百鬼夜行 伍
人の怨は早々消える事はない。
己の身の不幸を外因のせいにすれば尚更。
何故自分は不幸なのか。
何故あの者は腹を満たしているのに、自分は飢えているのか。
何故あの者の子は綺麗な服を着ているのに、我が子はぼろを纏うのか。
何故自分は殺されなければならないのか。
何故百鬼夜行になったのか。
何故自分は不幸なのか。
ならば幸福である者も不幸にしてやる。
自分が味わった不幸をお前達も味わえ!
お前達も百鬼夜行に並べてくれる!
世が全て不幸ならば、自分も救われる。
ああ…。この世の全てが怨めしい。
幸せな者が怨めしい。
飢えぬ者が怨めしい。
笑う者が怨めしい。
生を持つ者が怨めしい。
月丸の頭に百鬼夜行に並ぶ者達の声が聞こえる。
すずの村を後にしてから、二日目の夜。月丸は山の上から百鬼夜行の列を見下ろしていた。
月丸一人であれば、全力で駆けることができる。人が一月、二月掛かろう距離を、月丸は僅か二日で辿り着いた。そして夜のうち、百鬼夜行が姿を見せている間に、その全貌を見える高い山の上に陣取っていた。
十年前は感じることのなかった百鬼夜行の怨みの声。今では感じることができる。すず達との人の営みの合間に受けていた吉房との修行は、姿の変わることのない月丸を大きく成長させていた。
「十年前見た百鬼夜行をお師様が哀れんでいたように見えたのは、あいつらの声が聞こえたからか。」
ふと、呟く。百鬼夜行などなりたくてなった者など居ないであろう。だからこそであろう。百鬼夜行の封の方法が、道に封じて恨みが消えるまで歩かせる。自然と消えるのを待つ。それは新たな怨を取り込ませないためであり、また、百鬼夜行に取り込まれてしまった者達の怨を鎮めるためでもあるのだろう。今はそれが何となくであるが理解できる。
その者達の嘆き怨みの声、不幸にも百鬼夜行の目の前に現れた獣の断末魔の叫びを聞きながら、以前に吉房から教えられたとおり、日が昇るまで、百鬼夜行の先頭を見極めた。
日が昇り、百鬼夜行が姿を消すと、月丸はその先頭の居た辺りに降りた。あれだけ辺りに渦巻いていた禍々しい気配は僅かにも無い。不思議なものである。月丸は手で影を作りながら、天照大神の化身の力に感心しながら日を見る。
さて、吉房である。もう既に百鬼夜行と対峙していてもおかしく無いが、昨晩の様子からは未だ見つけられていないのか。少なくともこの近くに吉房の気配はない。
ならば、自分が百鬼夜行を封じる事となる。吉房より封の術は学んでいる。月丸は迷う事なく、今立って居る百鬼夜行の先頭が居た地に封を施した。
そして、十年前に吉房がやった様に、道を西に登りながら、横道にも、獣道にも封を施していった。その間にも生き物の気配はする。山中であり、獣も多い。生き物の気配を感じながら、百鬼夜行に取り込まれなかったその気配に月丸は安堵する。
吉房の気配を気にしつつ、術を施しながら西へ向かう。そして再び日が落ちた。
月丸は日が落ちる前に、再び道を離れ、一望できる山の上に立っていた。後は百鬼夜行の殿を見つけ、封じれば終わりである。百鬼夜行を見つけて二日目の夜。既にそこまでの道は封じてある。月丸は百鬼夜行の殿を確認するため、更に西を目指し駆けた。
その晩のうちに、殿を見つけることができた。人の足では四、五日は掛かろう大行列となって居る。既にこの辺りだと、まだ封の施されていない地のため、昨晩のような百鬼夜行に見つかった獣の鳴き声が聞こえてくる。
そこで月丸は吉房の気配を感じた。まだまだ西の先ではあるが、月丸の足ならば四半刻程度の距離。月丸は百鬼夜行の位置を覚えると、迷わず吉房の元へと駆けた。
やがて辿り着き、月丸が見たのは、倒れた一人の女子を護りながら、結界の内で百鬼夜行から逸れた鬼達と対峙する吉房の姿。
「お師様!」
月丸は慌てて吉房の元へと駆ける。その月丸に吉房も直ぐに気付く。
「待て月丸!」
吉房の言葉よりも早く、月丸の体は突然弾かれ、後ろへと飛んだ。直ぐに起き上がり、意識して見ると、吉房と鬼達を囲み、大きな結界が張られている。吉房と倒れる女子の周りには小さな結界。
鬼が二人を喰らおうというのか、その小さな結界を壊そうとその爪や牙を刺す。
という事は、吉房の周りの結界は、吉房自身の術であろう。
周りの結界は、それとは気配が異なる。直ぐに悟る。百鬼夜行を封じる結界と同じもの。ならば、吉房は此処から出られぬのではないか?
