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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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百鬼夜行 陸

 百鬼夜行の先頭に近付くにつれ、様々な式神が月丸を襲った。


 鬼の顔を持つ蜂。


 羽を持つ蛇。


 餓鬼や小鬼。


 様々な姿で襲い掛かる。その式神を月丸はまるで気にすること無く焼き払った。無論、術者に式が返らぬように討ち払ってゆく。

 だが、月丸の中でも疑念はある。呉葉達を襲い、百鬼夜行を解き放ったのは、都の陰陽師。そして、恐らく今襲い掛かる式神を放っているのも、その陰陽師共ではないか。式を返さぬようにしてやる義理もないが、吉房の教えである。無闇に命を奪う必要もない。

 そう思えば、この襲い掛かる式神に苛立ちが芽生えるものの、まずは百鬼夜行の封印が先である。このまま東に向かえば、すず達の村も襲われる可能性がある。それだけは絶対にさせない。色々な思いを馳せながら、月丸はやっと百鬼夜行の先頭を見つける。


 月丸の立つ小高い山は遠くを進む百鬼夜行を見下ろせ、かつ、距離が離れている。此処で日が昇るまで監視する事にする。

 月丸は側にあった岩に腰を下ろす。そして座ったまま、右手を上にかざす。すると、月丸を中心に薄ら光る結界が辺りに広がった。この場にもやってくる式神が煩わしかった月丸は、結界により式神の接近を封じた。

 だが、それは月丸にも思いつかない結果を生む。

 もう間も無く日が昇ろうとした時、月丸の後ろに近付く気配。小さな獣のような小さな気配。結界に閉じ込めてしまったかと、月丸はその気配に目線を向ける。


「あ」


 月丸の視線に怯えたように声を漏らしたのは、山伏のような姿をした男であった。歳の頃は十七、八歳くらいであろうか。怯えたように、不安げな表情を見せる。


 恐らく、陰陽師の仲間の一人であろう。

 百鬼夜行の進む東への道を封じる者がいた。そしてそれを再び解く者もいた。少し考えればわかった事だ。陰陽師どもは、月丸同様、百鬼夜行から離れた場所を陣取りながら、百鬼夜行の邪魔をさせぬ様、見張っていたのだろう。

 百鬼夜行を封じた時も獣程度の小さな気配は感じていた。恐らく陰陽師の気配も紛れていたのだ。今、この背にいる者も、結界術であろう。およそ人の気配とは思えぬ程、気配を極限している。


 そして、月丸が百鬼夜行の道を封じ、立ち去った後、その封を解いたのであろう。


 さて、この陰陽師もその一味で間違いない。苛立ちはあるが、何もしないのであれば無視するつもりでいた。


「何か用か?」


 視線を百鬼夜行に戻しながら月丸が問う。山伏姿の男はふう、と大きく息をこぼし、細々とした声で言う。


「私はこの山で修験を積む者。其方こそ、我が修験の場に何用や?」


 月丸はその問いには応えず、言い放った。


「此処は俺の結界内。陰陽の術は使えぬ。死にたくなければじっとしていろ。」


 その言葉を放ち、黙り百鬼夜行を睨む月丸。暫しの沈黙の後。


「妖怪風情が!」


 叫びと同時に、月丸の頭の上で刀が弾ける。山伏は自ら渾身を込めて打ち下ろした刃が、宙で見えぬ何かに弾かれた事に驚く。何のことはない。月丸自身を守る結界に阻まれただけである。

 月丸は後ろを振り向くこと無く、妖気を僅かに放った。月丸の妖気に当てられ、山伏姿の陰陽師は、白目を剥き、その場に崩れ落ちた。

 殺してはいない。だが、二、三日は目覚めないであろう。運が良ければ生き残れるであろうし、運が悪ければ獣なりの餌にでもなるだろう。陰陽師にかける情けは月丸にはない。安土の死、百鬼夜行の解放、呉葉の命を狙い、吉房をも狙う陰陽師。吉房の教えで、自ら殺すことはしない。だが、助けてやろうとも思えなかった。


 やがて日が昇り、月丸は結界を解く。昨晩は気にしていなかった小さな気配。恐らくその殆どが陰陽師と配下の術者であろう。数十の気配が此処を目指してやってくる。ならば、この後ろに倒れる山伏は仲間に助けられるであろう。


 月丸は全力で駆け山を降り、百鬼夜行の先頭の居た場所までやってきた。山の上を見ると、小さな気配が山頂を目指している。仲間の術者達であろうか。倒れた仲間を救うためか、妖霊を狩るためか。何にしろ、構ってやる気はない。

