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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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乱 参

 この古寺から、すずの住まう村まではまだ随分遠い。だが、はっきりと覚えている夢で見た月太の助けを求める声は月丸の心を不安で埋めた。


 吉房は月丸が背負い、呉葉は翼を羽ばたかせ宙を飛び、尋常ならば、二十日は掛かるであろう道のりを、僅か半日で駆け抜けた。


 日も落ちようとしている時分に、丁度村が一望できる山の上に辿り着いた。山から見下ろすと、道には畑仕事の帰りであろう者が歩き、家々からは夕食の支度であろうか、煙が立っている。それは月丸が見てきた、いつもと変わらぬ村の風景であった。


「良かった…。無事だった。」


 日が落ちた瞬間、西から感じる大きく禍々しい気配。百鬼夜行である。その気配から、まだここいらに来るまでに四、五日は掛かるであろうと思われた。安堵から、ふう、と息を漏らす月丸。


 月丸の安堵の呟きに、吉房も頷く。


「お前の故郷だ。此処は何としても守ってやらねばな。」


 吉房の言葉に月丸も頷いた。その顔は嬉しそうな笑みを浮かべる。すず達が無事であったことと、故郷と言われたことが嬉しかった。自分にも故郷と言える場所ができた。そう思えると自然、笑みが溢れる。


 程なく、すずの家に戻るやいなや、月丸の姿を見つけた佐ノ丈やすず達が飛び出して迎えてくれた。吉房を追う際に黙って出てきたためであろう。まるで戦さ場にでもいた様な姿の月丸を見て、すずなどはぼろぼろと涙を流しながら、月丸の無事を喜んだ。

 ひとしきり再会を喜び合うと、吉房は佐ノ丈やその家族に、何が起こっているのかを語った。

 十年前に京で起こった事、百鬼夜行の事、月丸が人の世を守るために家を飛び出した事。佐ノ丈はそれを神妙な面持ちで聞いていた。


「恐らく、百鬼夜行はこの近くを通るであろう。」


 吉房は最後にこう締め括った。佐ノ丈達も、その言葉が村の終わりを告げる事を悟る。押し黙って居ると、月丸が口を開く。


「だから、この村に結界を張って、百鬼夜行を欺く。みんなは俺が絶対に守るから。」


 月丸と吉房、呉葉は道中に策を練っていた。前回、山ごと封じた百鬼夜行の片割れは、月丸を狙って山に集まっていた。だからこそまとめて封じることができたが、今の百鬼夜行は、長い蛇の様な行列を残して居る。この長い距離を三方から取り囲み、結界で留めるのは、月丸はともかく、吉房や呉葉の身がもたない。

 その為、封は無理でも、行く先を欺くことならまだ叶うであろう。結界にて百鬼夜行の道を欺き、人のいない海辺へと百鬼夜行を集め、そこで纏めて封じてしまおうということになった。


「恐らく、百鬼夜行の行先は、鎌倉であろう。朝廷の手の者が放ち、邪魔な武家に百鬼夜行を向かわせたのなら、最も邪魔な地は鎌倉であると睨んでおる。

 ならば、通りすがりの武蔵野から、海へと欺くのであれば、恐らく百鬼夜行も疑うまい。」


 それが吉房の狙いであった。

 幸い、鎌倉に向かう道中、吉房が江戸前島で寝ぐらにしている社がある。江戸前島の先、日比谷入江の海辺に程近い場所にその社はあった。若き日の吉房が修業のために住んで居た場所であり、それ程多くない漁師が住まうが、皆吉房に世話になった者であり、伝えれば一時的に避難してくれるであろう。

 百鬼夜行は武蔵野から回り、鎌倉を目指すならば、その半島の先に百鬼夜行を導き、その地ごと、封じてしまおうと言う企てであった。


 本来、これほど膨れ上がった百鬼夜行の道を欺く事は困難である。だが、百鬼夜行に取り込まれながらも知を与えた陰陽師がいる。目的地が鎌倉ならば、そちらに進む様に欺くならば、効果はあるだろうと言うのが吉房の見立てであった。

 そうと決まれば、その晩から月丸達は動いた。まずは村全体に百鬼夜行の瘴気が届かぬ様、結界を張った。瘴気を防ぐためだけのものなので、それ程の力は必要ない。続いて、日が昇ると同時に、三人掛で百鬼夜行が向かってくるであろう道々に繋がる横道を封じて廻った。

