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1-27 夜明け

「……新しい、火種は」


「ここ一刻の間、新たな出火はありません」


 空が白み始め、ランプの灯りが霞み始めた頃。下町と貴族街を繋ぐ中央広場には、火の粉で穴が空き、灰や油で黒く汚れた服を纏った者達が集まっていた。


 火傷や争ってできた傷口を手当される兵士たち。バケツを手に座り込む下町の人々。避難した先から戻ってきた子供を背負った母親が、疲れ切った者たちを労いながら、土のついた寝間着姿でビスケットを配っていた。


 火は、いくつかの建物を飲み込み、焼け落ちさせた。だが、殆どの場所で延焼は起こらなかった。


 町民による火種の迅速な発見と、応援要請。兵士は放火犯の確保と物資の運搬を担い、多くの町民と兵士が連携して事態の収集にあたった。これが無ければ、間違いなく下町は焼け落ちていただろう。


 水と煤と油で汚れ、重たくなったドレスを引きずり、立ち上がる。


 兵士たちの向こう側。町民の目から遮られた位置で拘束されていた放火犯は、日の出を迎える前に皆死んでいた。全員が遅延性の毒によるものだった。


「怪我はない?エレナ」


「えぇ……大丈夫。アレクは?」


「大丈夫」


 そう言ったアレクの腕を掴む。痛みに顔を歪めたアレクの腕に火傷を見つけた。兵士が持ってきてくれた綺麗な水で煤や油の汚れを優しく洗い流してから、火傷用の軟膏を塗っていく。


