒めてもらいたかったんだもん」


 満足した、と元気に告げた静璃は新たな売り場へと足早に駆けていく。

 私は一人動けず、その場に取り残された。


 揺れるスカートのすそを眺めながら、ずるいなぁ、と口の中でつぶやく。


 自分に似合う服をよく知る天使は、今日もすごく愛らしかった。


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