73話 生還した戦乙女
少女はその日世界の始まりを見ました。
灰色と漆黒の天使のような化け物は突如現れたかと思うと仲間割れをし始めたのです。
そして、忌々しい白い天使を倒したかと思うと奴らの根城を突如として破壊し始めました。
餓えと疲労に耐えながら彼女はその光景をしっかりと目に焼き付けます。
きっとあれは神様が使わせてくれた使者なのでしょうか?
いえ、違うでしょう。
奴らは自らを神と言っていました。
だから、あれは神などではなく悪魔なのだと……。
自分たちが忘れていた怒りという感情が生み出した化身なのではないか? と考えました。
そして、彼女は奴らの終わりと共に生まれた時から絶望しかないこの世界の始まりの日を目にしたのです。
ようやく奴らという存在から解放されるその日の事を……彼女は忘れないでしょう。
ただ、ただ……最後の力を使った悪魔が地上へと落ちていくのを見つめながら……それを感じていました。
「美月!!」
綾乃は彼女の名前を呼び、その傍へと寄り添います。
ですが、返事がいつまで経っても聞こえないのです。
「うそ……うそでしょ!?」
慌てた彼女はコクピットから出るとすぐにジャンヌのコクピットを外から操作し開きます。
そこには意識を失っている美月の姿がありました。
まさか、先ほどの魔法を使ったせいで……そんな不安がよぎり彼女は慌てて彼女へと近づきました。
すると――。
「生き……てる……」
その事実を感じ、ほっとするとぎゅっと抱きしめます。
呼吸があれている様子もありません。
ただ眠っているようにすぅ、すぅ……という寝息だけが聞こえました。
「もう、心配させないでよ」
そうつぶやくと彼女を抱く腕に力を少しこめますが、腕の中の美月はどこか幸せそうな表情を浮かべていました。
のんきだなぁ……と考えつつも彼女は美月を運ぶため外に出るとコクピットを閉め、ナルカミへと乗り込みます。
この世界の事は気になります。
ですが、それはそれ、生きている人たちがどうにかするでしょう。
そもそも、彼女たちにできることはここまでなのです。
そう思い、ジャンヌを抱えゲートまで向かいます。
空を舞う中、見えてくるのは自分たちを見上げる人々……。
うつろの瞳の中たった一人だけ、その瞳の中に輝きがあるような少女を見つけました。
「…………」
それを見て綾乃はきっと、この世界は大丈夫だろう。
そう何となく感じ――。
地球へと戻るのでした。
ゲートを抜けた先ではもう動かない天使が何機も居ました。
それを見て、戦いの終わりを感じた綾乃は――。
「終わったよ、約束も……守れた」
美月に語り掛けるようにつぶやくとその場で機体を止め、通信機を取り出します。
「お父さん……」
そして、彼を呼び――。
「うん、終わったよ……美月? 疲れて寝ちゃってる……うん、だから、迎えが欲しいんだ」
そう伝えるとナルカミから離れ、彼女の元へと向かいます。
相変わらず規則正しい寝息を立てる彼女の頬に手を当てつつ、自身も眠気を感じた彼女はゆっくりと瞼を閉じるのでした。
美月が目を覚ましたのは見たこともない病院の部屋でした。
何か体の中から失われたような気がしつつ、彼女は辺りを見回します。
するとそこには眠っている綾乃の姿がありました。
「…………!」
あの戦いが終わったことに気がついた彼女は綾乃へと急いで駆け付けます。
もしかしたら怪我をしているかもしれない。
そう考え、魔法を使おうとしたのです。
ですが……。
「あ、あれ?」
何度やっても魔法は発動しません。
「ど、どうして……」
怪我をしているかもしれない。
治さなきゃいけない……彼女はそう思い焦るのですが……。
「何で魔法が使えないの!?」
「安心してください、怪我は大したものじゃないですよ」
美月が涙声で叫ぶと、聞きなれた声が部屋の中に響くのでした。