「……私には、ちゃんと言ってね」


「…………ごめん」


「ううん……助けてくれて、ありがとう」


 夜明け少し前。激しく燃え始めた建物から、私の方へ火のついた木片が落ちてきた。すぐさまアレクが跳ね飛ばしてくれたけれど。やっぱり、あの時に火傷をしたのだろう。


「貴方みたいに立場のある人が、他人をかばって怪我をしたらだめよ」


「……そうかもしれないけど、そのお願いは聞けない」


 包帯を巻く手を止めて、少し疲れが滲むアレクの顔に視線を向ける。


 アレクは、朝日の中、美しい色合いに輝く碧い目に仄かな熱を灯して、私を静かに見ていた。


「君が傷つくのだけは嫌だ」


「……我儘ね」


「エレナが危ない目に合わなければいいんだ」


 子供のように、少し拗ねたように言うアレクが、何だか可愛らしくて吹き出す。そんな私を見て、アレクは少しキョトンとした後、同じように笑いだした。


「ほんと……流石にやばいかなと思ったけど」


 朝日に照らされる街を見渡す。


 避難していた人々が街に戻ってきて、戦った者たちを労ったり、抱きついたりしていた。


「――この町の人が、無事で良かった」


「えぇ」


 建物は燃えたが、町民は誰も死ななかった。この大規模な放火を考えると、それは奇跡に近い出来事だった。


 少しして、中心街の方からも馬がやって来た。疲れが滲むお兄様が、手を振りながらこちらにやってくる。


「中心街は無事だ。多少ボヤ騒ぎは出たが、自警団も動いてくれたからな」


「良かった……」


 力が抜けて、どさ、と地べたに座り込む。被害が無かったとは言えないが、国が倒れるような大火事にはならなかった。それは事実だった。


「――ありがとう、アレクシス」


 同じように疲れて座り込んでいたアレクに、お兄様が手を差し出す。


 アレクは、一瞬間をおいた後、ニッと笑ってその手を握った。


「これで認めてくれるよな?」


「まぁ……そうだな、仕方ない」


「そこはハイ喜んでだろ」


「うーん、喜べと言われるとちょっと……」


 二人はよく分からないことを言い始めた。何の話?と聞こうとした時、不意に視線を感じて振り返る。


 たくさんの町の人々や兵士が、私達を見ていた。それはそうだ、この国の皇子皇女、そして隣国の第二王子までいるのだから。


 ふらりと、大将が近寄ってきた。


「……俺の知る限り、誰も死ななかった」


 酒焼けしたような荒々しい声が、朝日に照らされた広場に静かに響く。


「えぇ……建物は焼けちゃったけど、町の人はみんな無事だったね」


 もはやこのボロボロの姿で皇女らしく振る舞っても仕方ないだろうと、砕けた物言いで返した。が、大将は無言で私を見返すだけだ。


 不思議に思って、もしかして求めていた発言と違ったのかもしれないと、少し考えてから口を開く。


「協力してくれて、本当にありがとう。みんながいなかったら、帝都中が火の海だったわ」


「…………ばかやろう」


 けなす様な言葉が返ってきたけれど。大将の目には、涙のようなものが迫り上がってきていた。


「皇女のくせに、そんなにボロボロになって……」


「えっ?あ、ごめんね……?」


 ぐい、と目を拭った大将は、一呼吸おいて、ニカッと満面の笑みを見せた。


「俺達を見捨てないでくれて、ありがとうな、皇女殿下」


「っちょっと!やめてよ、むず痒いわ」


「うるせぇ、やんごとなき御方が俺の汚ねぇ店に入り浸りやがって!」


「しょうがないじゃない!夜会で飲み比べするわけにはいかないでしょう!?」


「おま……それが目的か!?」


 ギョッとした大将に、ニヤリと笑みを返す。


 からかわれたと知って、大将は一拍おいて、ガハハハ、と笑った。つられて、私も笑い出す。


 広場には、店の常連客も、屋台のおじさんも、パン屋の女将さんもいた。皆が顔を見合わせて、そして同じように笑いだす。


「ほんと、どうなることかと思ったわよねぇ」


「放火犯を見つけた時、お前さん焦りすぎじゃなかったか?」


「うるせぇ!お前もナイフ向けられてチビリそうになってただろうがよ!?」


「騎士様、ありがとうな、助けてくれて……」


「いや、私達もこの入り組んだ下町に迷いそうだったので助かりました」


「街づくりも考えなきゃなぁ」


 両国の兵士達も町の人に混じって肩を叩き合い、笑いながらお互いを労い始めた。


 しっかりと顔を出した朝日が照らす、明るい広場。アレクとお兄様が、皆の無事を確認して安心したように立ち上がる。


「帰ろうか、エレナ」


 アレクがまたふわりと私を抱き上げた。ヒュウ〜!と周りにいた数人がからかうように口笛を鳴らす。流石にこんな明るい場所で見られるのは恥ずかしくて、顔が熱くなってきた。


「お、おろしてよアレク!」


「なんでだよ、もうフラフラだろ?」


「恥ずかしいから!」


「それは慣れるしかないな」


「何言ってるの!?」


 そのまま優しく馬に乗せられて、アレクもひらりと後ろに跨った。それに続き、お兄様も馬に跨る。


 お兄様は、少し何か考えたように黙った後、町のみんなの方へ顔を向けた。


「皆ありがとう。妹が本当に世話になった。この町が火の海にならなかったのは、皆のおかげだ」


 明るく優しさのある言い方は、何故かお母様にそっくりで。やっぱりお兄様なんだと、目を瞬く。


 お兄様は、にっこり笑うともう一度町の人に向けて語りかけた。


「これから、焼けた場所の復興や、火事に強い町づくりが必要だと思う。国は全力を上げてそれを行う。残党の捜索や怪我人の手当も継続する。だから、この後は安心して家族と休んでくれ」


 皆がほっとしたように顔を見合わせた。明るい顔が戻ってきて、自分の顔もほころぶ。


 お兄様も、安心したように微笑んだ。


「自己紹介が遅れたが、私はアルメテス帝国第一皇子レジナルド。国外で修行を積んでいたが、ペリスを奪還し、今この帝都へ戻ってきた。これから皆と良い国を作るのを楽しみにしている」


 わぁ、と拍手が巻き起こる。お兄様は応えるように手を上げて、私とアレクに目で促すと、城へ向けて馬を駆けさせた。


 きっと、新しい時代がやってくる。


 ドロドロのドレスをまといながら、眩しい朝日の中、アレクと共に馬に揺られ、笑い合った。



 そうして戻ってきた、城の広場。そこでは、帰還した沢山の兵士たちと共に、お父様が待っていた。


「父上、只今戻りました」


「あぁ……大儀であった」


「またそんな仰々しい言い方して」


「……皆の前だ、軽口を叩くな」


 気の抜けたように笑うお父様は、痛々しい足を引きずるように杖をついていたけれど。目の下にくっきりと浮かぶ隈に、どれだけ気を病んでいたのかがわかって、胸がぎゅっとなった。


