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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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乱 弐

「人とは、何と愚かなのだ。人を助けてくれた月丸おまえに矢を射るなどと!すまぬ。月丸。辛かったであろう。俺が謝っても許されることではないかも知れないが…どうか許してくれ。俺は俺だけは…死ぬまでお前の味方だ。」


 話の途中で突然怒りの声を上げたかと思うと、深々と頭を下げ、謝り出す雄座。


「いや。雄座、お前が謝る道理ではないよ。射抜かれてたとはいえ、ほら。今は何ともないしな。」


 そう言いつつも、雄座の言葉は嬉しかった。俺だけはお前の味方。その友としての言葉は月丸の心を十分に満たしてくれた。

 鞍馬はふん、と鼻息を荒げる。


「まぁ、いつの世も人の業は深いよの。そもそも百鬼夜行自体、人の怨で生まれた禍であるしな。しかし、ただの破魔矢が妖霊に通じるとは思えんが。そんなに百鬼夜行の封は大変であったのか?」


 ずっと申し訳なさそうに、まるで今にも泣き出しそうに謝る雄座に月丸もどう宥めて良いやら困っていたため、鞍馬の疑問の声は助け舟であった。


「ああ。あの頃は俺もまだ幼く矮小であったからな。力の使い方も、術の使い方も下手でな。全ての力を百鬼夜行への結界に向けていたからであろう。己を護るのも百鬼夜行の瘴気から守るので精一杯で、今思えば油断だらけだな。」


 雄座の気を逸らせたので月丸も安堵する。


「もし今、同じことをするのであれば、どうだ?やはり結界で手一杯になるか?」


 続けて鞍馬が問う。月丸はちらりと雄座に目をやると、相変わらず落ち込み項垂れている。人の所業を自分のことのように落ち込む雄座を思えば、話を逸らした方が月丸としても都合が良い。


「今なら、あの程度の結界、さして苦ではないよ。子供であったからこその油断だな。あの頃の俺は恐らく、今の分身よりも弱かったであろうな。心も体も技も。」


 そう言うと、月丸は手に持つお猪口を口に運び、喉を潤した。

 鞍馬は腕を組み、首を傾かせてうむむ、と考える。


「しかし、お前の師、吉房は本当に人か?妖霊であるお前を生き返らせたなど、とても信じられん。人の術で、死者を蘇らせる等、ましてや妖霊を生き返らせたのだぞ?尋常ではない。」


 月丸はにやりと笑みをこぼし、まるで自慢するかの様に鞍馬に言う。


「ああ。吉房は俺の師だぞ。人としても、術者としても。あのお方は尋常ではない。優しく、強く、慈愛に満ちた人だよ。」


 そう、自慢げに語る月丸の表情は、雄座からしてみれば、まるで自分の父親を自慢するかの様に純粋に見えた。

 月丸と出会ってから語り合い、月丸を知った気でいたが、この様な月丸を見るのは初めてであった。雄座にとって、それもまた、嬉しく、人の業で苦しませたことへの申し訳なさと相まって、複雑な心持ちにさせた。


「雄座。お前が居てくれて、俺は今が楽しいと思える様になった。だから、お前は何も気にする事はないよ。また、誰かのために何かをしてやりたい、その気持ちを思い出させてくれたのだから。お前にも感謝している。」


 複雑な表情をしていた雄座の心を読んだのか。月丸はそう呟いた。酒も入っており、雄座は月丸の言葉にほろりと涙をこぼし、慌てて拭った。



 月丸は、呉葉や吉房から、術によって癒され、一命を取り留めたと聞いていた。それは道祖の神から吉房が言われた事であったが、実際に月丸の命を救ったのが、道祖の名もなき神であった事を月丸自身は知らなかった。



「吉房殿も呉葉さんも揃ったのであれば、百鬼夜行は無事に封印できたのだな?」


 雄座の言葉に応えたのは鞍馬であった。


「んん?封じたのか?ならば、何故お主は儂が目覚めた時に…」


「鞍馬!」


 鞍馬の疑問の声を月丸が強く制した。しかし、直ぐにいつもの声で言う。


「いや、すまない鞍馬。そうだな。隠す必要もないだろうな。雄座にも、あやめにも。勿論、鞍馬にも。むしろ、知ってもらった方が良いのだろうな。」


 歯切れの悪い月丸に、雄座は言いにくい事があるのであろう事は察する。好奇心は高まるが、月丸自身が言いたくない事を聞くのも憚られる。


「何かあるのだな。良いのだぞ。知られたくないことなど、誰にでもある。気にするなよ。月丸。」


 そう言う雄座に、月丸は笑う。


「はは。では雄座も俺やあやめに言えぬこともあるのかな?」


 月丸の言葉にあやめも興味を引き、意地悪そうな笑みを浮かべて身を乗り出した。


「それは聞いてみたいですね。ぜひ教えてください。雄座さん。」


 そんな月丸とあやめに迫られ、今度は雄座が慌てる。


「いや、別に俺は隠さなければならない様な事はないぞ。」


 雄座の慌てぶりを笑う月丸。


 ふう、と一息つくと、月丸は語りだした。






 月丸はずっと眠ったままであった。吉房と呉葉は、山寺に月丸を運び入れ、ずっと共にいた。この山寺自体も、立ち入った時は、百鬼夜行の瘴気に当てられたのであろう。僧の亡骸が点々と転がっていた。吉房はこの僧たちを埋葬し、月丸が目覚めるのを待った。その間、呉葉は、百鬼夜行の瘴気が夜ごとに大きくなっていることに気付き、吉房にもそれを伝えていた。百鬼夜行が大きくなる、それはつまり、人や神や妖が犠牲となり取り込まれていることに他ならない。


