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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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百鬼夜行 捌

 月丸と吉房、そして呉葉を含む3人は、すぐに百鬼夜行封じへと向かった。その途中、月丸は事の詳細を吉房に伝えた。


 術者達は月丸に対して敵いもせぬ術を放ち続けた。吉房によると、月丸を足止めする為であったのであろうという。丁度、東西で百鬼夜行が分断される日を狙い、東へ向かう百鬼夜行は当初の目的である武家の制圧。西に分けた百鬼夜行を妖霊に向かわせ、百鬼夜行の力で妖霊を討とうと考えたのであろう。だが、それを行うためには妖霊が敵であることを百鬼夜行に強く認識させる必要がある。そのため、妖霊への怨を術者達が自らを贄に注ぎ込んだのだという。


 自ら百鬼夜行に取り込まれてまでも、妖霊を討とうとしたのであろう。


「愚かな事じゃ。」


 吉房は最後にそう呟いた。

 百鬼夜行に取り込まれれば、永き世を怨の念を持ちながら彷徨い続けることとなる。愛する者も、守るべき者も解らなくなり、只々、自分の怨で他者も取り込むためだけの存在と成り果てる。だが、術者とはいえ、妖霊を討つためにはそれほどの覚悟が必要であったのだろう。結果としては、妖霊を討つことはできなかったが。


「俺の事は心配要らない。あの程度なら返り討ちに出来る。だが、人里に入ってしまえばまた多くの犠牲が出る。」


 月丸の言葉に呉葉も頷くが、吉房は苦い顔をする。


「いや、早々に片を付けねばならん。月丸はやむを得ぬとはいえ、昨晩西の百鬼夜行を討った。恐らく、今晩には奴らは復活しておる。昨日よりも強く、巨大になってな。何より、あれ程の巨大な百鬼夜行が二分するなど、前代未聞の事態じゃ。早めに決着させねば何が起こるか解ったものではない。」


 月丸も吉房より聞き及んでいたので理解はしていた。だが、昨晩は蹴散らさねばならないと思えるほど、不安が月丸を支配していた。一人であったからか。百鬼夜行の気に当てられたためか。それはわからないが、その殆どを討ち払ったのは事実。今宵、百鬼夜行がどれ程強大になっているか、月丸の心に再び不安が渦巻く。


 わしわし。


 月丸の不安を悟るように、吉房は昔のように月丸の頭を強く撫で回した。


「安心せい。儂とお前と、今は呉葉もおる。ならば怖いものなどない。数日で片付けるとしよう。」


 笑う吉房に月丸はやっと安堵を覚えた。月丸の吉房に対する信頼は絶大であった。その吉房から怖いものなどない。そう言われたのだ。ならば、百鬼夜行を恐る事はない。


「そうだ。お師様。東へ向かう百鬼夜行だが、見張っていた分身を解いたので、行方がわからない。如何すればいい?」


 吉房は駆けながらも、ふむ、と考える。

 昨晩の仔細を聞いていた吉房は、月丸の分身を使う事とした。月丸一人で駆ければ、今日中に東の百鬼夜行を突き止めることができるであろう。分身での術はまだ上手く使うことができないが、見張りだけであれば何とかなる。すわ襲われたとしても、昨晩のように分身を解いてしまえばいい。


 吉房の案に月丸も同意し、髪の毛から分身を作り出すと、その分身を東に向かわせた。


 やがて徐々に日が傾く。


 月丸達は昨晩、百鬼夜行を討った山、道を挟んで反対側の離れた山にたどり着いた。遠目で見ても、昨晩の月丸の術の痕が窺える。山の片面が抉れるように消えてなくなっている。