 月丸は淡々と道に封を掛けた。だが、此処からどうするか。反対の道も封じなければならないが、今、この場を離れれば、再び陰陽師どもにこの封を破られる。ならば妖術で封を守れば…。試してみると、封印の力ごと閉じ込めてしまい、意味のないものとなった。何より、月丸の妖術による結界では、百鬼夜行は騙されず、怒り、猛り、その力を増してしまう。


 月丸はふと、思い出した。吉房はまるで意思を持つような式神を操った。声を掛ければ返事をするし、日和の話もできた。そのような式神を作れれば、自分は此処を守り、式神を西に向かわせる。さすれば東西の道の結界が完成する。月丸は早速、懐から人型の紙を取り出すと、口元でほそり、と呪を唱えると、紙を放った。

 紙はみるみる姿を変え、手の平ほどの小さな童の姿に変わる。


「百鬼夜行の封の術。使ってみろ。」


 月丸は式神に命じたが、式神は首を傾げるのみ。月丸の術では、まだ自我を持つ式神を生現せる事は出来なかった。

 何もせぬまま、式神はぽん。と紙に戻り、風に飛ばされていった。


 腕を組み、暫し考え込む。いっそのこと、邪魔をする陰陽師達の命を奪ってしまうか?だが、この地で命を奪えば、魂は消せても、怨は百鬼夜行を増大させる。何より吉房に合わせる顔がない。殺すのも却下だ。


 しばらく悩んだ末、陰陽の術ではなく、妖術を使う事にした。月丸は髪を一本抜くと、その髪に妖気を注ぐ。妖の力は、月丸の望む形に髪の毛を作り替える。月丸はうん、と、頷くと、髪の毛を宙に投げた。


 現れたのは、もう一人の月丸。


 式神がうまく作れないなら、妖術で作ってしまえば良い。幼い月丸が思い付いたのが、分身であった。

 だが、月丸が右手を上げれば、分身も右手を上げる。


「おい」


 と、声を掛ければ、


「おい」


 と、返す。


 月丸が考え、起こす行動が、そのまま分身の動きとなった。

 さて、これでは、自分も動かねば、この分身も動かない。これもまた、失敗か。そう思った時、違和感に気付く。分身が見ている自分の姿が、意識を向ければ見えてくる。

 分身に意識を預ければ、動かせるのではないか?


 そう考え、分身に意識を沈める。すると、薄らと見えていた自分の姿は、まるで目の前に居るようにくっきりとした。目の前の自分は、すず達の家を後にしたままの着流し姿。本物の月丸である。下を向く。分身体であるため、何も纏っていない体が見える。

 手を握ってみる。握ると握られる感覚がある。


 目の前の本物の月丸の肩を叩いてみる。肩を叩く感覚も、叩かれた感覚もある。しかし、自分は動いていない事も分かる。だが、動いている。

 二つの体を一つの意識で動かすのは中々難しいが、動かせている。ならば分身これを此処におき、自分は西に向かうことができる。

 しかし、分身とはいえ、素っ裸で此処にいるのも不快である。月丸は上に着ていた着物を脱ぎ、分身に与えると、西に向かって駆け出す。無論、走りながらも、横道がないかを確認している。数刻後、ある程度駆けた月丸は足を止めた。


「恐らく、百鬼夜行の尻尾はこの辺りだろう。夜にならねば分からないとは厄介だな。」


 辺りを見回し、この辺りを見渡せる高台を探す。そしてそれらしい高台を見つけた時、月丸は動きを止めた。


「来たな。」


 この感覚は、分身の方であった。意識を向ける。

 気配は山猫か犬か。それ程小さいが、十ほどは居るだろう。分身を中心に、円に囲まれている。獣であれば、その様な動きはしないだろう。


 陰陽師どもが様子を見ているのだろう。変な事をされても面倒だ。そう思い、妖気を僅かに放ちながら、分身つきまるは声を上げた。


「俺は妖霊だ!それ以上近づけば、ただでは済まさぬぞ。」


 その声に、周りを囲っていた気配が、徐々に遠ざかるのを感じた。陰陽道を進む者ならば、妖霊の名は効果があるだろうと考えた月丸の予想が当たった様で、その日はそれ以降、気配が近づく事はなかった。


 その晩、百鬼夜行の最後尾を見つけた月丸は、日の出とともに封を施した。これで、この一本道を百鬼夜行は迷い続けることとなる。月丸は安堵するが、此処を離れれば、再び陰陽師達術者が封を放つやも知れぬ。

 分身は東の道を。月丸は西の道を。それぞれ見張ることとした。

 夜になると、封があるとはいえ、これ程大きくなった百鬼夜行の怨は強く、近くにいては月丸もその怨に取り込まれそうになる。月丸は昼は封の側に。夜は取り込まれぬ様、離れた山から。数日見張り続けた。

 

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