「お父様……」


「エレナ、怪我は――」


「やぁ、大変だったようだな」


 爽やかな朝日の中、カツカツと足音を鳴らして近づいてくる男。ザイアス殿下は口元に微笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。


「……えぇ、とても大変でしたよ。わが帝都に傷をつけた責任、どう取って頂きましょうか」


 私の目の前で立ち止まったザイアス殿下を睨みつける。


 ザイアス殿下は、一瞬ジロリと私を睨み返すと、は、と嘲るように笑った。


「まるで我が国がこの騒ぎを起こしたように言うな。物的証拠はあるのか?」


「…………」


 実行犯は、エリザベス様を含め皆死んでいる。公的な証言を取ることはできない。エリザベス様の部屋から押収した手紙はあるが、直接的な言葉で書かれたものでは無かった。確かに、今すぐに示せるような明確な証拠は存在しなかった。


 不確かな物証。そして、証拠隠滅のために、実行犯は殺す。最初から、そのつもりだったのだ。


 人の命を軽んじるこの男に、腹の底から怒りが湧き上がる。


 ザイアス殿下はその私の怒りを気にも止めない様子で、私を見下ろした。


「王子も姫も、そんな煤だらけな下民のような格好を晒して。無様だな」


「…………」


 言い返さない私に気を良くしたのか、ザイアス殿下はニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。


「貴国が大変なところ悪いが、今日は約束の日だ。これよりお前は我が国のもの。無様に汚れているのも今は目を瞑ろう。これより、私の犬として忠誠を誓え」



 約束の日。



 そう、今日はその日だった。



 ペリスを奪還した今、強い拒否感を覚えるけれど。でも、花嫁になるという約束を即座に違えて良いのか、両国の関係を考えて、迷いが生まれて。


 動きを止めた私に、ザイアス殿下の手が伸びる。



 ――次の瞬間、シャン、と剣が抜かれる音がした。


 ザイアス殿下に突きつけられる、鋭利な切っ先。


 アレクが、冷たい表情でザイアス殿下に剣を向けていた。


「エレナに近寄るな、ザイアス」


「……貴様、何をしているのか分かっているのか」


 地を這うような怒りを孕んだ声で、ザイアス殿下がアレクを睨みつける。


「帝国の王太子たる俺に、王太子ですらない、ただの王国の第二王子が剣を向けていいと思っているのか。正式に抗議をさせてもらう。我が国とアルメテス帝国の問題に口を出すな」


 その言葉に、ひやりとしたものが身体を駆け抜ける。このままでは、新しい戦が始まってしまう。ぞわりとして、アレクを止めようとした時だった。


 アレクは、突然声を出して笑い始めた。


「……貴様、何が可笑しい」


「っ、あぁ、ごめんね。思ったよりも情報収集能力がなかったようで、面白くて」


「何が、」


「エランティーヌ王国の王太子は僕だ」


 急に笑みを消し、冷たく言い放ったアレクの声に、その場がしん、となる。


 驚いたような表情をしたザイアス殿下は、顔を歪めるとアレクを睨みつけた。


「……第一王子はどうした。殺したのか」


「まさか。君の国じゃないんだから、そんな野蛮なことはしないよ。父上から手順通りの正統な指名を受けただけだ。正式発表は王太子妃の発表と同時にと進めていたから、君が知らないのは仕方がないかもしれないけど」


