35話 守られる戦乙女
綾乃はすがるような瞳で父、司を見つめます。
そして――。
「アタシとお父さんと血がつながってないって本当?」
そう口にしてしまいました。
内緒にしておかなければならない話だったはずです。
ですが、彼女に話した時点でこうなると予想していたのでしょう。
クラリッサはどこか達観した表情でした。
それに対し司はいつも通りの笑みを浮かべます。
「どこでそれを?」
それは否定をする言葉ではなかったのです。
「…………」
綾乃はショックを受けがっくりと項垂れます。
するともう一人表情を変える人が居ました。
伊達です。
「ああ、そうか、クラリッサだね……血は確かに繋がっていない」
彼はそう言うと綾乃の肩に手を置き……。
「だが、実の娘のように思っているよ」
嘘だ!
美月はそう思いました。
事実彼の顔を見ると笑っているようで笑っていないように見えたのです。
偽りの笑顔だという事が見て取れました。
ですが、それを言ってしまえば綾乃をもっと傷つけるかもしれない。
そう思った美月はあえて口を閉ざします。
すると……。
「そう、なんだ……」
綾乃はようやく言葉を絞り出しました。
ですが、それは彼女にとってどれだけつらいものだったのか……。
美月には理解できませんでした。
何故なら彼女には本当の母親が居ます。
信じられる人がいるのです。
ですが、綾乃の中で目の前の父へと感じていた信頼は疑心へと変わってしまったのです。
彼女は震え始め、美月は彼女の肩を抱きました。
このままだと強い綾乃が崩れてしまう。
そう思ってしまうほど……今の彼女は頼りなかったのです。
「事実を知って辛いだろうけど……私はお前を大事に思っているから」
嘘だ……そう分かりました。
優しい声です。
ですが、クラリッサの話を聞いた影響か……美月にはその言葉に何の感情もこもっていないように感じました。
いえ……美月だけではありません。
綾乃も同じなのでしょう。
彼が声をかける度に嗚咽を漏らしていました。
「夜空君、綾乃を頼むよ」
彼はそれに気が付いているのでしょうか?
それとも気が付いていないのでしょうか?
それは分かりませんでしたが、ハンガーから去ると綾乃はついに美月に縋りつくように抱き着き泣き始めました。
そんな彼女を見て一人近づいてくる男性が居ました。
彼は何かを迷うような表情を見せます。
迷う必要なんてない。
そう思う香奈でしたが、現実は複雑なようです。
「……綾乃ちゃん」
香奈は綾乃の名前を呼びます。
すると綾乃は――。
「分かんない、分かんないよ美月! アタシ……アタシは綾乃で良いの? ねぇ、アタシは何なの?」
自身の名前さえも偽りの物と言われた少女はもうボロボロでした。
美月は思わずクラリッサを睨みますが……。
「隠し事はいずれバレるだろう……その時、敵との戦いその最中であれば死ぬしかない……酷だが事実を知らせるべきだと判断したまでだ」
この時の彼女の言葉は申し訳なさそうなものでした。
だからこそ、美月は何も言えず……。
「何やってんだ! お前はお前だろう? そんなにピーピー泣いてる暇があるなら天使をぶっ飛ばすことしか考えないだろうが!!」
そう活を入れたのは先ほどまで迷っていた伊達です。
彼は綾乃に近づくと……。
「名前なんざ関係ないだろう、夜空にとってお前は間違いなく綾乃じゃねぇか……名前がお前なんじゃない、お前の名前なんざただの呼び方にすぎないだろうが」
随分と無茶な言いようです。
ですが、そんな彼の言葉は確かに綾乃の中の何かを刺激したのでしょう……。
暫く呆けた顔をしながら伊達を見つめるのでした。




