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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第陸幕 しき
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しき 伍

 雄座は鳥居の外で、寒そうに腕を抱いて立っていた。時々通る通行人にして見れば、何も無い煉瓦家屋の裏手で待ち合わせでもしている青年程度に見られるのか、特に雄座を気にする者はいなかった。


 随分と長いこと立たされている。雄座は時々、鳥居の奥、境内に目を遣る。鳥居から拝殿に続く参道の端に、月丸が立っている。暗くなっていた為、参道の両脇に立つ石灯籠に火が灯っており、静かに佇む月丸を美しく照らす。灯籠の暖かい光は月丸の銀色の髪をまるで宝石のように煌かせ、普段は透き通るような白い肌に赤みを与え、幻想的な姿を作り出している。そんな月丸に雄座はつい、見惚れてしまう。


「月丸だから美しいのか、妖霊だから美しいのか。月丸あいつがもし婦人であったなら、世はひと騒動起こるであろうな。」


 他意はない。雄座は目に映る月丸を素直に美しいと思った。ただ、改めて人とは違うと理解できた。そんな雑念も、冬の空気に身が震え、現実に戻る。今は月丸が事を終えるまでは、雄座は社に戻ることができないため、鳥居のすぐ外で、月丸から許しが出るまでここに居る必要があった。

 月丸の企みにより、雄座はこの場を離れられない。大層な事態であるにもかかわらず、雄座は、もう少し着込んでくれば良かった、という後悔と一刻でも早く事が終わるのを祈った。







 数時間前。



 式神を仕掛けて襲ってきた理由を直接本人に聞こうと言う月丸。

 お茶を一口含むと、ふぅっと一息つき、月丸が二つ目のワッフルを一口かじる。そんな月丸を見ながら雄座が問う。


「そうか、月丸。解ったぞ。俺とお前の分身とであの男を捕まえて問いただそうと言うのだな。」


 月丸が提案した後、その言葉の意味を考え、やっと理解した気になった雄座であるが、月丸は首を横に振る。


「お前を襲った式神。恐らくぬえと言う妖怪を式にて作り出したものだ。本来の鵺は、息を吐くかの如く呪いを振り撒く恐ろしい存在だ。そして式神として作り出すには、術者はそれ以上の力を持っている。」


 雄座は茶を口に含みつつ、月丸の話を聴きながら、ゴクリと喉を鳴らす。


 鵺といえば、平家物語にも語られる妖怪である。頭は猿、体は狸で四足は虎、尾は蛇という異形の妖怪である。その叫び声は、まるで人の断末魔の様な恐ろしい声を上げる。

 物語では、時の天皇の元へ夜な夜な現れ鳴き続けたため、天皇は恐ろしさで体を壊してしまう。

 そこで弓の名手であった源頼政によって、丑の刻に現れた際に討たれた妖怪である。


「すごいな。平家物語をはじめとして、色々な奇譚などで読んだ鵺が本当に居るとは…。」


 雄座の呟きに、月丸が頷く。


「おるよ。鳴くだけで呪いを撒き散らすし、実際はかなり凶暴でな。並の妖怪なら一掻きでやられるだろうよ。式神とは、魂を持たぬが、依代を用いて同じ力、同じ姿を現す術。それは術者が式神以上の力を持って操らねば、逆に式神に術者が喰われる事になる。」


 雄座は眉間に皺を寄せて、聞き入るが、疑問を口にする。


「式神に喰われた術者はどうなってしまう?」


 月丸は真面目な顔つきになり、雄座の問いに答える。


「魂は喰われて、術者自身の体が式神の依代となる。式神が現世の体を手に入れることになる。」


 雄座の緊張する表情を眺め、月丸は直ぐにいつもの笑みを含んだ表情に戻り、言葉を続けた。


「先程の答えだが、そんな高位の陰陽師相手にお前を連れて行けば、俺はともかく、きっとお前に厄災が掛かる。なので、二人がかりで捕まえると言うのは無しだ。」


 そう言うと月丸はまた一口、ワッフルを口に入れる。はむはむと口を動かす月丸を雄座が急かす。


「ではどうするというのだ?お前はここから出ることは出来ぬし、俺だけでは話を聞く前にやられるだろう?」


 こくんと口の中のものを飲み下し、月丸は膝下のお茶を取り上げ、一口含んだ。ふうと、一息付くと、にやりと笑い答える。


「俺が行くのだよ。雄座。お前を危ない目に遭わせるわけにはいかない。」


 月丸は神社から出る事は出来ない。分身で出るにしても、雄座が手を引かねば出ることができなかった。それでも月丸は自分が行くという。雄座が言葉の意味を考えていると、月丸は三つ目のワッフルを手に取り、雄座に渡した。