 急がねば、三人で結界を張っても防げるかどうか分らぬほど大きくなってしまう。だが、肝心の月丸は、道祖神から生を戻してもらってから、ただの一度も目を覚まさなかった。



 月丸は夢を見ていた。


 今は母となったはずのすずが、幼少の姿で月丸と共に山で遊んでいる夢であった。一緒に綺麗な落ち葉を拾って喜んでいると、切り株の上で寝ていた月太が泣き始めた。


「この子は?」


「何言ってるの月ちゃん。私の子の月太じゃない。月ちゃんが沢山お世話してくれるから、すっかり月ちゃんの方に懐いちゃってるけどね。」


「ああ。そうだった。おいで。月太。」


 先程まで幼子の姿であったすずは、大人の姿へと変わっていた。月丸はよたよたと歩いてくる月太を抱き上げると、よしよしと揺らしながらあやした。


「いっぱい遊んだな。そろそろ帰らないと、月太もおなかが減っているかもな。」


 そういう月丸にすずもそうね、と微笑む。


 二人が山を下りようとすると、月太は更に泣き出してしまう。月丸が一生懸命あやすが、泣き止む気配がない。余程お腹が空いているのだろうとすずは切り株に腰掛け月太に乳を与える。それも月太は拒否し、泣き続けた。困った月丸は何とか笑ってもらおうと、手で顔を隠し、ばぁ、と月太をおどかしてみたり、歌を歌ってやったりしたが、それも月太を笑わせることができなかった。


「どうしちゃったんだ?寒くなったのか?」


 そう言いながら月太に顔を近づけると、言葉ではない、言葉ではないが、何故か月太と思える声が月丸の耳に響いた。



-おとおさんとおかあさんをたすけて。おねがい-



 その刹那、月丸は目を覚ました。ばっ、と上身を跳ね上げると、辺りを見回す。どこかの屋敷か。障子に囲まれてた部屋であった。ふと下をみると、布団の上であった。先ほどの夢の事もあり、何故ここに居るのかを思い出す。そして、気付いたように来ていた寝着を肩から下ろすと、自らの身体を見回した。


 思い出した。散々矢を撃ち込まれた。はずであったが、その傷はどこにもなかった。途中で意識が消えたため、どうなったか覚えていない。あの武士たちはどうなったのだろう。いつ、ここに来たのだろう。百鬼夜行はどうなった?爺ちゃんは?

 色々な思考が巡る月丸であったが、からりと開いた障子に目をやり、安堵の顔色を浮かべる。


「月丸さん。月丸さん!」


 入ってきたのは、呉葉であった。月丸の身体を拭きに来たのであろう。その手には水を入れた桶があったが、月丸が起きていることを確認するや否や、桶を放って月丸に抱きついた。


「良かった…。本当に良かった…。もう目が覚めないのではと不安で不安で。」


 何も言わず呉葉に抱かれ、泣く呉葉の頭を撫でながら、月丸は察する。


 ああ、あの武士たちにやられそうになった時、師と呉葉さんが来てくれたんだ。そう思った。


「ありがとう。呉葉さん。おかげで助かったよ。あの百鬼夜行を抑えるので精一杯でさ。あの武士たちまで手が回らなかったんだ。」


 月丸の言葉に顔を離し、まじまじと見つめる呉葉。そして思い出したように立ち上がる。


「そうだ。ちょっと待ってて。今吉房様を呼んでくるから。」


 そう言うと、慌てて部屋から飛び出して行ってしまった。


「良かった。お師様も元気になったんだ。」


 月丸は改めて、体を後ろに倒し、布団に身を委ねた。そして、なぜかぼうっとする頭で考えるのをやめ、開け放しにされた障子から、庭を眺めていると、吉房を連れて呉葉が戻ってきた。吉房は月丸の隣に腰を下ろし、横になる月丸の頭を撫でた。


「どうじゃ?どこか痛む所はあるか?儂がわかるか?」


 優しい声と頭に当てられた手のぬくもりを感じながら、月丸は笑って応えた。


「分かるよ。お師様が分からないわけないだろう?それにもう何処も痛くない。お師様は癒す術も凄いな。傷もないよ。」


「すまなんだな。お前を一人で行かせるべきではなかった。儂もおれば怖い思いをさせずに済んだのに。すまなかった。生きていてくれてよかった。」


 それから月丸は自分が十日も眠り続けていることを知らされた。吉房からは、武士に襲われ、危ないところに間に合った吉房達が助けたのだと聞いた。そして、その場に道祖神があったため、道祖神には別の安全な場所にお移りいただいたのだという。その話を聞き、月丸は安堵した。


「良かった。爺ちゃんも無事だったんだな。百鬼夜行を封じ終えたら、会いに行きたいな。」


 吉房からの話を聞きながら、ぼうっとしていた頭が鮮明になってゆく。百鬼夜行を封印しなければ。そして夢の事を思い出す。


「お師様!俺、十日もここで寝ていたんだろう?百鬼夜行はどうなった?」


 全てを思い出し、月丸は布団から飛び出し、吉房の袖を掴んだ。吉房は首を縦に振りながら、静かに語る。


「もう、随分と東へ向かってしまった。だが、お前を放って置くことは儂には出来ぬ。」


 吉房の言葉が終わる前に月丸は声を高める。


「すずが夢に出てきたんだ。月太も。月太が俺に助けてと言ったんだ!凄く嫌な予感がする。急いで百鬼夜行を追おう。」


 月丸の真剣な眼差しを暫し見据えた吉房は、ふむ、と声を漏らすと立ち上がった。


「すぐ用意しよう。出発するぞ。」

 

 三人は直ぐに山寺を後にした。

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