何より、あの女を守るために、吉房は動けないのであろう。
ならば
月丸は迷う事なく外側の結界を妖術で破壊した。結界により騙されていたであろう鬼達が驚き辺りを見る。数にして十五匹。その程度の数だが、纏う妖気は百鬼夜行のそれである。月丸は直ぐに百鬼夜行の気に当てられぬよう自らにも結界を張った。
そして襲い掛かる鬼達を黒く燃える焔で焼き尽くした。本来、百鬼夜行を討てば、その怨を増して甦る。この焔は吉房と共に編み出した月丸の妖術である。妖霊の力で無に還せば、怨を増す事なく消し去ることができるかも知れない。あわよくば百鬼夜行の呪縛から放たれれば、そう思っての事だった。
辺りの鬼が消え去った事で、吉房は安堵の表情を見せた。
「留守を守れと言いつけたのに、馬鹿もんが。」
そう言いながら吉房は顔の前で手を払うと、自らを守る結界を解く。
「お師様。百鬼夜行は随分と東にいる。何でこんなところに…。」
途中で言いかけ、月丸は吉房の膝に眠る女を見て驚く。十年前に一度見たが、その顔は覚えている。
「呉葉…さんか?」
月丸の言葉に吉房が頷いた。そして東の空に目を向けると、呟いた。
「頭を押さえたか。」
月丸はこくりと頷く。
月丸が百鬼夜行の行先を止めた事を知り、吉房は安堵したように、これ迄の事を話した。
百鬼夜行を利用しようとした陰陽師は、呉葉の力を恐れ、結界に封じた上で亡き者にしようとした。呉葉も抗ったが、数十名の陰陽師を相手に、第六天魔王の力を継ぐ呉葉でもなす術がなかった。辛うじて逃げ延びた呉葉であったが、既に立ち上がる力もなかった。追手の陰陽師が迫る中、吉房が呉葉を救い出し、共に此処まで逃げてきたと言う。
百鬼夜行の封印は、陰陽師達が解いたのだと言う。そして都に影響がないよう、東へと放った。
陰陽師は自らが使役しやすいように、百鬼夜行の後尾から数十匹づつ分断させて封じ込めた。先程月丸が討ったのはその陰陽師に利用された鬼どもであった。
百鬼夜行を追わねばならぬが、呉葉を置いてゆけば陰陽師に討たれるだろう。その結果、どうしても歩が遅くなっていたのだ。
「大丈夫なの?呉葉さん。」
月丸が不安そうに呉葉を覗き込む。明かりもなく、良くは見えないが、余程激しく追い詰められていたのか、呉葉は傷だらけである。
長きに百鬼夜行の封印を守り、尽くした呉葉に、これ程の仕打ちを与える都の陰陽師に苛立ちを感じるが、まずは呉葉を何とかしてやりたい。だが、この頃の月丸は癒やす術を知らない。
百鬼夜行が戻ってくるまでは一日、二日程度は余裕がある。月丸は直ぐにあたりを駆け回ると、打ち果てた古寺を見つけた。直ぐに戻り呉葉を背負って吉房と共に古寺に隠れた。直ぐに月丸は山を駆け回り、薬草や食い物を集め回った。持ち帰った薬草は吉房が煎じて呉葉に与えた。
呉葉は目覚めないが、吉房の薬があれば大丈夫であろう。月丸は一人で百鬼夜行の封印を行う事を吉房に告げた。
呉葉も心配であったし、吉房も以前の様に駆けるのは難しい。いくら術に長けているとはいえ、吉房も人である。老いには勝てない。
吉房も月丸と同じ考えなのか、月丸の提案を受け入れた。古寺は吉房が結界を張り、追手の陰陽師に備えた。それを見て、月丸はその夜、再び百鬼夜行に向かった。
東の道は封じてある。後は西の道を封じれば良い。油断する気はないが、今までは吉房が隣にいたのだ。初めて一人で事を成す。いつも以上に気を張った。
直ぐに最後尾を見つけた。だが、それはまだ東へと向かっている。月丸は直ぐに百鬼夜行の先頭向けて走り出した。
その時。
月丸は無意識に手をかざした。立ち止まり、その手で受けたのは、鬼の顔を持つ蜂であった。
「妖?」
急に襲いかかってきたその蜂を見る。妖であろうが、気配が違う。
「式神…」
月丸が蜂を睨みつけると、蜂はぼう、と燃え上がり、直ぐに消え去った。
月丸があたりに目を向けながら気配を探る。近くに百鬼夜行がいるため、その他の気配を感じづらいが、恐らく、呉葉を襲った陰陽師がいるのではないか。そう思えた。
そう思えた刹那、月丸は顔を上げ、東の道の封印の元へと走った。嫌な予感が月丸の中に広がる。
その予感は的中した。山上から見下ろしながら、月丸の顔が驚きに変わる。
月丸が施した封印は既になく、百鬼夜行は東へと向かっていた。