 時同じくして、佐ノ丈は村の者達を集め、吉房の指示あるまでは村から出る事を禁じた。


 月丸の故郷となった村を守る為の企ては、三日を費やして、全ての準備が整った。月丸がすず達と夕食を共にしたのは、帰ってきてから四日目の夜であった。

 折角なので姉妹水入らずで、と、夫の正次郎の計らいで、久々に二人で語らいながら夕食をとった。最も、月丸の腕には月太が心地良さそうな寝息を立てているが。


「月ちゃん。寝ずに駆け回っていた様だけど、体は大丈夫なの?」


 心配そうに尋ねるすずに月丸は笑って答える。


「大丈夫だよ。この村は、すず達は絶対に守ってみせる。その為に動いてるんだ。辛くも何ともないよ。」


 そう言いながら、久々に抱く月太を見る。健やかに寝息を立てながら、月丸の指をしっかりと握っている。


「絶対に守る。俺が…。絶対に。」


 夢で見た声が頭から離れない月丸は、自らに言い聞かせる様に、呟いた。


 今宵の百鬼夜行の気配から、明日の晩にはこの村の近くを通るであろう。一晩で通り過ぎるのか、翌晩も続くかはわからない。

 ただ、守る。月丸の頭はその一念のみであった。すずは、そんな月丸の頬を、むにっと横に引っ張った。


「だめよ。怖い顔ばかりしてちゃ。可愛らしい顔が台無しよ。私も、村のみんなも。月ちゃんの無邪気な笑顔が大好き。でも…。」


 すずは手を離すと、月丸の頬を撫でながら言葉を続ける。


「私も月ちゃんの力になりたいけど、何もできなくて、ごめんなさい。危なくなったら、私たちの事は気にせずに逃げるのよ。」


 すずの言葉に驚いた様に月丸が返す。


「大丈夫。すずがいるから、すずのためなら俺は何でもできる気がする。俺は逃げない。もし、俺が死ぬとしても、すず達を守り抜いてから死ぬよ。俺にできるのはそれくらいだから。」


 月丸が良い終えるや、すずは月丸の頭を自分の胸に埋めた。


「死ぬなんて言わないで。百鬼夜行は人の業と吉房様に聞いたわ。人の業なら人に返るのは当然なの。月ちゃんが苦しむ事はないの。だから、死ぬなんて言わないで。」


 吉房から色々聞いたのであろう。すずから溢れる声は震えていた。すずに抱かれながら、月丸はくすりと笑う。


「すずはすっかりとお母さんの匂いだな。優しいくて安心する匂いだ。」


「月ちゃんは、出会った頃のままね。可愛らしくて、優しくて、無邪気なまま。」


 月丸は顔を上げると、すずの目をまっすぐに見た。


「俺が優しいのだとしたら、それはすずが教えてくれた事だ。すずが色んな事を教えてくれたから、俺は妖霊としてではなく、月丸として居られる。すずは俺にとって友達でもあり、兄弟でもあり、お母さんでもある。この世で一番大切だと思ってる。そのすずを守るんだ。苦しいことなんて何もない。」


「私だって、月ちゃんは大切な家族と思ってるの。大切な家族にこんな危ない事なんかさせたくないよ。」


 月丸の言葉に、いつしかすずからは嗚咽が溢れていた。自分のためにこうも泣いてくれる。こうも心配してくれる。人外の自分を家族と言ってくれる。

 これ程嬉しい事はなかった。気付けば、月丸もぼたぼたと大粒の涙を流していた。


 その晩は色んな思い出話を語らいながら眠りについた。




 呉葉は小高い山の上で吉房と共に東の空を眺めていた。百鬼夜行の禍々しい瘴気と共に、遠くの山にその姿を現したのだ。


「やはり、明日にはこの村の横を通りますね。」


 呉葉は東から続く道に目を向ける。呉葉の言葉に、吉房も頷く。


「幸か不幸か。儂等の企てに百鬼夜行が乗っかってくれたわ。これで、ここさえ守り抜けば、後は人里ない道を江戸前島まで誘うだけ。明日の晩が正念場よな。」


 吉房はそう言うと手に持つ竹筒を口に運んだ。


「なぁ呉葉よ。儂はもう歳を取りすぎた。踏ん張ってもこの百鬼夜行を封じることが最後の勤めになるやもしれん。」


 吉房の言葉に驚く呉葉。


「何を言われます。その様なこと、縁起でもありませぬ。」


 驚く呉葉に、手に持つ竹筒を手渡す。吉房の意図が分からず、呉葉は竹筒の酒を口に運んだ。


「儂は唯の人じゃぞ。お主らの様に長き時を生きる事も、お主らの様に強き妖力を持つ事もない。先の山を封じた時に、体がついてゆかぬ事を実感した。恐らく、これが最後となるであろう。」


 術ならば、第六天魔王の力を宿す呉葉でも、この自らを唯の人と言う吉房に敵うかどうか。幼きとはいえ、妖霊ともやりあったこの法師。

 徳ならば、人を怨み、命を狩り続けた自分に人の情を取り戻させてくれた。妖霊に情を与えた。


 いつしか呉葉は、吉房を神格化していた。だが、山を封じた後、動けぬ程疲弊した吉房を見ている。だからこそ、吉房から語られる言葉を静かに聞いた。


「儂がもし、いなくなった時、月丸を導いてやれるのは呉葉。お前じゃろうと思っておる。喜びも悲しみも、恩も怨も知っておるお前ならば、きっと月丸を導いてくれる存在とな。」


 吉房の言葉に呉葉は首を横に振る。


「何を言われますか。月丸さんを導くは吉房様でなければなりませぬ。私が導いてもらえた様に。ならば私は吉房様をお守りしましょうぞ。決して最後にさせませぬ。」


 決意を語る呉葉に吉房は笑いかける。


「かか。呉葉や月丸に比べれば、儂なんぞ小童みたいな者なのにのう。不思議なものじゃ。まぁ、そう言われるなら、もうちょっと踏ん張ってみるかのう。」


 そう言うと、呉葉の手から竹筒を取り、ごくりと音を立てて酒を飲み下した。

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