 咄嗟のことで、雄座は慌てて受け取る。その慌て振りに月丸が笑った。


「ふふ。まずは食べて落ち着け。ちょっとやってみたいことがあるのだ。」


 そう言うと月丸は立ち上がり、片膝を立てて座る雄座の背に立った。雄座が振り返ろうとすると、月丸が頭を抑えた。次の瞬間、雄座の頭にチクリとした痛みが走る。


「髪の毛を一本貰うぞ。」


 月丸は雄座の髪の毛を持って元の場所に腰掛けた。そしていつものように自分の髪の毛を抜き、雄座から抜いた毛に結んだ。それを口元に運び、小声で術を唱えると、ふわりと投げた。


 いつも見る月丸の分身を作る際の所作であったが、投げられた毛が淡く光を放ち、姿を作って行くと、雄座は声を上げた。



「うわ!月丸…これは一体…。」


 そこに立っていたのは、いつものように花を分身の依代とした幼い月丸ではなく、背格好も服装も、全く同一の雄座本人であった。

 雄座の驚きようが面白かったのか、月丸は悪戯な笑みを含んだまま答えない。その代わりに分身の雄座が応えた。


「どうだ雄座。やった事はなかったが、案外上手く行くものだ。姿は雄座おまえだが、俺の分身だ。」


 驚き、分身を見つめたまま動かない雄座に雄座ぶんしんが揶揄うかのように続ける。


「ほら、分身の証拠に、いつもの分身と同じ事は出来る。」


 そう言うと雄座ぶんしんは顔の側に指を立てると、指先に炎を立たせた。


 雄座はおお、と声を上げ、すぐに眉間に皺を寄せた。


「まぁ、凄いのは判るが、俺の姿でなくても良いのではないか?自分が目の前にいるのは気持ち悪いな。」


 そう言う雄座に、月丸本人が答えた。


「はは。すまない。しかし、恐らくこれが必要なのだ。」


 そう言うと月丸は分身の手を取り、一言呟くと、分身は消え去った。月丸の手元に舞い落ちた毛を見ながら月丸が言う。


「お前が狙われているのは間違いない。しかし、俺の分身が出向いたところで、彼奴を見つけられるかわからぬ。だったら、向こうから来てもらうには、お前の姿と気配が必要なのだよ。」


 雄座はすぐに納得した。


「俺の姿を餌に誘き出すというのだな。」


 雄座の言葉に月丸はこくりと頷く。


「後は、彼奴が現れたら、襲った理由を聞き出せば良い。雄座はこの社の中に居れば安全であろう。」


 妖狐を手玉にとり、河童化けを容易く討ち、伝説の妖怪である天狗のあやめにして、強いと言わしめる月丸が行くのであれば、雄座が心配するだけ、心労に終わるだろう。雄座はそう考える。

 雄座の思考を月丸の言葉が止める。


「雄座。彼奴の元へ行く前に試しておきたい事があるのだ。手伝ってくれ。」


 そう言うと月丸は立ち上がり、雄座を外へと促す。雄座は月丸に言われるまま立ち上がり、共に境内へと出た。

 月丸は拝殿の縁に咲く花を一輪摘むと、いつものように分身を作り出した。その姿は雄座の見慣れた幼い童の姿をした月丸である。分身を作ると、月丸は振り返り、雄座を手招いた。


「雄座。鳥居の外まで連れて行ってくれないか?」


 雄座は月丸のやろうとすることが、何なのかは判らないが、取り敢えず頷いた。分身の手を取り、鳥居を抜ける。鳥居の外に出たところで、雄座が尋ねた。


「俺の姿で行くのではないのか?」


 その問いに分身の月丸が答えた。


「まぁ、万全を期したいのでな。雄座。今度は俺を置いて鳥居の中に戻ってくれ。」


 雄座は首を捻りながら、言われた通りに分身の月丸の手を離し、一人で鳥居に戻る。すると、本物の月丸が鳥居の側まで来ていた。


「やはりな。」


 鳥居の先を見る月丸の言葉につられ、雄座も振り返る。すると、そこには月丸の分身の姿はなかった。


「あれ?月丸。分身はどこに行った?」


 雄座は鳥居から見える通りをきょろきょろと見回した。そんな雄座に月丸が答える。


「雄座。足元だ。拾ってきてくれ。」


 月丸の言葉に雄座は鳥居の外、地面に落ちている一輪の花を見つけた。すたすたと鳥居を抜け、落ちていた花を拾い上げると、月丸の元へと戻ってきた。


「何で分身を解いたのだ?」


 雄座の素朴な疑問に月丸は苦笑いを浮かべ答える。


「以前も言ったかもしれぬが、俺一人ではこの社の外に出ることは叶わない。お前に連れ出してもらえれば分身なら外には出られる。そして分身を維持する力は、どうやら雄座を介しているようだな。」