「かか。盛大にやったの。」


 呉葉はその光景に驚き、吉房は苦笑いをうかべた。

 月丸にとって昨晩、あれ程不安に駆られたあの光景。今は師がいる心強さが安堵に繋がる。


 西の百鬼夜行は日が落ちればあの抉れた山に現れる。既に道を逸れて土が剥き出しとなっている山肌に現れるであろう。道なき以上、これまでの封じ方は使えない。


「なぁに。その為に一晩掛けてこれを作ったのじゃ。」


 吉房は懐から苗木を一本取り出した。


「儂は神々の加護をいただいておると言うたな。その神々に願い奉り、一つの力をこの苗木に戴いた。その力とはこの苗木の周り一帯を封じてしまう神の結界よ。そこらの術者や妖怪では手も足も出ぬ。一度封じてしまえば、儂ですら解けぬ。あの山に植え、あの山と百鬼夜行を纏めて封じる。人も妖怪も神も立ち入れぬ死した山となるが、国が死ぬよりまだましであろう。」


「神が力を貸してくれたのか…。心強いな。」


 月丸が感心していると、吉房はふむ。と頷く。


「強大な百鬼夜行を封じるためと願い奉れば、これ程の力を与えてくれた。やはりあの百鬼夜行は恐ろしい程の脅威なのであろう。神々にとっても。」


 そこで月丸は気付いた。


 十年前も、今も。百鬼夜行の歩いた地に山神の気配も、他の妖怪の気配もなかった。逃げたのか、百鬼夜行に取り込まれたのか。百鬼夜行の存在は、人への脅威だけではない。神にとっても脅威であるのであろう。


「如何やって植える?俺が行こうか?」


 月丸の言葉に吉房が頷く。


「ふむ。明日、儂をあの山の頂上に連れて行ってくれ。そこで儀を行う。今晩は奴らをあの山から出さぬため、結界を張る。じゃが、儂だけでは山一つ結界で包むなど、できんのでな。」


 吉房は月丸と呉葉を交互に見る。


「二人とも。儂に力を貸してくれるか?」


 断ることなどなかった。月丸と呉葉は吉房より符を貰い受けると、術を学び、百鬼夜行がいる山を囲むように三方に分かれた。


 月丸、吉房、呉葉はそれぞれ符を掲げて呪を唱える。やがてその符はふわりと宙に舞い、ぴたりと止まった。そして三人の符が繋がる様に淡い光が広がり、やがて百鬼夜行のいる山を中心として三角の結界が形成された。

 そしてそれと同時に日が落ちた。禍々しい気配が辺りを染め上げる。昨晩、焼き、打ち払った百鬼夜行は、一晩ですっかりと元の規模に戻っていた。いや、明らかに数が増え、増大している。これが、己が怨を基に増大するという百鬼夜行の恐ろしさである。


 その強大な百鬼夜行を山ごと封じるのである。月丸自身も、結界を維持するため、力が奪われてゆくのが分かるほどであった。

 神の加護を受けた吉房。

 第六天魔王の力を譲り受けた呉葉。

 そして妖霊である月丸だからこそ出来た所業である。


 結界の中でわらわらと蠢く百鬼夜行。しかし、結界の効力なのか。その声は昨晩のように月丸の耳に届く事はない。道を逸れ、標を失った百鬼夜行は東西南北無秩序に動き回る。ある者は結界に気付き、破ろうと牙や爪を立てている。

 その度に結界は術者の力を吸い上げ、結界の力を引き上げる。


 妖霊である自分がこれ程の力を使うのだ。


 人である吉房は大丈夫であろうか。


 呉葉は大丈夫であろうか。


 結界があるうちは無事なはずである。二人の無事を祈りつつ、月丸は結界を維持した。


 そして永遠とも思える長い夜は東の空が明るむと同時にそれは終わった。日が昇り、百鬼夜行の姿が消えたその瞬間。結界が消えた。月丸はがくりと膝をつく。これほど疲れたのは、鞍馬天狗と戦った時以来である。だが震える膝を抑え、足に力を入れて立ち上がる。

 結界が消えたのは一角、吉房のいる場所からである。自分の疲労よりも、まずは吉房の無事を確認したかった。躓き、転びながら月丸は吉房の元に戻ると、そこには倒れ込む吉房がいた。


