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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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月丸 陸

 既に日は暮れ落ち、闇夜が景色を支配する。


 ほうほうと梟の鳴き声と虫の音が響き渡る。


 吉房達は宿としていた小屋に戻ってみたものの、そこは既に陰陽寮の手の者に呪が掛けられていた。戸の外側、両端に小さな小石が置かれていた。普通のものであれば気にも留めない小石であった。現に、月丸も安土も気にする様子はない。しかし、吉房はそれに気付いた。小屋に入ろうとする二人を留め、御所で現したものと同じく、葉より式神むしを作り出しだすと、虫は戸に向かって飛ぶ。ひらりと戸に足を付けた刹那、式神は葉に戻り、ひらひらと舞い落ちた。


 月丸と安土、これには驚く。そんな二人に吉房は、さも簡単であるかのように語る。


「戸の左右、小石があるじゃろう?恐らくその下には、護符で包まれた蛇の頭でも埋まっておるのじゃろうな。この戸は恐らく、地獄へでも通じておるのじゃろう。肉体にくは通るが、魂が通れば、その魂は地獄へと落ちる。儂らが小屋に戻り、この戸を潜るだけで、簡単にあの世に行けるわい。何とも手際の良い事よ。」


 月丸が言われるままに視線を落とすと、成る程、小石が置かれている。左右全く同じ位置にある。意識すれば気付けるだろうが、この様な石を普段から気にするわけもない。改めて師の観察力に感心した。


「月丸よ。今からこの呪を祓う。お前ならこの術と術者の力の繋がりが見えるじゃろう。先程の紛い物の百鬼夜行のように、わしが祓うと術が術者に返ってしまう。儂が祓ったあと、その繋がりをお主の力で断ち切ってくれぬか?」


 吉房はそう言うと、月丸の返事も待たずに、人差し指と中指を口に当て、もごもごと呪を唱える。月丸は慌てて戸の前の小さな小石に意識を向ける。吉房に任せられたのだから、失敗するわけにはいかない。月丸の右の手に、焔の柱が立つ。


 吉房が呪を唱え終わり、口元の指を戸に向けた刹那、


ぱきん


 と、小さな音がした。次の瞬間、吉房にも安土にも見えぬ呪と術者を繋ぐ力の流れを月丸は見た。吉房によって呪が解かれた際、相手を呪う力は途端に大きな影となり、怨みの気配を持ちながら、術者と繋がる線に沿い、飛び出す。その姿は、まるで巨大な蛇の様であった。

 月丸は冷静にその動きを見ながら、ひらりと跳躍すると、呪の力の根源たるその塊を焔の剣で一閃した。斬られた呪の塊は、両断されたのち、暫く浮いていたが、程なく霧散した。


 その光景を警戒しつつ見守る月丸。直ぐに吉房より呪の力が消え、呪も術者に返っていないことを聞かされ、安堵した。

 月丸が、小石を払い、その下の土を掘り返すと、吉房の言う通り、護符に包まれた小さな蛇の頭が出てきた。


「命を奪われた蛇の怨念を術にする。じゃから陰陽寮の者は好かんのじゃ。月丸おまえが断ち切ってくれたおかげで、あの蛇も怨みを持ち続ける事なく、消える事ができたであろうよ。」


 吉房は一言溢すと、ため息を吐き、再び小さく呪を唱える。すると、月丸の手元と反対側の今だ土に埋まる蛇の頭であろう。煙に包まれると、その姿を消した。それを見届けると、戸をからりと開け、小屋に入っていった。吉房が行った事であろう。月丸は感心しながら、師に続いて小屋へと入った。見慣れた月丸はともかく、安土は終始狐に包まれた顔のまま、呆然と見ていたが、二人が小屋へと入ってゆくのを見て、慌てて後を追った。


 秋も深まるこの時期、火を起こさねば、体の芯から冷える。しかし、陰陽寮の者を欺くために、火は使わぬ事とした。無論、明かりもない。仄かな月明かりだけを頼りに、三人は囲炉裏を囲んだ。


「なぁ。お師様、さっきの…百鬼夜行だっけ?強くはなかったけど、あんなに沢山の式神を作り出すなんて御所の陰陽師ももしかして凄い術者なのか?」


 月丸の問いに返すのは安土。


「月丸殿。幾ら陰陽寮の者とは言え、一人であれ程の術はできませぬ。十人、二十人と並べて術を総出で行っているのです。我々人相手であれば、ひとたまりもありませんが、流石は妖霊。容易に返り討ちにされた。お見事でしたぞ。」


 安土の言葉に吉房も頷く。


「左様。身を隠す事なら容易いが、あのまま歩かせれば、町の者に被害が出る。並の妖怪や鬼であっても、式神とは言え、あの百鬼夜行から逃れられぬからな。それ程の力を持つ術であるからこそ、術を返せば、その時点で陰陽寮の者は全滅したであろう。本当に、よくやってくれた。」