 そんな事になっていたとは知らず、唖然としてアレクをまじまじと見る。


 エランティーヌ王国の正統な王太子。それが、今のアレクの立場ということだ。臣下に下る王子とは明らかに格が違う。


 それでも、ザイアス殿下は噛みつくような視線をアレクに向けた。


「……だが、お前が王太子だからといって、このように俺に刃を向けていい理由にはならないだろう」


 苛ついたようなザイアス殿下の声に、アレクは美しい金糸の髪の毛をサラリと揺らし、首を傾げた。


「なぜ?君の暴虐な行いを未然に防いであげたんじゃないか」


「だから、」


「あぁ、そうか――それすら、まだ知らないんだね」


 アレクが冷たい顔で微笑む。


「ペリスはレジナルドと共に奪還した――そして、君の国はもう、我が国の属国だ」


「…………は?」


「そうか、ごめんね。正確には『ドメルティス小国』だったね」


 意味がわからない。そんな風にぽかんと口を開けたザイアス殿下が、わなわなと震えだした。


「貴様、からかうのもいい加減に……!」


「からかう?まさか。大真面目だよ」


 アレクがすっと手を上げて合図をした。すると、お兄様がフードを被った小柄な男を率いて前に進み出た。


 小柄な男は、フードに手をかけながら、穏やかな声でザイアス殿下へ語りかけた。


「お久しぶりです、兄様」


「は…………」


 フードを取ったその顔は、少し幼いが。ザイアス殿下とそっくりな顔の作りだった。


「エイアス……」


「良かった、分かってくれて。殺したはずだ、幽霊だと騒がれたらどうしようかと思いましたよ」


 ニコリと笑ったエイアスというザイアス殿下の弟らしき男は、一歩前に踏み出すと、冷たい視線でザイアス殿下を見つめた。


「ご自分の地位に胡座をかき過ぎたようですね、兄様。この国にいる間に、情報が遮断されていたのに気付かなかったのですか?」


「な……」


「下のものに情報を上げろとご命令してばかりだったのでしょうね。さっさと状況を報告しろと押さえつけてばかりで、貴方は自らは動こうとしなかった。……変わらないですね、兄様」


 そして、エイアス殿下は暗い憎しみの宿る目で、ザイアス殿下を睨みつけた。


「……人をモノとしてしか見ない残虐なドメルティス帝国は死んだんだ。僕達が、終わらせた。兄様が作った洗脳施設も解体したよ。もうあの薬も作らせない」


「ふ……ふざけるな!あれは、我が国の軍事力そのもので――っ、」


 す、とアレクの持つ剣先が、ザイアス殿下の喉元の更に近くに寄った。あと少しで切れるその位置に、ザイアス殿下の動きが止まる。


 剣を突きつけるアレクは、氷のように冷たい表情だった。


「東西に別れたドメルティス帝国は、東は分断し新しい国家へ、西はさらに細かく別れ、各州の自治が始まった。軍事で押さえつけ税収を得て、領地の管理は丸投げだったのが仇となったな。軍部が寝返った瞬間、そのまま各自治区が自らの力で動き出した」


「な……」


「軍部の者たちも自分の国家を作れると知って、喜んで寝返ったよ。皮肉なものだな。権力で押さえつけた者達は、権力に弱い」


 力が抜けたように膝をついたザイアス殿下を、冷たい視線でアレクが見下ろす。


 それは、王者の風格と――少しの悲しさを孕んでいた。


「……エイアスが作る新しい国は、西の貴族街を中心としていくつかの自治区を統合したドメルティス小国だ。エイアスより、新しい国作りのために、我が国の属国となり支援を受けたいと申し出があった」


 朝日が高く登った広場に、アレクの声が響く。


「――君の立場は今、私の臣下以下だ」


 その王者のような威厳のある声に、ザイアス殿下は呆然とアレクを見上げ、目を泳がせた後、力が抜けたように項垂れた。アレクは剣を納めると、一呼吸置いてから静かに告げた。


「ザイアス、君が連れてきた兵士たちもまもなく全員我が国の兵が拘束するだろう。逃げ帰っても国で捕まるだけだ。君にはたくさんの罪状がある」


「罪、状……」


「心当たりがないか、よく考えることだ――連れて行け」


 アレクの国の兵士がザイアス殿下を拘束し、引きずるように連れて行く。


 煤だらけの者ばかりの城の広場。


 その中で、一番美しい姿をしているはずのその後ろ姿は、上等な衣装をまとっていることを忘れさせるほど、気力の失われたみすぼらしい姿だった。


 その姿を見送ってから、アレクに視線を戻す。


「アレク……あなた、」


 この短期間でどんな無茶を、と声をかけようとした時だった。


 ぐらり、と目眩が起きたようにアレクがふらつく。


「アレク!?」


 慌てて崩れ落ちるアレクを支える。


 その顔は、びっくりするほど青白かった。


「やだ……やだ、アレク!」


 つらそうに固く目を閉じたアレクを震える手で抱きしめる。


 周りが慌てたように動き始めた。


 にわかに慌ただしくなった城の広場。


 高く登った太陽が、新しい時の始まりを告げるように、忙しない光を注いでいた。

読んでいただいてありがとうございました!


ついに!宿敵ザイアスをやっつけました!!

「はー!!!すっきりしたー!!!」と清々しい朝日を浴びてくださった読者様も、

「いやアレクどうした!??」と倒れたアレクを心配してくれた優しいあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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