「お師様ー!」


 月丸は今にも泣き出しそうな声で叫び、師の元に駆けた。吉房を抱き上げると、その腕はだらりと垂れ下がった。月丸の目からぼたぼたと大粒の涙が落ちる。戻ってきた呉葉も、その光景を見た瞬間、真っ青な顔で崩れ落ちた。



 涙で何も見えない月丸の頬を優しく撫でる手。


「馬鹿もん。勝手に殺すで無い。腕も上がらん程疲れたわい。」


 その声に月丸は目を丸くし、呉葉は安堵し、二人して大声を上げて泣いた。脅かすつもりもなかった吉房は、月丸の膝の上で月丸の涙を受けながら苦笑いした。



 呉葉は薬になる薬草を。月丸は水と食べられる木の実や魚を集めて吉房に与えた。

 日が最も高くなる頃、やっと吉房は体を起こすことができた。


「さて、日のあるうちにあの山を封じなければならん。月丸、儂を連れて行ってくれるか?」


 起き上がる事はできても、まだ山道を歩くまでには回復してはいなかった。だが、再び夜を迎えれば、二夜続けてあの結界を作る事は出来ないだろう。

 吉房の言葉に月丸は頷くと、吉房を背負って、山の頂上向けて駆けた。揺らさぬ様に、慎重に。その後ろを呉葉が付き添う。


「がはは。孫に背負ってもらっておるじじいみたいじゃな。」


 背中から吉房の笑い声が聞こえる。月丸はそれが嬉しかった。無事でよかった。呉葉も、自分も、妖である二人が疲弊するほどの結界。人である吉房にはどれ程負担があるのか分からない。倒れていた吉房を見た時、頭が真っ白になった。怖かった。あんな思いはしたくない。そう思えた。だからこそ、今背に感じる温かさが嬉しかった。


 頂上に着くと、吉房は座り込んだ。まだ足が立たない。


「吉房様、封術をお教えくだされば、私が…。」


 呉葉が言う。


「俺も、俺がやるよ。教えてくれ。」


 月丸も同じく言う。


 疲労の色深い吉房を案じての事であったが、意外にも吉房は頷いた。


「ふむ。二人に任せよう。じゃが、任せるのは東に向かっている百鬼夜行じゃ。これから行う儀。しかと見て覚えよ。」


 そう言うと、座ったまま、懐から苗木を取り出し、呪を唱える。月丸も呉葉も、吉房を支えながら、一語も聞き逃さぬ様に、一挙手一挙動見逃す事なく、師の術を見守った。


 呪を唱え終えると、苗木が神々しく輝く。


 その苗木を掲げ持ち、そのまま深々と二度、礼をした。


 再び掲げ持つと、吉房の霊力が大きく広がるのを感じた。


 そして苗木をそのままゆっくりと地面に付ける。


 すると苗木が地に付いた刹那。ぶわりと拡がる神聖な気配。昨晩、三人で作り上げた結界の比ではない大きな力が山一体を覆った。


 あまりにも強く、あまりにも温かく、そしてあまりにも恐ろしい力で囲まれている。


 その力に月丸も呉葉も驚く。


「ふう…。終わったわい。」



 振り返り、いつもの穏やかな笑みを見せる吉房。


「これが神々の力じゃ。」


 そう言って、がははと笑う師を見ながら、月丸は素直に吉房を師と仰ぐ自分を誇らしいと思えた。



 再び吉房を背負い、山を降りると、改めてその結界の凄さを知った。結界の境界を抜けた刹那、それまで見ていた山は、どこにも見えなくなっていた。月丸が削った山は、先程まで居た山はどこにも見えない。


「お師様…。山が…。」


 驚く月丸に、吉房が答える。


「この神の結界で封じられたのだ。百鬼夜行も山も。その結界内に封じられたものは、もう二度と見る事はないであろうよ。恐ろしいのう。神の力は。」


 場所全体を巻き込み、百鬼夜行を封じたのだ。恐らく、封の礎となるあの苗木が育ち、枯れ果てるまでは、この地は誰の目にもつかず、誰の侵入も許さず、誰も出る事はできない。


「さぁ。次は東じゃ。」


 吉房の言葉に月丸と呉葉が頷いた。


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