 二人に褒められ、口元を緩める月丸。しかし、ふと思い出し、吉房に尋ねる。


「さっきの小屋に掛けられた呪は、どうやって見つけたのだ?俺は言われるまで気付けなかった。」


 できる事なら掛けられた術を察する術も学びたかった。吉房や安土を守るには、必要な技術であると月丸は考えた。しかし、良房は笑って応えた。


「簡単じゃよ。あんな百鬼夜行のような大掛かりな術を使って儂らを殺しに来たんじゃ。この小屋を狙うのは道理であろうよ。術自体は昔から使われる陰陽の姑息な手法よ。わかっておるなら警戒してよく観察すれば直ぐに見破れる。」


 特別な技術ではない、吉房はそう付け加えたが、月丸は心に留めた。わかっていれば警戒できる。そういえば、吉房は陰陽術の基礎から、考え方から教えてくれている。既に教えてくれていたのだろう。だからこそ、観察する。

 月丸は一人、うんうん、と頷いた。


 暗がりの中、今後の行動について吉房が語った。帝は後醍醐に手を貸すなとだけ命ぜられた。吉房は元よりどちらに着く気もない。しかし、陰陽寮の者の様に、吉房が裏切ったと思う者も少なくない。京に留まれば、陰陽師だけでなく、武家も相手にする可能性もある。武士が一軍を率いると、田畑が荒らされ、食物が取れなくなる。そうすれば、大路で蹲っていた者達を増やすことになる。何より、術者や武士と戦うなどは考えるべきではない。


 吉房の答えは暫く都を離れ、野に戻ることであった。


「すまんな月丸。お主に良き者、悪しき者を見せようと、京に連れてきたが、何も出来ぬまま去ることになりそうじゃな。」


 謝る吉房に、月丸が応える。


「良い奴は沢山見た。安土もいい奴だし、街の人たちだって、あの大路に居た人達を助けてくれるんだろう?皆良い奴だよ。ただ…。」


 月丸は何かを考えるように宙を見る。吉房も安土も、月丸の言葉を待つ。


「帝も、非道いなと思ったけど、争いがなければ、皆んなの安寧を願ってくれるんだろう?じゃあ、悪い奴じゃない。争いがあるからいけないのかな?」


 考え込む月丸の言葉に吉房は頷く。


「あぁ。人はな。いや、人も、妖怪も、本来は良い奴ばかりじゃよ。ただ、心に鬼が住み着く事がある。その鬼が、混乱を撒き散らすんじゃ。欲望という鬼じゃな。」


 ふうん。と月丸は返した。人の心に宿る欲望という鬼。月丸には覚えがあった。月丸の力を奪おうと長き間襲いかかってきた鬼の一族。武士も襲いかかってくる事が多々あった。その目は確かに欲に塗れていた。我先に手柄を。あわよくば、自身も不老不死に、強大な力を手に。 

 人ですら、妖霊の力を得るためという、鬼と変わらぬ理由であった。

 人の欲という鬼は、まことの鬼とも通じるものなのだな。月丸はそう思った。



「安土。儂らと共に来い。いずれ朝廷が一つに戻れば、お主も宮仕に戻れようが、今戻れば、疑われ、悪ければ殺される。お主の足では山道はしんどいかも知れんが、なぁに、一月も歩けば直ぐに慣れる。」


 吉房は冗談混じりに安土に言った。それが安土が受け入れやすいように気が使われた言葉である事は月丸にもわかった。

 吉房達と共にしていたことは、御所の者達に見られている。何より、百鬼夜行の術や小屋の呪は、安土が同行している事を、知った上で行われている。つまり既に命を狙われているのだ。安土とて陰陽寮にて仕える陰陽師であるが、その力の無さは月丸ですら、分かる程。戻れば、吉房の言う通り殺されてもおかしくない。


「ありがとうございます。吉房様。ですが、一緒には行きませぬ。」


 深々と頭を下げながら、安土は力強く吉房に言う。


「月丸殿に、良い奴と言ってもらえた。ならば私は良い奴でありたい。大路の者達の助けを私も手助けたい。帝の苦悩を少しでもお助けし、以前の帝に戻ってもらいたい。陰陽寮の頭の堅い者達に吉房様の教えを説きたい。」


 顔を上げると、安土は真っ直ぐに月丸を見る。


「月丸殿。次に吉房殿と都に来られた時、何と人の世は素晴らしいものか、あなたの口からそう溢れる都にして見せましょう。」


 安土はそう言うと、穏やかに笑う。しかしその目は硬い決意に満ちていた。しかし、既に術によって二度、命を狙われている。宮仕の者達が、安土の言葉に耳を傾けるとも思えない。大路の飢えた者達を助けるにしろ、命を狙われるであろう。

 吉房の説得にも、安土は応じなかった。それは、陰陽師として、帝の友としての意地でもあったのだろう。月丸はこの晩、安土と別れることとなった。

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