 雄座は花を月丸に手渡しながら、また、首を傾げる。


「俺を介す?分身は月丸が操っているのではないのか?」


「操ると言うより、この花を依代とした俺自身だよ。まぁ、使える力は限られるがね。」


 月丸は花を戻すために拝殿に向かいながら雄座の問いに答える。雄座も月丸の後に付いて歩き出した。


「そうか。どちらも月丸おまえなのだしな。でも何で分身が解けたのだ?」


 先程摘んだ花の茎の元についた月丸は、先程同様にしゃがむと摘んだ花を茎に付け戻し、元の姿に戻した。


「雄座よ。俺の力はお前が居てはじめて社の外でも使えるようだ。俺の力は雄座を介して、分身を維持する力、分身が使う術。この俺と分身を、お前が繋いでくれているのだよ。」


 ほぉ、と声を漏らし、自分の掌を見つめる雄座。


「俺にそんな力があるのか?」


 立ち上がりながら笑う月丸。


「ふふ。本当にお前は何者なのだ?雄座よ。不思議な男だ。全くの普通の人なのにな。」


 笑う月丸に雄座もつられ、笑う。自分が特別な人間とは思っていないが、友の何かしらの役に立っているのは悪い気はしない。


「俺はただの貧乏人だよ。ただ、お前を外に連れ出してやれる力というのは、俺にしてみればありがたいのかもな。」


 月丸はぽん、と雄座の肩を叩くと、


「俺もお前と出会えて良かったよ。」


 と一言溢した。月丸の素直な言葉に、若干の照れを感じながら、雄座も頷いた。


「さて、次だ。」


 月丸は自分の胸の前で手を合わせた。小声で何かを唱え、手を開くと、一羽の鳩が現れた。


「今度は鳩か?これも分身か?」


 顔を近づけ鳩を見る雄座。鳩は大人しく雄座を見返す。


「今度は俺の妖気だけで作った式神だ。」


 鳩を指で撫でながら雄座がまた訊ねる。


「式神とは、依代を使って呼び出すのではないのか?」


 雄座の問いに月丸は少し得意げに答える。


「雄座は知らないかもしれないが、妖霊おれの妖力はそれなりに強くてな。この程度なら依代もなく無から現せるのさ。」


 そう言うと雄座の肩に鳩を乗せると、雄座の体を鳥居に向けさせた。


「次はこの鳩を外に連れ出してくれ。今度は俺が良いと合図するまで外にいてくれ。」


 雄座は月丸に言われるがまま、また、鳥居に向けて歩き出した。鳥居まで戻ってくると、月丸に呼び止められる。


「雄座。今度は少し長くいてもらうことになる。なのでお前の気配も消しておこう。」


 そう言うと、月丸は背伸びし、雄座の頭に手を当てた。すると、雄座の体の周りに淡い光が走る。


「月丸。これは?」


 雄座の周りをくるりと歩き回り、月丸が答えた。


「ふむ。お前の気配と姿を消す結界だ。もし彼奴が戻ってきても、見つかることはないだろう。」


 そう言うと、雄座の背をぽんと押す。それを合図に雄座も歩を進める。鳥居を抜けると、鳩はくるるっ、と一鳴きすると羽を広げ飛んでいった。その姿を見送ると、雄座は月丸を見る。月丸は両手を腰に当て、笑顔で雄座の視線に応える。

 その後、十分程度で月丸に手招きされた雄座は神社に戻った。先程の鳩で何を試したのかを月丸に聞いても笑って答えることはなかった。



 そして日が落ちた頃。


 月丸は雄座の姿をした分身を作ると、


「そろそろ行ってくる。」


 と、立ち上がった。雄座もうむ、と共に立ち上がる。小屋を出て鳥居まで歩いてくると、月丸は先刻行なったように雄座の頭に手を置き、雄座の身の回りに結界を張る。


「事が終わるまで雄座には外で待っていてもらう事になる。すまないな。」


 月丸の言葉に雄座も応える。


「気にするな。寧ろ、俺のためにやってくれるのだから、謝るのはこちらの方だ。ただ…。」


 分身の手を握り、困ったような表情を浮かべる雄座。


「自分の手をとるのは、何とも気恥ずかしいな。」


 二人の雄座が手を取り合う光景に、月丸は満面の笑みを浮かべる。その月丸の笑みに気恥ずかしくなり、雄座たちは鳥居を抜けた。


 分身は鳥居を抜けると、視線を落とし、自分の掌を見つめている。指を曲げ伸ばし、何やら感覚を確かめている様である。目線を上げると、いつもの帰り道ではなく、新橋方面へ歩き始めた。









 時は戻る。


 

 寒さに震えながら、鳥居の奥の月丸を見る雄座。月丸はただ佇んでおり、動かない。あの男に出会えたのだろうか。まだ探している途中なのか。それは判らないが、雄座にできることは、月丸と分身を繋ぐ事である。自分が月丸の役に立てるのだから不思議なものだと考えていると、月丸が動いた。


 月丸が鳥居に寄り、手招きをしている。どうやら事が終わったのだろう。雄座はいそいそと神社に戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり道満と対峙していた雄座は分身でしたか。 ある種のアンテナ装置のような重要な役回りにある雄座。 しかし当の本人は色々とやってるんだろうなと想像しながらも、もう少し着込んでくればよかっ…
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